本記事について
当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事はシリーズ『生成AI時代のアーキテクチャ超入門』の「ケーススタディ」カテゴリ追補として、公共・自治体システムのケースを解説する記事です。
民間SaaSと違い、公共システムは「ガバメントクラウド認定」「調達制約」「10年単位の運用」「住民データ取り扱い」という固有の制約に縛られます。本記事では認定ベンダーの選定、政府の標準化(地方公共団体情報システムの標準化)への準拠、調達手続きを織り込んだ設計の進め方を整理します。
本記事のテーマについてさらに詳しく知りたい方は『情報処理教科書 システムアーキテクト 2025~2026年版』も参考にしてみてください。
そもそも公共システムのアーキテクチャとは何か
市役所の窓口業務を想像してください。民間サービスと違い、「全住民に平等にサービスを提供する義務」「公金の適正な執行」「職員が異動しても業務が止まらない設計」が大前提です。効率やスピードより、公平性・透明性・長期安定性が優先されます。
公共システムのアーキテクチャは、ガバメントクラウド認定・調達手続き・10年単位の運用・住民データの厳格な管理という、民間SaaSとは根本的に異なる制約の中で設計します。
もし民間と同じ感覚で設計すると、認定外ベンダーの採用で調達がやり直しになったり、政府の標準化基準に適合せず使えないシステムが出来上がります。
なぜ公共システム特有の設計が必要なのか
民間の設計常識がそのまま通用しないから
公共システムはガバメントクラウド認定ベンダーしか使えない・調達に半年〜1年かかる・カスタマイズが原則禁止の標準化対象業務がある──といった、民間SaaSとは全く異なるルールで動いています。民間の成功体験をそのまま持ち込むと、調達段階でやり直しになります。
「全住民に平等に」という使命が設計を規定するから
公共システムは利益最大化ではなく公平性・透明性・継続性が最優先です。特定ベンダーへのロックイン・特定端末への依存・特定スキルへの属人化は、職員が2〜3年で異動する公共組織では致命的です。
10〜20年の運用を前提に設計するから
民間が3〜5年で作り直すスパンに対し、公共は10〜20年の運用が前提です。最新技術や尖った言語は、10年後に保守できる人材が確保できないリスクがあります。「枯れた技術+認定ベンダー+標準準拠」が鉄則になるのは、この長期運用前提が理由です。
公共システムの3つの大前提
民間と同じ感覚で設計に入ると確実に詰みます。最初に押さえるべき制約は次の3つです。
① ガバメントクラウド認定ベンダーのみ採用可
デジタル庁が認定したベンダーしか公共システムには使えません。2026年時点では AWS / Azure / GCP / Oracle Cloud / さくらインターネット が認定済みです。Cloudflareや個別SaaSは原則として使えません。
② 調達手続きが半年〜1年単位
仕様書策定 → 公告 → 入札 → 落札 → 契約までで最低半年かかります。アジャイルで回すには制度設計から見直しが必要で、現状は段階契約(要件定義契約 → 開発契約)で擬似アジャイルにする方式が定着しています。
③ 10年運用が前提
民間が3〜5年で作り直すスパンに対し、公共は10〜20年運用が普通です。職員も2〜3年で異動するため、特定担当者の暗黙知に依存する構成は確実に破綻します。
推奨スタック(全体像)
公共向けは「枯れた技術 + 認定済みベンダー + 標準準拠」が3点セットです。
| 領域 | 推奨 | 理由 |
|---|---|---|
| クラウドベンダー | AWS / Azure(ガバメントクラウド認定) | デジタル庁の標準採用 |
| 言語 | Java / C# / TypeScript | 人材調達のしやすさ・10年後も書ける |
| FW | Spring Boot / .NET / Next.js | 主流かつ安定 |
| DB | PostgreSQL / Oracle | ACID必須・長期運用実績 |
| 認証 | LGWAN-ASP / マイナンバー連携 / 庁内AD | 公共固有の認証基盤 |
| ID基盤 | 地方公共団体情報システム機構(J-LIS) | 住民基本台帳ネットワークと連携 |
| 監視 | ベンダー標準 + 24/7有人監視 | SLAで明示 |
最新技術や尖った言語は人材確保の観点で禁忌。10年後に書ける人がいる言語に倒すのが鉄則です。
標準化(地方公共団体情報システムの標準化)への対応
2025年度末までに全国1,741自治体が、住民記録・税・福祉等の20業務について「標準準拠システム」へ移行する政府方針が走っています。これに該当する業務は、独自カスタマイズが原則禁止になりました。
| 区分 | 対応方針 |
|---|---|
| 標準化対象業務(20業務) | 標準仕様準拠製品を選定、カスタマイズ禁止 |
| 標準化対象外業務 | 独自開発可、ただし標準化対象との連携APIは規定 |
| 非業務システム(庁内ポータル等) | 民間並みの自由度 |
「標準仕様」に準拠したパッケージ(富士通・NTTデータ・日立等)を選んで、Fit to Standard(業務側を製品に合わせる)が現代の本命。業務側の独自要件を残してパッケージをカスタマイズするのは、Lidl SAP eLWIS事件と同じ轍です。
決めるべきこと — 自分のプロジェクトでの答えは?
以下の項目について、自分のプロジェクトの答えを1〜2文で言語化してみてください。曖昧なまま着手すると、必ず後から「なぜそう決めたんだっけ」が問われます。
| 項目 | 選択肢の例 |
|---|---|
| ガバメントクラウドの選定 | AWS / Azure / GCP / Oracle / さくら |
| 標準化対象か | 20業務該当 → 標準準拠 / 対象外 → 独自設計可 |
| 認証基盤 | LGWAN-ASP / マイナンバー / 庁内AD |
| 調達方式 | 一般競争入札 / 企画競争 / 随意契約 |
| 運用期間想定 | 5年 / 10年 / 20年 |
| BCP水準 | RPO 1時間 / RTO 4時間(標準) |
| 監査要件 | 個人情報保護条例 / J-SOX類似 |
| 多言語対応 | 日本語のみ / 多言語(在日外国人対応) |
やってはいけないこと
| 禁じ手 | なぜダメか |
|---|---|
| 「アジャイル契約なし」でアジャイル開発 | 仕様変更で追加契約が必要、結局ウォーターフォール化 |
| 新興言語・新興フレームワーク採用 | 10年後の人材調達で詰む、退職した職員と同じ |
| 個別職員の運用作業に依存 | 異動で消える、Runbookと自動化が必須 |
| 標準化対象業務の独自カスタマイズ | 政府方針違反、補助金対象外に |
| 認定外クラウド・認定外SaaS採用 | 監査で指摘、調達やり直し |
| Excelによる手作業集計の温存 | 業務改革の機会損失、長期的に維持コスト増 |
| 海外データセンターでの個人情報保管 | 法令違反、住民訴訟リスク |
| 退職予定ベンダーへの全依存 | 撤退時にブラックボックス、保守継続困難 |
公共は「攻めの設計」より「枯れた選択の積み上げ」が正解です。
| 「民間SaaSの成功構成を持ち込む」と鵜呑み | ガバメントクラウド認定外は調達不可、監査・住民データ要件で破綻 | | 「10年後の技術は予測できない」と流行技術を採用 | 職員異動・人材調達で詰む、枯れた言語(Java・C#)が鉄則 |
AI判断軸
| AI有利 | AI不利 |
|---|---|
| 標準準拠 + IaC + Git管理 | 独自設定・Excel手順書 |
| Markdown化された運用手順 | Word/PDFでベンダー納品 |
| 認定ベンダーのAI機能(AWS Bedrock等) | 認定外AI SaaS(ChatGPT直接連携等) |
| RAG前提の標準化された業務データ | 各課バラバラのExcelデータ |
- ガバメントクラウド認定ベンダーから選ぶ — 範囲外は調達不可
- 標準化対象業務はFit to Standard — 独自カスタマイズは政府方針違反
- 10年後に人材がいる言語・FWに倒す — 尖った選定は人事で詰む
- 運用は自動化・Markdown化 — 職員異動を前提に設計
ガバメントクラウド認定ベンダーのAI機能を使う
公共システムでAIを活用する場合、ガバメントクラウド認定ベンダー(AWS・Azure・Google Cloud・Oracle Cloud・さくらインターネット)が提供するAI機能を使うことが前提条件です。ChatGPTのような非認定SaaSに行政データを送信することは、セキュリティポリシー上認められないケースが大半です。
AWS Bedrock、Azure OpenAI Service、Google Cloud Vertex AIなどの認定ベンダー内AI機能であれば、データが国内リージョンに留まり、既存のセキュリティ基準(ISMAP等)の範囲内で利用できます。調達仕様書にAI活用要件を含める場合も、認定ベンダーのサービス名を明記することで調達審査を通しやすくなります。
運用手順のMarkdown化がAI自動化の前提になる
公共システムの運用は3〜5年ごとの職員異動が前提です。Word/PDFで納品された運用手順書は異動時に引き継がれない、またはバージョン管理されず古くなるという問題が繰り返し発生しています。
運用手順をMarkdownでGitリポジトリに格納し、バージョン管理する方式に変えると、2つのメリットが得られます。1つは異動時の引き継ぎが「リポジトリへのアクセス権付与」だけで完結すること。もう1つは、Markdown化された手順書がAIエージェントの入力として使えるようになり、障害対応の初動自動化や定型作業の実行をAIに委ねられるようになることです。
Word形式の手順書は人間しか読めませんが、Markdownの手順書は人間にもAIにも読める「機械可読な運用ナレッジ」として長期的に価値を持ちます。
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まとめ
本記事は公共・自治体システムのケースについて、ガバメントクラウド・標準化・調達制約・10年運用・AI時代の説明責任まで含めて解説しました。如何だったでしょうか。
認定ベンダーから選び、標準準拠を貫き、人材確保を見据え、自動化で職員異動に備える。これが2026年の公共システムの現実解です。
次回は「モバイルアプリ専業」のケースについて解説します。iOS/Android両対応、ストア審査、E2E暗号化など、Webと違うモバイル固有の判断軸を扱う予定です。
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本記事で扱った内容の詳細は AWS 公共機関向け も合わせて参考にしてください。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
📚 シリーズ:生成AI時代のアーキテクチャ超入門(84/89)
