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【ミステリー】アメリア・イアハート失踪事件 ─ 太平洋に消えた伝説の飛行士

【ミステリー】アメリア・イアハート失踪事件 ─ 太平洋に消えた伝説の飛行士

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は航空史に残る失踪事件、「アメリア・イアハートの謎」について解説します。

女性として初めて大西洋を単独横断飛行した、アメリカの国民的英雄アメリア・イアハート。1937年、彼女は最後の大挑戦として、赤道に沿った世界一周飛行に挑みました。そして、その終盤。太平洋のただ中に浮かぶ小さな島を目指す区間で、「ガソリンが残り少ない。そちらが見えない」という無線を最後に、機体もろとも消息を絶ったのです。史上最大級の捜索でも手がかりはなく、以来90年近く、彼女の行方は謎のまま。墜落か、漂着か。90年におよぶ捜索と検証の物語です。

図解

アメリア・イアハートとは

アメリア・イアハートは、1930年代のアメリカでもっとも有名だった女性飛行士です。1932年、女性として初めて大西洋の単独横断飛行に成功し、一夜にして世界的なスターになりました。悪天候と機体の不調に見舞われながら、約15時間の単独飛行をやり遂げた末の快挙でした。飛行記録を次々と塗り替えるだけでなく、女性の社会進出を象徴する存在として、講演や執筆でも人々を魅了しました。

1937年、39歳の彼女は、キャリアの集大成として赤道に沿った世界一周飛行(約4万7000キロ)に挑みます。相棒は、経験豊富な航法士フレッド・ヌーナン。機体は双発機ロッキード・エレクトラでした。二人は約1か月かけて世界の3分の2以上を順調に飛び、残すは太平洋横断の数区間というところまで来ていました。

運命の区間は、ニューギニアのラエからハウランド島まで。全長約4100キロの洋上飛行の先にあるのは、長さ3キロにも満たない、平坦で小さな島です。広大な太平洋で、この点のような島を見つけ出すことは、当時の航法技術ではそれ自体が綱渡りの挑戦でした。

最後の交信 ─ 「そちらが見えない」

1937年7月2日、ハウランド島の沖では、アメリカ沿岸警備隊の船イタスカ号が、無線誘導のために待機していました。イアハート機からの無線は、初めは弱く、次第に強くなっていきます。機体は確実に島へ近づいていたのです。

しかし、致命的な問題がありました。交信が一方通行だったのです。イタスカ号は彼女の声を受信できるのに、彼女の側はイタスカ号からの返信をほぼ受け取れていない様子でした。周波数の取り決めの混乱や無線設備の問題が重なったとみられています。朝、彼女の声が届きます。「そちらが見えない。ガソリンが残り少ない」。イタスカ号は煙まで焚いて位置を知らせようとしますが、応答は噛み合いません。そして最後の交信で、彼女は「157-337の線上を、北へ南へ飛んで捜している」という趣旨の位置情報を残し、それきり声は途絶えました。

アメリカ政府は、空母まで投入した当時としては史上最大規模の捜索を展開しましたが、機体の破片ひとつ見つかりませんでした。二人は1939年に法的に死亡宣告され、事件は伝説になったのです。

実は、消息を絶った後の数日間には、気になる出来事もありました。太平洋の各地の無線局や、遠くの短波ラジオの聴取者たちが、イアハート機からの遭難信号らしき電波を受信したと相次いで報告したのです。海軍は当初この報告をもとに捜索範囲を変えたほどでした。後の検証で多くは誤報やいたずらと判断されましたが、一部の受信記録については、「機体が海に浮いたままでは送信できないため、どこかの陸地にあった証拠ではないか」と解釈する研究者もいます。この「失踪後の電波」の評価は、墜落説と漂着説の分かれ目の一つになっています。

実は2度目の挑戦だった ─ 世界一周の道のり

あまり知られていませんが、この世界一周は一度失敗した後の、再挑戦でした。

最初の挑戦は1937年3月。西回りでハワイまで飛んだものの、次の区間への離陸時に機体が滑走路上で激しく回転して大破する事故を起こします。幸いけが人は出ませんでしたが、機体は本土へ送り返されての大修理となりました。多額の費用をかけて機体を直し、季節の変化に合わせてルートを東回りに変更して臨んだのが、運命の2度目の挑戦です。

再出発後の道のりは、順調そのものでした。オークランドからマイアミへ、南米の海岸線を南下し、大西洋を渡ってアフリカへ。中東、インド、東南アジアを経て、6月末にはニューギニアのラエに到達します。ここまで約1か月で全行程の9割近く、およそ3万5000キロを走破。残るは太平洋の3区間だけでした。

しかし、その最初の一区間こそが、全行程で最も危険なハウランド島への4100キロだったのです。あの小さな島を挟んだのは、長距離を無給油で飛べない当時の機体の限界ゆえでした。アメリカ政府はこの飛行のために、わざわざ島に滑走路まで整備していました。準備は万全のはずでした。それだけに、最後のわずかな行き違いの数々が、いっそう痛ましく響きます。

三つの説 ─ 墜落か、漂着か、捕虜か

彼女の運命をめぐる説は、大きく三つに分かれます。

最有力は、「墜落沈没説」です。燃料が尽き、ハウランド島付近の海に不時着水して沈んだ、というもっとも単純な筋書きです。最後の交信内容(燃料切迫、島が見えない)と自然につながり、多くの歴史家・航空専門家が支持しています。弱点はただ一つ、肝心の機体が見つかっていないこと。付近の海は水深数千メートルの深海で、捜索は極めて困難です。

第二は、「ニクマロロ島漂着説」。最後に伝えた「157-337の線」を南へ延長した先にある無人環礁(当時の名はガードナー島)に不時着し、しばらく生存していたという説です。この島では1940年に人骨の一部が発見されており、当時の医師は男性のものと判定しましたが、骨は紛失。近年、残された計測記録を現代の手法で再分析した研究者が「イアハートの体格と矛盾しない」と発表し、再び注目を集めました。調査団体が島から靴底や化粧品の瓶とみられる遺物も報告していますが、いずれも決定打には至っていません。

第三は、「日本軍捕虜説」。マーシャル諸島方面に降りて捕らえられた、という説ですが、裏づけとなる公的記録は日米どちらからも見つかっておらず、証言の信頼性も低いため、研究者の間では否定的に扱われています。証拠とされた写真も、失踪前に撮影されたものと判明しました。

今も続く深海の捜索

イアハート探しは、現在も続いています。舞台は水深5000メートル級の深海です。

ハウランド島周辺の海底は、これまで複数の探査会社がソナーで走査してきました。近年も、ある探査チームが「機体らしき影を捉えた」というソナー画像を発表して世界的なニュースになりましたが、後の再調査で岩の形状だったことが判明し、期待は空振りに終わりました。それでも探索が止まないのは、タイタニック号が73年後に発見されたように、深海探査技術の進歩が「いつか見つかる」という希望を支えているからです。

私がこの事件に惹かれるのは、謎の中身が「超常現象」ではなく「捜索の難しさ」そのものだという点です。広すぎる海、深すぎる海底、小さすぎる機体。説明のつかない怪奇は何もなく、ただ物理的な困難だけが、90年間答えを隠し続けている。その意味で、技術が進めば必ず決着し得る謎でもあります。彼女の機体が見つかる日は、案外近いのかもしれません。

イアハート失踪事件をめぐる疑問

なぜ島を見つけられなかったのですか?

不運と限界が重なりました。当時の洋上航法は、天測と推測航法(速度と時間からの位置計算)が頼りで、長距離を飛ぶうちに誤差がどうしても蓄積します。頼みの綱だった無線誘導は、周波数の行き違いなどで機能しませんでした。さらに、当日は雲の影が海面に落ち、小島と見分けにくい状況だったとも言われます。ハウランド島はわずか数キロの平らな島で、少しの位置ずれで視界から外れてしまいます。個々は小さなトラブルの積み重ねが、取り返しのつかない結果につながった。当サイトのハインリッヒの法則を思わせる、痛ましい事例です。

「生きて帰国していた」という説を聞いたことがありますが?

戦後に広まった俗説で、完全に否定されています。「イアハートは救出され、別人として静かに暮らしている」という主張が本で発表され、名指しされた女性が実在しましたが、その人はまったくの別人で、本人が名誉毀損で訴え勝訴しています。有名人の失踪には、この種の「実は生きていた」物語がほぼ必ず付きまといます。願望が生む神話の典型として、ミステリーを読み解くうえで覚えておきたいパターンです。

ニクマロロ島の骨は、結局誰のものだったのですか?

分からずじまいです。骨そのものが戦時の混乱で失われてしまったため、DNA鑑定ができません。残っているのは当時の医師による計測記録だけで、これを現代の法人類学で再分析した結果が「イアハートと矛盾しない」というものでした。ただし「矛盾しない」は「本人と確定した」ではなく、別人の可能性も残ります。もし島の土壌などからDNAの採れる新たな遺物が見つかれば話は一変しますが、現時点では、ニクマロロ説を支える有望だが未確定の証拠、という位置づけです。

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同じ「消えた」謎、「D.B.クーパー事件」「メアリー・セレスト号事件」、そして海の伝説「バミューダトライアングル」の記事です。

まとめ

本記事は「アメリア・イアハート失踪事件」について解説しました。如何だったでしょうか。

伝説の飛行士は、世界一周の終盤、太平洋の小さな島を目前に「ガソリンが残り少ない」という無線を残して消えました。説は三つ。最有力の墜落沈没説、人骨と遺物が議論を呼ぶニクマロロ島漂着説、そして根拠に乏しい捕虜説。90年近い捜索でも機体は見つからず、深海ソナーの「発見」も岩と判明して空振りに終わりました。

それでも、この謎に超常の影はありません。あるのは、広く深い海と、当時の技術の限界だけ。なので、深海探査の進歩が、いつか必ず答えを引き揚げてくれるはずです。彼女が最後に見た海の底で、エレクトラ号は今も静かに発見を待っている。私はそう信じて、捜索のニュースを追い続けています。

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