当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「トムソンのランプ」のパラドックスについて解説します。
ランプのスイッチを押してオン、もう一回押してオフ。これを無限に繰り返したら、最終的にランプはついているのか、消えているのか。意外と答えが出ない問題です。
スイッチを無限に切り替える
1954年にイギリスの哲学者ジェームズ・F・トムソンが論文「Tasks and Super-Tasks」の中で考案した思考実験です。トムソンの目的は、「超課題(supertask)」、つまり無限個の操作を有限時間内に完了することの概念に内在する問題を明らかにすることでした。
ランプのスイッチを以下のタイミングで押していきます。
- 0秒後にスイッチを押す(オン)
- 0.5秒後にスイッチを押す(オフ)
- 0.75秒後にスイッチを押す(オン)
- 0.875秒後にスイッチを押す(オフ)
- …
各ステップの間隔は前回の半分になります。つまり、1秒が経過するまでに無限回のスイッチ操作が完了します。
さて、ちょうど1秒後、ランプはついているでしょうか、消えているでしょうか?
なぜ答えが出ないのか
ランプがついていると仮定すると、最後の操作はオンだったことになりますが、全てのオンの操作の後にはオフの操作があるので、「最後のオン」は存在しません。
ランプが消えていると仮定しても同じです。全てのオフの操作の後にはオンの操作があるので、「最後のオフ」も存在しません。
「最後の操作」という概念自体が存在しないのです。無限回の操作には「最後」がないので、1秒後のランプの状態を決定する根拠がどこにもありません。
注意すべきは、「答えがオンでもオフでもない」と言っているわけではなく、「答えを決定する論理的根拠がどこにもない」という点になります。ランプはオンかオフのどちらかでなければなりませんが、どちらであるかを導く手がかりが設定の中に存在しないのです。
アキレスとカメとの違い
一見するとアキレスとカメのパラドックスに似ていますが、重要な違いがあります。
アキレスとカメの場合、無限のステップの合計時間は有限に収束します。つまり、「アキレスがカメに追いつく瞬間」が明確に存在し、そこで新しい状態(追い越した状態)に移行します。
トムソンのランプの場合、無限のステップの合計時間も同様に1秒に収束しますが、1秒後の状態を決める情報がどこにもないのです。無限の操作は1秒以内に全て終わりますが、その「結果」が定義されていません。
数学的に見ると
数学的に言えば、ランプの状態を表す関数(0秒から1秒の間でオンとオフが無限に切り替わる)は、t = 1 における極限値が存在しません。関数は0と1の間を振動し続けており、一つの値に収束しないからです。
これはゼノンのパラドックスとは異なります。ゼノンの場合、無限級数は一つの値に収束するので極限が存在します。トムソンのランプでは発散(あるいは振動)するため、極限が存在しません。
したがって、「1秒後にランプがどうなっているか」という問いには、数学的にも明確な答えがありません。これは問題が未定義であるということであり、パラドックスというよりも「答えのない問い」と解釈することもできます。
ベナセラフの反論
1962年に哲学者ポール・ベナセラフはトムソンのランプに対して重要な反論を行いました。彼の主張は、「1秒後のランプの状態が不確定であること」はパラドックスではなく、単に問題設定の制約であるというものです。
1秒以前の各時点でのランプの状態は完全に定義されています。しかし、ちょうど1秒の時点について何かを述べる制約は設定に含まれておらず、1秒後にランプがオンであっても矛盾しないし、オフであっても矛盾しない。どちらも問題設定と無矛盾であること自体が答えなのだ、というのがベナセラフの見解です。
超課題の他の例
トムソンのランプと関連する超課題の思考実験は他にもあります。
「ロス=リトルウッドのパラドックス」:花瓶にボールを10個入れて1個取り出す操作を無限回繰り返したとき、最終的に花瓶にはいくつのボールがあるか。取り出し方によって答えが0個にも無限個にもなりえるという驚くべき結果が示されています。
「無限のチョコレート」:板チョコを特定のパターンで切り分けて並べ替えると、一見1ピース増えたように見えるというトリックも、超課題の直感的な類似物です(こちらは実際には面積の減少で説明がつきます)。
物理的には実行不可能
現実世界では、トムソンのランプは実行できません。スイッチを押す間隔がいくらでも短くなるため、ある時点でプランク時間(約5.4×10⁻⁴⁴秒)を下回り、物理的に意味のある時間間隔ではなくなりますし、スイッチを押す速度が光速を超える必要も生じます。
トムソンのランプは純粋に数学的・哲学的な思考実験であり、「無限」という概念を有限の物理世界に無理に持ち込んだときに何が起こるかを示しています。
超課題をめぐる議論の広がり
トムソンのランプが投げかけた「無限回の操作を有限時間で終える」という設定は、その後さまざまな形で検討されてきました。
代表的な超課題
| 名前 | 設定 | 結果 |
|---|---|---|
| トムソンのランプ | 間隔を半分にしながら無限回スイッチを押す | 最終状態が定義できない |
| ロス=リトルウッドのパラドックス | ボールを10個入れて1個出す操作を無限回 | 取り出し方次第で0個にも無限個にもなる |
| ゼノンの二分法 | 距離を半分ずつ進む | 有限時間で到達する(矛盾なし) |
| ベナセラフの反論 | 各時点は定義されるが最終時点は未定義 | 問題設定の制約であってパラドックスではない |
3行目だけが素直に解決しているところです。位置のように連続的に変化する量なら、極限がそのまま最終状態になります。
ところがランプの状態は0と1しか取らない離散量なので、極限が存在しません。連続量か離散量かで、超課題が意味を持つかどうかが分かれることになります。
2行目のロス=リトルウッドは、さらに極端です。ボールに番号を振り、毎回どれを取り出すかの規則を変えるだけで、最後に残る個数が0個にも無限個にもなります。同じ「10個入れて1個出す」を繰り返しているのに、です。
現代の物理学から見ると
物理的に実行できないことは記事の前半で触れましたが、理論物理の側からこの種の設定を真面目に検討する動きもあります。
・マラメント=ホゲス時空:一般相対性理論の枠内で、無限の計算を有限時間で観測できる時空構造が考えられている ・超チューリング計算:通常の計算機では解けない問題を、超課題が実行できれば解けるという理論的な研究
いずれも実現の見込みがあるわけではありませんが、「もし超課題が可能なら何ができるか」を調べることで、計算の限界がどこから来ているのかがはっきりします。
トムソンが哲学の思考実験として提示した問題が、計算理論と時空の構造という2つの分野をつなぐ位置に置かれているのは、なかなか興味深い展開だと思います。
トムソン自身の結論
考案者ジェームズ・トムソンが何を主張したかったのかにも触れておきます。
彼の狙いは、ランプの状態を当てることではありませんでした。「超課題という概念そのものが矛盾を含んでいる」ことを示すのが目的です。
無限回の操作を完了したと言えるためには、最後の操作が存在しなければならない。ところが無限には最後がない。したがって「無限回の操作を完了する」という言い方自体が意味を成さない、という論法でした。
もしこれが正しければ、ゼノンのパラドックスも同じ理由で退けられます。無限個の区間を通過するという設定が、そもそも成立しないことになるからです。
ただし、この主張はベナセラフらの反論を受けて弱められました。最終状態が定義できないことと、操作が完了できないことは別だという指摘です。
現在では、超課題という概念自体は矛盾しておらず、ランプの例が最終状態を定義していないだけだ、という理解が主流になっています。トムソンの結論は退けられましたが、彼が持ち込んだ問いは残った形です。
決まらないのではなく、最初から定義されていない。私はこの整理がいちばんすっきりすると思っています。
無限の操作に関わる関連パラドックス
トムソンのランプと同じく無限回の操作や無限分割にまつわる問題を扱う関連パラドックスです。
まとめ
本記事は「トムソンのランプ」について解説しました。如何だったでしょうか。
無限回の操作は完了するのに、その「結果」が存在しない。無限の操作に「結果」を求めること自体が概念的な誤りなのかもしれません。シンプルな設定でありながら、無限の深淵を覗かせてくれるパラドックスです。
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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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