当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「カンターの対角線論法」について解説します。
無限は無限。それ以上も以下もない、と思いきや、19世紀のドイツの数学者ゲオルク・カンターは、無限にも大小関係があることを証明してしまいましたし、その証明方法は、一度理解すると思わず膝を打つほどエレガントなものです。
無限は全部同じ大きさ?
まず、自然数(1、2、3、4…)は無限にあります。偶数(2、4、6、8…)も無限にあります。
直感的には自然数の方が偶数より多い気がしますが、実はこの二つは「同じ大きさの無限」です。なぜなら、自然数nに対して偶数2nを対応させれば、1対1で過不足なく対応がつくからです。
1↔2、2↔4、3↔6、4↔8…という具合に、全ての自然数に偶数を一つずつ割り当てることができ、余りもダブりもありません。
では、「実数」(小数を含む全ての数、例えば0.1415926…のような数)はどうでしょうか。実数も無限にあります。自然数と実数は同じ大きさの無限なのでしょうか?
カンターは対角線論法という手法で、実数は自然数より「真に多い」ことを証明しました。
対角線論法の仕組み
証明は背理法で行います。「0から1の間の実数は全て自然数と1対1に対応がつく」と仮定して、矛盾を導きます。
仮に、0から1の間の全ての実数をリストにできたとします。
- 1番目の実数:0.51209347…
- 2番目の実数:0.33817260…
- 3番目の実数:0.71038492…
- 4番目の実数:0.49027351…
- 5番目の実数:0.82615094…
- …
ここで、「対角線上の数字」に注目します。1番目の実数の1桁目、2番目の実数の2桁目、3番目の実数の3桁目…と拾っていくと、5、3、0、2、5… という数列が得られます(太字の部分)。
次に、この対角線の各数字を別の数字に置き換えた新しい小数を作ります。例えば、各桁に1を足す(9の場合は0にする)ルールにすると、6、4、1、3、6… となり、新しい実数 0.64136… ができます。
この新しい実数は、リストのどこにも載っていません。
- 1番目の実数とは1桁目が違う(5→6)
- 2番目の実数とは2桁目が違う(3→4)
- 3番目の実数とは3桁目が違う(0→1)
- n番目の実数とはn桁目が違う
結局のところ、リストに全ての実数を載せたはずなのに、リストに載っていない実数が作れてしまいました。これは「全ての実数をリストにできた」という仮定に矛盾します。
したがって、0から1の間の実数を自然数で番号付けすることは不可能であり、実数は自然数よりも「多い」のだと思います。
無限の階層
カンターの発見は衝撃的でした。無限は一つではなく、無限にも大きさの違いがあるのではないでしょうか。
自然数のような「数え上げられる無限」は「可算無限(アレフ・ゼロ)」と呼ばれ、実数のような「数え上げられない無限」は「非可算無限」と呼ばれます。
さらに驚くべきことに、この階層は終わりません。実数の集合よりもさらに大きな無限が存在し、その上にもさらに大きな無限が…と、無限のレベルが無限に続くのだと思います。
当時の反応
カンターの対角線論法は1891年に発表されましたが、当時の数学界では激しい批判を受けました。
特に影響力のある数学者レオポルト・クロネッカーはカンターを「若者の堕落者」と呼んで攻撃しました。クロネッカーは「神は自然数を作った。それ以外は人間の仕事だ」という立場で、無限に大小があるなどという考えは受け入れられなかったのです。
ただ、カンターの証明は論理的に完璧であり、時間とともに数学界に受け入れられていきました。今日では対角線論法は数学の最も美しい証明の一つとして広く認められています。
対角線論法は他の分野でも使われている
この証明手法の価値は、実数の非可算性を示したことだけではありません。同じ型の議論が、20世紀の重要な定理をいくつも生み出しました。
転用された先
| 定理 | 発表 | 対角線論法の使われ方 |
|---|---|---|
| ラッセルのパラドックス | 1901年 | 自分自身を含まない集合を対角線的に構成 |
| ゲーデルの不完全性定理 | 1931年 | 「この命題は証明できない」を対角線的に作る |
| チューリングの停止問題 | 1936年 | 判定結果の逆を返すプログラムを対角線的に作る |
| 計算量の階層定理 | 1965年 | より多くの時間を使えば解ける問題が増えることを示す |
共通しているのは、「すべてを並べたと仮定して、その一覧に載らないものを作る」という手順です。
ゲーデルの場合は、証明可能な命題を並べた一覧に載らない真な命題を作ります。チューリングの場合は、停止判定できるプログラムの一覧に載らないプログラムを作ります。
一覧を作った瞬間に、その外側にあるものが構成できてしまう。カントールが無限集合について見つけたこの構図は、体系の限界を示す標準的な道具になりました。
連続体仮説という積み残し
対角線論法は、実数が自然数より多いことを示しました。では、その中間の大きさは存在するのでしょうか。
カントールは「中間は存在しない」と予想し、これを連続体仮説と呼びました。彼は生涯をかけて証明を試みましたが、成功しませんでした。
決着がついたのは20世紀の半ばです。1940年にゲーデルが、1963年にポール・コーエンが、それぞれ次のことを示しました。
・現在の集合論の公理からは、連続体仮説を証明できない ・同じ公理からは、連続体仮説を否定することもできない
なので、正しいとも間違っているとも決められないという結論でした。カントールが解けなかったのは能力の問題ではなく、そもそも決着がつかない問題だったことになります。
カントール本人が受けた仕打ち
これほど重要な発見をした人物が、生前どう扱われたのかにも触れておきたいと思います。
ゲオルク・カントールが無限の階層を発表した1870年代から1890年代にかけて、数学界の反応は冷ややかでした。
とくに激しく反対したのが、ベルリン大学の重鎮レオポルト・クロネッカーです。彼は「神は自然数を作った。他はすべて人間の仕事である」という言葉で知られ、有限の手続きで構成できないものを数学から締め出そうとしました。
クロネッカーはカントールの論文掲載を妨げ、ベルリン大学への就職を阻んだとされています。カントールは生涯を地方のハレ大学で過ごすことになりました。
・1874年:最初の非可算性の証明を発表。ほとんど無視される ・1884年:最初の重い抑うつ状態に陥る。以後、入退院を繰り返す ・1891年:対角線論法を発表。この形が現在まで使われている ・1918年:療養先の病院で死去
抑うつの原因が学界からの批判だけだったのかは分かっていませんが、連続体仮説を解こうとして果たせなかった苦悩も重なっていたと言われます。
評価が逆転するまで
流れが変わったのは20世紀に入ってからです。1900年の国際数学者会議で、ヒルベルトが提示した23の問題の第1問が連続体仮説でした。数学界がもっとも重要と認める問題の筆頭に、カントールの問いが据えられたことになります。
さらにヒルベルトは1926年の講演で、「カントールが我々のために作ってくれた楽園から、誰も我々を追い出すことはできない」と述べ、集合論を数学の基礎として擁護しました。
現在では、集合論はほぼすべての数学分野の土台になっています。生前は異端として扱われた理論が、いまや前提として教えられているということですね。
新しい考え方が受け入れられるまでの時間差と、その間に本人が払う代償。カントールの生涯は、そのことをかなり厳しい形で示していると思います。
無限に大小があるという結論は何度読んでも不思議ですが、私は対角線論法の手つきの鮮やかさのほうに毎回感心してしまいます。
数学的無限の関連パラドックス
カンターの対角線論法と同じく無限集合の奇妙な性質を扱う関連パラドックスです。
まとめ
本記事は「カンターの対角線論法」について解説しました。如何だったでしょうか。
無限にも大きさの違いがあるという発見は、数学の歴史において最も革命的な成果の一つですし、その証明は、対角線上の数字を入れ替えるだけというシンプルな方法でありながら、反論の余地がないほど厳密です。
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