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【儒教の原典②】四書 ― 大学・中庸・孟子と修身斉家治国平天下を解説

【儒教の原典②】四書 ― 大学・中庸・孟子と修身斉家治国平天下を解説

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、儒教の原典を解説するシリーズの第2弾です。

前回(記事①)は、四書の筆頭である『論語』を見ました。今回は、残る四書――『大学』『中庸』『孟子』を解説します。

儒教の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。

【神話・宗教の原典解説】儒教の原典まとめ ― 四書五経と孔子の教えの全記事一覧senkohome.com/myths-religions-origins-confucianism/

四書という枠組み

まず確認しておきたいのが、「四書」という枠組み自体の成り立ちです。

『論語』『大学』『中庸』『孟子』を「四書」としてひとまとめにし、儒教の基本テキストと位置づけたのは、宋(そう)の時代の大学者・朱熹(しゅき)です。それ以前、『大学』と『中庸』は、後で見る五経の一つ『礼記』の中の一章にすぎませんでした。朱熹がこれらを独立させ、「初学者はまず四書から学ぶべき」と定めたことで、四書は儒教学習の出発点となったのです。

朱熹は、ただ四つを選んだだけではありません。それぞれに詳細な注釈をほどこした『四書集注(ししょしっちゅう)』を著し、さらに「まず『大学』で学問の全体の規模をつかみ、次に『論語』で根本を、『孟子』でその発展を学び、最後に『中庸』で深遠な理に至る」という、明確な読む順序まで示しました。この『四書集注』は、後の科挙(官僚登用試験)の事実上の公式テキストとなり、以後600年以上にわたって、東アジアの知識人が必ず学ぶ「教科書」として君臨することになります。四書の重みは、この朱熹の仕事によって決定づけられたのです。

四書内容
論語孔子の言行録(記事①で解説)
大学学問と政治の順序を説く
中庸偏らない徳と「誠」を説く
孟子孟子の思想。性善説・王道

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大学 ― 修身から天下泰平へ

『大学(だいがく)』は、ごく短い書物ですが、「学問とは何のためか」「政治はどこから始まるのか」を、明快な順序で示した名著です。

その核心が、有名な「修身斉家治国平天下(しゅうしんせいかちこくへいてんか)」という言葉です。これは、八条目(はちじょうもく)と呼ばれる8段階の後半部分にあたります。

『大学』の八条目 ― 自分を修めることが、世を治める出発点 格物 物事を究める 致知 知を深める 誠意 意を誠にする 正心 心を正す 修身 身を修める 斉家 家を整える 治国 国を治める 平天下 天下を平らかに まず自分を磨くこと(修身)が、家・国・天下の安定すべての土台となる ※ 前半(格物〜正心)=自己の内面を養う/後半(修身〜平天下)=外へ広げる

ここで大切なのは、その順序です。天下を平和にする(平天下)には、まず国を治め、その前に家庭を整え(斉家)、そのさらに前に自分自身の人格を磨くこと(修身)が出発点になると説きます。「世界を変えたければ、まず自分を正せ」――この発想は、儒教が政治と道徳を一続きのものとして捉えていたことをよく示しています。

なお『大学』は、この八条目の前に三綱領(さんこうりょう)――「明徳を明らかにし」「民を親愛し(新たにし)」「至善に止まる」という3つの大きな目標も掲げています。

中庸 ― 行き過ぎず、足りなくもなく

『中庸(ちゅうよう)』も、もとは『礼記』の一章でした。その主題は、書名のとおり「中庸」という徳です。

中庸とは、単なる「真ん中」「妥協」ではありません。あらゆる場面で、行き過ぎることも、足りないこともなく、ちょうど良い適切さを保つことを意味します。喜怒哀楽の感情も、まったく無くすのではなく、適切な度合いで発することが理想とされます。言うのは簡単ですが、状況に応じて常に最適なバランスを取り続けるのは、極めて難しい、高度な徳です。

『中庸』は、その冒頭で壮大な一句を掲げます。「天の命ずる、これを性と謂(い)い、性に率(したが)う、これを道と謂い、道を修むる、これを教えと謂う」。これは「人の本性は天から授かったもの。その本性に従って生きることが道であり、その道を磨くことが学び(教え)である」という意味で、人間の道徳を天と直接むすびつける、儒教の重要な世界観を示しています。

そして『中庸』は、この徳の根底に「誠(まこと)」という概念を据えます。誠とは、偽りのない真実さであり、天地自然を貫く根本原理でもあるとされます。人が誠を尽くすことは、天地の働きに連なることだと説く点に、『中庸』の哲学的な深みがあります。なお孔子自身も、中庸を「中庸は至高の徳だが、人々がこれを保てなくなって久しい」と嘆いており、簡単そうでいて到達の難しい、最高の徳とされていることがわかります。

孟子 ― 性善説と王道政治

四書の最後が『孟子(もうし)』です。孟子(紀元前4世紀ごろ)は、孔子の死後約100年に現れ、その教えを受け継いで発展させた人物で、孔子に次ぐ「亜聖(あせい)」と尊ばれます。

孟子の最も有名な主張が「性善説(せいぜんせつ)」です。これは「人間の本性は、生まれつき善である」という考え方です。

孟子は、その証拠としてこう問いかけます。「幼い子どもが井戸に落ちそうなのを見れば、誰もが思わずハッとして助けようとするだろう」と。この、とっさに沸き起こる「惻隠(そくいん)の心(あわれみ)」こそ、人が本来善であることの証だというのです。孟子は、こうした4つの善の芽生え(四端=惻隠・羞悪・辞譲・是非の心)を育てれば、仁・義・礼・智の徳に育つと説きました。

四端(善の芽)育つ徳
惻隠の心(あわれみ)
羞悪の心(恥じ憎む)
辞譲の心(譲り合う)
是非の心(善悪を分かつ)

政治について、孟子は「王道(おうどう)」を理想としました。力で人を従わせる「覇道(はどう)」を退け、君主が仁徳をもって民を慈しむ政治こそが正しいとしたのです。

さらに孟子は、踏み込んだ主張もしています。「民を貴しと為し、君を軽しと為す」――民こそが国の根本であり、君主は二の次だというのです。そして君主が徳を失い、暴政を行えば、天はその王朝を見限り、別の有徳者に取って代わらせるとする「易姓革命(えきせいかくめい)」の思想を唱えました。これは、暴君を倒すことを正当化しうる、力強い考え方でした。

孟子は、個人の生き方についても力強い言葉を残しています。代表が「浩然(こうぜん)の気」です。これは正しい行いを積み重ねることで養われる、天地に満ちるほど広大でくじけない精神力のことで、何ものにも屈しない道徳的勇気を指します。富や権力になびかない理想の人物像を、孟子は「大丈夫(だいじょうぶ)」と呼びました。

また『孟子』は、巧みなたとえ話の宝庫でもあります。たとえば、戦場で五十歩逃げた者が百歩逃げた者を笑う「五十歩百歩」、苗の成長を待ちきれず引っ張って枯らしてしまう「助長(じょちょう)」など、今も使われる故事成語の多くが、この書に由来します。深い思想を、誰にでも分かる具体例で説く点に、孟子の弁論家としての非凡さが表れています。

なお、孟子の性善説に対して、後の儒家荀子(じゅんし)「性悪説」――人の本性は放っておけば欲に走るので、礼によって矯正すべきだ――と唱えました。性善か性悪か、という人間観の論争は、儒教の大きなテーマとなっていきます。

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まとめ

本記事では、四書のうち『大学』『中庸』『孟子』を詳しく解説しました。如何だったでしょうか。

『大学』は「修身斉家治国平天下」として、自分を磨くことが世を治める出発点だと説きました。『中庸』は偏らない徳と「誠」を、そして『孟子』は「性善説」と、民を重んじる「王道」「易姓革命」を説きました。

これら四書は、孔子の教えを受け継ぎ、儒教を体系的な思想へと深めた、まさに核心の原典です。

次回の記事③では、四書よりも古い儒教のもう一つの柱――「五経」を解説していきます。

【神話・宗教の原典解説】儒教の原典まとめ ― 四書五経と孔子の教えの全記事一覧senkohome.com/myths-religions-origins-confucianism/

それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。