当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「投票のパラドックス(コンドルセのパラドックス)」について解説します。
多数決は最も公平な意思決定方法。そう思っている人は多いのではないでしょうか。しかし、3つ以上の選択肢がある場合、多数決は民意を正しく反映しないことがあります。しかもそれは例外的なケースではなく、かなり頻繁に起きうるのです。
3人の投票が作る循環
18世紀フランスの数学者コンドルセが発見した問題です。
3人の投票者と3つの候補者A、B、Cがいるとします。各投票者の選好は以下の通りです。
- 投票者1:A > B > C(Aが一番、次にB、最後にC)
- 投票者2:B > C > A
- 投票者3:C > A > B
AとBの一騎打ちでは、AをBより好む人が2人(投票者1と3)でAが勝ちます。 BとCの一騎打ちでは、BをCより好む人が2人(投票者1と2)でBが勝ちます。 CとAの一騎打ちでは、CをAより好む人が2人(投票者2と3)でCが勝ちます。
A > B > C > A … と循環してしまい、多数決では勝者が決まりません。
なぜ問題なのか
このパラドックスが示しているのは、集団の選好は個人の選好のように合理的な順序を持つとは限らないということです。
個人の選好では「AがBより好きで、BがCより好きなら、AがCより好き」(推移律)が成り立ちますが、多数決で集計した集団の選好ではこの推移律が崩れてしまいます。
これは多数決という方法の欠陥であり、投票の順序やマッチアップの組み合わせを操作することで結果を変えることができます。議長が投票にかける順序を決められるとすれば、「どの候補を最初に対決させるか」で結果をコントロールできてしまいます。これを「議題操作(agenda manipulation)」と呼びます。
コンドルセ自身はフランス革命期に活躍した人物で、この発見をもとに「コンドルセ方式」、つまり全ての一対一対決で勝つ候補(コンドルセ勝者)がいればそれを選ぶ方式を提案しましたが、上記のように循環が起きるとコンドルセ勝者が存在しないため、この方式だけでは完全ではありません。
アローの不可能性定理
コンドルセのパラドックスをさらに一般化したのが、1951年にケネス・アローが証明した不可能性定理です。
アローは、3つ以上の選択肢がある場合、以下の全てを同時に満たす投票制度は「独裁制以外に存在しない」ことを証明しました。
- 全員がAをBより好むなら、結果もAがBより上位になる(全会一致条件)
- AとBの順位は、AとB以外の候補に対する選好に左右されない(無関係な選択肢からの独立性)
- 特定の1人の選好だけで結果が決まることはない(非独裁制)
要するに、完全に公平な投票制度は数学的に不可能だということです。アローはこの業績で1972年にノーベル経済学賞を受賞しています。
なお、選択肢が2つだけの場合はこの問題は生じず、多数決は2択の場合に限り完全に公平な制度になります。問題が生じるのは3つ以上の選択肢が存在する場合に限ります。
現実の選挙への影響
現実の選挙でも、投票方法によって結果が変わることは珍しくありません。
小選挙区制では、票が割れることで「最も人気のない候補が当選する」ことがあります。例えば、似たような政策の候補者AとBが票を食い合い、少数派の候補者Cが当選するケースです。
比例代表制、決選投票制、ランク付け投票制など、様々な選挙制度が考案されていますが、アローの定理に従えば、どの制度にも何らかの欠点があることは避けられません。
2000年のアメリカ大統領選挙は現実の好例です。フロリダ州でジョージ・W・ブッシュがアル・ゴアを537票差で破りましたが、第三候補のラルフ・ネーダーが約97,000票を得ていました。ネーダー支持者の多くがゴア寄りだったと考えられ、ネーダーがいなければゴアが勝っていた可能性が高いということです。「無関係な選択肢(ネーダー)」がAとBの結果を変えてしまう。アローの定理が警告していた事態そのものです。
議事の順番で結論が変わる
コンドルセのパラドックスがもっとも実務に効いてくるのが、採決の順番を決める人が結果を決められるという点になります。
A、B、Cの3案があり、多数決の関係が循環しているとします。トーナメント方式で2案ずつ比べる場合、どの順で対戦させるかによって勝者が変わります。
| 対戦順 | 1回戦 | 決勝 | 最終的な勝者 |
|---|---|---|---|
| AとBを先に | Aが勝つ | AとCならCが勝つ | C |
| BとCを先に | Bが勝つ | BとAならAが勝つ | A |
| CとAを先に | Cが勝つ | CとBならBが勝つ | B |
全員の好みが変わっていないのに、議事の順番だけで3通りの結論が出るということになります。
最初に潰したい案を早い段階で戦わせ、通したい案を決勝に温存する。これは「議題操作」と呼ばれ、実際の議会運営でも意識されている技術です。
議長が中立であることが重要とされるのは、こういう構造があるためだと考えると腑に落ちると思います。
循環はどれくらい起きるのか
現実の投票でこの循環がどの程度起きるのかについては、研究があります。
選択肢の数と投票者の数が増えるほど、循環が生じる確率は上がります。ただし、実際の選挙データで循環が確認された例は多くありません。
・理論上の確率:3案・多数の投票者で、好みが完全にばらばらなら約9パーセント ・選択肢が増えると:10案なら5割近くまで上がる ・現実のデータ:確認された例は限られている
現実に少ない理由として、有権者の好みが「単峰性」を持つことが多い点が挙げられます。争点が左右のような1本の軸に並んでいると、循環は生じません。
逆に言えば、争点が複数の軸にまたがるほど、循環が起きやすくなります。経済政策と社会政策と外交が絡み合うような場面が、これに当たります。
多数決が万能でないことは知っておいて損がないと思います。とくに、選択肢が3つ以上ある会議では意識しておく価値があります。
循環を避ける投票方式
多数決の循環を減らすため、さまざまな投票方式が考案されてきました。それぞれ長所と短所があります。
| 方式 | 仕組み | 特徴 |
|---|---|---|
| 単純多数決 | 1位のみ書く | 分かりやすいが、票が割れると少数派が勝つ |
| 決選投票 | 上位2名で再投票 | 過半数を確保できるが、3位以下の情報を捨てる |
| ボルダ得点 | 順位に点数をつけて合計 | 全体の情報を使うが、無関係な候補の追加で結果が動く |
| コンドルセ方式 | 総当たりで勝者を決める | 循環が起きると勝者が決まらない |
どの方式にも必ず弱点があるというのが、アローの不可能性定理の意味するところでした。
いくつかのもっともらしい条件を同時に満たす投票方式は存在しない。これが証明されているので、「もっと良い方式を探せばよい」という道は原理的に閉ざされているように思います。
ボルダ得点の弱点はとくに実感しやすいと思います。勝ち目のない候補が1人加わるだけで、上位2人の順位が入れ替わることがあります。
それでも投票を使う理由
こう並べると多数決が頼りなく見えますが、実務では使い続けるしかありません。
完璧な方式がないことと、どの方式も同じくらい悪いことは違います。用途に応じて、弱点の出にくいものを選ぶという考え方になります。
・選択肢が2つ:単純多数決で問題は生じない。循環も起きない ・選択肢が3つ以上で、争点が1本の軸:循環は起きにくい ・選択肢が多く、争点も複数:方式の選択が結果を左右する
3つめの場面では、方式を決める段階で、実質的に結論の一部が決まっていることになるのだと思います。
だからこそ、投票の方式は議論が始まる前に決めておく必要があります。結果が見えてから方式を変える提案が出たら、それは議題操作を疑ってよい場面だと思います。
多数決は公平な決め方だと思われがちですが、私は選択肢が3つ以上ある時点で、決め方そのものが結論に効いていると考えるようにしています。
集団意思決定の関連パラドックス
投票のパラドックスと同じく集団が合理的な決定を下せない問題を扱う関連パラドックスです。
まとめ
本記事は「投票のパラドックス」について解説しました。如何だったでしょうか。
多数決が常に正しい結果を出すとは限らないという事実は、民主主義の仕組みについて深く考えるきっかけを与えてくれます。完全な投票制度は存在しないからこそ、その限界を理解したうえで制度を運用していくことが大切なのかもしれません。
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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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