当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「エーレンフェストのパラドックス」について解説します。
円盤を光速に近い速さで回転させると、外周は進行方向に縮みますが、半径は回転方向と直角なので縮みません。すると円周を直径で割った値が円周率πより小さくなってしまいます。硬いはずの円盤の形が保てないというこの問題は、アインシュタインを一般相対性理論へと押し出す重要な足がかりになりました。
回る円盤で起きること
まず、静止している円盤を考えます。半径をR、円周を2πRとします。ごく普通の円です。
この円盤を、外周部分の速度が光速に近づくほど高速で回転させます。ここで2つの部分に分けて考えます。
外周にある小さな一片は、円の接線方向へ猛烈な速さで動いています。動く物体は進行方向に縮むので、この一片は短くなります。外周を一周ぶん足し合わせると、円周は2πRより短く測られることになります。
一方、半径に沿った方向はどうでしょうか。回転の向きは常に円の接線方向なので、半径は運動方向と直角です。運動方向と直角な向きには収縮が起きません。つまり半径はRのままです。
まとめると、半径はRのままで円周だけが短くなります。円周を直径2Rで割ると、πより小さい値になってしまいます。
円盤は形を保てるのか
ここが矛盾になります。
円盤が硬い物体であれば、回転させても形は変わらないはずですが、円周だけが縮んで半径が縮まないのなら、その円盤はもはや平らな円ではありません。
イメージとしては、外周だけを絞られた布のような状態です。実際の材料であれば、外周の材料が足りなくなって引きちぎられるか、皿のように歪むことになります。
この問題を1909年に提示したのが、オーストリアの物理学者パウル・エーレンフェストでした。特殊相対性理論が発表されてまだ4年しか経っていない時期です。
剛体は存在しないという答え
現代の理解では、答えの半分は「そもそも硬い円盤など存在しない」というものではないでしょうか。
相対性理論では、完全に硬い物体を考えることができません。力の伝わる速さも光速を超えられないので、押した瞬間に全体が動くような物体はありえないからです。ベルの宇宙船のパラドックスで糸が切れたのと、根は同じ話になります。
さらに厳密な結果もあります。1910年前後にヘルグロッツとネターが示した定理によれば、静止状態から形を保ったまま円盤を回転させ始めることは原理的にできません。
止まっている円盤を回そうとすれば、必ずどこかに応力がかかり、材料は伸びるか縮むかします。矛盾するのは相対性理論ではなく、「硬い円盤を回す」という設定の方だったということですね。
回転する世界の幾何学は平らではない
答えのもう半分は、もっと深いところにあります。
円盤と一緒に回転している観測者が、自分の足元の空間を測ったとします。円周に沿ってものさしを並べていくと、静止した人が数えるより多くの本数が必要になります。
なので、回転する立場から見た空間では、円周を半径で割った値が2πより大きくなります。これは平らな空間では起こりえないことです。
学校で習うユークリッド幾何学は、平らな空間を前提にしています。ところが回転しているというだけで、その前提が崩れてしまう。「加速している立場から見ると、空間そのものが曲がって見える」という事実が、ここに現れています。
回る円盤の上で時計はどうなるか
長さの話をしてきましたが、時間の側にも同じくらい面白いことが起きます。
外周ほど時間が遅れる
円盤の上の各点は、中心から離れるほど速く動いています。速く動く時計は遅れるので、円盤の中心に置いた時計と外周に置いた時計では、進み方が変わります。
しかも遅れ方は場所ごとに違い、半径に応じて連続的に変化します。円盤全体で共通の時刻を決めようとしても、うまくいきません。
回転する系では「同時とは何か」すら一意に決められない。この事情が、エーレンフェストの問題を今も議論が続く難所にしている一因になっています。
サニャック効果と、実用化された装置
回転が時間に及ぼす影響は、実際に測定できます。
円形の経路に沿って、光を右回りと左回りの両方に送り出します。装置が静止していれば両者は同時に一周して戻ってきますが、装置が回転していると到達時刻にずれが生じます。回転方向に進む光の方が、追いかける距離が長くなるためです。
1913年にジョルジュ・サニャックが確認したこの現象は、いまでは実用品になっています。
| 装置 | 用途 | 原理 |
|---|---|---|
| リングレーザージャイロ | 航空機・船舶の姿勢制御 | 光路差を周波数のずれとして検出 |
| 光ファイバージャイロ | ロケット・自動車・ドローン | 巻いた光ファイバー内の位相差を検出 |
| GPSの時刻補正 | 測位計算 | 地球の自転による経路差を補正 |
回転部品を持たないため摩耗せず、応答も速いという利点があります。回る円盤という思考実験の題材が、いまや旅客機の姿勢を保つ装置として飛んでいるのだと思います。
GPSの計算にサニャック補正が必要なのも同じ理由で、地球の自転を無視すると測位が数十メートル単位でずれます。100年以上前の議論が、日々の位置情報の精度を支えていることになります。
アインシュタインを一般相対性理論へ導いた
この点に強く反応したのが、アルベルト・アインシュタインでした。
彼はすでに、加速と重力が区別できないという等価原理にたどり着いていました。回転も加速の一種ですし、回転する円盤の上では、空間の幾何学が平らでなくなる。
ここから、重力があるところでは空間そのものが曲がっているのではないかという発想が出てきます。重力を力として扱うのをやめ、時空の幾何学として記述するという方針です。
アインシュタイン自身、一般相対性理論に至る道を振り返る文章のなかで、回転する円盤の考察が決定的な役割を果たしたと述べていますが、実際に、彼はその後リーマン幾何学を学び直し、1915年に一般相対性理論を完成させました。
矛盾に見えたものが、実は新しい理論の入口だった。私はこの展開が、パラドックスというものの価値をいちばんよく表している例だと考えています。
いまも議論が続いている部分
とは言っても、この問題が完全に片付いたわけではありません。
回転する円盤の上で長さをどう定義するか、円盤と一緒に回る観測者にとっての同時とは何かといった論点は、細部で今も議論が続いています。ノルウェーの物理学者エイヴィン・グレンをはじめ、この主題だけで多数の論文が書かれてきました。
問題の核心が、「加速する立場から見た時空をどう記述するか」という難所に触れているからです。特殊相対性理論は慣性系のあいだの関係を扱う理論なので、回転のように加速を含む状況では、扱いに慎重さが求められます。
100年以上前の思考実験が、今も論文の題材であり続けているというのは、なかなか珍しいことだと思います。
自然界には本当に高速で回る天体がある
思考実験の話に見えますが、宇宙には実際に極端な速さで回転している天体があります。
中性子星の一種であるパルサーは、直径がおよそ20キロメートルしかないのに、秒間に数百回転するものが見つかっています。最も速い部類では、赤道付近の表面速度が光速の10%を超えると見積もられています。
この規模になると、剛体として扱う近似が通用しません。研究では次のような点が計算に入ります。
・形状の変形:遠心力で赤道方向に膨らみ、完全な球ではなくなる ・内部の応力:物質が引き裂かれない限界の回転数が存在する ・時間の進み方の差:表面と中心で時計の進み方がずれる ・時空の引きずり:回転が周囲の時空そのものを引きずる効果が現れる
エーレンフェストが「硬い円盤は回せない」と指摘した状況が、天体の規模で現実に起きているということになるのだと思います。
回転する物体を正しく扱うには、はじめから変形を織り込んだ理論が要る。100年前に思考実験で得られた結論が、そのまま観測対象の記述に使われています。
相対性理論の関連パラドックス
光速に近い世界では、長さや同時性についての日常的な感覚が通用しなくなる関連パラドックスです。
まとめ
本記事は「エーレンフェストのパラドックス」について解説しました。如何だったでしょうか。
円周だけが縮んで半径が縮まない。この単純な指摘から、剛体という概念が使えないことと、加速する立場では空間が平らでなくなることの2つが導かれました。
そして後者が、重力を幾何学として捉え直すという発想につながっていきます。困った矛盾が理論の入口になったという意味で、物理学史でも屈指の位置を占める問題だと思います。
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