パラドックス

【世界のパラドックス】EPRパラドックス ─ 離れた粒子が瞬時に影響し合う不思議

【世界のパラドックス】EPRパラドックス ─ 離れた粒子が瞬時に影響し合う不思議

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「EPRパラドックス」について解説します。

2つの粒子を量子的に関連させて、一方を東京に、もう一方をニューヨークに送ります。東京の粒子を観測した瞬間、ニューヨークの粒子の状態も即座に決定される——距離に関係なく、光速の制限にも縛られず。アインシュタインはこれを「不気味な遠隔作用(spooky action at a distance)」と呼んで強く反対しました。

図解

EPRパラドックスとは

1935年にアインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンの3人の物理学者が『Physical Review』誌に発表した論文「Can Quantum-Mechanical Description of Physical Reality Be Considered Complete?(量子力学的な物理的実在の記述は完全と見なせるか?)」に由来します(3人の頭文字を取ってEPR)。この論文のタイトルが示す通り、目的は量子力学の不完全さを証明することでした。

量子力学では、2つの粒子が「量子もつれ」の状態にあるとき、それらの粒子はどんなに遠く離れていても互いに相関しています。

例えば、2つの電子のスピン(回転の向き)が量子もつれの状態にあるとします。この状態では、一方のスピンが上向きなら他方は必ず下向きになります。しかし、観測するまではどちらが上向きかは決まっていないというのが量子力学の主張です。

東京で一方の粒子のスピンを観測して「上向き」と分かった瞬間、ニューヨークの粒子のスピンは「下向き」に確定します。この確定は瞬時に起こり、光速の制限を受けないように見えます。

アインシュタインの反論

アインシュタインは、この量子力学の描像はおかしいと主張しました。彼の反論は2つの原則に基づいています。

局所性原理:ある場所で起きた出来事が、離れた場所に光速を超えて影響を与えることはない。

実在論:物理量は観測する前から確定した値を持っている。

アインシュタインは、東京の粒子を観測しただけでニューヨークの粒子の状態が瞬時に変わるなら、それは局所性原理に反すると考えました。

そこでアインシュタインは、粒子のスピンは最初から決まっていたのであって、観測によって決まるわけではないと主張しました。ちょうど手袋を左右1つずつ箱に入れて、一方の箱を開けて左手用だと分かったら、もう一方が右手用だと分かるのと同じだ、と。

つまり、量子力学は不完全であり、まだ発見されていない「隠れた変数」があるはずだというのがアインシュタインの立場でした。

アインシュタインの主張を要約すると「量子力学が正しいなら局所性が破れる。局所性は正しいはずだ。だから量子力学は不完全だ」という三段論法です。当時の物理学界の多くはニールス・ボーアを中心とするコペンハーゲン解釈を支持しており、アインシュタインの批判は少数派でした。ボーアは即座に反論を発表し、EPRの「物理的実在」の定義そのものに問題があると主張しました。

この論争はその後30年にわたり「解決不可能な哲学的問題」と見なされていました。転機が訪れるのは1964年のことです。

ベルの定理と実験

1964年にアイルランドの物理学者ジョン・ベルが画期的な定理を証明しました。もし「隠れた変数」が存在するなら、ある種の実験結果は特定の不等式(ベルの不等式)を満たすはずだ、というものです。

1972年にジョン・クラウザーとスチュアート・フリードマンが最初の実験を行い、ベルの不等式が破れる兆候を示しました。1982年にはアラン・アスペがより厳密な実験を行い、ベルの不等式は確実に破れることが確認されました。さらに1998年にアントン・ツァイリンガーが残された抜け穴(loophole)を塞ぐ実験を行い、結果は決定的なものとなりました。

つまり、アインシュタインが期待した「局所的な隠れた変数」は存在しないことが実験的に示されたのです。自然界は局所性と実在論のどちらか(あるいは両方)を捨てなければならないという、驚くべき結論です。

2022年にはアスペ、クラウザー、ツァイリンガーの3人がこの実験的貢献によりノーベル物理学賞を受賞しています。EPRの提起から87年、ベルの定理から58年かけて、このパラドックスは哲学の問題から実験科学の勝利へと変貌しました。

超光速通信はできない

量子もつれで瞬時に相関が伝わるなら、光速を超えた通信ができるのではないか——と思われるかもしれませんが、それはできません

東京の観測者が得られるのは「上向きか下向きか」のランダムな結果だけであり、その結果を制御してメッセージを送ることはできないのです。ニューヨークの観測者も、自分の粒子のスピンがランダムに見えるだけで、東京で何が起きたかは従来の通信手段で知らせてもらうまで分かりません。

量子もつれは「相関」を瞬時に作りますが、「情報」を瞬時に送ることはできない。この微妙だが重要な区別が、相対性理論との整合性を保っています。

量子情報技術への応用

EPRパラドックスが明らかにした量子もつれの性質は、現在では革新的な技術の基盤となっています。

「量子暗号通信」では、量子もつれを利用して理論的に解読不可能な通信を実現できます。中国は2017年に人工衛星「墨子号」を使い、1,200km離れた地点間で量子暗号通信の実験に成功しました。

「量子テレポーテーション」は、量子もつれを使って粒子の量子状態を別の場所に転送する技術です。物質そのものが瞬間移動するわけではありませんが、量子コンピュータのネットワーク化に不可欠な技術とされています。

アインシュタインが「不気味」と呼んだ現象が、21世紀の最先端技術を支えているというのは皮肉な展開です。

量子力学の関連パラドックス

EPRパラドックスと同じく量子力学の観測問題や重ね合わせを扱う関連パラドックスです。

まとめ

本記事は「EPRパラドックス」について解説しました。如何だったでしょうか。

アインシュタインが「量子力学は不完全だ」と批判するために提起したこのパラドックスは、皮肉にも量子力学の正しさを証明するきっかけとなりました。自然界の根本は、私たちの常識よりもはるかに不思議な仕組みで動いているようです。

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