当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、ケルト神話の原典を解説するシリーズの第3弾(最終回)です。
今回は、アイルランドの「フィアナ物語群」の英雄フィン・マックールと、ウェールズの神話集「マビノギオン」を詳しく見ていきます。
ケルト神話の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。
本記事で扱う2つの宝庫――アイルランドの「フィアナ物語群」と、ウェールズの「マビノギオン」――を、図で整理しておきます。
フィン・マックールと「知恵の鮭」
「フィアナ物語群」は、英雄「フィン・マックール」と、彼が率いる戦士団「フィアナ」の冒険を描く物語群です。前回のクー・フーリンが「悲劇の若き英雄」なら、フィンは知恵と統率に長けた、円熟した英雄として描かれます。
フィンの知恵の源を物語るのが、有名な「知恵の鮭」の逸話です。
幼いフィンは、詩人「フィネガス」のもとで学んでいました。フィネガスは、「食べた者にこの世のすべての知識を授ける」とされる「知恵の鮭」を、7年かけてようやく釣り上げます。彼はフィンに、その鮭を焼くよう命じ、「決して食べてはならない」と言いつけました。
ところがフィンは、鮭を焼く最中に、はじけた脂で親指をやけどし、思わずその指を口にくわえてしまいます。こうして、知恵の鮭の力を最初に得たのは、フィネガスではなくフィンでした。これ以後フィンは、親指を噛むと、あらゆる知識や未来を見通せるようになったとされています。
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魔物アレンを退治し、フィアナの長となる
フィンが戦士団フィアナの長となった経緯を語るのが、「タラを焼く魔物アレン」の物語です。
当時、王宮タラは毎年「サウィン祭(万聖節)」の夜になると、妖精族の魔物「アレン」に苦しめられていました。アレンは美しい竪琴の音色で人々を眠らせ、誰もが寝静まったところで口から火を吐いて王宮タラを焼き払うのです。これが23年も続き、誰一人として防げずにいました。
そこへ現れた若きフィンは、魔法の槍の穂先を額に押し当てて、その痛みと殺気で眠気に打ち勝ちます。そして眠りの音色に惑わされることなく、火を吐こうとしたアレンを討ち取りました。長年の脅威を取り除いた褒美として、フィンは戦士団フィアナの長に任じられたのです。
フィアナへの入団には、超人的な試練が課されました。たとえば、地面に腰まで埋まった状態で、9人が同時に投げる槍を盾だけで防ぐ、森を髪一本乱さず、枝を一本も折らずに駆け抜ける、走りながら、足のとげを抜くといった、いずれも常人には不可能なものばかりだったと伝えられます。
フィンの猟犬と、鹿となった妻サズヴ
フィンには、「ブラン」と「スコーラン」という、人間の言葉を解する2頭の賢い猟犬がいました。実はこの2頭は、魔法で犬に変えられた人間の甥にあたる、という出自を持っています。
この猟犬にまつわるのが、フィンの妻「サズヴ」の物語です。サズヴは、求愛を断った妖精の魔法によって「牝鹿」に変えられていました。あるときフィンが狩りで仕留めかけた牝鹿に対し、猟犬ブランとスコーランがなぜか襲わず、優しく寄り添います。フィンが鹿を館へ連れ帰ると、鹿は美しい女性サズヴの姿に戻りました。
2人は結ばれますが、フィンの留守中に、再び妖精の魔法でサズヴは鹿に戻され、連れ去られてしまいます。後にフィンは、森で発見された野生児を保護しました。それはサズヴが鹿の姿で産んだ息子で、「オシーン(小鹿)」と名づけられます。このオシーンこそ、次に語る、常若の国へ渡る詩人にして戦士なのです。
常若の国へ渡ったオシーン
フィンの息子で、詩人にして戦士の「オシーン」には、切ない物語が伝わっています。
オシーンは、妖精の国の姫「ニアヴ」に見初められ、海の彼方の楽園「ティル・ナ・ノーグ(常若の国)」へと渡ります。そこは老いも死もない理想郷で、オシーンは幸せな日々を過ごしました。
やがて故郷が恋しくなったオシーンは、一時的に帰ることを許されますが、「決して地面に足をつけてはならない」と忠告されます。ところが故郷に戻ったオシーンは、常若の国での3年が、地上では300年もの歳月だったことを知ります。父フィンもフィアナも、とうに伝説の彼方でした。
そして、地上の人々を助けようとした拍子に、オシーンは誤って馬から落ち、地面に触れてしまいます。その瞬間、彼は一気に300年分の老人へと変わり果ててしまいました。時間の流れの違う異界と人間界の悲劇を描く、ケルトらしい物語です。
ディルムッドとグラーニャの悲恋
フィアナ物語群には、「ディルムッドとグラーニャ」という悲恋の物語もあります。
老いたフィンは、若く美しい姫「グラーニャ」を妻に迎えようとします。しかしグラーニャは、フィンの腹心の若き戦士「ディルムッド」と恋に落ち、2人で駆け落ちしてしまいました。
フィンは2人を執拗に追いますが、長い年月を経て、いったんは和解します。ところが後日、フィンは狩りの最中に手負いの猪に突かれて瀕死となったディルムッドを見つけます。フィンには「両手で水をすくって飲ませれば命を救える」力がありましたが、かつての恨みからわざと水をこぼし、ディルムッドを見殺しにしてしまったとされます。この物語は、後の『トリスタンとイゾルデ』の悲恋にも影響を与えたと言われます。
ウェールズの神話集「マビノギオン」
アイルランドと並ぶケルト神話のもう一つの宝庫が、ウェールズの神話集「マビノギオン」です。中世ウェールズの写本に記された物語を集めたもので、中心となるのが「マビノギ四枝(4つの物語)」です。
マビノギ四枝
4つの物語(枝)には、それぞれ幻想的な世界が描かれています。
| 枝 | 主な内容 |
|---|---|
| 第1の枝(プイス) | 領主プイスが妖精の国アンヌンの王と1年入れ替わり、後に白馬に乗った妖精の女性リアンノンを妻に迎える |
| 第2の枝(ブランウェン) | 巨人の王ブランと、悲劇の女性ブランウェン。戦いで頭だけになったブランの首が、その後も語り続ける |
| 第3の枝(マナウィダン) | リアンノンらが魔法でかけられた呪いと、その解決 |
| 第4の枝(マース) | 魔術師マースと、花から作られた女性ブロダイウェズの物語 |
特に印象的なのが、第2の枝に登場する巨人王「ブラン」です。彼は致命傷を負った際、自らの首を切り落として持ち帰るよう命じ、その切り離された首は、その後も何十年も生きているかのように語り、仲間を楽しませ続けたとされます。
また第4の枝では、魔術師たちが「花だけを材料にして作り出した美しい女性ブロダイウェズ」が登場します。彼女は後に夫を裏切ったため、罰として「フクロウ」の姿に変えられてしまいます。植物から生まれた女性という幻想的なモチーフは、ケルト神話らしいものです。
アーサー王伝説の源流
そして特に重要なのが、マビノギオンに含まれる物語が、後の「アーサー王伝説」の源流の一つになっている点です。『キルッフとオルウェン』という物語には、すでに「アーサー」とその騎士たちが登場しており、ケルトの伝承が、やがて中世ヨーロッパで花開く騎士道物語へとつながっていったことがわかります。
フィアナ物語はどう伝わったか ― オシーンと聖パトリック
フィアナ物語群が後世に伝わった、その「枠組み」自体も魅力的です。中世の代表的な原典『老人たちの語らい(アガラヴ・ナ・シェナラハ)』では、常若の国から戻って300年を生き延びた老オシーン(または同じく長命のキールタ)が、キリスト教を伝えに来た聖パトリックと出会い、語り合うという形で物語が進みます。
老いた異教の戦士オシーンが、過ぎ去った英雄たちの栄光――狩りの喜び、フィアナの誇り、惜しみない饗宴――を懐かしく語り、聖パトリックがそれを書き記させていく。古い異教の英雄世界と、新しいキリスト教世界とが向かい合うこの構図は、ケルトの神話が「滅びゆく古き良き時代への哀惜」とともに語り継がれたことを、よく物語っています。
そしてフィン自身については、死んだのではなく洞窟で眠っており、アイルランドが真に危機に陥ったとき、角笛の音とともに甦って国を救うという伝説も残されました。これは、ブリテンのアーサー王の「いつか帰還する王」伝説とよく似ており、ケルト世界に共通する「眠れる英雄」の主題を示しています。
登場キャラクターの強さは? ― 最強ランキング
本記事に登場した神々・英雄は、「神話・宗教・伝説 最強ランキング」でも強さ順に紹介しています。原典での活躍と、その「強さ」をあわせてお楽しみください。
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まとめ
本記事では、フィアナ物語群の英雄フィン・マックールと、ウェールズの神話集マビノギオンを詳しく解説しました。如何だったでしょうか。
知恵の鮭で全知を得た「フィン・マックール」、常若の国から戻って老いた「オシーン」、そしてアーサー王伝説の源流ともなった「マビノギオン」——ケルト神話が、いかに豊かで、後世に大きな影響を与えたかをつかんでいただけたかと思います。
これで、ケルト神話の原典シリーズ全3記事が完結しました。神々の戦いから英雄たちの冒険まで、ケルト神話の世界を堪能していただけたなら幸いです。
ケルト神話の原典の全体像や、他の神話・宗教の一覧は、以下のページを参照してください。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
📚 シリーズ:ケルト神話の原典解説(4/4)