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【儒教の原典④】儒教の中心思想 ― 五常・五倫・孝を詳しく解説

【儒教の原典④】儒教の中心思想 ― 五常・五倫・孝を詳しく解説

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、儒教の原典を解説するシリーズの第4弾です。

これまで四書・五経という原典そのものを見てきました。今回は視点を変えて、それらの原典を貫く儒教の中心思想を、体系的に整理して解説します。儒教が「人としてどう生きるべきか」をどう示したのか、その骨格をつかんでいきましょう。

儒教の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。

【神話・宗教の原典解説】儒教の原典まとめ ― 四書五経と孔子の教えの全記事一覧senkohome.com/myths-religions-origins-confucianism/

五常 ― 人が備えるべき5つの徳

儒教が説く徳の中で、特に基本となるのが「五常(ごじょう)」です。これは、人が常に備えるべき5つの徳「仁・義・礼・智・信」を指します。

五常意味
仁(じん)人を愛する思いやりの心。最高の徳
義(ぎ)利得に流されず、正しい筋道を貫くこと
礼(れい)礼儀・作法・社会の秩序を守ること
智(ち)物事の善悪・道理を見分ける知恵
信(しん)言葉に偽りがなく、信頼にこたえること

このうち「仁・義・礼・智」の4つは、前回見た孟子の「四端」に対応します。これに「信」を加えて5つに整えたのが、後の漢の時代の儒者董仲舒(とうちゅうじょ)とされます。五常は、儒教の道徳のいわば基本の柱として、今日まで東アジアの道徳観の土台となっています。

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五倫 ― 5つの基本的な人間関係

儒教の大きな特徴は、人間を「孤立した個人」ではなく、つねに「関係の中に生きる存在」として捉える点にあります。その基本となる5つの人間関係が「五倫(ごりん)」です。

五倫 ― 5つの関係と、それぞれが守るべき徳 父子 親(しん) 親子の間には 親愛がある 君臣 義(ぎ) 君主と臣下は 義でむすばれる 夫婦 別(べつ) 夫婦には 役割の別がある 長幼 序(じょ) 年長と年少には 順序がある 朋友 信(しん) 友どうしは 信でむすばれる

注目したいのは、これらの関係が一方的な服従ではなく、互いに果たすべき務め(双務的な関係)として説かれている点です。たとえば君臣関係も、臣下が忠を尽くす一方で、君主は臣下を礼をもって遇する責任を負います。それぞれが自分の立場にふさわしい徳を果たすことで、社会全体が調和すると考えたのです。

孝 ― すべての徳の根

五倫の中でも、儒教があらゆる徳の出発点として特に重んじたのが、親子関係における「孝(こう)」――すなわち親孝行です。

孔子の弟子は「孝は徳の本(もと)なり」と述べています。なぜ孝がそれほど大切なのでしょうか。それは、最も身近な親を愛し敬う心が育って初めて、その心が周囲の人々へ、そして社会全体へと広がっていくと考えられたからです。家庭で親を大切にできる人こそ、社会でも他者を思いやれる――孝は、仁の出発点なのです。

この孝の思想は、生きている親への敬愛にとどまらず、亡くなった祖先を敬い、まつる「祖先崇拝」へとつながっていきます。儒教が持つ宗教的な側面は、この孝と祖先祭祀に色濃く表れています。孝についてだけを説いた『孝経(こうきょう)』という経典もあるほど、重視された徳でした。

天と天命 ― 道徳の究極の根拠

儒教は人間の道徳を説く思想ですが、その究極の根拠として「天(てん)」を置いています。

ここでいう天とは、人格を持つ神というより、この世界の正しい秩序や道徳の源のような存在です。孔子は「五十にして天命を知る」と述べ、自分が天から与えられた使命を自覚したと語りました。

この「天命(てんめい)」の考え方は、政治にも及びます。前回見た孟子の「易姓革命」――徳を失った君主は天に見放され、有徳者に取って代わられる――も、この天命思想に基づいています。君主は天から世を治める命を授かっており、徳をもって応えねばならない、というわけです。

正名 ― それぞれが役割を全うする

最後に、儒教の社会観をよく表す考え方「正名(せいめい)」を紹介します。

ある弟子が「政治の要点は何か」と問うと、孔子はこう答えました。「君は君たり、臣は臣たり、父は父たり、子は子たり」。これは、君主は君主らしく、臣下は臣下らしく、父は父らしく、子は子らしく、それぞれが自分の名(立場)にふさわしい務めを果たすべきだという意味です。

各人がその役割と責任を正しく果たすこと――それこそが、社会の秩序と安定の根本である、と孔子は考えました。これも、人を関係の中で捉える儒教ならではの発想です。

徳治 ― 法律ではなく道徳で治める

これらの思想は、儒教ならではの政治観「徳治主義(とくちしゅぎ)」へと結実します。これは「為政者が高い徳を備え、その徳によって人々を感化して治める」という考え方です。

孔子は、こう述べています。

之を道(みちび)くに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥なし。之を道くに徳を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥ありて且つ格(ただ)し

これは「法律や刑罰で取り締まれば、民は罰を逃れようとするだけで、悪事を恥じる心を失う。しかし徳と礼で導けば、民は自ら恥を知り、正しくなる」という意味です。

ここには、後の時代に法による厳格な統治を説いた法家(韓非子ら)との、はっきりした対立があります。法でしばるのか(法治)、徳で導くのか(徳治)――。儒教は一貫して、人の善き心を信じ、為政者がまず自ら手本となることを理想としました。記事②で見た『大学』の「修身斉家治国平天下」も、まさにこの徳治の思想を順序立てて示したものだったのです。

誠 ― 天と人をつなぐもの

儒教の道徳は、人と人との間(仁・礼・五倫)にとどまりません。それを天の秩序にまで結びつける、より深い概念があります。四書の一つ『中庸』が説く「誠(せい)」です。

『中庸』は、「誠は天の道なり。これを誠にするは人の道なり」と述べます。いつわりなく、ありのままに在ること(誠)こそが、天地が万物を育む働きそのものであり、人はその誠を自らに実現しようと努めるべきだ、というのです。さらに『中庸』は、「至誠(この上ない誠)は、人の本性を尽くし、ひいては万物の本性をも尽くして、天地の営みを助けるに至る」とまで説きます。

つまり儒教では、一人の人間が誠実に自らを磨くことが、家庭・社会・国家を整えるだけでなく、究極的には天地の働きに参加することにつながると考えられました。日常の道徳が、壮大な宇宙の秩序と一本につながっている――ここに、儒教が単なる処世術ではなく、一つの深遠な思想体系であることがよく表れています。

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まとめ

本記事では、儒教の中心思想を体系的に解説しました。如何だったでしょうか。

儒教は、人が備えるべき5つの徳「五常(仁義礼智信)」と、5つの基本的な人間関係「五倫」を柱とし、その出発点に親孝行「孝」を置きました。そして、それらを「天命」に根拠づけ、各人が役割を全うする「正名」によって社会の調和を目指しました。

個人の徳から家庭、社会、そして政治までを一続きのものとして捉えるところに、儒教の壮大さがあります。

次回の記事⑤(最終回)では、こうした儒教が歴史の中でどう広まり、発展していったか――国教化・朱子学・陽明学・東アジアへの広がりを解説していきます。

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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。