当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、エジプト神話の原典を解説するシリーズの第1弾です。
今回は、エジプト神話の複数の創世神話と、太陽神ラーをはじめとする主要な神々を詳しく見ていきます。
エジプトには「これが創世神話だ」という一冊の書物はありません。ここで扱う物語は、ピラミッド内壁の呪文集『ピラミッド・テキスト』や棺に記された『コフィン・テキスト』といった葬祭文書、メンフィスの創造を伝える『シャバカ石』、太陽神の冥界の旅を描く『アムドゥアトの書』など、性格の異なる複数の原典に分かれて記されています。本記事では、それぞれの神話がどの原典に伝わるのかを示しながら読み解いていきます。
エジプト神話の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。
エジプトには複数の「創世神話」があった
古代エジプトは、長い歴史の中で複数の都市が宗教の中心地となりました。そのため、都市ごとに少しずつ異なる創世神話が伝えられています。代表的なものは以下の3つです。
| 創世神話 | 中心都市 | 創造神 |
|---|---|---|
| ヘリオポリス神話 | ヘリオポリス | アトゥム(=太陽神ラー) |
| ヘルモポリス神話 | ヘルモポリス | 八柱神(オグドアド) |
| メンフィス神話 | メンフィス | 創造神プタハ |
中でも最も広く知られているのが、太陽神を中心とする「ヘリオポリス神話」です。この神話は、現存最古の宗教文書である『ピラミッド・テキスト』(前24世紀頃)に最も古い形が見え、続く『コフィン・テキスト』でさらに詳しく語られます。以下は、これらの葬祭文書から再構成される物語です。
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ヘリオポリスの創世神話と九柱神
すべての始まりは、何も存在しない「原初の水ヌン」でした。この混沌の水の中から、自らを生み出した最初の神「アトゥム」(後に太陽神ラーと同一視される)が現れます。
アトゥムは、たった一人で最初の神々の対を生み出します。そこから世代を重ねて生まれた主要な9柱の神々を「九柱神(エネアド)」と呼びます。
まずアトゥムから、空気の神「シュー」と湿気の女神「テフヌト」が生まれます。原初の水にただ一人で存在したアトゥムが、いかにして最初の対の神を生んだのか――『ピラミッド・テキスト』はこれを、アトゥムが自らの口から「くしゃみのようにシューを吐き出し、唾のようにテフヌトを吐き出した」と、生々しく描写します(自らの手や種から生んだとする異伝もあります)。配偶者を持たない唯一神が、自分自身から世界を生み出していくという発想です。この2柱から、大地の神「ゲブ」と天空の女神「ヌト」が生まれました。
エジプトの天地像は、ギリシアや日本とは逆で、天が女神(ヌト)、大地が男神(ゲブ)です。ゲブ(大地)とヌト(天空)は強く愛し合って抱き合っていましたが、父シューが2柱の間に割って入り、ヌトを高々と持ち上げて引き離します。これが「大地の上に、星をちりばめた天が弓なりに広がる」という世界の姿の由来とされ、エジプトの図像では、星空の女神ヌトが大地のゲブに覆いかぶさり、その間をシューが支える姿が好んで描かれました。
そしてゲブとヌトの子として生まれたのが、後のオシリス神話の主役となる4柱の神、「オシリス」「イシス」「セト」「ネフティス」です(彼らの物語は記事②で詳しく解説します)。
ヘルモポリスとメンフィスの創世神話
ヘリオポリス神話と並んで重要なのが、別の都市で語られた2つの創世神話です。同じ「世界の始まり」でも、都市ごとに発想が大きく異なるのが、エジプト神話の面白いところです。
ヘルモポリス神話 ― 8柱の原初神オグドアド
ヘルモポリスでは、世界が生まれる前の「原初の水(混沌)」そのものを、4対8柱の神々「オグドアド(八柱神)」として表しました。これらは、まだ何も形をなさない世界の性質を神格化したものです。
| 対 | 神(男女一対) | 表すもの |
|---|---|---|
| 1 | ヌンとナウネト | 原初の水 |
| 2 | フフとハウヘト | 無限(果てしなさ) |
| 3 | ククとカウケト | 暗闇 |
| 4 | アメンとアマウネト | 隠れたもの(見えざるもの) |
これら8柱がうごめく混沌の中から、最初の陸地「原初の丘」が盛り上がりました。この「水から最初に現れた丘」のイメージは、毎年ナイルの増水が引いた後に肥沃な土地が現れる、エジプトの風景そのものを映したものとされ、神殿の聖所やピラミッドの原型(ベンベン石)も、この原初の丘をかたどったと考えられています。そして丘の上に置かれた卵、あるいは開いた蓮(ロータス)の花から、世界を照らす太陽神が姿を現した、とされます。このとき太陽の出現とともに鳴いたという聖鳥「ベンヌ」は、自らを焼いてよみがえる不死鳥「フェニックス」の原型になったといわれます。なお、4対のうちの「アメン(隠れたもの)」は、後にテーベの守護神として、太陽神ラーと結びついた「アメン・ラー」となり、新王国時代には事実上の最高神にまで上り詰めました。
メンフィス神話 ― 言葉による創造
メンフィスでは、創造神「プタハ」が世界を造ったと考えられました。注目すべきは、その創造の方法です。
他の神話では、神が体液や言葉を発する具体的な行為で世界を生みますが、メンフィス神話のプタハは、まず「心(思考)」で万物を構想し、それを「舌(言葉)」で発することによって創造したとされます。これは、物質的というより知的・哲学的な創造観です。
この思想は「シャバカ石」という石碑に記録されています。「言葉によって世界が創られた」という考え方は、後の新約聖書ヨハネ福音書の「初めに言(ことば)があった」にも通じるものとして、しばしば注目されます。
太陽神ラー ― 天と冥界をめぐる日々
エジプトの最高神とされるのが、太陽神「ラー」です。創造神アトゥムと同一視され、世界に光と命をもたらす存在です。
ラーは、毎日「太陽の舟」に乗って空を旅すると考えられていました。これが、太陽が東から昇って西へ沈む動きの説明です。
そして夜になると、ラーは西の地平線から地下の冥界(ドゥアト)へと入り、12の時間(12の領域)を舟で航行して、東の地平線から再び昇ってきます。この夜の航行を時間ごとに描いた原典が、新王国時代の王墓に記された『アムドゥアトの書(冥界にあるものの書)』や『門の書』です。
この夜の航行には大きな試練がありました。混沌を象徴する巨大な蛇「アポフィス」が、毎晩ラーの行く手を阻もうと襲いかかってくるのです。ラーと従う神々は、毎晩このアポフィスを撃退します。もしラーが敗れれば、翌朝の太陽は昇らず、世界は混沌に呑まれてしまうとされていました。
このように、エジプト人にとって日の出は「当たり前」ではなく、「秩序(マアト)が混沌(アポフィス)に毎日打ち勝った結果」だったのです。
ラーと人類の反逆 ― 人類滅亡の危機
太陽神ラーには、印象的な神話がいくつも残されています。その一つが「天の牝牛の書」に記された、ラーが人類を滅ぼしかけた物語です。
年老いて統治が衰えたラーを、人類が侮り、反逆を企てます。怒ったラーは、自らの「目」から生まれた獅子の女神「セクメト」を地上へ遣わし、人類を罰させました。ところがセクメトは殺戮に酔いしれ、人類を絶滅させかねないほど暴走してしまいます。
これを見たラーは、人類を哀れみ、一計を案じます。大量のビールを赤く染めて、それを大地一面に撒いたのです。セクメトはそれを人間の血だと思って飲み干し、酔いつぶれて殺戮をやめました。こうして人類は、間一髪のところで滅亡を免れたのです。
しかし人間に倦んだラーは、もはや地上で統治を続ける気をなくし、天の女神ヌトが変じた「牝牛」の背に乗って天へと退き、以後は空から世界を見守るようになった、とされます。
イシスとラーの「秘密の名」
もう一つ有名なのが、魔法の女神「イシス」が、ラーの力の源を奪い取る物語です。これは新王国時代のパピルス(トリノ所蔵の魔術文書)などに記された伝承です。
イシスは、世界で最も強い魔法使いになろうと、ラーが誰にも明かさない「秘密の真の名」を手に入れようと企てます。彼女は、老いたラーの唾と土から毒蛇を作り、ラーの通り道に置いて噛みつかせました。
未知の猛毒に苦しむラーを、イシスは「あなたの本当の名を教えてくれれば、その名の力で毒を消せます」と説きます。耐えかねたラーは、ついに自らの真の名をイシスに明かしました。こうしてイシスは絶大な魔法の力を得て、神々の中でも屈指の存在となったのです。この力が、後のオシリス神話(記事②)で夫を復活させる場面につながっていきます。
個性豊かな神々
エジプトの神々は、人間の体に動物の頭を持つ姿で描かれることが多いのが大きな特徴です。これは、それぞれの神が司る力を、動物の性質になぞらえたためとされています。主要な神々は以下のとおりです。
| 神 | 姿・象徴 | 司るもの |
|---|---|---|
| ラー | 太陽円盤・隼 | 太陽・万物の創造 |
| オシリス | ミイラの姿 | 冥界・死と再生・農耕 |
| イシス | 王座の冠 | 魔法・母性・守護 |
| セト | 謎の動物の頭 | 混沌・砂漠・嵐・暴力 |
| ホルス | 隼の頭 | 天空・王権(ファラオの守護神) |
| アヌビス | ジャッカルの頭 | ミイラ作り・埋葬・冥界の導き |
| トト | トキの頭 | 知恵・書記・暦・魔法 |
| ハトホル | 牝牛の角 | 愛・美・音楽・喜び |
| マアト | 駝鳥の羽根 | 真理・正義・宇宙の秩序 |
| バステト | 猫 | 家庭・守護・豊穣 |
中でも、隼の神「ホルス」は王権の守護神であり、生きているファラオ(王)はホルスの化身とされました。また、知恵の神「トト」は文字や暦を司り、後に死者の審判で記録係を務めます。そして真理の女神「マアト」が象徴する「マアト(秩序・正義)」という概念は、エジプト人の世界観の根幹をなすものでした。
登場キャラクターの強さは? ― 最強ランキング
本記事に登場した神々・英雄は、「神話・宗教・伝説 最強ランキング」でも強さ順に紹介しています。原典での活躍と、その「強さ」をあわせてお楽しみください。
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まとめ
本記事では、エジプト神話の創世神話と主要な神々を詳しく解説しました。如何だったでしょうか。
原初の水ヌンから太陽神アトゥム(ラー)が生まれ、九柱神(エネアド)へと連なる系譜、太陽神ラーが毎晩アポフィスと戦いながら冥界をめぐる循環、そして動物の頭を持つ個性豊かな神々の姿を、つかんでいただけたかと思います。
次回の記事②では、九柱神のうちオシリス・イシス・セト・ホルスが繰り広げる、エジプト神話で最も重要な物語「オシリス神話」を解説していきます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
📚 シリーズ:エジプト神話の原典解説(2/4)