当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、ユダヤ教の原典を解説するシリーズの第1弾です。
今回は、ユダヤ教の成文聖典である「タナハ(ヘブライ語聖書)」を取り上げます。「キリスト教の旧約聖書と同じでは?」と思われるかもしれませんが、実は配列や数え方、そして位置づけが大きく異なります。その違いを知ることが、ユダヤ教を理解する第一歩です。
ユダヤ教の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。
タナハとは ― 3つの部分の頭文字
「タナハ(Tanakh)」とは、ユダヤ教の聖書全体を指す呼び名です。この不思議な響きの言葉は、聖書を構成する3つの部分の頭文字をつなげた略語(アクロニム)です。
つまり、「T・N・K」の3文字に母音を補って「タナハ」と読むわけです。この3部構成こそが、ユダヤ教の聖書理解の根幹であり、後で見るキリスト教の旧約聖書(テーマ別に並べる)との大きな違いにつながります。
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トーラー ― 最も神聖な核心(5書)
3部の中で最も神聖視されるのが、最初の「トーラー(律法)」です。「モーセ五書」とも呼ばれ、モーセが神から授かったとされる5つの書からなります。
- 創世記:天地創造、アダムとエバ、ノアの洪水、アブラハムら族長の物語
- 出エジプト記:モーセによるエジプト脱出と、シナイ山での十戒・律法の授与
- レビ記:祭司の務めや、清浄規定・祭りなどの細かな律法
- 民数記:荒野をさまよう40年の旅の記録
- 申命記:約束の地を前にしたモーセの遺言ともいえる説教
トーラーは、単なる「最初の5冊」ではありません。ユダヤ教では、ここに神が定めた613の戒律が記されているとされ、信仰と生活の絶対的な土台となります。シナゴーグ(会堂)では、今も羊皮紙に手書きされた巻物(トーラー・スクロール)が大切に保管され、1年かけて全体を朗読していきます。トーラーそのものについては、次回の記事②で詳しく解説します。
ネビイーム ― 預言者たちの書(8書)
2番目の「ネビイーム(預言書)」は、さらに2つに分かれます。
一つは「前の預言書」で、約束の地への定住から王国の興亡までを描く歴史の書です(ヨシュア記・士師記・サムエル記・列王記)。もう一つは「後の預言書」で、神の言葉を預かった預言者たちの言葉を集めたものです。
後の預言書には、イザヤ書・エレミヤ書・エゼキエル書という大預言書に加え、ホセア書からマラキ書まで12の短い預言書をまとめて「十二(小)預言書」として1冊に数えるのが特徴です。ここはキリスト教が12冊に分けて数える部分で、後で見る「書数の違い」の一因になっています。
ケトゥビーム ― 詩歌と知恵の書(11書)
3番目の「ケトゥビーム(諸書)」は、性格の異なる多彩な書物の集まりです。
神への賛歌を集めた「詩篇」、人生の知恵を語る「箴言」「ヨブ記」、そして「五巻物(メギロット)」と呼ばれる、祭りの際に朗読される5つの巻物(雅歌・ルツ記・哀歌・コヘレトの言葉・エステル記)が含まれます。さらに、ダニエル書、エズラ・ネヘミヤ記、そして歴代誌が続きます。
ここで注目したいのが、ユダヤ教の聖書がこの「歴代誌」で締めくくられるという点です。これは、キリスト教の旧約聖書とは大きく異なる終わり方で、後ほど詳しく見ていきます。
タナハ全24書の一覧
ここまでの3部構成を、一覧表にまとめます。ユダヤ教では、これらを合計24書として数えます。
| 部 | 主な書物 | 数 |
|---|---|---|
| トーラー(律法) | 創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記 | 5 |
| ネビイーム(預言書) | ヨシュア記・士師記・サムエル記・列王記/イザヤ書・エレミヤ書・エゼキエル書・十二預言書 | 8 |
| ケトゥビーム(諸書) | 詩篇・箴言・ヨブ記・五巻物(雅歌ほか5)・ダニエル書・エズラネヘミヤ記・歴代誌 | 11 |
キリスト教「旧約聖書」との違い
さて、ここからが本記事の核心です。タナハとキリスト教の旧約聖書は、収められている文章の内容はほぼ同じでありながら、3つの大きな違いがあります。
違い① 書物の「数え方」が違う
ユダヤ教のタナハは24書、プロテスタントの旧約聖書は39書。同じ内容なのに、なぜ数が違うのでしょうか。それは区切り方(数え方)が異なるからです。
ユダヤ教が1冊と数えるものを、キリスト教では複数に分けます。たとえばサムエル記・列王記・歴代誌をそれぞれ「上・下」に分け、エズラ記とネヘミヤ記を別々にし、何より「十二預言書」を12冊に分けて数えます。こうした分割の積み重ねで、24書が39書になるのです。
違い② 書物の「並び順」と「終わり方」が違う
これは見落とされがちですが、非常に重要な違いです。
| ユダヤ教(タナハ) | キリスト教(旧約聖書) | |
|---|---|---|
| 並べ方 | 律法→預言書→諸書(権威の順) | 律法→歴史→詩歌→預言(テーマ別) |
| 最後の書 | 歴代誌(イスラエルの歩みの回顧) | マラキ書(救世主の到来を予告する預言) |
ユダヤ教のタナハは歴代誌で静かに幕を閉じ、ユダヤ民族の歩みを振り返って終わります。一方キリスト教は、配列を組み替えてマラキ書(やがて主の使者が来るという預言)で旧約を終わらせます。これは偶然ではありません。「旧約が予告した救世主が、続く新約でイエスとして現れる」という流れを作るための、キリスト教ならではの配列なのです。
違い③ そもそも「旧約」とは呼ばない
最も根本的な違いがこれです。「旧約聖書(Old Testament)」という呼び方は、あくまでキリスト教の立場からの呼称です。
キリスト教は、イエスによって神と人との「新しい契約(新約)」が結ばれたと考えるため、それ以前の聖書を「古い契約(旧約)」と呼びます。しかしユダヤ教にとって、これは「古い」聖書でも何でもなく、唯一にして完全な聖書そのものです。新約聖書も、イエスを救世主とも認めません。だからこそユダヤ教徒は、これを「旧約」とは決して呼ばず、「タナハ」あるいは単に「聖書」と呼ぶのです。
なお、カトリックや正教会の旧約聖書には、トビト記やマカバイ記といった「第二正典(外典)」がさらに加わりますが、これらはユダヤ教のタナハには含まれません。同じ「旧約」でも、ユダヤ教・プロテスタント・カトリックで中身の範囲が少しずつ違うのです。
マソラ本文 ― ヘブライ語原典の継承
最後に、タナハがどう受け継がれてきたかにも触れておきます。タナハは原則としてヘブライ語(一部アラム語)で書かれています。
古代のヘブライ語は子音だけで表記され、母音記号がありませんでした。そこで7〜10世紀ごろ、「マソラ学者(マソレテス)」と呼ばれる学者たちが、正確な発音や読み方を示す記号を本文に付し、一字一句を厳密に伝える作業を行いました。こうして確立された権威ある本文が「マソラ本文」で、現在のヘブライ語聖書の基礎となっています。聖なる言葉を寸分たがわず後世へ伝えようとする、ユダヤ教の徹底した姿勢がうかがえます。
七十人訳と死海文書
マソラ本文より前の、聖書の古い姿を伝える原典も重要です。一つが、紀元前3〜2世紀にエジプトのアレクサンドリアで作られたギリシア語訳聖書「セプトゥアギンタ(七十人訳)」です。ギリシア語を話すようになったユダヤ人のために訳されたもので、その名は「72人の長老が訳した」という伝説に由来します。これは後に、ギリシア語を用いた初期キリスト教会の「旧約聖書」として広く使われ、先に触れた第二正典を含むなど、配列や範囲がマソラ本文と異なる点でも注目されます。
もう一つが、20世紀最大級の発見とされる「死海文書(しかいぶんしょ)」です。1947年以降、死海のほとりのクムランの洞窟から、紀元前3世紀〜後1世紀に書かれた大量の写本が発見されました。その中には、現存最古級のヘブライ語聖書の写本が含まれており、千年以上も後のマソラ本文と、ほとんど変わっていなかったことが確かめられたのです。これは、ユダヤ教の写本継承がいかに正確だったかを裏づける、画期的な発見でした。
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まとめ
本記事では、ユダヤ教の成文聖典「タナハ」と、キリスト教の旧約聖書との違いを詳しく解説しました。如何だったでしょうか。
タナハは、トーラー・ネビイーム・ケトゥビームの3部・全24書からなる、ヘブライ語聖書です。内容こそキリスト教の旧約聖書と重なりますが、数え方・配列・位置づけが異なり、何よりユダヤ教はこれを「旧約」とは呼ばず、唯一完全な聖書とみなします。
この違いは、「救世主はまだ来ていない」というユダヤ教と、「イエスが救世主だった」というキリスト教の根本的な立場の差を、そのまま映し出しているのです。
次回の記事②では、このタナハの核心であるトーラー(モーセ五書)と、ユダヤ教の根幹をなす「契約」の思想を、詳しく解説していきます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
📚 シリーズ:ユダヤ教の原典解説(2/6)