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【メソポタミア神話の原典③】人類の創造と大洪水・冥界 ― アトラハシスとイナンナの冥界下りを解説

【メソポタミア神話の原典③】人類の創造と大洪水・冥界 ― アトラハシスとイナンナの冥界下りを解説

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、メソポタミア神話の原典を解説するシリーズの第3弾(最終回)です。

今回は、人類がどのように造られ、なぜ大洪水が起きたのかを描く「アトラハシス」と、女神の冥界訪問を描く「イナンナの冥界下り」を詳しく見ていきます。

メソポタミア神話の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。

【神話・宗教の原典解説】メソポタミア神話の原典まとめ ― エヌマ・エリシュとギルガメシュ叙事詩senkohome.com/myths-religions-origins-mesopotamian/

アトラハシスとは ― 人類創造と大洪水の物語

「アトラハシス」は、主人公の名(「とびきり賢い者」の意)にちなんだ叙事詩で、人類の創造から大洪水までを一続きに描いています。古バビロニア時代に全3枚の粘土板にまとめられ、前回(記事②)のギルガメシュ叙事詩に登場した「大洪水」の物語の、より詳しい原型にあたります。

興味深いのは、メソポタミアの「大洪水を生き延びた人間」が、伝承のバージョンによって名前を変えて登場することです。同じ一人の人物が、文書ごとに呼び名を変えていると考えられています。

原典洪水を生き延びた人物
シュメールの洪水神話ジウスドラ
アトラハシスアトラハシス
ギルガメシュ叙事詩ウトナピシュティム

つまり、記事②でギルガメシュに洪水を語った「ウトナピシュティム」と、この「アトラハシス」は、本来は同じ「洪水の英雄」なのです。そして、これらすべてが、後の聖書の「ノア」の原型になったと考えられています。

人類はなぜ造られたのか

物語の始まりでは、まだ人間が存在せず、下級の神々が、運河を掘り大地を耕すといった重労働を、すべて担わされていました

過酷な労働に耐えかねた下級の神々は、ついに道具を焼き捨ててストライキ(反乱)を起こします。困った神々の会議で、知恵の神「エンキ(エア)」が解決策を提案しました。

それは、「神々の代わりに労働を担う存在=人間を造る」ことでした。人間は、粘土に、反乱の責任を取って殺された一柱の神の血と肉を混ぜて造られます。神の血が混ざっているからこそ、人間には知性が宿るとされました。こうして人間が誕生し、神々に代わって地上の労働を担うようになります。

大洪水 ― ノアの方舟の原型

ところが、人間はやがて数を増やし、その「騒がしさ(喧噪)」が天にまで届くようになります。眠りを妨げられた主神「エンリル」は、人間が増えすぎたことに腹を立て、人類を減らそうとします。『アトラハシス』が描くのは、その三段階にわたる災いです。

エンリルはまず疫病を、次に干ばつを、さらに飢饉を、それぞれ一定の年月をおいて地上に送りました。しかしそのたびに、賢者アトラハシスが知恵の神エンキに相談し、その災いを司る神だけを集中的に祀って機嫌をとることで、人々は救われます。何度滅ぼそうとしても、エンキの知恵によって人類が生き延びてしまう――業を煮やしたエンリルは、ついに最終手段に訴えます。

それが大洪水による人類の根絶でした。エンリルは、今度こそエンキが人間に手を貸せないよう、他の神々全員に「人間に洪水を漏らさない」と固く誓わせます。

しかし、人間に同情的だった知恵の神エンキは、信仰篤い賢者「アトラハシス」に、壁越しに(誓いを破らない形で)こっそりと警告しました。「家を壊し、舟を造れ。財産を捨て、命を救え」と。

アトラハシスは、その教えに従って巨大な舟を造り、家族とあらゆる動物を乗せます。やがて7日7晩続く凄まじい大洪水が地上を襲い、人類は滅び去りました。しかしアトラハシスの舟だけは生き残ります。

水が引いた後、舟から出たアトラハシスが神々にいけにえを捧げると、洪水を起こしたことを後悔していた神々は、その香りに引き寄せられて集まりました。最終的に神々は、二度と人類を全滅させないことを約束し、代わりに人口を抑えるための仕組み(一部の女性が子を産まないことなど)を定めた、とされます。

「神の怒りによる大洪水」「警告を受けた一人の正しい人が舟で生き延びる」「動物を乗せる」「洪水後にいけにえを捧げる」——これらの要素は、後の「聖書のノアの方舟」と驚くほど共通しており、メソポタミア神話が後世に与えた影響の大きさを物語っています。

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イナンナ(イシュタル)の冥界下り

最後に、シュメールの代表的な神話「イナンナの冥界下り」を紹介します。「イナンナ」は、愛と戦いを司る女神で、後にバビロニアで「イシュタル」と呼ばれた、メソポタミア神話で最も人気のある女神です。

7つの門をくぐる女神

あるとき、天と地を支配するイナンナは、自分の姉「エレシュキガル」が支配する冥界(死者の国)をも手に入れようと、地下の世界へと下っていきます。出発の前、イナンナは忠実な従者「ニンシュブル」に、「もし三日たっても戻らなければ、神々のもとを巡って助けを求めよ」と言い残していました。この用意周到な指示が、のちに彼女を救うことになります。

冥界には7つの門がありました。イナンナは門を1つくぐるたびに、冠・耳飾り・首飾り・胸飾り・腕輪・衣など、身につけた装身具と力を1つずつ剥ぎ取られていきます。そして最後の門を抜けたとき、イナンナは一切の力を失い、生まれたままの裸の姿になっていました。

最後の門で、冥界の女王である姉「エレシュキガル」と7人の冥界の裁判官(アヌンナキ)が、無力になったイナンナを死を告げる目でにらみつけます。するとイナンナはたちまち死体に変わり、その亡骸は壁の鉤に吊るされてしまいました。こうして、愛と豊穣の女神は冥界で命を落としたのです。

身代わりと、季節の循環

地上では、イナンナが冥界へ去ったことであらゆる生命の営みや豊穣が止まってしまいます。動物は子を産まず、人々の営みも途絶えました。三日が過ぎても主が戻らないのを見た従者ニンシュブルは、言いつけどおり神々を巡って助けを請います。他の神は冷たく断りますが、知恵の神エンキだけがイナンナを救おうと動きました。彼は自らの爪の垢から性を持たない2体の小さな存在(クルガルとガラトゥル)を作り出し、冥界へ送り込みます。

2体は、出産のような苦しみにあえぐ女王エレシュキガルに寄り添い、その嘆きに心から同情してみせました。喜んだエレシュキガルが「褒美を取らせよう」と言うと、2体は「壁に吊るされた死体が欲しい」とだけ願い出ます。そして死体を受け取ると、エンキから託された「命の草」と「命の水」をふりかけ、イナンナをよみがえらせたのです。

しかし冥界の掟により、いったん冥界へ入った者が戻るには、「身代わり」が必要でした。地上に戻ったイナンナが見たのは、自分の不在を悲しむどころか、立派な衣をまとって玉座に座っていた夫「ドゥムジ(タンムーズ)」の姿でした。怒ったイナンナは、夫ドゥムジを身代わりとして冥界へ送ります。

最終的に、ドゥムジの妹がその苦しみを半分引き受けることになり、ドゥムジは1年の半分を冥界で、残り半分を地上で過ごすことになりました。

これは、植物が枯れる季節(ドゥムジが冥界にいる間)と、よみがえる季節(地上に戻る間)という、自然の循環を象徴する神話とされています。ギリシア神話のペルセフォネ(季節の女神)の物語とも、よく似た構造を持っています。

イナンナと「メ」― 文明を持ち帰った女神

イナンナには、その大胆さと知恵を示す、もう一つ有名な神話があります。「イナンナとエンキ」の物語です。

野心的なイナンナは、知恵の神エンキが守る「メ(ME)」を手に入れようと考えます。「メ」とは、王権・神官職・法・技術・音楽・知恵、さらには争いや性愛まで、文明を構成するあらゆる要素を司る神聖な力のことです。

イナンナはエンキのもとを訪ねて宴に臨みます。上機嫌になったエンキは、酒に酔った勢いで、100以上もの「メ」を次々とイナンナに与えてしまいました

酔いがさめて後悔したエンキは、使者や怪物を送って取り返そうとします。しかしイナンナは、それらをすべてかわし、「メ」を「天の舟」に積んで、自らの都ウルクへ無事に持ち帰りました。こうして文明のあらゆる力が、ウルクの都にもたらされたとされています。知恵と豊穣の神エンキでさえ出し抜く、イナンナの賢さと野心がよく表れた物語です。

なお、メソポタミアには、このほかにも「アダパ」(神に不死を勧められながら、助言を誤解して永遠の命を逃した賢者)や、「エタナ」(鷲の背に乗って天へ昇った王)など、人間と神々の関わりを描いた神話が数多く伝えられています。

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まとめ

本記事では、メソポタミア神話の「アトラハシス」と「イナンナの冥界下り」を詳しく解説しました。如何だったでしょうか。

人間が「神々の労働を肩代わりするために造られた」という独特の人間観、聖書のノアの方舟の原型ともいえる「大洪水」、そして死と再生・季節の循環を象徴する「冥界下り」——これらは、後の聖書やギリシア神話にも通じる、神話の源流とも言える内容でした。

これで、メソポタミア神話の原典シリーズ全3記事が完結しました。人類最古の文明が生んだ神話の世界を、たっぷり味わっていただけたなら幸いです。

メソポタミア神話の原典の全体像や、他の記事へのリンクは、以下のまとめ記事を参照してください。

【神話・宗教の原典解説】メソポタミア神話の原典まとめ ― エヌマ・エリシュとギルガメシュ叙事詩senkohome.com/myths-religions-origins-mesopotamian/

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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。