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【ローマ神話の原典①】アエネーイス ― トロイアからローマへ、英雄アエネーアスを解説

【ローマ神話の原典①】アエネーイス ― トロイアからローマへ、英雄アエネーアスを解説

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、ローマ神話の原典を解説するシリーズの第1弾です。

今回は、ローマの国民的叙事詩『アエネーイス』を取り上げ、その記述の流れに沿って詳しく見ていきます。トロイア滅亡を生き延びた英雄アエネーアスが、数々の苦難を越えてローマ人の祖となるまでを描いた、ローマ神話の核心です。

ローマ神話の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。

【神話・宗教の原典解説】ローマ神話の原典まとめ ― アエネーイスと建国神話の全記事一覧senkohome.com/myths-religions-origins-roman/

『アエネーイス』とはどんな原典か

項目内容
著者ウェルギリウス(前70〜前19年の詩人)
構成全12巻(約1万行)
成立紀元前29〜19年(アウグストゥスの時代)
主題アエネーアスの旅と、ローマ建国の使命

『アエネーイス』は、詩人ウェルギリウスが、ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスの時代に、約11年をかけて書き上げた全12巻の叙事詩です。これは、ホメロスの叙事詩を強く意識して作られました。前半(1〜6巻)が放浪を描く『オデュッセイア』、後半(7〜12巻)が戦いを描く『イリアス』に対応する、という構成です。

興味深いことに、ウェルギリウスはこの作品を未完のまま残して世を去りました。彼は死の間際、「未完成だから焼き捨ててほしい」と遺言したと伝えられますが、その価値を惜しんだアウグストゥスの命によって、焼却を免れ、世に出ることになったのです。

この第1弾でたどる『アエネーイス』の流れを、図に示しておきます。

アエネーイスの旅 ― トロイアからローマへ トロイア炎上 父を背負って脱出 カルタゴ 女王ディドとの悲恋 冥界下り ローマの未来を見る イタリアの戦い トゥルヌスとの決闘 ローマの祖へ 建国の始まり

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全12巻の構成 ― ホメロスへの挑戦

『アエネーイス』は、有名な一句で幕を開けます。「武器と、一人の男を、私は歌う(Arma virumque cano)」。冒頭で「武器(戦い)」と「男(英雄)」を掲げることで、この詩がホメロスの二大叙事詩――戦いの『イリアス』と、一人の英雄の旅路を描く『オデュッセイア』――の両方を、一作で受け継ぐという宣言になっています。

物語は時間順ではなく、巫女の予言や父の亡霊が語る未来を織り交ぜながら進みます。全12巻のおおまかな構成を、原典の流れに沿って一覧にしておきましょう。

主な内容
第1巻嵐に遭い、カルタゴへ漂着。女王ディドとの出会い
第2巻トロイア落城の回想(木馬・炎上・脱出)
第3巻地中海をさまよう放浪の回想
第4巻ディドとの悲恋と、その死
第5巻シチリアで、亡父アンキセスを悼む競技会
第6巻冥界下り。ローマの未来を見る(前半の頂点)
第7巻イタリア上陸。ラティウムでの戦争の勃発
第8巻エウアンデルとの同盟。ローマの未来を刻んだ盾
第9〜11巻トゥルヌスとの激戦。パッラスの死
第12巻アエネーアスとトゥルヌスの一騎打ち(結末)

ご覧のとおり、前半(1〜6巻)が放浪、後半(7〜12巻)が戦争という対称構造になっています。以下では、この構成の節目となる場面を、原典に沿ってたどっていきます。

トロイア炎上 ― 父を背負って逃れる

物語の主人公「アエネーアス」は、トロイアの王族で、美の女神ウェヌス(ヴィーナス)と人間アンキセスの子という、半神の英雄です。彼は、ギリシア神話のトロイア戦争(『イリアス』)にも登場する、トロイア側の勇将でした。

第2巻で語られるのが、有名なトロイアの落城です。ギリシア軍が残した巨大な「木馬」を、トロイア人は戦利品として城内に運び込みます。神官ラオコオン「ギリシア人を、贈り物を持っていても警戒せよ」と警告しますが、海から現れた大蛇に絞め殺され、その声は届きませんでした。夜、木馬から抜け出したギリシア兵によって、トロイアは炎に包まれます。

絶望的な戦いの中、アエネーアスは神託を受け、生き延びて新たな国を築く使命を悟ります。彼は、年老いて歩けない父アンキセスを背に負い、幼い息子アスカニウスの手を引いて、燃えさかる都から脱出しました。しかし、その混乱の中で妻クレウーサとはぐれてしまいます。彼女の亡霊は、嘆くアエネーアスに「西の地(イタリア)で、新たな王国と妃があなたを待っている」と告げ、彼を旅へと送り出すのです。

この「父を背負って逃れる」姿は、ローマ人が最も重んじた徳「ピエタス(敬虔・義務への忠実さ)」の象徴とされ、アエネーアスは終始「敬虔なるアエネーアス」と呼ばれます。個人の欲望よりも、神々と父祖と国家への義務を優先する――それが、理想のローマ人の姿でした。

カルタゴの女王ディドとの悲恋

トロイアを逃れたアエネーアスの一行は、女神ユノー(ヘラ)の妨害による嵐に遭い、北アフリカの新都市「カルタゴ」に流れ着きます。そこを治めていたのが、美しく聡明な女王「ディド」でした。

アエネーアスの母ウェヌスは、息子を守るため、愛の神クピド(キューピッド)に命じて、ディドの心にアエネーアスへの激しい恋心を吹き込みます。二人は惹かれ合い、嵐の日に洞窟で結ばれ、ディドはアエネーアスを夫同然に扱って、カルタゴにとどまるよう願いました。

しかし、それは彼の運命ではありませんでした。最高神ユピテル(ゼウス)は、伝令神メルクリウス(ヘルメス)を遣わし、「お前の使命はイタリアにある。ここに留まってはならない」とアエネーアスに命じます。義務を選んだアエネーアスは、嘆くディドを残してひそかに船を出しました。

裏切られ、捨てられたディドの絶望は深く、彼女は自ら積み上げた薪の上で、アエネーアスの剣によって命を絶ちます。その死の間際、ディドは「わが民よ、彼の子孫を永遠に憎み、剣をもって報いよ」と呪いの言葉を残しました。これは、後の歴史でローマとカルタゴが三度の大戦争(ポエニ戦争)で死闘を繰り広げることを予言した、と読まれます。神話が、現実の歴史の宿命を語っているのです。

冥界下り ― ローマの未来を見る

第6巻は、『アエネーイス』全体の思想的な中心です。アエネーアスは、イタリアにたどり着くと、巫女「クマエのシビュラ」に導かれ、「黄金の枝」を手にして、生きながら死者の国(冥界)へと下っていきます。

冥界で、アエネーアスはさまざまな魂と出会います。カルタゴに残してきたディドの亡霊にも再会しますが、彼女は一言も口をきかず、彼に背を向けて去っていきました。そして彼は、亡き父アンキセスのもとへたどり着きます。

ここで、この叙事詩で最も重要な場面が訪れます。父アンキセスは、これから生まれてくる、ローマの偉大な英雄たちの魂の行列を、アエネーアスに見せるのです。建国者ロムルス、賢王ヌマ、そして遠い未来に現れるカエサルやアウグストゥスの姿まで――。アンキセスは、ローマの使命を高らかに告げます。

ローマ人よ、お前は諸民族を統べ治めることを忘れるな。平和の秩序を打ち立て、服従する者には寛大に、おごり高ぶる者は打ち倒すのだ。

芸術や学問はギリシア人に譲ろう。だがローマ人の使命は「世界を正しく統治すること」にある――。この一節こそ、ローマ人が自らの帝国に与えた「天命」そのものでした。

イタリアでの戦いと、ローマの始まり

未来を知り、使命を新たにしたアエネーアスは、いよいよイタリア中部の「ラティウム」に上陸します。後半(7〜12巻)は、ここでの戦争を描く、『イリアス』を思わせる部分です。

土地の王ラティヌスは、神託に従い、娘「ラウィニア」を異国から来たアエネーアスに嫁がせようとします。しかし、ラウィニアにはすでに、地元の若き勇将「トゥルヌス」という許婚がいました。女神ユノーが、復讐の女神を使って人々の心をかき乱したため、ついにアエネーアス勢と、トゥルヌス率いるイタリア勢との激しい戦争が始まります。

戦いの中で、アエネーアスを助けた老王エウアンデルの若き息子「パッラス」が、トゥルヌスに討たれてしまいます。トゥルヌスは、戦利品としてパッラスの剣帯を奪い取りました。

物語の最後は、アエネーアスとトゥルヌスの一騎打ちです。激闘の末に組み伏せたアエネーアスは、命乞いをするトゥルヌスを、一度は助けようとします。しかし、トゥルヌスが身につけていた亡き友パッラスの剣帯を目にした瞬間、怒りに駆られ、彼を討ち果たしました。叙事詩は、このトゥルヌスの死をもって、唐突に幕を閉じます(未完のためとも、あえての結末とも言われます)。

物語の後、アエネーアスはラウィニアと結ばれ、都「ラウィニウム」を築きます。その息子アスカニウス(別名ユルス)が都「アルバ・ロンガ」を建て、その血統がやがて、次の記事②で語られる建国者ロムルスへと受け継がれていくのです。

なぜローマはこの叙事詩を必要としたのか

『アエネーイス』は、単なる英雄物語ではありませんでした。それは、ローマ帝国が成立しつつあったアウグストゥスの時代に、国家の威信をかけて編まれた、いわば「建国の聖典」です。

この叙事詩は、いくつもの役割を果たしました。第一に、ローマの起源を、栄光あるトロイアにさかのぼらせ、文化的に格上のギリシア世界に対して、ローマもまた古い由緒を持つ民族だと示すこと。第二に、アエネーアスの子ユルスを通じて、皇帝の一族(ユリウス家)が女神ウェヌスの血を引くと示し、アウグストゥスの支配を神話的に正当化すること。そして第三に、義務に忠実な「ピエタス」という理想のローマ人像を、英雄アエネーアスに体現させることです。

神話が、一つの帝国の起源と使命と理想を、まるごと背負う――。ここに、物語性を重んじたギリシア神話とは異なる、国家とともにあるローマ神話の本質がよく表れています。

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まとめ

本記事では、ローマの国民的叙事詩『アエネーイス』を、その記述の流れに沿って詳しく解説しました。如何だったでしょうか。

燃えるトロイアから父を背負って脱出したアエネーアスが、ディドとの悲恋を振り切り、冥界でローマの未来を見せられ、トゥルヌスとの戦いを経て、ローマ人の祖となる――。「ピエタス(義務への忠実さ)」を体現する英雄を通して、ローマがその建国の使命を語った原典であることを感じていただけたかと思います。

次回の記事②では、アエネーアスの末裔である双子ロムルスとレムスによる、ローマ市そのものの建国神話を解説していきます。

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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。