当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、ローマの原典を解説するシリーズの第2弾です。
今回は、ローマ市そのものの誕生を語る建国神話を、歴史家リウィウスの『ローマ建国史』に沿って詳しく見ていきます。狼に育てられた双子ロムルスとレムスに始まる、神話と歴史が分かちがたく溶け合った物語です。
ローマ神話の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。
リウィウス『ローマ建国史』とはどんな原典か
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 著者 | リウィウス(前59〜後17年の歴史家) |
| 構成 | 全142巻(うち35巻が現存) |
| 内容 | ローマ建国から、著者の生きた時代までの通史 |
| 性格 | 神話的伝承と歴史が一続きに語られる |
『ローマ建国史(ローマ建国以来の歴史)』は、歴史家リウィウスが、ローマ建国から自らの時代(アウグストゥスの治世)までを描いた、全142巻におよぶ壮大な通史です。
注目すべきは、その最初の部分です。建国にまつわる古い時代は、確かな記録が残っておらず、伝説(神話)と歴史が一続きに語られています。リウィウス自身、「建国前後の話は、確実な記録というより、詩のように美しく飾られた伝承だ」と前置きしています。つまり『ローマ建国史』は、ローマ人が自分たちの起源をどう物語ったかを伝える、貴重な神話の原典でもあるのです。
この建国神話の流れを、図に示しておきます。
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双子の誕生 ― 軍神マルスと巫女レア・シルウィア
物語は、前回(記事①)のアエネーアスが築いた血統から始まります。アエネーアスの子孫は、イタリアの都市「アルバ・ロンガ」を代々治めていました。
ところがある時、正統な王ヌミトルが、弟アムリウスによって王位を奪われます。アムリウスは、ヌミトルの血筋から後継者が生まれないよう、その娘「レア・シルウィア」を、生涯結婚を許されないウェスタの巫女(聖なる処女)にしてしまいました。
しかし、神の計らいは人の思惑を超えます。軍神マルス(マールス)がレア・シルウィアのもとに通い、彼女は双子の男児を産みました。これが「ロムルスとレムス」です。激怒したアムリウスは、母を幽閉し、双子を籠(かご)に入れて、テヴェレ川(ティベリス川)に流させました。我が王位を脅かす者を、亡き者にしようとしたのです。
狼に育てられた兄弟
ところが、双子を乗せた籠は沈まず、川岸の木の根に引っかかって止まりました。泣き声を聞きつけてやってきたのが、一頭の牝狼(ルパ)です。狼は双子を襲うどころか、その乳を与えて育てました。軍神マルスの聖鳥であるキツツキも、餌を運んで助けたと伝えられます。
やがて、その光景を目にした羊飼い「ファウストゥルス」が双子を引き取り、妻とともに我が子として育て上げました。たくましく成長した二人は、自然と若者たちの頭目となります。あるとき、ささいな争いから捕らえられたことをきっかけに、二人は自分たちが、追放された王ヌミトルの孫であるという出自を知りました。
真実を知った双子は、若者を率いて立ち上がり、悪王アムリウスを討って、祖父ヌミトルを正統な王位に復させます。狼に育てられた捨て子が、王家の血を取り戻したのです。なお、ローマの象徴として今に伝わる「双子に乳を与える牝狼の像(カピトリーノの牝狼)」は、この神話に由来します。
ローマの建国と、兄弟の悲劇
祖父を王位に戻した双子は、自分たちが拾われ育った場所に、新しい都市を築こうと決めます。しかし、ここで悲劇が起こります。「どちらが都市を治め、どの丘に築くか」をめぐって、兄弟が対立してしまったのです。
決着をつけるため、二人は鳥占い(神意を鳥の飛来で占う)に頼りました。レムスのいたアウェンティヌスの丘には6羽のハゲワシが、ロムルスのいたパラティヌスの丘には12羽のハゲワシが現れます。どちらが勝ちかで両者は譲らず、争いは深まりました。
そして、ロムルスがパラティヌスの丘に都市の境界の溝(城壁の線)を引いたとき、決定的な瞬間が訪れます。レムスが、その境界を「こんなものが何の役に立つ」とあざ笑って飛び越えたのです。怒ったロムルスは、「わが城壁を越える者は、すべてこうなる」と叫んで、弟レムスを討ち取ってしまいました。
こうして、紀元前753年、ロムルスは自らの名にちなんで都市「ローマ」を建設します。建国が兄弟殺しという血で始まったことは、後の内戦に明け暮れるローマの歴史を、暗示しているようにも読まれてきました。
サビニの女たちの略奪
新しく生まれたローマには、大きな問題がありました。集まったのは、ロムルスが受け入れた逃亡者や流れ者(亡命者の保護所)ばかりで、女性がほとんどいなかったのです。このままでは、都市は一代で滅びてしまいます。
そこでロムルスは一計を案じます。近隣のサビニ人たちを、祭り(コンスアリア祭)に招きました。そして人々が祭りに見入っているすきに、合図とともに、ローマの若者たちがサビニの未婚の娘たちを一斉にさらったのです。これが、絵画にも数多く描かれてきた「サビニの女たちの略奪」です。
当然、サビニ人は娘を取り返そうと、ローマに戦争を仕掛けます。激しい戦いの最中、思いがけない者たちが二つの軍勢の間に飛び込みました。略奪され、いまやローマ人の妻となり、子をもうけていたサビニの女たちです。彼女たちは「父たちよ、夫たちよ、私たちのために殺し合わないで」と、両軍の間に身を投げ出して和解を訴えました。心を動かされた両者は矛を収め、ローマ人とサビニ人は一つの民として融合し、ロムルスとサビニの王が共に統治することになります。異なる民を取り込んで大きくなる――後のローマの姿が、ここにも表れています。
ロムルスの最期と、神となった王
ローマを築き、長く治めたロムルスにも、最期が訪れます。ある日、軍を閲兵していたロムルスは、突然の激しい嵐と暗雲に包まれ、そのまま姿を消してしまったと伝えられます。
人々が困惑する中、一人の貴族プロクルスが証言しました。「天に昇ったロムルスが私の前に現れ、『ローマは世界の頭(かしら)となる定めだ。武勇を磨け』と告げた」と。こうしてロムルスは、神「クィリヌス」として神格化され、ローマの守護神の一柱として祀られるようになりました。建国の王が神になる――これも、王と国家を神聖視するローマらしい結末です。
七人の王 ― 王政ローマから共和政へ
ロムルスのあと、ローマは「七人の王」によって治められた、と伝えられます。それぞれの王が、ローマの礎を一つずつ築いていきました。
| 代 | 王 | 主な事績 |
|---|---|---|
| 1 | ロムルス | 建国・元老院の創設 |
| 2 | ヌマ・ポンピリウス | 宗教制度・暦・神官団を定めた平和の王 |
| 3 | トゥッルス・ホスティリウス | 戦争を好み、アルバ・ロンガを滅ぼす |
| 4 | アンクス・マルキウス | 外港オスティアを築き、橋を架ける |
| 5 | タルクィニウス・プリスクス | エトルリア出身。大競技場や神殿の建設 |
| 6 | セルウィウス・トゥッリウス | 城壁を築き、市民を財産で区分する改革 |
| 7 | タルクィニウス・スペルブス | 「傲慢王」と呼ばれた暴君 |
中でも第2代ヌマは、ロムルスが武で築いた国を、宗教と法によって整えた賢王として、特に重んじられます(ローマの祭祀については記事④で解説します)。
そして、最後の王「傲慢王」タルクィニウス・スペルブスの時代に、大きな転機が訪れます。王の息子が、貞淑な人妻ルクレティアを辱める事件が起こり、これに憤った市民がブルートゥスを中心に立ち上がったのです。紀元前509年、ローマ人は王を追放し、一人の王に権力を集中させない「共和政」(二人の執政官が毎年交代で治める体制)を打ち立てました。「もう二度と王を戴かない」という強い思いは、その後のローマ人の精神の根幹となっていきます。
初期共和政の英雄たち ― リウィウスが描いた「模範(エクセンプラ)」
『ローマ建国史』第2巻以降が描く共和政初期の物語は、神話というより伝説に近いものですが、リウィウスの原典を読むうえで欠かせません。リウィウスは、これらの英雄譚を「ローマ人が見習うべき模範(エクセンプラ)」として、繰り返し描きました。歴史を道徳の教科書として用いる――これこそリウィウスの原典の核心です。
王を追放されたエトルリアの王ポルセンナが、タルクィニウスを復位させようとローマに攻め寄せたとき、三人の英雄が生まれました。
まずホラティウス・コクレス。彼は、敵の大軍が押し寄せるテヴェレ川の橋(スブリキウス橋)の上にたった一人で立ちふさがり、仲間が背後で橋を壊し終えるまで、敵を食い止め続けました。橋が落ちると、彼は完全武装のまま川に飛び込み、泳いで味方のもとへ生還したと伝えられます。
次にムキウス・スカエウォラ。彼は敵将ポルセンナを暗殺しようと敵陣に忍び込みますが、人違いで別人を刺してしまい、捕らえられます。火あぶりで脅されると、彼は自ら右手を祭壇の炎に差し入れ、表情一つ変えずに焼いてみせました。「ローマ人は、痛みも死も恐れない」と示すためです。これに恐れをなしたポルセンナは、彼を釈放したといいます。彼が右手を失ったことから、その家系は「スカエウォラ(左利き)」と呼ばれるようになりました。
さらに人質となった乙女クロエリアは、敵陣を抜け出し、仲間を率いてテヴェレ川を泳ぎ渡って帰還したと伝えられます。男女を問わず勇気を称える、ローマらしい挿話です。
そしてもう一人、キンキナトゥス。彼は、国家の危機にあたって畑を耕している最中に独裁官(ディクタトル)に任じられ、見事に敵を打ち破ると、わずか16日であっさり権力を手放し、再び自分の畑に戻りました。私欲なく国に尽くし、潔く権力を返上する――この姿は、後世まで「理想の指導者」の模範として語り継がれました。
建国神話が語る、ローマの自画像
ローマの建国神話には、ローマ人が自分たちをどういう民族だと考えていたかが、はっきりと刻まれています。
逃亡者を受け入れる開かれた都市、サビニ人を取り込む融合の力、軍神マルスの子という武の誇り、そして王を追放して自由を選んだ共和政への意志――。歴史家リウィウスは、こうした建国の物語を、単なる昔話としてではなく、道徳的に退廃しつつあると彼が感じていた同時代のローマ人に、先祖の美徳を思い出させる「鏡」として描きました。神話を通して国家のあるべき姿を語る点に、ローマの原典の大きな特徴があります。
もっと深く知りたい方へ
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まとめ
本記事では、ローマの建国神話を、リウィウス『ローマ建国史』をもとに詳しく解説しました。如何だったでしょうか。
軍神マルスの子として生まれ、牝狼に育てられた双子ロムルスとレムス。兄弟殺しという血で始まった紀元前753年の建国、サビニの女たちの略奪と和解、神となった王ロムルス、そして七人の王から共和政へ――。神話と歴史が溶け合いながら、ローマ人の自画像を描き出していることを感じていただけたかと思います。
次回の記事③では、神々の物語そのものを集大成したオウィディウス『変身物語』と『祭暦』を解説していきます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
📚 シリーズ:ローマ神話の原典解説(3/5)