当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「ニューカムのパラドックス」について解説します。
未来をほぼ確実に言い当てる予言者が、目の前に2つの箱を置きます。片方だけを受け取れば100万ドル、両方受け取れば1,000ドルしか手に入りませんが、同時に、「どう転んでも両方受け取った方が1,000ドル得をする」という証明も成立してしまいます。哲学者の間でも支持が真っ二つに割れたまま、60年以上決着がついていない問題です。
予言者が用意した2つの箱
目の前に箱がふたつあります。
箱Aは透明で、中に1,000ドルが入っているのが見えています。箱Bは中身が見えません。ここで選べるのは「箱Bだけを受け取る」か「箱AとBの両方を受け取る」かの2択です。
箱Bの中身は、予言者が事前に決めています。ルールはこうです。
予言者が「この人は箱Bだけを取る」と予測した場合、箱Bには100万ドルを入れておく。 予言者が「この人は両方取る」と予測した場合、箱Bは空にしておく。
そして重要な条件がふたつあります。ひとつは、この予言者が過去に何百回も予測を的中させてきた実績を持つこと。もうひとつは、予測はすでに済んでおり、箱の中身は今この瞬間には確定しているということです。
選ぶ前に中身が決まっている。それでも予言者はほぼ外さない。この2点が揃ったところから、話がおかしくなり始めます。
片方だけ取るべきだという主張
まず素直に期待値を考えてみます。
箱Bだけを取る人は、予言者に「箱Bだけを取る」と予測されているはずです。予言者はほぼ当たるので、箱Bには100万ドルが入っています。
一方、両方取る人は「両方取る」と予測されているはずなので、箱Bは空です。手に入るのは箱Aの1,000ドルだけになります。
過去の的中率を仮に99%として計算すると、箱Bだけを取った場合の期待値は約99万ドル、両方取った場合は約1万1千ドルです。差は歴然としています。
要するに、100万ドルが欲しいなら、箱Bだけを取ればよいという結論になります。実際に多くの人はこちらを直感的に選びます。
両方取るべきだという主張
ところが、まったく別の筋道からも完璧に見える議論が立ちます。
思い出してほしいのは、箱の中身はもう確定しているという条件です。今から何を選ぼうと、箱Bの中身が増えたり減ったりすることはありません。
そこで、起こりうる2つの状況に分けて考えます。
もし箱Bに100万ドルが入っているなら、箱Bだけ取れば100万ドル、両方取れば101万ドルです。両方取った方が1,000ドル多い。
もし箱Bが空なら、箱Bだけ取れば0ドル、両方取れば1,000ドルです。これも両方取った方が1,000ドル多い。
どちらの状況であっても、両方取る方が必ず1,000ドル得をするという形になります。意思決定論ではこれを支配戦略と呼び、通常なら議論の余地なく従うべき原則とされています。
透明な箱に見えている1,000ドルを、わざわざ置いていく理由がどこにあるのか。こう言われると、こちらも反論しづらくなります。
考案者と、割れたままの支持
この問題を考えたのは、アメリカの物理学者ウィリアム・ニューカムです。1960年頃に思いついたとされていますが、本人が論文にまとめることはありませんでした。
広く知られるようになったのは、哲学者ロバート・ノージックが1969年に発表した論文「ニューカムの問題と選択の2原理」がきっかけです。ノージックはこの論文で、印象的な観察を残しています。
ほとんどの人にとって、どうすべきかは完全に明白である。問題は、その人たちがほぼ半々に分かれてしまい、しかも双方が相手側を単に馬鹿げていると思っている点にある。
実際、2009年に専門の哲学者を対象に行われた大規模調査(PhilPapers Survey)でも、両方取る派が約31%、片方だけ取る派が約21%、残りは判断保留やその他という結果でした。半世紀近く議論しても、専門家の意見すら収束していません。
対立の正体は相関と因果のずれ
なぜここまで割れるのか。原因は、2つの立場が意思決定の「良さ」をそもそも別の基準で測っていることにあります。
片方だけ取る派の背後にあるのは、証拠決定理論と呼ばれる考え方です。自分の選択は、箱の中身についての証拠になります。「私は箱Bだけを取るタイプの人間だ」という事実は、箱Bに100万ドルが入っている強い証拠なので、そちらを選ぶべきだという理屈です。
両方取る派が拠って立つのは、因果決定理論です。こちらは、自分の選択が結果に及ぼす因果的な影響だけを評価します。箱の中身はもう決まっているのだから、いま何を選んでも中身は変わらない。ならば確実に1,000ドル多い方を選ぶべきだ、となります。
言ってしまえば、選択と結果のあいだに相関はあるけれど因果はない、という状況です。相関に賭けるのか、因果に賭けるのか。この問いに一般的な正解が出ていないので、ニューカムのパラドックスも決着しないということになりそうです。
なお、予言者の的中率が本当に100%なのだとすれば、「両方取ったうえで100万ドルも手に入る」という世界はそもそも存在しません。存在しない選択肢を計算に入れているのではないか、という指摘もあり、この線からの反論もかなり根強くあります。
予言者がいなくても同じ構図は起きる
超能力者の話だと思うと絵空事に見えますが、この構図自体は現実にもよく現れます。
たとえば採用面接です。誠実な人は誠実に振る舞い、面接官はそれを見抜きます。ここで「誠実に振る舞う」という選択そのものが評価を上げているのか、それとも元から誠実な人物であることの証拠が出ているだけなのか。演技で振る舞いだけ真似ても見抜かれてしまうあたり、構造はニューカムの問題によく似ています。
決定理論の教科書でよく出るのは、喫煙と遺伝の例です。仮に「喫煙したくなる遺伝子」があり、その遺伝子こそが肺がんの真の原因だとします。この場合、いま煙草をやめても遺伝子は変わらないので、因果的には健康状態は改善しません。それでも「煙草を吸わない人である」ことは健康である証拠にはなります。
私はこの例を知ってから、ニューカムの問題が単なる知的パズルではないと感じるようになりました。自分の行動が結果を「作る」のか、それとも自分がどういう人間かを「表しているだけ」なのかという問いは、日常の判断にもわりと頻繁に顔を出してくるのだろうと思います。
予言者の精度はどこまで落とせるか
ここまでは予言者がほぼ確実に当てる前提で話を進めてきました。では精度が落ちていくと、どこで結論が入れ替わるのでしょうか。
期待値が釣り合う的中率を求める
的中率をpとして、それぞれの期待値を出してみます。
箱Bだけを取る場合、予言が当たっていれば100万ドル、外れていれば0ドルです。期待値は100万×pになります。
両方取る場合は逆で、予言が当たっていれば1,000ドル、外れていれば101万ドルです。期待値は1,000×p + 101万×(1−p)です。
この2つが釣り合うpを解くと、答えはおよそ50.05%になります。
| 予言者の的中率 | 箱Bだけの期待値 | 両方取る期待値 | 有利なのは |
|---|---|---|---|
| 100% | 100万ドル | 1,000ドル | 箱Bだけ |
| 90% | 90万ドル | 10万1,000ドル | 箱Bだけ |
| 60% | 60万ドル | 40万1,000ドル | 箱Bだけ |
| 50.05% | 50万500ドル | 50万500ドル | 互角 |
| 50% | 50万ドル | 50万1,000ドル | 両方取る |
争点は予言者の能力ではなかった
この結果が示しているのは、コイン投げよりほんのわずかに当たる程度の相手でも、期待値の計算は片方だけ取れと言い続けるということです。
一方の支配戦略は、精度がいくつであろうと両方取れと答えます。中身が確定している以上、確率がいくつかは関係ないからです。
つまり「予言者が本当に超能力を持っているのか」は争点ではありませんでした。相手が自分よりわずかでも読めていれば、2つの原理は最初から食い違います。超能力という設定は話を極端にして見やすくしただけで、対立そのものは日常的な予測の精度でも成立してしまうという話になります。
合理的選択の関連パラドックス
合理的に判断したはずなのに、選択が矛盾したり正解が定まらなくなったりする関連パラドックスです。
まとめ
本記事は「ニューカムのパラドックス」について解説しました。如何だったでしょうか。
期待値の計算は片方だけ取れと言い、支配戦略の原則は両方取れと言う。どちらも意思決定論の土台にある正当な原理なのに、この状況では正反対の答えを出してしまいます。合理性という言葉が実はひとつに定まっていなかったことを暴いてしまった、という点にこの問題の価値があるのだと思います。
ちなみに私は両方取る派なのですが、そう書くと片方だけ取って100万ドルを手にする人に負けている気もしてきて、なかなか居心地が悪いところです。
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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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📚 シリーズ:世界のパラドックス(66/81)







