当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、世界の神話・宗教の「原典」を解説するシリーズの一篇で、キリスト教の聖書を扱う4記事の最終回(第4弾)です。
これまで3回にわたって旧約聖書39巻を解説してきました。本記事ではいよいよ、救い主イエス・キリストが登場する「新約聖書」27巻を解説していきます。
旧約聖書の解説はこちらの記事を参照してください。
本記事で解説する範囲
聖書66巻の全体の中で、本記事が扱うのは新約聖書27巻のすべてです。
新約聖書は、内容によって大きく4つの区分に分けられます。
| 区分 | 巻数 | 内容 |
|---|---|---|
| 福音書 | 4巻 | イエス・キリストの生涯と教え |
| 歴史 | 1巻 | イエス昇天後の教会の誕生と拡大 |
| 書簡(手紙) | 21巻 | 使徒たちが各地の教会・個人に宛てた手紙 |
| 預言 | 1巻 | 世の終わりと完成を描く幻(黙示録) |
それでは、新約聖書の中心である福音書から見ていきましょう。
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福音書(4巻)とは
「福音書」とは、救い主イエス・キリストの生涯・言葉・十字架の死と復活を記した書のことです。「福音」とは「良い知らせ」を意味します。
同じイエスの生涯を、4人の著者がそれぞれの視点で描いたのが、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの4つの福音書です。このうち最初の3つは内容や視点が似ているため「共観福音書」と呼ばれ、ヨハネによる福音書だけは神学的で独自の色合いを持っています。
4つの福音書が共通して描くイエスの生涯の大きな流れは、以下のようになります。
| 巻 | 巻名 | 章数 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 第1巻 | マタイによる福音書 | 28章 | ユダヤ人向け。イエスを旧約の預言の成就として描く |
| 第2巻 | マルコによる福音書 | 16章 | 最古・最短。行動的なイエスを躍動的に描く |
| 第3巻 | ルカによる福音書 | 24章 | 異邦人・弱者への愛。慈愛に満ちたイエスを描く |
| 第4巻 | ヨハネによる福音書 | 21章 | 神学的。イエスを「神の子・神の言」として描く |
第1巻 マタイによる福音書
ユダヤ人読者を強く意識して書かれた福音書です。冒頭がアブラハム・ダビデから続く「イエスの系図」から始まり、イエスこそ旧約聖書が予告してきた救い主(メシア)であることを、随所で旧約の引用とともに示します。
最大の見どころは5〜7章の「山上の説教」です。「心の貧しい者は幸いである」で始まる八つの幸い(八福)や、現在も世界中で唱えられる「主の祈り」など、イエスの教えの核心がここに凝縮されています。
第2巻 マルコによる福音書
4つの福音書の中で最も古く、最も短いとされる福音書です。
長い説教よりも、イエスが病を癒し、悪霊を追い出し、人々を救っていく「行動」を、テンポよく躍動的に描くのが特徴です。後半は一気にイエスの受難(十字架)へと焦点を絞っていきます。簡潔なため、福音書を初めて読む人に勧められることが多い巻です。
第3巻 ルカによる福音書
医者であったとされるルカが、丁寧な調査に基づいて書いた福音書です。病人・貧しい人・女性・異邦人といった社会的弱者への、イエスの温かいまなざしが際立っています。
飼い葉桶に寝かされた幼子イエスの降誕物語や、「善いサマリア人」「放蕩息子」といった有名なたとえ話は、この福音書にのみ記されています。
第4巻 ヨハネによる福音書
他の3つの福音書(共観福音書)とは大きく異なる、神学的・象徴的な福音書です。
冒頭の「初めに言(ことば=ロゴス)があった。言は神と共にあった。言は神であった」という一文が示すように、イエスを、天地創造以前から存在する神そのもの(神の子)として描きます。
「わたしは命のパンである」「わたしは世の光である」といった、イエス自身が自らの本質を語る言葉が多いのも特徴です。
イエスの生涯 ― 4つの福音書が伝える物語
4つの福音書は、それぞれ視点こそ違いますが、描いているイエス・キリストの生涯は共通しています。ここでは、福音書が伝えるイエスの生涯を、主な出来事に沿ってたどっていきましょう。
降誕 ― 救い主の誕生
物語は、天使「ガブリエル」が、まだ結婚前の乙女「マリア」のもとを訪れる場面から始まります。天使は「あなたは聖霊によって男の子を身ごもる。その子を救い主と名づけなさい」と告げました(受胎告知)。
やがて、ローマ帝国の住民登録のためにベツレヘムを訪れたマリアと夫ヨセフでしたが、宿はどこも満員でした。そのため、生まれたばかりのイエスは家畜小屋の飼い葉桶(かいばおけ)に寝かされます。その夜、天使は野原の羊飼いたちに救い主の誕生を告げ、東方からは星に導かれた博士たちが、黄金・乳香・没薬を携えて礼拝に訪れました。
洗礼と荒野の誘惑
30歳ごろになったイエスは、ヨルダン川で人々に悔い改めを説いていた「洗礼者ヨハネ」から洗礼を受けます。そのとき天が開け、聖霊が鳩のように降り、「これはわたしの愛する子」という天からの声が響いたとされます。
その後イエスは荒野へ行き、40日間の断食をします。そこへ悪魔(サタン)が現れ、「石をパンに変えよ」「神殿から飛び降りてみよ」「ひれ伏せば世界をすべて与えよう」という3つの誘惑をしかけますが、イエスは聖書の言葉ですべてを退けました。
宣教の始まりと弟子たち
荒野から戻ったイエスは、ガリラヤ地方で「悔い改めよ、神の国は近づいた」と宣教を開始します。そして、漁師の「ペトロ」やその兄弟をはじめ、徴税人マタイなど、さまざまな経歴を持つ12人の弟子(使徒)を選び、行動を共にするようになりました。
山上の説教 ― 教えの核心
イエスの教えが最も凝縮されているのが、山の上で語った「山上の説教」です。「心の貧しい者は幸いである」で始まる「八つの幸い(八福)」や、「天におられるわたしたちの父よ」で始まる「主の祈り」がここで語られます。
さらにイエスは、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」「人を裁くな」「狭い門から入りなさい」など、当時の常識を超えた新しい愛と生き方を説きました。
数々の奇跡
イエスは、その教えとともに数多くの「奇跡」を行い、自らが神の子であることを示しました。
- 病人を癒し、目の見えない人の目を開き、悪霊を追い出す
- 嵐で荒れる湖を、言葉ひとつで静める
- 湖の上を歩く
- わずか「5つのパンと2匹の魚」で、5000人もの群衆を満腹にさせる
- 死んで墓に葬られた「ラザロ」を、生き返らせる
たとえ話
イエスはまた、目に見えない「神の国」や神の愛を、身近な「たとえ話」を用いて人々に分かりやすく説きました。
傷ついた旅人を、立場の違う者が助ける「善いサマリア人」(隣人愛のたとえ)や、財産を使い果たして帰ってきた息子を父が喜んで迎える「放蕩息子」(悔い改めと赦しのたとえ)などが、特に有名です。
エルサレム入城と最後の晩餐
過越祭の時期、イエスは「ろば」に乗ってエルサレムに入城します。人々はしゅろの枝を振って熱狂的に迎えました。しかしイエスが神殿で商売人を追い出すなど、既存の宗教指導者と対立を深めたことで、彼を殺そうとする動きが強まります。
そして、弟子の一人「ユダ」が、銀貨30枚でイエスを売り渡す裏切りを企てます。
捕らえられる前夜、イエスは弟子たちと食事をともにします(「最後の晩餐」)。このときイエスはパンを裂いて「これはわたしの体である」、杯を取って「これはわたしの血である」と告げました。これが、現在のキリスト教の礼拝で行われる聖餐(せいさん)の起源です。
受難 ― 逮捕と十字架
晩餐の後、イエスはゲツセマネの園で「父よ、できることなら、この杯(苦しみ)を取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに」と苦しみながら祈ります。
そこへユダが手引きした者たちが現れ、イエスは逮捕されます。弟子のペトロは「あなたもあの男の仲間だ」と問われ、3度も「知らない」と否認してしまいました。
イエスは、ユダヤの宗教指導者やローマ総督「ピラト」の裁判にかけられます。明確な罪はないとされながらも、群衆の強い要求に押される形で、十字架刑が決定しました。茨の冠をかぶせられ、鞭打たれたイエスは、自ら十字架を背負って「ゴルゴタ」の丘へ向かいます。
十字架の上でイエスは、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」と語り、最後に「成し遂げられた」という言葉を残して息を引き取りました。キリスト教では、この十字架の死こそが、全人類の罪を身代わりに背負った「贖い(あがない)」であると信じられています。
復活と昇天
イエスの遺体は墓に葬られ、入り口は大きな石でふさがれました。ところが3日目の朝、墓を訪れた女性たちが目にしたのは、石が転がされ、空っぽになった墓でした。
その後、復活したイエスは弟子たちの前に繰り返し姿を現します。復活を信じられなかった弟子トマスが、イエスの傷に触れてようやく信じた、という逸話も有名です。
そして40日後、イエスは弟子たちに「全世界に行って、すべての人に福音を宣べ伝えなさい」という使命(大宣教命令)を与え、天へと昇っていきました。
この「十字架の死と復活」こそが、キリスト教信仰の核心です。そしてイエス昇天の後、残された弟子たちの物語が、次の使徒言行録へと続いていきます。
第5巻 使徒言行録(しとぎょうろく)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 章数 | 全28章 |
| 著者 | ルカ(ルカ福音書の続編) |
| 主な登場人物 | ペトロ、パウロ |
| 中心テーマ | イエス昇天後の、キリスト教会の誕生と拡大 |
使徒言行録は、ルカによる福音書の続編で、イエスが天に昇った後、弟子たちがどのようにキリスト教を世界へ広めていったかを記した、新約聖書で唯一の歴史書です。
物語は、弟子たちに「聖霊」が降った「五旬節(ペンテコステ)」から始まります。これによって弟子たちは大胆に福音を語り出し、ここに「教会」が誕生しました。
前半は使徒「ペトロ」を中心とするエルサレムでの宣教、後半は「パウロ」の活躍が中心となります。
パウロはもともとキリスト教を激しく迫害する者でしたが、復活したイエスと出会って劇的に回心し、最大の伝道者へと変わります。彼は3度にわたる大規模な伝道旅行を行い、ユダヤ人だけでなく異邦人(ユダヤ人以外の民族)にも福音を広め、地中海世界各地に教会を建てていきました。
書簡(21巻)とは
新約聖書の27巻のうち、実に21巻を占めるのが「書簡」、つまり使徒たちが各地の教会や個人に宛てて書いた「手紙」です。
これらの手紙では、福音書が描いた出来事の意味を踏まえ、「イエスの十字架と復活が私たちにとって何を意味するのか」「信仰者はどう生きるべきか」といった、キリスト教の教えそのものが体系的に説かれています。
書簡は、著者によって大きく「パウロ書簡(13巻)」と、それ以外の「公同書簡など(8巻)」に分けられます。
パウロ書簡(13巻)
使徒パウロが書いた、または彼に帰される13通の手紙です。キリスト教の教理の土台を築いた、極めて重要な文書群です。
| 巻 | 巻名 | 中心的な内容 |
|---|---|---|
| 第6巻 | ローマの信徒への手紙 | パウロ神学の集大成。「信仰によって義とされる」 |
| 第7巻 | コリントの信徒への手紙 一 | 教会の分裂や倫理問題への勧告。「愛の賛歌」 |
| 第8巻 | コリントの信徒への手紙 二 | パウロが自らの使徒としての務めを弁明する |
| 第9巻 | ガラテヤの信徒への手紙 | 律法ではなく信仰によって救われると強調 |
| 第10巻 | エフェソの信徒への手紙 | 教会は「キリストの体」であると説く |
| 第11巻 | フィリピの信徒への手紙 | 獄中からの「喜びの手紙」 |
| 第12巻 | コロサイの信徒への手紙 | 万物に勝るキリストの卓越性を説く |
| 第13巻 | テサロニケの信徒への手紙 一 | キリストの再臨(終末)について教える |
| 第14巻 | テサロニケの信徒への手紙 二 | 再臨をめぐる誤解を正す |
| 第15巻 | テモテへの手紙 一 | 弟子テモテへの、教会指導の心得 |
| 第16巻 | テモテへの手紙 二 | パウロの遺言ともいえる励まし |
| 第17巻 | テトスへの手紙 | 弟子テトスへの、教会運営の指示 |
| 第18巻 | フィレモンへの手紙 | 逃亡奴隷オネシモの赦しを願う短い私信 |
それぞれの手紙には、宛先の教会が抱えていた具体的な問題や、パウロが伝えたかった教えが込められています。1巻ずつ見ていきましょう。
第6巻 ローマの信徒への手紙 パウロがまだ訪れたことのないローマの教会へ宛てた手紙で、彼の神学を最も体系的にまとめた書です。ユダヤ人も異邦人も例外なく罪のもとにあり、律法の行いによっては誰も救われない。ただイエス・キリストを信じる信仰によって、神から一方的に「義」と認められる(信仰義認)と説きます。この教えはキリスト教の根幹であり、後の宗教改革にも決定的な影響を与えました。
第7巻 コリントの信徒への手紙 一 貿易港コリントの教会に生じた数々の問題に答える手紙です。信徒の派閥争い、不品行、偶像への供え物、礼拝の混乱、復活への疑いなどに、一つずつ実践的に助言します。中でも13章は「愛は忍耐強く、愛は情け深い」で始まる「愛の賛歌」として、結婚式などでもよく読まれる極めて有名な箇所です。
第8巻 コリントの信徒への手紙 二 パウロの使徒としての権威を疑う者が現れたため、彼が自らの苦難に満ちた働きを率直に語り、使徒職を弁明する、最も個人的で感情のこもった手紙です。「わたしは弱いときにこそ強い」という逆説の信仰が語られます。
第9巻 ガラテヤの信徒への手紙 「救われるには割礼など律法の遵守が必要だ」と説く者が現れたガラテヤの教会へ、パウロが激しく反論した手紙です。人は律法ではなく、ただ信仰によって救われると強く訴え、ローマ書と並ぶ「信仰義認」の代表的な書とされています。
第10巻 エフェソの信徒への手紙 教会とは何かを格調高く説きます。ユダヤ人も異邦人も、キリストを頭(かしら)とする一つの「キリストの体(教会)」に結び合わされていると説き、後半では夫婦・親子・主従それぞれの生き方など、実践的な勧めが続きます。
第11巻 フィリピの信徒への手紙 獄中で書かれたにもかかわらず、喜びにあふれた「喜びの手紙」です。支援への感謝とともに「いつも主にあって喜びなさい」と励まします。キリストが神の身分を捨てて人となり、十字架で死なれたという「キリストの謙遜」を歌った一節が有名です。
第12巻 コロサイの信徒への手紙 誤った教えが入り込んだコロサイの教会へ、キリストこそ万物に勝る存在であり、すべてはキリストによって成り立っていると説き、その卓越性を強調します。
第13巻 テサロニケの信徒への手紙 一 パウロの手紙の中で最も古いとされる書です。迫害下の若い教会を励まし、「キリストの再臨」(終末に主が再び来られること)について教えます。すでに死んだ信者も復活して主を迎えると慰めます。
第14巻 テサロニケの信徒への手紙 二 「主の日はもう来てしまった」という誤解で動揺した教会へ、再臨の前に起こる出来事を説明し、惑わされず落ち着いて、日々まじめに働くよう諭します。
第15巻 テモテへの手紙 一 弟子で若き指導者テモテへ宛てた、いわゆる「牧会書簡」の一つです。教会の指導者(監督・執事)に求められる資格、誤った教えへの対処、礼拝のあり方など、教会を運営するための具体的な心得を伝えます。
第16巻 テモテへの手紙 二 殉教を予感したパウロが、愛弟子テモテに宛てた遺言ともいえる手紙です。「わたしは戦いを立派に戦い抜き、走るべき道のりを走り終えた」という言葉で、最後まで信仰を守り通すよう励まします。
第17巻 テトスへの手紙 クレタ島の教会を任された弟子テトスへの手紙です。健全な教えを守ること、各世代の信徒のあるべき生き方、教会の指導者の任命について指示しています。
第18巻 フィレモンへの手紙 全1章の、最も短く私的な手紙です。主人のもとから逃げ出した奴隷オネシモが、パウロのもとで信者となりました。そこでパウロは、その主人フィレモンに対し、オネシモを「もはや奴隷としてではなく、愛する兄弟として」赦し迎え入れてほしいと願います。
公同書簡など(8巻)
特定の教会ではなく、より広い読者に宛てて書かれた手紙を中心とする8巻です(著者不明のヘブライ人への手紙もここに含めます)。
| 巻 | 巻名 | 中心的な内容 |
|---|---|---|
| 第19巻 | ヘブライ人への手紙 | イエスを、旧約の祭儀を完成させる「完全な大祭司」として説く |
| 第20巻 | ヤコブの手紙 | 「行いを伴わない信仰は死んでいる」と実践を強調 |
| 第21巻 | ペトロの手紙 一 | 迫害に苦しむ信徒を励ます |
| 第22巻 | ペトロの手紙 二 | 誤った教えを広める偽教師への警告 |
| 第23巻 | ヨハネの手紙 一 | 「神は愛である」とし、互いに愛し合うよう説く |
| 第24巻 | ヨハネの手紙 二 | 偽りの教えに惑わされないよう短く戒める |
| 第25巻 | ヨハネの手紙 三 | 教会の具体的な人物をめぐる短い私信 |
| 第26巻 | ユダの手紙 | 信仰に忍び込む偽教師への厳しい警告 |
こちらも1巻ずつ見ていきましょう。
第19巻 ヘブライ人への手紙 著者不明ながら、内容の重厚さで知られる手紙です。迫害で信仰が揺らぐユダヤ人キリスト者に向けて、イエスこそ旧約の祭司制度やいけにえを完成させる「永遠の大祭司」であり、その一度きりの犠牲によってすべての罪が贖われたと説きます。旧約と新約の関係を深く論じており、11章は信仰に生きた旧約の人物を列挙する「信仰の英雄列伝」として有名です。
第20巻 ヤコブの手紙 イエスの兄弟ヤコブによるとされる、実践的な手紙です。「行いを伴わない信仰は、それだけでは死んだものである」と、信仰が具体的な善行として表れるべきことを強調します。舌(言葉)を制御することや、貧しい人を分け隔てしないことなど、日常の倫理を説いており、信仰を強調するパウロ書簡と良い対照をなしています。
第21巻 ペトロの手紙 一 使徒ペトロが、各地で迫害に苦しむ信者たちを励ますために書いた手紙です。「キリストもあなたがたのために苦しまれたのだから、その模範に倣いなさい」と、苦難の中にこそ希望があることを説きます。
第22巻 ペトロの手紙 二 教会に忍び込んで人々を惑わす偽教師・誤った教えへの警告が中心です。また、主の再臨が遅れているように見えても「主にとって一日は千年のよう」であり、必ず実現すると説きます。
第23巻 ヨハネの手紙 一 「神は愛である」という言葉で名高い手紙です。「神を愛していると言いながら、兄弟を憎む者は偽り者だ」として、互いに愛し合うことを繰り返し説きます。同時に、イエスが本当に人間(肉)となって来られたことを否定する異端への警告も含まれます。
第24巻 ヨハネの手紙 二 全1章の短い手紙で、偽りの教えを説く者を家に迎え入れてはならない、と簡潔に戒めています。
第25巻 ヨハネの手紙 三 こちらも全1章の私信です。教会に協力的なガイオという人物を讃える一方、横暴に振る舞う指導者ディオトレフェスを戒める、具体的な人間関係をめぐる手紙です。
第26巻 ユダの手紙 イエスの兄弟ユダによるとされる手紙です。教会に入り込んで信仰を堕落させる偽教師たちを、旧約聖書の例を引きながら厳しく断罪し、「あなたがたは聖なる信仰の上に自らを築き上げなさい」と、信仰を守り抜くよう促します。
第27巻 ヨハネの黙示録(ヨハネのもくしろく)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 章数 | 全22章 |
| 著者 | ヨハネ |
| 中心テーマ | 世の終わりと、神による世界の完成 |
聖書全体を締めくくる最後の巻が、世の終わり(終末)を描いた黙示録です。
著者ヨハネが、流刑地パトモス島で見た幻という形で記されています。内容は象徴とイメージに満ちており、難解な巻としても知られます。
7つの封印が解かれ、7つのラッパが吹かれ、7つの鉢が注がれるたびに、地上に次々と災いが下されます。「666の数字を持つ獣」や、善と悪が激突する最終決戦「ハルマゲドン」といった有名なモチーフもここに登場します。
しかし黙示録は、ただの破滅の物語ではありません。最終的に悪(サタン)は完全に滅ぼされ、最後の審判が行われ、涙も死も苦しみもない「新しい天と新しい地」、すなわち神と人とが共に住む完成された世界が訪れる、という希望をもって締めくくられます。
こうして聖書は、創世記の「天地創造」に始まり、黙示録の「新しい天と新しい地」で終わるという、壮大な物語として完結します。
27巻はどう決まったのか ― 新約聖書の正典化
私たちが手にする新約聖書の27巻は、最初から「一冊の本」として存在したわけではありません。もともとは、各地の教会に宛てた手紙や、別々に書かれた福音書が、バラバラに出回っていたのです。では、どの文書を「神の言葉(正典=カノン)」とし、どれを退けるのか。これを定めていく営みが「正典化」でした。
きっかけの一つが、2世紀のマルキオンという人物です。彼は旧約の神を否定し、独自の偏った「聖書」を編んだため、教会は「正しい文書とは何か」をはっきりさせる必要に迫られました。判断の基準とされたのは、おおむね①使徒(またはその弟子)に由来すること、②全教会で広く読まれてきたこと、③信仰の内容が正統であることでした。
こうした議論を経て、4世紀には範囲がほぼ固まります。決定的だったのが、アレクサンドリアの主教アタナシオスが367年の手紙の中で挙げた書物の一覧で、これが現在と同じ27巻をそろって列挙した、最初の記録とされます。さらにカルタゴ教会会議(397年)などで追認され、新約27巻は確定しました。
注目すべきは、教会会議が「新たに正典を作った」のではなく、すでに各地の信徒が長年大切に読み継いできた文書を、公式に確認したという性格が強い点です。聖書という原典は、こうした数百年の選別の歴史を経て、今の形になったのです。
補足:カトリック・正教会の「第二正典」
ここまで解説してきた66巻は、プロテスタント教会で用いられる聖書の構成です。
一方、カトリック教会や正教会では、これに加えて「第二正典(だいにせいてん)」と呼ばれる書物も旧約聖書に含めます(プロテスタントではこれらを「外典」と呼び、正典には含めません)。
代表的なものには、トビト記、ユディト記、知恵の書、シラ書(集会の書)、バルク書、マカバイ記(一・二)などがあります。そのため、教派によって聖書の総巻数は異なってきます。
登場キャラクターの強さは? ― 最強ランキング
本記事に登場した神々・英雄は、「神話・宗教・伝説 最強ランキング」でも強さ順に紹介しています。原典での活躍と、その「強さ」をあわせてお楽しみください。
もっと深く知りたい方へ
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まとめ
本記事では、新約聖書27巻を「福音書」「使徒言行録」「書簡」「黙示録」の区分に沿って解説しました。如何だったでしょうか。
新約聖書は、救い主イエス・キリストの生涯(福音書)→ 教会の誕生と拡大(使徒言行録)→ 信仰の教え(書簡)→ 世界の完成(黙示録)という流れで構成されており、旧約聖書が待ち望んだ救い主の到来と、その後の展開を描いていることがおわかりいただけたかと思います。
そして3回にわたるこのシリーズで、ついにキリスト教の原典である「聖書66巻」すべての概要を解説し終えました。天地創造に始まり、新しい天と新しい地で完結するという、聖書全体の壮大な構造を感じていただけたなら幸いです。
旧約聖書の解説はこちらの記事を参照してください。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
📚 シリーズ:キリスト教の原典(聖書66巻)解説(5/5)