当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、イスラム教の原典を解説するシリーズの第2弾です。
前回(記事①)は、聖典クルアーンそのものの成り立ちと構成を解説しました。今回は、そのクルアーンが説く信仰の根本――ムスリムが心から信じるべき「六信」を、一つずつ詳しく見ていきます。
イスラム教の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。
六信とは ― 信仰の6つの柱
イスラム教徒(ムスリム)であることは、単に儀礼を行うことではなく、心の中で6つのことを真に信じることから始まります。これを「六信(イーマーン)」と呼びます。
それでは、6つの柱を一つずつ詳しく見ていきましょう。
宗教の起源 ― なぜ〈神〉が必要だったのかAmazonで見る →
はじめての世界神話 図解でよくわかるAmazonで見る →
① 神(アッラー)― 唯一絶対の創造主
六信の中心であり、すべての出発点が唯一神アッラーへの信仰です。
「アッラー」とは、アラビア語で「神」を意味する言葉です。特定の固有名詞ではなく、ユダヤ教・キリスト教が信じる神と同じ唯一の神を指すとされます。アラビア語を話すキリスト教徒も、神を「アッラー」と呼びます。
イスラム教の神観の核心は、「タウヒード(神の唯一性)」です。神はただ一つであり、何ものにも似ておらず、子も親もなく、何ものにも依存しない完全な存在とされます。前回紹介した第112章「純正」は、この信仰を最も簡潔に表しています。
言え、かれはアッラー、唯一なる御方。アッラーは自存され、永遠なる御方。何ものも生まず、生まれもしない。かれに比べ得る、何ものもない。
この厳格な一神教ゆえに、神に何かを並べること(多神崇拝・偶像崇拝)は「シルク」と呼ばれ、イスラム教における最大の罪とされます。神を人や物の姿で表すこと、神以外を拝むことは固く禁じられ、モスクに神や預言者の像・絵が一切ないのもこのためです。
一方で、神は冷たい存在ではありません。クルアーンの各章は、ほぼすべて「慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において」という句で始まります。神には「99の美しい名前(美名)」があるとされ、「慈悲深き者」「赦す者」「全知なる者」「平和」など、その豊かな性質が讃えられます。神は厳正な裁き手であると同時に、限りなく慈悲深い御方として信じられているのです。
② 天使 ― 光から造られた神の使い
第2の柱は、「天使(マラーイカ)」の存在を信じることです。
イスラム教では、天使は光から造られ、神に絶対的に従う存在とされます。人間のように自由意志で罪を犯すことはなく、神の命令を忠実に実行します。目には見えませんが、神と人との間を取り次ぎ、世界の運行を担っています。
クルアーンやハディース(伝承)には、役割を持った天使たちが登場します。
| 天使 | 役割 |
|---|---|
| ジブリール(ガブリエル) | 預言者に啓示を伝える、最も重要な天使 |
| ミーカール(ミカエル) | 雨や糧など、自然の恵みを司る |
| イスラーフィール | 終末の日にラッパを吹き、復活を告げる |
| 死の天使(アズラーイール) | 人の魂を引き取る |
| ムンカルとナキール | 墓の中で死者に信仰を問う2天使 |
| マーリク | 地獄の番人 |
このうち、クルアーンが名前を明記しているのはジブリールとミーカールなどで、他の天使の名や役割の多くは伝承によって補われています。なお、天使とは別に、神が炎から造ったとされる「ジン(精霊)」という存在も信じられています。ジンは天使と違って自由意志を持ち、善にも悪にもなり得るとされ、悪魔シャイターンもこのジンの一種です。
③ 啓典 ― 神が下した諸聖典
第3の柱は、神が人類に下してきた「啓典(聖典)」を信じることです。ここにイスラム教の寛容さと独自性の両方が表れています。
イスラム教は、クルアーンだけが神の啓典だとは考えません。神は歴史を通じて、その時代の預言者に何度も啓典を下してきたとされます。
| 啓典 | 下された預言者 | 対応 |
|---|---|---|
| 律法(タウラート) | ムーサー(モーセ) | ユダヤ教・キリスト教の「律法」 |
| 詩篇(ザブール) | ダーウード(ダビデ) | 旧約聖書の「詩編」 |
| 福音(インジール) | イーサー(イエス) | キリスト教の「福音」 |
| クルアーン | ムハンマド | イスラム教の聖典(最後の啓典) |
つまりイスラム教は、ユダヤ教の律法やキリスト教の福音も、もともとは同じ神が下した本物の啓典だと認めるのです。ただし、それらは長い年月の中で人間の手によって改変されてしまったとされ、神が最後に下した完全な啓典がクルアーンである、というのがイスラムの立場です。だからこそユダヤ教徒・キリスト教徒は「啓典の民」として、特別な敬意を払われます。
④ 預言者 ― アダムからムハンマドまで
第4の柱は、神が人類を導くために遣わした「預言者」たちを信じることです。
イスラム教では、神は最初の人間アダムを最初の預言者とし、あらゆる時代・あらゆる民族に、数えきれないほどの預言者を遣わしてきたとされます。ある伝承では、その数は12万4000人にのぼるとも言われます。そのうち、クルアーンが名前を挙げているのは25人です。その多くは、聖書でおなじみの人物です。
| イスラム名 | 一般名 | 主な事績 |
|---|---|---|
| アーダム | アダム | 最初の人間にして最初の預言者 |
| ヌーフ | ノア | 大洪水を生き延びる |
| イブラーヒーム | アブラハム | 純粋な一神教を貫き、カアバを建てる |
| ムーサー | モーセ | 民を率いて脱出し、律法を授かる |
| ダーウード | ダビデ | 詩篇を授かった王 |
| イーサー | イエス | 処女マルヤムから生まれた預言者 |
| ムハンマド | ― | 最後の預言者(クルアーンを授かる) |
預言者には2つの呼び方があります。神の言葉を預かる者一般を「ナビー(預言者)」と呼び、その中でも特に新たな啓典や使命を託された者を「ラスール(使徒)」と呼びます。さらに、ヌーフ・イブラーヒーム・ムーサー・イーサー・ムハンマドの5人は、特に重要な使徒「ウルー・アルアズム(決意の人)」とされます。
ここで決定的に重要なのが、ムハンマドが「最後の預言者(預言者の封印)」とされる点です。アダムに始まる長い預言者の歴史は、ムハンマドをもって完成し、彼の後にはもう預言者は現れないとされます。そして、預言者はあくまで人間であり、決して神格化されないことも、繰り返し強調されます。イエスもムハンマドも、崇拝の対象ではなく、神の言葉を伝えた使者なのです(預言者たちの具体的な物語は、記事④で詳しく解説します)。
⑤ 来世 ― 死で終わらない世界
第5の柱は、「来世(アーヒラ)」を信じることです。
イスラム教では、現世は永遠ではなく、いつか終わりの日が訪れるとされます。そのとき、すべての死者はよみがえって(復活して)神の前に立ち、生前の行いを裁かれると信じられています。これが「最後の審判」です。
審判の結果、神を信じ正しく生きた者は楽園「ジャンナ(天国)」へ、神を拒み悪を行った者は業火の「ジャハンナム(地獄)」へと導かれるとされます。
この「現世での行いが、来世での永遠の運命を決める」という強い来世信仰こそ、ムスリムが日々の善行や礼拝に励む大きな動機となっています。来世と最後の審判については、その重要性ゆえに記事⑤で改めて詳しく解説します。
⑥ 定命(カダル)― すべては神の定めのうちに
最後の第6の柱が、「定命(カダル)」、すなわちこの世のすべては神の定めのうちにあると信じることです。
善いことも悪いことも、起こるすべての出来事は、神の全知と御意志のもとにある――これがカダルの教えです。神は過去・現在・未来のすべてを知り尽くしており、何ひとつ神の知らないところで起こることはないとされます。
ただし、これは「人間に責任がない」という意味ではありません。人間には善悪を選ぶ自由が与えられており、その選択の責任は各自が負う、と考えられています。「神の定め」と「人間の責任」をどう両立させるかは、イスラム神学でも深く議論されてきたテーマです。実際の信仰生活では、カダルの教えは「結果は神に委ね、なすべき努力を尽くす」という、運命を受け入れる平安な心の支えとなっています。何かを約束する際に「インシャー・アッラー(神が望まれるなら)」と添えるのも、この信仰の表れです。
信仰の三層 ― イマーン・イスラーム・イフサーン
この「六信」が、イスラムという宗教全体の中でどこに位置づけられるのかを、見事に示した有名なハディースがあります。「ジブリール(ガブリエル)のハディース」です。
ある日、見知らぬ旅人が預言者ムハンマドのもとを訪れ、矢継ぎ早に問いを発します。実はそれは、天使ジブリールが人の姿で現れ、人々に信仰を教えるために問答してみせたものでした。そこで宗教は、三つの層として示されます。
| 層 | 意味 | 内容 |
|---|---|---|
| イスラーム | 行い・帰依 | 五行(信仰告白・礼拝・喜捨・断食・巡礼)の実践(記事③) |
| イマーン | 信仰 | 六信(本記事)を心から信じること |
| イフサーン | 徳・誠実 | 「あたかも神を見ているかのように、神を礼拝すること。見えなくとも、神は必ずあなたを見ておられる」 |
つまりイスラムは、外面の「行い(イスラーム)」、内面の「信仰(イマーン)」、そしてその両方を貫く「誠実さ(イフサーン)」という三つの層から成る、とこのハディースは教えます。本記事で見た六信は、このうち「心で信じる」内面の柱にあたり、次の記事③で見る「五行」という外面の実践と、ひとつになって信仰を形づくっているのです。
もっと深く知りたい方へ
関連する書籍も紹介します。あわせて読むと、この世界がいっそう深く味わえます。
哲学と宗教全史Amazonで見る →
図解 世界5大神話入門Amazonで見る →
まとめ
本記事では、ムスリムが信じるべき信仰の柱「六信」を一つずつ詳しく解説しました。如何だったでしょうか。
六信は、唯一神アッラーを中心に、天使・啓典・預言者・来世・定命へと広がる、イスラム教の世界観そのものでした。とりわけ、ユダヤ教・キリスト教の聖典や預言者をも認める「啓典」「預言者」の柱に、イスラム教の成り立ちがよく表れていることがおわかりいただけたかと思います。
次回の記事③では、この信仰(六信)を具体的な行動に移す実践の柱――「五行」と、ムスリムの信仰生活を詳しく解説していきます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
📚 シリーズ:イスラム教の原典解説(3/7)