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【日本神話の原典⑤】風土記とその他の原典 ― 国引き神話と記紀外の伝承を解説

【日本神話の原典⑤】風土記とその他の原典 ― 国引き神話と記紀外の伝承を解説

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、日本神話の原典を解説するシリーズの第5弾(最終回)です。

これまで、二大原典である『古事記』(記事①〜③)と『日本書紀』(記事④)を見てきました。最終回の今回は、記紀には載らない神話を伝える原典『風土記(ふどき)』と、記紀を補うその他の古典を解説します。

日本神話の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。

【神話・宗教の原典解説】日本神話の原典まとめ ―『古事記』『日本書紀』と全記事の一覧senkohome.com/myths-religions-origins-japanese/

風土記とは ― 国ごとに編まれた地誌

『風土記』は、713年(和銅6年)、元明天皇の命令によって、全国の各国(地方)が編纂した地誌(地方誌)です。記紀が「国家の歴史・神話」を語る原典であるのに対し、風土記は「地方の実情と、その土地に伝わる伝承」を記録した原典です。

朝廷は、各国に対して次のような事項を報告するよう命じました。

  • 郡や郷の名前に、良い文字(好字)をあてること
  • その土地でとれる産物
  • 土地の肥沃さ
  • 山・川・野・原の名前の由来
  • 古老が伝える、昔の言い伝え(旧聞異事)

この最後の「古老の伝える言い伝え」の中に、記紀には収められなかった各地の神々の物語や、地名の由来となった神話が、数多く書き留められました。ここに、風土記の神話原典としての価値があります。

なお、最初の「郡や郷の名に良い文字(好字)をあてよ」という命令は、地名を縁起のよい漢字二字で表記させようとするもので、現在まで続く日本の地名表記の基礎にもなりました。風土記は、神話の宝庫であると同時に、古代の地名・産物・地勢を伝える一級の地理資料でもあるのです。記紀が「中央(朝廷)から見た神話」を語るとすれば、風土記は「地方の側から見た神話」を伝える原典だといえます。

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現存する風土記

風土記は本来すべての国で編纂されましたが、大部分は失われてしまいました。現在、まとまった形で内容が伝わるのは、わずか5か国のものだけです。

風土記状態
出雲国風土記ほぼ完全な形で現存する唯一の風土記
播磨国風土記一部を欠くが、ほぼ伝わる
常陸国風土記一部が現存
豊後国風土記・肥前国風土記抄録(要約)の形で現存

このほか、他の書物に引用される形で断片的に残ったものを「風土記逸文(いつぶん)」と呼びます。中でも、唯一ほぼ完本で残った『出雲国風土記』は、出雲地方独自の神話を伝える、極めて貴重な原典です。

この『出雲国風土記』は、官命から20年を経た733年(天平5年)に完成し、巻末に出雲国造(くにのみやつこ)であった出雲臣広嶋が責任者となり、神宅臣金太理(かんやけのおみかなたり)が編集にあたったことまで明記されています。誰が・いつ編んだかがわかる点でも、他に類を見ない貴重な原典です。記紀では脇役に追いやられがちな出雲の神々が、ここでは堂々たる主役として描かれているのも、地元の手で編まれた風土記ならではの特色です。

出雲国風土記の「国引き神話」

『出雲国風土記』が伝える神話で最も有名なのが、雄大な「国引き神話」です。これは記紀には一切記されていない、風土記ならではの神話です。

出雲の国を造った神「八束水臣津野命(やつかみずおみつののみこと)」は、出雲の国が小さく狭いのを見て、こう言いました。「初国(はじめにできた国)は小さく造られた。だから、縫い足して大きくしよう」と。

そして神は、海の向こうの土地の「余っている部分」を探し、四つの土地から、それぞれ綱で引き寄せて出雲に縫い付けたと語られます。原典は、その四回の「国引き」を具体的に記しています。

引いてきた土地縫い付けてできた場所
志羅紀(しらき=新羅)の三埼杵築(きづき)の御埼
北門(きたど)の佐伎(さき)の国狭田(さだ)の国
北門の良波(よなみ)の国闇見(くらみ)の国
越(こし=高志)の都都(つつ)の三埼三穂(みほ)の埼

神は、土地に太い綱をかけては、「国来(くにこ)、国来(=土地よ、来い)」と力強く唱えながら、対岸の余った土地を少しずつたぐり寄せていきました。こうして引き寄せられた土地が、いまの島根半島になったとされます。引き終えた神が、綱をかけて引いた杭として立てたのが、西は佐比売山(さひめやま=三瓶山)、東は火神岳(ひのかみだけ=大山)という霊峰であり、土地を結びつけた綱そのものが、薗(その)の長浜と、夜見島(よみのしま=弓ヶ浜)という二つの砂州になった、と説明されます。

土地そのものを海の向こうから引っぱってくるという、このおおらかでスケールの大きな創世神話は、出雲の人々の郷土への誇りを映したものといえるでしょう。記紀の国生み(イザナギ・イザナミ)とはまったく異なる、もう一つの「国の始まり」の物語が、この原典には記されているのです。しかも、ここで語られる三瓶山・大山・弓ヶ浜はいずれも実在の地形であり、神話が目の前の風景の由来を説き明かす――風土記ならではの語り口が、よく表れています。

各地の風土記が伝える神話

出雲以外の風土記にも、記紀には見られない味わい深い伝承が残されています。

『常陸国風土記』には、富士山と筑波山にまつわる神話があります。旅の神が、まず富士の神に宿を乞うと、物忌み中だからと断られました。次に筑波の神を訪ねると、こころよくもてなしてくれます。そこで神は、断った富士の山には一年中雪が降り積もって人が登れず、もてなした筑波の山には人々が集い、歌い栄えるよう定めた――という、もてなしの心の大切さを説く由来譚です。

同書にはまた、「夜刀神(やとのかみ)」という、頭に角を生やした蛇の神の話も記されています。新たに谷を開墾しようとした人間と、もとからその地に棲む夜刀神とが対立し、人間が境界の標(しるし)を立てて「ここから上は神の地、ここから下は人の田とする」と取り決める――これは、開拓(人間)と自然神との折り合いを語る、きわめて古い神話です。さらに同書には、英雄ヤマトタケルが各地を巡行したという伝承や、若い男女が歌をかけ合う「歌垣(うたがき)」の情景も生き生きと描かれています。

『播磨国風土記』には、オオナムチ(大国主)をはじめとする神々が、土地をめぐって競い合う「国占め」の伝承が数多く見られます。なかでも有名なのが、オオナムチとスクナヒコナの二神が、「重い埴土(はにつち)を背負って遠くまで歩くのと、便を我慢して遠くまで歩くのと、どちらが勝つか」を競った話です。とうとうオオナムチが笑って便をもらし、スクナヒコナも荷を投げ出した――その地が「波自賀(はじか)」と名づけられた、という地名起源譚で、神々を身近でおおらかに描く点が印象的です。神々が、地名の由来となる出来事を各地で起こしていく様子は、記紀の整然とした神話とはまた違う、土地に根ざした素朴な神話世界を伝えています。

『豊後国風土記』『肥前国風土記』は抄録(要約)の形でしか残っていませんが、それでも景行(けいこう)天皇の九州巡幸や、朝廷にまつろわぬ土着の人々を指す「土蜘蛛(つちぐも)」退治の伝承など、九州ならではの地名起源譚を伝えています。たとえば「速見(はやみ)」の地名は、巡幸する天皇を出迎えた女首長の名に由来する、といった具合に、土地の名の一つひとつに物語が結びつけられているのです。

風土記逸文が伝える、名高い物語

本文がまるごと失われた国の風土記でも、後世の書物に引用された断片=「逸文」として、忘れがたい物語が伝わっています。とりわけ有名なのが、いずれも『丹後国(たんごのくに)風土記』の逸文に記された二つの説話です。

一つは、「浦島子(うらしまこ=浦島太郎の原型)」の物語です。丹後の水江(みずのえ)の漁師・浦嶼子(うらのしまこ)が、釣り上げた五色の亀が美しい女性に変じ、共に海中の「蓬莱山(とこよのくに)」へ渡って三年を過ごします。やがて帰郷すると、すでに三百年もの歳月が過ぎており、約束を破って玉手箱を開けると、たちまち老いてしまった――という、現在の浦島太郎へと連なる最古級の異郷訪問譚です。

もう一つは、「奈具社(なぐのやしろ)」の天女の物語、すなわち「羽衣(はごろも)伝説」です。水浴びをしていた八人の天女のうち、一人が老夫婦に羽衣を隠されて天へ帰れなくなり、夫婦のもとで暮らすうちに豊かさをもたらしますが、やがて追い出され、各地をさすらった末に一つの社の神として祀られた、と語られます。これらは、記紀には載らないものの、後の日本の昔話の源流となった、風土記ならではの貴重な伝承です。

記紀を補う、その他の原典

日本神話を伝える原典は、記紀と風土記だけではありません。これらを補う古典もいくつかあります。

原典性格
先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)物部氏の伝承を多く含む。ニギハヤヒの神話などを伝える
古語拾遺(こごしゅうい)斎部広成が、忌部氏の立場から記紀の不足を補おうと記した
万葉集(まんようしゅう)和歌集だが、神話や神々を詠んだ歌を含む
祝詞(のりと)神事で唱える神聖な言葉。古い神話的世界観を伝える

たとえば『先代旧事本紀』は、天照大神の命で天降ったとされる神「ニギハヤヒ」の物語など、記紀では脇に置かれた伝承を詳しく伝えます。また『古語拾遺』は、祭祀を担った忌部(斎部)氏の視点から、記紀に漏れた伝承を補おうとした原典で、特定の氏族がどのように神話を伝えたかを知る手がかりになります。

これらの原典は、日本神話が、朝廷の正史(記紀)だけでなく、各地方や各氏族のさまざまな伝承の集合体であったことを教えてくれます。

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まとめ

本記事では、記紀を補う原典『風土記』とその他の古典を、原典そのものに即して詳しく解説しました。如何だったでしょうか。

『風土記』は、713年の官命で各国が編んだ地誌であり、記紀には載らない地方の神話を伝えます。とりわけ唯一の完本『出雲国風土記』の「国引き神話」は、記紀とは別の壮大な創世を語る貴重な原典でした。さらに先代旧事本紀・古語拾遺なども、記紀を補う原典として重要です。

これで、日本神話の原典シリーズ全5記事が完結しました。『古事記』『日本書紀』『風土記』という性格の異なる原典を、それぞれに即して読み解くことで、日本神話の本当の姿が見えてきたなら幸いです。

他の神話・宗教の原典も解説しています。全体の一覧は世界の神話・宗教の原典まとめからどうぞ。

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