神話・宗教・伝説

【日本神話の原典④】日本書紀 ― 正史としての神代と「一書」の異伝を解説

【日本神話の原典④】日本書紀 ― 正史としての神代と「一書」の異伝を解説

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、日本神話の原典を解説するシリーズの第4弾です。

記事①〜③では、もう一つの原典『古事記』に記された神話をたどりました。今回は、日本神話を伝えるいま一つの柱である『日本書紀(にほんしょき)』を、原典そのもの――どんな書物で、神話をどう記しているのか――に焦点をあてて解説します。

日本神話の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。

【神話・宗教の原典解説】日本神話の原典まとめ ―『古事記』『日本書紀』と全記事の一覧senkohome.com/myths-religions-origins-japanese/

日本書紀とは ― 国家の正史

『日本書紀』は、720年(養老4年)に完成した、日本で最初の「正史(国家が公式に編纂した歴史書)」です。天武天皇の命に始まり、その皇子舎人親王(とねりしんのう)らが中心となって編纂したと伝えられます。

その体裁は、8年前に成立した『古事記』とは大きく異なります。

『古事記』と『日本書紀』― 同じ神話、異なる原典 古事記(712年) 国内向けの読み物・物語性が高い 全3巻/変体漢文(和文に近い) 伝承を一本の物語として叙述 天皇家の由来を物語る 日本書紀(720年) 対外的な正史・年代順の歴史書 全30巻+系図1巻/正式な漢文 異伝を「一書曰く」と併記 国家の正式な歴史として編纂

『古事記』が国内向けの物語として一本の筋で神話を語るのに対し、『日本書紀』は中国の歴史書にならった、本格的な漢文の編年体(年月順に出来事を記す形式)で書かれています。これは、当時の東アジアの国際社会に対して、日本が古い歴史を持つ正式な国家であることを示すという、外交的な目的があったためと考えられています。

編纂の経緯 ― 40年がかりの国家事業

『日本書紀』の編纂は、一朝一夕に成ったものではありません。その出発点は、681年(天武天皇10年)に天武天皇が皇子や臣下に対して、帝紀(天皇の系譜)と旧辞(古い伝承)を記し定めよと命じた詔にあるとされます。じつはこの詔は、『古事記』編纂の起点ともされるもので、記紀はもともと一つの国家事業から枝分かれしたとも考えられています。

天武天皇の死後も事業は引き継がれ、約40年の歳月を経て、720年(養老4年)、天武天皇の皇子舎人親王(とねりしんのう)が中心となって完成させ、元正天皇に奏上されました。その記述は、中国の正史である『漢書』『後漢書』などの文体や表現を数多く取り込んでおり、本文中には中国の古典をそのまま引用した箇所も少なくありません。日本という国の歴史を、当時の東アジアの「世界標準」であった漢文の歴史書の形式で記そうとした、壮大な試みだったのです。

なお、神武天皇の即位を紀元前660年と定めたのも『日本書紀』です。これは、中国の讖緯(しんい)説にもとづく「辛酉(しんゆう)の年には大きな革命が起こる」という考えにそって逆算されたものと考えられており、神話と暦の思想が結びついて「日本の建国年」が定められた過程も、この原典から読み取れます。

日本の神話と神様手帖日本の神話と神様手帖Amazonで見る → 日本の神様 解剖図鑑日本の神様 解剖図鑑Amazonで見る →

日本書紀の構成 ― 全30巻のうち神代は2巻

『日本書紀』は、全30巻(と系図1巻)からなる大著です。その構成を見ると、神話が占める位置がよくわかります。

内容
巻1〜2神代(じんだい)=神々の物語(上・下の2巻)
巻3初代・神武天皇
巻4〜30第2代以降、持統天皇までの歴代天皇の記録

注目すべきは、神話(神代)はわずか冒頭の2巻のみで、残りの28巻は歴代天皇の歴史にあてられている点です。これは、『日本書紀』があくまで「歴史書」であり、神話はその壮大な歴史の出発点として位置づけられていることを示しています。神々の物語に多くの紙幅を割く『古事記』とは、力点が異なるのです。

神代二巻のあらすじ ― 十一段の構成

神代を扱う巻1・巻2は、伝統的に「十一段(だん)」という区切りで読まれてきました。各段がどんな神話を記しているかをたどると、『日本書紀』が神々の物語をどんな順序で配列しているかがよくわかります。

おもな内容
神代上(巻1)第1段天地開闢。混沌から天地が分かれ、国常立尊(くにのとこたちのみこと)らが現れる
神代上第2〜3段神世七代。イザナギ・イザナミの二神が登場するまで
神代上第4段二神の国生み・神生み。オノゴロ島・大八洲の誕生
神代上第5段三貴子の誕生(アマテラス・ツクヨミ・スサノオ)
神代上第6段アマテラスとスサノオの誓約(うけい)
神代上第7段天岩戸(あまのいわと)
神代上第8段スサノオのヤマタノオロチ退治と出雲
神代下(巻2)第9段葦原中国の平定と天孫降臨(ニニギの降臨)
神代下第10段海幸彦・山幸彦の物語
神代下第11段ウガヤフキアエズの誕生と、初代・神武天皇へ

このように、『日本書紀』の神代は「天地の誕生 → 神々の系譜 → 国土の形成 → 皇祖神アマテラス → 地上の平定 → 天孫の降臨 → 天皇の祖先の誕生」という、まさに「天皇による国家統治はいかにして始まったか」を説明する筋立てになっています。注目すべきは、『古事記』にあるイザナギの黄泉国(よみのくに)訪問の物語が、『日本書紀』の本文では大きく扱われず、わずかに「一書」の中に痕跡をとどめる程度になっている点です。同じ神話でも、何を本筋に据え、何を省くかに、二つの原典の性格の違いがはっきり表れています。

「一書曰く」― 異伝を併記する独特の方針

『日本書紀』を原典として読むうえで、最も重要かつ特徴的なのが「一書(あるふみ)曰(い)わく」という記述方式です。

『古事記』が神話を一つの決まった筋で語るのに対し、『日本書紀』の神代巻は、まず「本文(正式な伝え)」を示したうえで、「ある書物にはこう伝える(一書曰く)」と、同じ場面の異なる伝承をいくつも並べて記録します。一つの神話に対して、多いものでは10種類以上もの異伝が併記されることもあります。

これは、編纂者が一つの伝承に決めてしまわず、各地・各氏族に伝わったさまざまな異説を、資料として誠実に書き残そうとした姿勢の表れです。おかげで現代の私たちは、古代の日本神話に「いくつものバージョン」があったことを知ることができます。これは、神話研究にとって極めて貴重な原典的価値です。

たとえば冒頭の天地開闢(第1段)では、まず本文で天地が分かれるさまを述べたあと、「一書曰く」が立て続けに六つも七つも並び、世界の始まりについての異なる言い伝えが次々に紹介されます。同じく三貴子の誕生(第5段)でも、本文と複数の「一書」とで、アマテラスやスサノオがどのように生まれたかの説明が食い違います。つまり『日本書紀』の神代は、一本の物語というより、同じ場面をめぐる「伝承の見本市」のような構成になっているのです。読み手は、本文と一書を見比べながら、どの伝えがどの氏族や地域に結びついているのかを推し量ることができます。

「一書」が伝える、古事記とは異なる神話

実際に、『日本書紀』には『古事記』と食い違う伝承が数多く記されています。代表的なものを見てみましょう。

  • 三貴子の誕生:『古事記』では、イザナギが黄泉国から戻った後の禊(みそぎ)で、左目からアマテラス、右目からツクヨミ、鼻からスサノオが生まれます。一方『日本書紀』の本文では、イザナギとイザナミの二神がそろって日の神(アマテラス)を生んだと記し、禊から生まれたとするのは「一書」の一つとして扱われます。
  • 国譲りの主役:『古事記』で出雲へ派遣される武神はタケミカヅチが中心ですが、『日本書紀』では経津主神(フツヌシ)が主役級として描かれます。
  • スサノオの降臨先:ヤマタノオロチ退治の舞台や経緯にも、本文と一書で細かな違いがあります。

このように、「同じ神話でも、原典によって語り方が違う」という事実こそ、2つの原典を読み比べる醍醐味です。私たちが「日本神話」として知っている物語の多くは、実は『古事記』『日本書紀』それぞれの伝承を、後世が一つに溶け合わせたものなのです。

なぜ2つの歴史書が作られたのか

ほぼ同じ時期に、なぜ『古事記』と『日本書紀』という2つの書物が編まれたのでしょうか。

その背景には、天武天皇の時代に、伝承の混乱を正し、天皇家による国家統治の正統性を、歴史によって明らかにしようとする動きがあったとされます。そのうえで、国内に向けて天皇家の由来を物語る『古事記』と、対外的に国家の正史を示す『日本書紀』という、目的の異なる2つの書物が生まれたと考えられています。性格の違う2つの原典がそろって残ったことで、日本神話は豊かさと厚みを保つことができたのです。

六国史の筆頭として ― 日本書紀のその後

『日本書紀』は、完成して終わりではありませんでした。これに続いて、朝廷は『続日本紀(しょくにほんぎ)』以下、合わせて六つの正史を編纂していきます。

正史完成
日本書紀720年
続日本紀797年
日本後紀・続日本後紀・日本文徳天皇実録・日本三代実録9〜10世紀

この六つを「六国史(りっこくし)」と呼び、『日本書紀』はその記念すべき第一作として位置づけられます。日本の正式な歴史叙述は、この書から始まったのです。

さらに『日本書紀』は、平安時代になると「日本紀講筵(こうえん)」と呼ばれる宮中の講読会で、貴族たちによって繰り返し読み解かれました。鎌倉時代には卜部兼方(うらべのかねかた)が注釈書『釈日本紀(しゃくにほんぎ)』を著すなど、長く国家の根本史書として研究され続けた原典です。一時忘れられがちだった『古事記』が江戸時代の本居宣長によって再評価されたのとは対照的に、『日本書紀』は成立以来ほぼ途切れることなく読み継がれてきたという点でも、特別な位置を占めています。

もっと深く知りたい方へ

関連する書籍も紹介します。あわせて読むと、この世界がいっそう深く味わえます。

日本書紀 全現代語訳+解説 <1> 神代日本書紀 全現代語訳+解説 <1> 神代Amazonで見る → いちばんわかりやすい 日本神話いちばんわかりやすい 日本神話Amazonで見る →

まとめ

本記事では、日本神話のもう一つの原典『日本書紀』を、原典そのものに即して詳しく解説しました。如何だったでしょうか。

『日本書紀』は、720年成立・全30巻・漢文の編年体という、本格的な「正史」でした。神話は冒頭の神代2巻に集約され、「一書曰く」として数多くの異伝を併記する点に、この原典ならではの価値があります。

物語として読ませる『古事記』と、資料として異説を記録する『日本書紀』――この2つを併せ読むことで、日本神話の本当の姿が立ち上がってきます。

次回の記事⑤では、記紀には載らない神話を伝える原典『風土記』と、その他の古典を解説していきます。

【神話・宗教の原典解説】日本神話の原典まとめ ―『古事記』『日本書紀』と全記事の一覧senkohome.com/myths-religions-origins-japanese/

それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。