当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「封筒交換のパラドックス」について解説します。
目の前に封筒が2つあり、片方にはもう片方の2倍のお金が入っています。1つを選んだあと、期待値を計算すると交換した方が25%も得をするという答えが出ます。ところが交換したあとに同じ計算をすると、やはりまた交換すべきという答えになり、いつまでも終わりません。計算式はどこにも間違いが見当たらないのに、結論だけが明らかにおかしいという問題です。
2つの封筒と、交換の誘い
ルールはとても単純です。
封筒が2つあり、どちらにもお金が入っている。 片方には、もう片方のちょうど2倍の金額が入っている。 どちらがどちらかは分からない。
ここから1つを選んで手に取ります。中身はまだ見ていません。そこで「よければもう片方と交換してもいいですよ」と言われます。
直感的には、交換してもしなくても同じはずです。どちらの封筒も対等に選んだのですから、得も損もないように思えます。
交換すべきだという計算
ただ、次のように計算するとまったく違う答えが出ます。
いま手に持っている封筒の金額をX円とします。もう片方の封筒に入っているのは、Xの2倍か、Xの半分かのどちらかです。どちらである可能性も半々と考えられます。
そこで交換した場合の期待値を出してみます。
交換後の期待値 = 1/2 × 2X + 1/2 × X/2 = X + X/4 = 1.25X
手元にあるのはX円ですから、交換すれば期待値が25%増えるという計算になります。それなら交換した方がよさそうです。
無限に交換し続けられてしまう
さて、ここからが問題です。
交換して新しい封筒を手にしました。中身はやはり見ていません。ではもう一度、同じ計算をしてみます。
いま手元にある金額をX円とすると、もう片方は2XかX/2で、期待値は1.25X。また交換した方が得だという結論になります。
交換して、また交換して、その次も交換して。封筒を行ったり来たりさせるだけで、期待値がどこまでも増え続けることになってしまいます。これは明らかにおかしい。
もっと分かりやすい形にすると、封筒を選んだあと「選ばなかった方が常に有利」ということになりますが、2つの封筒は対等なのですから、こんなことが成り立つはずがありません。
誤りはXという文字の使い方にある
計算式そのものは正しく見えます。問題は、Xという文字が2つの場面で別々の意味で使われていることです。
きちんと整理してみます。2つの封筒に入っている金額の組を、少ない方をY円として(Y円、2Y円)と書きます。実際に固定されているのはこちらです。
このとき、起こりうるのは次の2通りだけです。
・自分がY円の方を持っている場合(確率1/2):交換すると2Y円になる。Y円の得 ・自分が2Y円の方を持っている場合(確率1/2):交換するとY円になる。Y円の損
得と損が同じY円で、確率も半々ですから、交換による期待値の変化はちょうどゼロです。これが正しい答えになります。
では最初の計算は何がまずかったのか。「2XかX/2のどちらか」と書いた時点で、上の2つの場合でXの値が違っているのに、同じ文字で扱ってしまっています。
自分がY円を持っている場合、X=Yです。自分が2Y円を持っている場合、X=2Yです。値が違うものを同じXとして足し算しているので、意味のない数字が出てきていたということになります。
中身を見た場合はどうなるか
では封筒を開けて、たとえば1万円が入っているのを確認したらどうでしょうか。今度はXの値が確定しているので、先ほどの言い訳は使えなくなります。
ここで効いてくるのが、「そもそもいくらぐらいの金額が入っていそうか」という前提です。
主催者が用意できる金額には、常識的に上限があります。1万円を見たとき、もう片方が2万円である見込みと5千円である見込みは、必ずしも半々ではありません。たとえば主催者が数千円から数万円の範囲で用意していそうだと考えるなら、金額が大きいほど「自分は多い方を引いた」可能性が上がっていきます。
きちんと確率の前提を置いて計算すると、金額によって交換が有利になったり不利になったりしますし、すべての金額をならすと、交換の得は結局ゼロに戻ります。
逆に言えば、最初の計算が成り立つには「どんな金額でも半々」である必要があります。これは金額に上限がなく、どこまでも均等に散らばった分布を意味していて、確率としては存在できません。存在しない前提を暗黙に使っていたのが、この計算の正体だったということになるのだと思います。
誤った計算が使っていた3つの前提
改めて整理すると、最初の計算は口に出されていない前提をいくつも使っていました。
・手元の金額Xがどの場面でも同じ数を指す:実際には少ない方を持つ場合と多い方を持つ場合で値が違う ・相手が2倍か半分かは常に半々である:見えた金額に関係なく半々になる分布は存在しない ・金額に上限がない:上限があれば、高い額を見たときに相手が半分である見込みが上がる ・期待値が有限である:上限を外すと期待値が無限大になり、比較そのものが成立しない
このうちどれか1つでも崩すと、交換が常に有利という結論は出てこなくなります。
個人的に面白いと思うのは、これらが式の中には一切書かれていないことです。「Xとする」という何気ない一言に、4つの前提がまとめて押し込まれていました。
記号を置く行為そのものが、すでに主張を含んでいる。数式の検算では見つけられない種類の誤りで、日本語に戻して読み直さないと気づけません。
ネクタイの賭けという原型
このパラドックスの原型は、数学者モーリス・クライチックが1930年代に紹介した「ネクタイの賭け」だと言われています。
2人の男がそれぞれ新しいネクタイを締めていて、どちらが高いネクタイかを競います。安い方を締めていた人が、自分のネクタイを相手に渡す、というルールです。
すると両者ともこう考えます。自分のネクタイの値段を基準にすると、勝てば相手のより高いネクタイが手に入り、負けても失うのは自分のネクタイだけ。だから自分にとって有利な賭けだ、と。
両方が有利な賭けなど成立しません。封筒の話と同じ誤りが、もっと素朴な形で現れているように思います。
正直、私はこのパラドックスが好きなのですが、それは式を書けば書くほど間違いが見えなくなるタイプだからです。文章で説明されると変だと気づけるのに、数式にした途端に説得力を持ってしまう。数字が並んでいるだけで納得してしまう自分の癖に気づかせてくれる問題だと思っています。
実際に数字を入れて確かめる
言葉だけだと納得しにくいので、具体的な金額で数え上げてみます。
主催者が3通りしか用意しないとき
主催者が用意する組が(1万円、2万円)(2万円、4万円)(4万円、8万円)の3通りで、どれも同じ確率だとします。封筒を開けて見えた金額ごとに、交換の損得を並べます。
| 見えた金額 | ありうる相手の額 | 交換の期待値 | 判断 |
|---|---|---|---|
| 1万円 | 2万円のみ | +1万円 | 交換すべき |
| 2万円 | 1万円 or 4万円 | +5,000円 | 交換すべき |
| 4万円 | 2万円 or 8万円 | +1万円 | 交換すべき |
| 8万円 | 4万円のみ | −4万円 | 交換すべきでない |
一見すると、8万円以外はすべて交換が有利に見えます。ところがそれぞれの金額が出てくる確率まで含めて全体を足し合わせると、得は差し引きちょうどゼロになります。
からくりは、8万円が出る場面の損失が飛び抜けて大きいことです。有利な場面は数が多いかわりに得が小さく、不利な場面は1つだけですが損が大きい。合計するときれいに打ち消し合います。
上限がなければどうなるか
では主催者が金額に上限を設けなかったらどうでしょうか。上の表でいう「8万円」に相当する、損をする一番上の段が存在しなくなります。
有利な場面だけが残るので、確かにいつでも交換が得になりますが、このとき、封筒の中身の期待値そのものが無限大になっています。
無限大どうしの比較には意味がないので、「交換すると25%得をする」という結論も成り立ちません。上限のない設定は矛盾を生むのではなく、そもそも計算が定義できない設定だった、ということになりそうです。
確率の直感を裏切る関連パラドックス
計算は正しいのに、出てきた答えがどうしても直感と噛み合わない関連パラドックスです。
まとめ
本記事は「封筒交換のパラドックス」について解説しました。如何だったでしょうか。
一見すると完璧な期待値の計算が、実は「Xという文字が場面ごとに別の数を指している」という一点で崩れていました。数学の誤りとしては地味ですが、見抜くのは意外に難しいと思います。
同じ記号が同じものを指しているか。計算に使った前提は本当に存在しうるものか。式の正しさより、式に入る前の言葉の定義の方が危ないという教訓が詰まったパラドックスです。
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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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