当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「ペプシ・チャレンジ」と、それを脳で確かめた研究について解説します。
ペプシ・チャレンジは、1975年にアメリカのペプシが始めた宣伝の企画です。ショッピングモールなどの人の集まる場所に机を出し、ラベルを隠した2つのカップに入ったペプシとコカ・コーラを飲み比べてもらって、どちらがおいしいかを選んでもらいます。そして、ペプシを選んだ人のほうが多かったという結果を、テレビのCMで大々的に流しました。
ところが、目隠しの飲み比べで勝っていたはずのペプシは、売り上げではコカ・コーラを追い越せませんでした。味では選ばれているのに、店ではもう一方が買われ続ける。この食い違いは、のちにペプシのパラドックスと呼ばれるようになります。
心理学の研究室で始まった実験ではありませんが、2000年代に入ると、脳の働きを測る研究者たちが、このパラドックスを本格的な実験の題材として取り上げるようになりました。宣伝の企画から脳科学の論文まで、ひと続きの話としてたどっていきます。
ショッピングモールの飲み比べ
1970年代のアメリカでは、コーラの市場はコカ・コーラが大きくリードしていて、ペプシは2番手の立場でした。ペプシ・チャレンジは、その状況をひっくり返すために始まった企画で、テキサス州から始まり、その後アメリカ全土に広がっていきます。
やり方は単純です。どちらがどちらか分からないように、印だけをつけた白い2つのカップにペプシとコカ・コーラを入れ、通りかかった人にひと口ずつ飲んでもらって、好きなほうを選んでもらいます。選んだ後でカップの中身を明かし、ペプシを選んだ人が驚く様子をCMに使いました。
ペプシは、この飲み比べでペプシを選ぶ人のほうが多かったと宣伝し続けました。コカ・コーラにとってはかなりの痛手で、コカ・コーラの会社の資料によると、主な市場でのペプシとの差は、15年続けて少しずつ縮まっていたそうです。
ひと口だけの試飲という落とし穴
ただ、この飲み比べの方法には、のちに大事な弱点が指摘されています。2005年に出版されたマルコム・グラッドウェルの『第1感』では、ひと口だけ飲み比べるシップ・テストでは、人は甘いほうを選びやすいという、飲料業界の人たちの話が紹介されています。
ペプシは、コカ・コーラより少し甘く、柑橘系の風味が強いと言われています。ひと口だけなら、甘くてはっきりした味のほうが印象に残りやすいのですが、家で1缶まるごと飲むとなると、甘さが重く感じられて、かえって控えめな味のほうを好む人も出てきます。モールの机の前でひと口飲むことと、ふだん1缶飲むことは、同じ「好み」を測っているとは限らないということです。
20万人の試飲で選ばれた「ニュー・コーク」
追い詰められたコカ・コーラは、1985年4月23日、ついに99年続いてきた味を変えると発表します。新しい味は、のちにニュー・コークと呼ばれるもので、コカ・コーラの会社によれば、およそ20万人が参加した試飲で、古いコカ・コーラにもペプシにも勝っていた、より甘い味でした。
しかし発売されると、消費者からは激しい反発が起きました。会社の相談窓口にかかってくる電話は、それまで1日400件ほどだったのが、6月には1日1,500件にまで増えたそうです。結局、コカ・コーラは発表からわずか80日ほどの1985年7月11日に、元の味を「コカ・コーラ・クラシック」として復活させることになりました。
20万人の試飲で勝った味が、売り場では受け入れられなかった、という結果は、ペプシ・チャレンジが投げかけた疑問を、そのままコカ・コーラ自身が繰り返したものとも言えます。ラベルを隠して測った「おいしさ」と、人が実際に買い続けるものとのあいだには、味だけでは説明できない何かがある、ということです。
MRIの中でコーラを飲む
この「何か」を脳の働きで確かめようとしたのが、2004年にアメリカのベイラー医科大学のサミュエル・マクルーアとリード・モンタギューたちが発表した研究です。参加したのは67人で、実験は、ふつうの飲み比べと、MRIの装置の中でチューブを通して少しずつコーラを口に流し込む実験の組み合わせで行われました。
ラベルなしでは、好みは半々だった
まず、ラベルを隠した飲み比べでは、参加者全体としてどちらかがはっきり好まれることはありませんでした。そして、MRIの中でラベルなしでコーラを飲んだとき、目の上あたりの脳の奥にある腹内側前頭前野という部分の反応の強さが、その人がラベルなしの飲み比べでどちらを好んだかとよく対応していました。この部分は、ものの好ましさを評価するときに働くと考えられている場所です。
「コカ・コーラ」と見せると、結果が変わった
次に研究者たちは、2つのカップのうち片方にだけ「コカ・コーラ」と書いた飲み比べを行いました。ただし、実はどちらのカップの中身もコカ・コーラです。それでも参加者は、ラベルのついたカップのほうを、はっきり多く選んでいました。中身が同じなのに、ラベルがあるだけで、そちらがおいしく感じられたわけです。
一方、同じことをペプシのラベルで行うと、こうした差はほとんど出ませんでした。MRIの中でも、コーラを流し込む前にコカ・コーラの缶の写真を見せた場合には、記憶に関わる海馬や、判断の調整に関わるとされる背外側前頭前野などが働いていましたが、ペプシの写真では、こうした違いははっきり見られなかったそうです。
研究者たちは、ブランドの情報は、味そのものを評価する仕組みとは別の脳の回路を通して、好みに影響しているのではないか、と考えています。コカ・コーラという名前には、長年の広告や子どものころの思い出などがたくさん結びついていて、それが味の感じ方に上乗せされている、ということなのかもしれません。
ビールでも同じことが起きていた
ブランドが味の評価を変えることは、実はずっと前から知られていました。1964年に、アメリカのラルフ・アリソンとケネス・ウールは、ビールをよく飲む人たちに、ラベルを外したビールと、ラベルのついたビールを飲み比べてもらった研究を発表しています。
ラベルがないと、ふだん自分が飲んでいる銘柄を、ほかの銘柄より特においしいと評価することはなかったのに、ラベルを見せると、自分の銘柄をはっきり高く評価するようになったと報告されています。マクルーアたちの研究は、マーケティングの世界で40年前から知られていたこの現象を、脳の働きとして確かめ直したものだとも言えるでしょう。
脳の一部を損傷した人には、パラドックスが起きなかった
2008年には、アイオワ大学のマイケル・ケーニッグスとダニエル・トラネルが、この研究をさらに進めています。対象になったのは、事故や病気で腹内側前頭前野を損傷した12人と、別の場所を損傷した16人、そして脳に損傷のない16人でした。
ラベルを隠した飲み比べでは、どのグループもややペプシを好んでいました。ところが、ラベルを見せた飲み比べになると、脳に損傷のない人と別の場所を損傷した人は、コカ・コーラのほうに好みが傾いたのに対して、腹内側前頭前野を損傷した人たちは、ラベルを見せてもペプシを選び続けていたのです。損傷のあるグループでは、ラベルつきのペプシを選んだ割合が71%、ラベルつきのコカ・コーラは39%でした。
つまり、ブランドを見て好みが変わるという「ペプシのパラドックス」は、腹内側前頭前野がうまく働いていることで初めて起きていたことになります。ブランドに好みが左右されるのは、判断力が足りないからというより、ふつうに働いている脳がやっていることだと言えそうです。
読むときの注意
ただし、マクルーアたちの研究は67人、ケーニッグスたちの研究は全部で44人と、どちらも大きな研究ではありません。また、脳のある部分が働いていたからといって、その人がそこで何を考えていたのかまでが分かるわけではないので、脳の画像から心を読み取るときには慎重さが必要だと言われています。
それでも、ラベルのない飲み比べと、ラベルのある飲み比べで結果が逆になること自体は、コーラ以外の商品でも繰り返し観察されてきた現象です。私は、この研究の一番の面白さは、ブランドの力を「気のせい」として片づけず、それが実際の味の体験の一部になっていることを示した点にあると思っています。
ペプシ・チャレンジについてよく出る疑問
結局、ペプシのほうがおいしいのですか?
ひと口だけ飲み比べる方法では、甘さの強いペプシが選ばれやすいことが指摘されていて、その結果がそのまま「おいしい」という意味になるかは分かりません。マクルーアたちの研究では、ラベルを隠した飲み比べで、全体としてどちらかがはっきり好まれることはありませんでした。好みは人によって違う、というのが一番正直な答えになりそうです。
ブランドを気にしないようにすれば、本当の味が分かりますか?
ブランドの影響は、意識して打ち消せるものというより、慣れ親しんだ名前が脳の中で自然に味の評価に加わるもののようです。ラベルを見ないで飲み比べれば影響は減らせますが、ふだんの生活では、ブランドも込みで味わっていると考えたほうが自然だと思います。
関連する実験と記事
赤く染めた白ワインに、醸造学の学生たちが赤ワインの香りの言葉を当てはめた実験は、見た目やラベルが味の感じ方を変えるという点で、ペプシ・チャレンジとよく似ています。
何度も目にしたものほど好きになるという単純接触効果は、コカ・コーラのような長年の広告がなぜ好みに影響するのかを考える手がかりになります。
まとめ
本記事はペプシ・チャレンジと、それを脳で確かめた研究について解説しました。如何だったでしょうか。
ラベルを隠した飲み比べではペプシが選ばれるのに、売れるのはコカ・コーラ、というペプシのパラドックスは、ひと口だけの試飲の偏りに加えて、ブランドが味の感じ方そのものに入り込んでいることで説明できそうです。2004年の研究では、中身が同じでもコカ・コーラのラベルがあるだけでそちらが選ばれ、脳の別の場所が働いていました。
20万人の試飲で選ばれたニュー・コークが80日ほどで引っ込められたことも合わせると、私たちが「おいしい」と感じるものには、味の外側にある記憶や思い出が混ざっているようです。マーケティングの話として読んでも、知覚の話として読んでも面白い出来事だと思います。
ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
こちらもよく読まれています