当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「ドクター・フォックス効果」について解説します。
ドクター・フォックス効果は、話している中身にほとんど意味がなくても、話し手が自信たっぷりで、表情豊かに、ユーモアを交えて話すと、聞き手がその話を高く評価してしまう現象のことです。名前の由来は、1973年の実験で、架空の専門家「マイロン・L・フォックス博士」を演じた俳優でした。
この俳優は、テーマについて何も知らないまま、わざと矛盾や意味のない言葉をたっぷり混ぜた講演を、精神科医や心理学者たちの前で行いました。それでも、講演後のアンケートでは、好意的な答えのほうが、はっきり多かったとされています。
この実験は、大学で学生が先生を評価する「授業評価」は当てにならない、という主張の根拠として、今も繰り返し引用されています。ただ、40年後に同じ映像を使って行われた再検証では、聞き手が何に「だまされていた」のかについて、元の論文とは少し違う答えが出ています。
架空の専門家、フォックス博士
この実験を行ったのは、医学教育の研究者だったドナルド・ナフトゥリン、ジョン・ウェア、フランク・ドネリーの3人です。3人が確かめたかったのは、話し方が十分に魅力的なら、内容がでたらめでも、聞き手は「学んだ」と感じるのではないかという仮説でした。
講演者として選ばれたのは、見た目に貫禄があり、声にも説得力のあるプロの俳優です。この俳優は、聴衆に「アルバート・アインシュタイン医科大学のマイロン・L・フォックス博士。フォン・ノイマンの弟子で、数学を人間の行動に応用する分野の権威であり、2冊の本と論文がある」と紹介されました。もちろん、どれも作り話です。
講演のテーマは「医師の教育に応用する数学的ゲーム理論」でした。俳優がゲーム理論について知っていたのは、準備のために読んだ、科学雑誌『サイエンティフィック・アメリカン』の7ページほどの記事1本だけだったそうです。研究者たちは俳優に、はぐらかし、造語、前後のつながらない話、矛盾した発言をたっぷり使って話すよう指導し、さらにユーモアや、テーマと関係のない話題への言及も混ぜさせていたそうです。
精神科医や心理学者たちの評価
講演を聞いたのは、継続教育の研修会に集まった、精神科医、心理学者、ソーシャルワークの教育者、教育行政の担当者などの3つのグループで、アンケートに答えたのは合わせて55人でした。一部の人は講演を会場で聞き、残りの人は、その様子を撮った映像を見ています。講演の後には、質疑応答の時間もあり、フォックス博士はここでもそれらしい受け答えを続けました。
講演の後のアンケートは、「当たり前のことをくどくど話していたか」「話し手はテーマに興味を持っているように見えたか」「例は十分だったか」「よく整理されていたか」「考えるきっかけになったか」「面白く話していたか」といった質問に、はい・いいえで答えるものでした。
その結果、3つのグループのどれでも、好意的な答えのほうが、そうでない答えより統計的にはっきり多かったと報告されています。自由記述の欄にも、講演の中身がでたらめだと見抜いたような感想はほとんど見られなかったようです。ナフトゥリンたちは、聞き手は話し手の表情豊かな話しぶりに「誘惑」されて、何かを学んだという錯覚を抱いたのだと結論づけ、論文の題名にも「教育的誘惑」という言葉を使っています。
話し方と内容を分けて確かめる
ただ、この実験には、批判がたくさん寄せられました。比べる相手となるグループがない、聞き手は授業評価をふだんつける学生ではない、はい・いいえで答える質問紙だと「はい」と答えやすい傾向が出る、そもそも「学んだかどうか」を直接尋ねる質問がない、といったものです。研究法の授業の最初の週に、学生が笑い物にするような研究だ、と酷評した研究者もいたそうです。
そこで1970年代の半ばには、ウェアたち自身が、より丁寧な追試を行っています。講演の内容の量を3段階、話し方の豊かさを2段階に変えて映像を作り、学生に見せて評価してもらったうえで、内容についての試験も受けてもらいました。
その結果、淡々とした話し方の講演では、内容の少ない講演ほど満足度の評価も低くなっていました。ところが、表情豊かな話し方の講演では、内容の量が変わっても、満足度の評価はあまり変わらなかったそうです。一方で、試験の点数は、内容の多い講演を見た学生のほうが高くなっていました。話し方が豊かだと、学生の評価は、実際にどれだけ学べたかを映しにくくなるのでしょう。
試験があると分かっていると、話は変わる
その後の研究では、講演の前に「後で内容の試験がある」と伝えておくと、学生の評価が、話し方より内容の量を反映しやすくなることも報告されています。真剣に内容を追いかけているときには、話し方の魅力だけでは評価が上がりにくい、ということかもしれません。
授業評価を研究してきたハーバート・マーシュたちは、こうした追試を読み直し、話し方の豊かさは主に「熱意」のような項目の評価に、内容の量は「話し手の知識」のような項目の評価に効いていると論じています。授業評価全体が話し方でゆがむというより、話し方の影響を受けやすい項目がある、という見方です。
40年後、同じ映像を見せると
2014年には、イスラエルのヘブライ大学のエリシャ・バーバドと、アメリカのカーネギーメロン大学のエヤル・ピアが、1973年の実験の実際の映像を使った再検証を発表しました。残っていた映像は、紹介と講演が20分ほど、質疑応答が20分ほどのもので、2人は画質の悪い部分を除いた18分の映像に字幕をつけ、学生たちに見せています。
最初の研究では、247人の学生が参加しました。元と同じはい・いいえの質問紙では、好意的な答えが59%で、ドクター・フォックス効果はそのまま再現されています。質問をすべて否定の形に言い換えても60.6%、「はい」と答えやすい傾向に気をつけて客観的に答えてください、と注意しても59.3%と、好意的な評価はほとんど変わりませんでした。
肩書きを消しても、詳しい学生でも、評価は高かった
次に2人は、フォックス博士の立派な肩書きを紹介する最初の25秒を映像から切り取ってみました。それでも、好意的な答えの割合は、紹介ありの61%に対して紹介なしでも57%ほどで、ほとんど差はありませんでした。
さらに、ゲーム理論を授業で学んだばかりの大学院生26人にも映像を見せています。この学生たちは、アンケートを書き終えるとすぐに、口をそろえて「ばかばかしい講演だった」「話し手はでたらめを言っていた」と言い出したそうです。ところが、その同じ学生たちのアンケートの評価は、ゲーム理論を知らない学生たちとほとんど変わらない、好意的なものでした。
「学びましたか」と聞くと、答えは逆だった
この食い違いから、2人は、元の論文の大事な前提を疑うようになります。元のアンケートには、「学んだか」を直接尋ねる質問が1つもなかったのです。そこで、「この講演から学びましたか」という質問を加えて調べ直しました。
すると、全体としては59%が好意的な答えをしていた学生たちのうち、学んだと答えたのは35%だけで、65%は学ばなかったと答えていました。1〜6の点数で答えてもらった条件でも、全体の好意的な評価は70%だったのに、学んだと答えたのは37%でした。ゲーム理論に詳しい学生では、学ばなかったという答えが73%にのぼっています。
| 条件 | 講演への好意的な答え | 「学んだ」と答えた割合 |
|---|---|---|
| はい・いいえで回答 | 59% | 35% |
| 1〜6の点数で回答 | 70% | 37% |
| ゲーム理論に詳しい大学院生 | 59%ほど | 27% |
2人の結論は、聞き手は講演を楽しんではいたが、学んだと思い込まされてはいなかった、というものでした。ドクター・フォックス効果そのものは何度やっても再現されるのに、元の論文がつけた「教育的誘惑」という解釈のほうは、データで否定されたと言えるでしょう。
話のうまさは、何を上げているのか
個人的には、この再検証の結果のほうが、元の実験よりずっと身につまされる気がしています。講演会やプレゼンで「いい話だった」「面白かった」と感じることと、そこで何かを学んだかどうかは、聞き手自身の中でもちゃんと別々に感じられているのに、評価のアンケートが前者しか尋ねていなければ、結果は「満足度が高い講演」としてしか残りません。
これは授業評価に限った話ではないと思います。話のうまい人の講演が高く評価されるのは、聞き手がだまされているからというより、楽しかったかどうかを尋ねる仕組みになっているからなのかもしれません。何を測りたいのかをはっきりさせないまま評価を集めると、測れているのは話し手の魅力だけ、ということは十分ありそうだと思います。
ドクター・フォックス効果についてよく出る疑問
授業評価は意味がないということですか?
ドクター・フォックスの実験は、授業評価に反対する人たちによく引用されてきましたが、その後の追試では、評価は話し方だけで決まるのではなく、内容の量や試験があるかどうかによっても変わることが示されています。2014年の再検証でも、学生たちは楽しさと学びを区別して答えられていたので、何を尋ねるかを工夫すれば、評価から読み取れることは少なくないと考えられます。
ハロー効果とは何が違うのですか?
ハロー効果は、1つの目立つ長所につられて、ほかの面まで高く評価してしまう現象で、ドクター・フォックス効果はその一種と見ることもできます。話し方という目立つ長所が、話の整理のされ方や例の多さといった、本来は別の項目の評価まで引き上げてしまう、という点がよく似ています。
関連する実験と記事
1つの目立つ長所が、ほかの面の評価まで引き上げてしまうハロー効果は、ドクター・フォックス効果とほとんど同じ仕組みを扱った認知バイアスです。
話の印象は、言葉の中身より声や表情で決まる、とよく紹介されるメラビアンの法則も、話し方と内容の関係を考えるうえで、どこまで言えるのかを確かめておきたい話です。
まとめ
本記事はドクター・フォックス効果について解説しました。如何だったでしょうか。
でたらめな講演でも、俳優が自信たっぷりに熱演すると、精神科医や心理学者たちの評価が好意的になったという1973年の実験は、40年後に同じ映像を使った再検証でも再現されました。肩書きを消しても、ゲーム理論に詳しい学生でも、評価はほとんど変わりませんでした。
ただ、「この講演から学びましたか」と尋ねると、多くの学生は学んでいないと答えました。人は話のうまさにだまされて学んだと思い込むのではなく、楽しかったことを楽しかったと答えていたのだとすると、問題は聞き手より、評価の尋ね方のほうにあったことになります。講演やプレゼンのアンケートを見るとき、この差を思い出しておくと役に立ちそうです。
ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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