心理学実験

高齢者プライミングとは|「フロリダ」「しわ」を読んだ学生はゆっくり歩いた?追試で見えた実験者の思い込み

高齢者プライミングとは|「フロリダ」「しわ」を読んだ学生はゆっくり歩いた?追試で見えた実験者の思い込み

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「高齢者プライミング」の実験について解説します。

高齢者プライミングは、1996年にアメリカの心理学者ジョン・バージ、マーク・チェン、ララ・バロウズが発表した実験で、お年寄りを連想させる言葉を読んだ大学生が、実験の後で廊下をゆっくり歩いたと報告されたものです。先に触れた言葉や情報が、本人の気づかないうちにその後の行動に影響することをプライミングと呼びますが、この実験は、言葉ひとつで歩く速さという体の動きまで変わることを示したとして、大きな話題になったようです。

ノーベル経済学賞を受けた心理学者ダニエル・カーネマンも、2011年の著書『ファスト&スロー』でこの研究を取り上げ、こうした研究の結果について「信じないという選択肢はない」とまで書いています。人の行動は、自分で思っているよりもずっと周りの言葉に動かされている、という話として、多くの人の印象に残ったのではないでしょうか。

しかし2012年、ベルギーの研究者たちが行った追試では、歩く速さを赤外線のセンサーで測ると、言葉による違いは見られませんでした。そして、違いが出たのは、測る側の実験者が「遅くなるはずだ」と信じていたときだけでした。

並べ替え問題に紛れ込ませた言葉

1996年の実験では、参加者の大学生は1人ずつ部屋に案内され、言葉の能力のテストだと説明された課題に取り組みました。5つの単語の組が30組あり、そのうち4つを使って文法的に正しい文を作る、という並べ替えの問題です。

参加者の半分には、単語の中に、お年寄りのイメージと結びついた言葉がいくつも紛れ込ませてありました。使われたのは、心配な、フロリダ、年老いた、孤独な、白髪の、賢い、頑固な、ビンゴ、忘れっぽい、引退した、しわ、昔の、慎重なといった言葉です。アメリカでは、フロリダは引退した人が多く暮らす場所として、ビンゴはお年寄りに人気の遊びとして、思い浮かべられることが多いそうです。もう半分の参加者には、こうした言葉を、のどの渇いた、きれいな、といった関係のない言葉に置き換えた問題が渡されました。

注目したいのは、紛れ込ませた言葉の中に、「遅い」「ゆっくり」といった速さに関わる言葉が1つも入っていなかったことだと思います。研究者たちは、お年寄りというイメージが頭の中で呼び起こされるだけで、それに結びついた「ゆっくり動く」という行動まで引き出されるかを確かめようとしていたとされています。

隠したストップウォッチ

課題が終わると、実験者は参加者にお礼を言い、エレベーターは廊下の先だと伝えて送り出しました。廊下の途中には、教授との面会を待っているふりをした実験の協力者が椅子に座っていて、隠し持ったストップウォッチで、参加者が部屋の入り口から9.75メートル先の床に貼った銀色のテープまで歩くのにかかった時間を測っていました。

図解

その結果、関係のない言葉の問題を解いた学生が平均7.30秒で歩いたのに対し、お年寄りを連想させる言葉の問題を解いた学生は平均8.28秒かかっていました。同じ手順でもう一度行った実験でも、7.23秒と8.20秒で、やはり1秒ほどの差が出ています。参加者はそれぞれ30人ずつだったそうです。

実験の後の聞き取りでは、並べ替え問題にお年寄りに関係する言葉が入っていたと気づいた人も、それが自分の歩き方に影響したと考えた人も、1人もいなかったと報告されています。

「失礼」を読むと話に割り込んだ

同じ論文には、もう1つ有名な実験も載っていました。失礼さを連想させる言葉の並べ替え問題を解いた学生は、その後、実験者が別の人と話し込んでいるところに割って入るまでの時間が平均326秒だったのに対し、関係のない言葉では519秒、礼儀正しさを連想させる言葉では558秒と、失礼な言葉を読んだ学生ほど早く会話に割り込んでいたというものです。ただ、34人のうち21人は、10分のあいだ一度も割り込まなかったそうで、時間の平均だけでは比べにくいデータでもありました。

論文には3つ目の実験として、意識できないほど短くアフリカ系アメリカ人の顔の写真を見せると、その後にパソコンの不具合で作業をやり直すよう言われたとき、いら立った反応を見せやすくなった、という研究も含まれていました。気づかないうちに頭に浮かんだイメージが、そのまま行動に表れるというのが、この論文全体の主張だったわけです。

カーネマンの「列車事故」の手紙

こうした研究は行動プライミングと呼ばれ、2000年代にかけて大きく広がったと言われています。教授を思い浮かべると問題の正解が増える、お金の写真を見ると人に手を貸さなくなる、といった研究が次々に発表され、カーネマンが『ファスト&スロー』で強い言葉で紹介したのも、こうした流れの中のことです。

しかし、2010年代に入ると、行動プライミングの研究が追試でうまく再現されないという報告が相次ぎます。2012年9月、カーネマンはこの分野の研究者たちに公開の手紙を送り、「列車事故が迫っているのが見える」と警告しました。カーネマンは、研究室どうしが互いの研究を順番に追試し合う仕組みを作って、疑いを晴らすべきだと提案しています。

赤外線で測ると差が消えた

その少し前の2012年1月に発表されていたのが、ベルギーのブリュッセル自由大学のステファン・ドワイアンたちによる追試です。

最初の実験では、120人の大学生を対象に、1996年とほぼ同じ手順で並べ替え問題を解いてもらいました。違ったのは、歩く時間をストップウォッチではなく、廊下の9.75メートル離れた2か所に置いた赤外線のセンサーで、人の手を介さずに測ったことです。その結果、お年寄りの言葉を読んだ学生は平均6.27秒、関係のない言葉を読んだ学生は6.39秒で、違いはまったく見られませんでした。

実験者が信じたときだけ遅くなった

ドワイアンたちは、ここでもう1つの実験を行っています。今度は新たに50人の学生を集め、測定を担当する10人の実験者のうち、半分には「お年寄りの言葉を読んだ学生はゆっくり歩くはずだ」と、もう半分には「速く歩くはずだ」と伝えました。そして、赤外線のセンサーに加えて、実験者自身にもストップウォッチで時間を測ってもらいました。

実験者の思い込み赤外線のセンサー実験者のストップウォッチ
「遅くなるはず」お年寄りの言葉で遅くなった(6.95秒と6.52秒)遅くなった(7.25秒と6.73秒)
「速くなるはず」違いなし(6.07秒と6.01秒)逆に速くなった(5.8秒と6.43秒)

実験者が「遅くなるはずだ」と信じていたときにだけ、お年寄りの言葉を読んだ学生が実際にゆっくり歩き、実験者が手で測った時間には、実験者の思い込みどおりの差がはっきり表れていました。実験者が知らず知らずのうちに、学生への接し方を変えたり、ストップウォッチを押すタイミングをずらしたりしていた可能性も考えられます。

研究者たちは、1996年の実験の差も、言葉そのものの効果ではなく、実験の場にいた人たちの期待によって生まれていたのではないか、と論じました。

その後の論争

この追試に対して、バージは強く反論し、追試のやり方や、論文を載せた学術誌まで批判したと言われています。一方で、その後も行動プライミングの有名な研究の多くは、大規模な追試でうまく再現されていないようです。

そして2017年、カーネマン自身が、自分の著書の中で行動プライミングを紹介した章について、ある研究者のブログに「検出力の低い研究を信じすぎていた」とコメントを寄せました。行動プライミングの効果は、本で書いたほど大きくも確かでもないと考えを改めた、とも書いています。正直、私は高齢者プライミングの話そのものよりも、ノーベル賞を受けた研究者がここまではっきり自分の判断の誤りを認めたことのほうに、科学のあるべき姿を見た気がしています。

高齢者プライミングについてよく出る疑問

プライミング効果はすべて嘘だったのですか?

そうではありません。直前に見た言葉に関係する言葉のほうが速く読める、といった単語レベルのプライミングは、何度も確かめられている確かな現象です。再現が難しいとされているのは、言葉を読んだだけで歩く速さや親切さといった複雑な行動まで変わるとする、行動プライミングのほうです。

実験者の思い込みで結果が変わるのを防ぐには?

ドワイアンたちの実験が示したように、測定を機械に任せたり、どの参加者がどの条件に入っているかを実験者に知らせない二重盲検にしたりするのが基本です。1996年の実験では、実験者が参加者の条件を知らないように工夫されていたとされていますが、ストップウォッチを手で押すという方法そのものに、思い込みが入り込む余地があったと考えられています。

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まとめ

本記事は高齢者プライミングについて解説しました。如何だったでしょうか。

「フロリダ」「しわ」「ビンゴ」といった言葉を読んだ学生が、廊下を1秒ほどゆっくり歩いたという1996年の結果は、言葉ひとつで人の動きまで変わるという驚きとともに、カーネマンの本を通じて広く知られるようになりました。

しかし、赤外線のセンサーで測った追試では差が消え、実験者が「遅くなるはずだ」と信じていたときにだけ差が出ていました。人の行動は気づかないうちに周りに動かされる、という話そのものは、皮肉なことに、学生ではなく実験者のほうで確かめられた形になったのかもしれません。

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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。