心理学実験

賢馬ハンスとは|計算ができる馬の正体を見破った1907年の検証と「クレバー・ハンス効果」

賢馬ハンスとは|計算ができる馬の正体を見破った1907年の検証と「クレバー・ハンス効果」

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「賢馬ハンス(クレバー・ハンス)」について解説します。

賢馬ハンスは、20世紀の初めにドイツのベルリンで、足踏みの回数で計算問題に答えるとして大評判になった馬のことです。1907年に心理学者オスカー・プフングストが、ハンスは計算していたのではなく、質問する人が無意識に見せるわずかな体の動きを読み取っていたことを突き止め、この発見はのちに「クレバー・ハンス効果」と呼ばれるようになりました。

厳密に言えば、ハンスの話は人を対象にした心理学実験ではありません。それでも、心理学の歴史の中ではとても重要な出来事として扱われています。期待している答えを、知らず知らずのうちに相手に伝えてしまうという現象は、人間の実験や動物の訓練、さらには最近のAIの研究にまで顔を出す、しつこい問題だからです。

ハンスの話でいちばん興味深いのは、馬の飼い主が人をだまそうとしていたわけではなかったことでしょう。誰も嘘をついていないのに、誰もが間違った結論にたどり着いていたことが、この話を今でも特別なものにしているのだと思います。

足踏みで計算に答える馬

ハンスの飼い主は、ヴィルヘルム・フォン・オステンという、元は学校で数学を教えていた男性でした。フォン・オステンは、動物にも人間と同じような知性があると信じていて、ハンスに数や文字を根気よく教え込みました。

やがてハンスは、「3たす5は?」と聞かれると前足で8回地面を踏み、足し算や引き算、かけ算、割り算、さらには分数の問題にまで答えるようになった、と評判になります。日付や時刻を答えたり、ドイツ語の質問に答えたりもしたと伝えられていて、ベルリンでは大勢の見物人がハンスを見に集まりました。

フォン・オステンは見物料を取っていなかったとされ、本人はハンスの能力を本気で信じていたようです。この点が、ハンスの話をただの見世物と区別する大事なところになっています。

13人の専門家でも見抜けなかった

評判が広まると、ハンスに本当に知性があるのか、それとも何かのトリックなのかを確かめる動きが出てきます。1904年には、心理学者カール・シュトゥンプフを中心に、獣医やサーカスの団長、騎兵隊の将校、学校の教師、ベルリン動物園の園長など、13人からなる調査団が作られました。

調査団はハンスを詳しく観察しましたが、1904年9月に出した結論は、トリックは使われていないというものでした。フォン・オステンがいないところで別の人が質問しても、ハンスは正しく答えていたからです。ただし、ハンスが本当に計算しているのかどうかについては、調査団ははっきりした結論を出さず、さらに詳しい調べを、シュトゥンプフの研究室で助手をしていたプフングストに任せました。

質問する人が見えるかどうか

プフングストは、ハンスが正しく答えられる条件と、答えられなくなる条件を、1つずつ切り分けていきました。目をつけたのは、質問する人が答えを知っているかどうかと、ハンスから質問する人が見えるかどうかの2つです。

そこで、質問する人自身が答えを知らないまま問題を出す試しや、ハンスの目に覆いをつけて、質問する人の姿が見えないようにする試しが行われました。

図解

その結果、ハンスが質問する人の姿を見られるときには、56問中50問、89%に正しく答えていました。ところが、姿が見えないようにすると、35問中2問、わずか6%しか正解できなかったのです。質問する人が答えを知らない場合も、ハンスはほとんど正解できませんでした。

頭のわずかな動きが合図だった

さらにプフングストは、質問する人の様子を細かく観察し、ハンスが何を手がかりにしていたのかを突き止めます。質問する人は、問題を出すと、ハンスの足元を見ようとして無意識に頭と上半身をわずかに前に傾けます。これが「踏み始め」の合図になっていました。

そして、ハンスの足踏みが正しい回数に達すると、質問する人はほっとして、ほんの少し頭を上げます。このごくわずかな動きが「止まれ」の合図になっていたのです。質問する人自身は、そんな動きをしていることにまったく気づいていませんでした。

プフングストは、自分が質問する側に回って確かめてもいます。問題を出さずに、ただ体を前に傾けるだけでハンスは足踏みを始め、30回の試しのうち29回で、プフングストが思ったところで足踏みを止めさせることができたそうです。

結論を受け入れなかった飼い主

プフングストは1907年に、検証の結果を本にまとめて発表しました。しかし、フォン・オステンはこの結論を受け入れず、プフングストにそれ以上ハンスを調べることを禁じる手紙を送ったとされています。

フォン・オステンは1909年に亡くなり、その後のハンスの行方ははっきりしていません。第一次世界大戦で軍馬として徴用されたとも言われていますが、確かな記録は残っていないようです。

実験者の期待が答えを作る

ハンスの話がその後の心理学にとって大事になったのは、答えを知っている人がその場にいるだけで、相手の反応が変わってしまうことを示したからです。

この問題を避けるため、今の実験では、参加者だけでなく、データを取る実験者にも、どの参加者がどの条件に割り当てられたのかを知らせない二重盲検という方法が広く使われています。また、期待が相手の行動を変えてしまう実験者効果の研究も、ハンスの話をきっかけの1つとして進んでいきました。

「賢いネズミ」と「鈍いネズミ」

ハンスの話を心理学の中心的な問題として取り上げ直したのが、アメリカの心理学者ロバート・ローゼンタールです。ローゼンタールは、1965年に出たプフングストの本の英語版の編者を務めていて、その少し前の1963年には、ハンスとよく似た現象を確かめる実験を発表していました。

この実験では、心理学の授業を受けている学生たちに、迷路を覚えさせるためのネズミを渡しました。その際、一部の学生には、そのネズミが迷路を覚えるのが得意になるよう品種改良された「賢いネズミ」だと伝え、別の学生には「鈍いネズミ」だと伝えます。実際には、どちらも同じ種類のネズミを無作為に分けただけでした。

ところが、学生たちが記録した結果では、「賢い」と言われたネズミのほうが、迷路をはっきり早く覚えていたのです。学生たちは、知らず知らずのうちにネズミの扱い方や記録の取り方を変えていたのではないか、と考えられています。ネズミは何も知らないのに、世話をする人の期待だけで結果が変わってしまったという点で、ハンスとまったく同じ構図でした。ローゼンタールはこの後、先生の期待が生徒の成績を変えるかを調べる研究へと進んでいきます。

麻薬探知犬でも同じことが起きる

2011年にアメリカで行われた研究では、警察などで働く探知犬とハンドラーの18組に、実際には麻薬も爆発物もまったく置かれていない部屋を探させました。ハンドラーには、においのもとが隠されているかもしれないと伝え、一部の部屋には、においのもとの場所を示すとされる紙の目印も置かれています。

その結果、144回の捜索のうち123回、85%で犬が「見つけた」という合図を出しました。研究者たちは、犬の気を引くためのソーセージを隠した場所も用意していましたが、合図が多かったのはソーセージの場所よりも、においのない紙の目印が置かれた場所のほうでした。においに引かれた犬の勘違いより、人の思い込みのほうが大きく影響していたことになり、研究者たちは、ハンドラーが「ここにあるはずだ」と思っていることが、知らないうちに犬に伝わっていたのではないかと考えています。

AIにも「クレバー・ハンス」がいる

最近では、AIの研究でもこの名前がよく使われています。2019年にドイツの研究者たちが発表した論文では、画像に写っているのが馬かどうかを判定するAIが、実は馬の姿ではなく、馬の写真の多くに入っていた著作権表示の文字を手がかりに判定していたことが報告されました。車の写真にその文字を加えると、AIは車を馬と判定してしまったそうです。

正しい答えを出していても、その理由が思っていたものとまったく違う、という点で、ハンスとAIはよく似ているのだと思います。

賢馬ハンスについてよく出る疑問

ハンスは結局、賢くなかったのですか?

計算ができたわけではありませんが、人の頭の数ミリの動きを見分けて、それに合わせて足を止めるという能力は、それはそれで驚くべきものだったと思います。ハンスが賢くなかったというより、人間が期待した種類の賢さではなかった、と言ったほうが正確なのでしょう。正直、私はこの話の登場人物の中で、いちばん鋭く相手を観察していたのはハンスだったのではないかと思っています。

ほかの動物でも同じような話はあるのですか?

ハンスの後にも、計算や言葉ができるとされる動物は何度も話題になってきましたが、そのたびに、周りの人の無意識の合図を読み取っている可能性が問題にされてきました。動物の知性を調べる研究では、今でも、答えを知っている人が動物から見えないようにするなど、ハンスの教訓を踏まえた手順が取られています。

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まとめ

本記事は賢馬ハンスについて解説しました。如何だったでしょうか。

足踏みで計算問題に答えた馬は、13人の専門家の調査でもトリックが見つからなかったのに、質問する人の姿が見えないと正解率が89%から6%まで落ちました。ハンスが読み取っていたのは計算の答えではなく、答えを知っている人が無意識に見せる、頭のわずかな動きでした。

誰も嘘をついていなくても、期待している人がその場にいるだけで答えが作られてしまうという問題は、麻薬探知犬やAIの研究でも同じ形で見つかっています。120年近くたった今も、実験の作法を教える場面でハンスの話がよく持ち出されるのは、そのためなのでしょう。

ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。

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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。