心理学実験

第三の波(サード・ウェーブ)実験とは|高校の授業が5日で全体主義の運動になった話と、その記録の少なさ

第三の波(サード・ウェーブ)実験とは|高校の授業が5日で全体主義の運動になった話と、その記録の少なさ

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「第三の波(サード・ウェーブ)」について解説します。

第三の波は、1967年4月にアメリカ・カリフォルニア州パロアルトのカバリー高校で、歴史の教師ロン・ジョーンズが、ナチス・ドイツの時代に普通の人々がなぜ独裁を受け入れてしまったのかを生徒に体験させるために始めた授業のことです。規律や仲間意識を重んじる架空の運動を作って生徒に参加させたところ、わずか5日のうちに、30人ほどのクラスから学校の200人を超える生徒を巻き込む運動に広がった、とされています。

この話は、のちに小説やテレビ映画になり、2008年にはドイツで映画『THE WAVE ウェイヴ』としても公開されたので、作品を通じて知っている人も多いと思います。心理学の正式な実験ではありませんが、集団が全体主義に傾いていく怖さを示した例として、ミルグラム実験やスタンフォード監獄実験と並べて紹介されることがよくあります。

ただ、この出来事の詳しい経過は、ほとんどがジョーンズ本人の手記によるもので、当時の記録はわずかしか残っていません。ジョーンズが語った5日間の経過はとても印象的ですが、その話をどこまで事実として受け止めてよいのかは、少し慎重に考えたほうがよさそうです。

生徒の質問に答えられなかった教師

ジョーンズはカバリー高校で世界史を教えていた若い教師でした。ナチス・ドイツについての授業の中で、生徒から「普通のドイツの人たちは、なぜナチスのやっていることを知らないふりをしたり、受け入れたりできたのか」と尋ねられ、うまく答えられなかったのが、この試みのきっかけだったとされています。

言葉で説明するのが難しいなら、生徒たち自身に、集団の一員として規律に従う感覚を体験させてみればいいのではないか。そう考えたジョーンズは、自分のクラスで、架空の運動を立ち上げることにしました。

5日間に何が起きたとされているか

ジョーンズが後に書いた手記をもとに、5日間の経過をたどってみます。

図解

1日目:規律の力

最初の日、ジョーンズは「規律による力」について話し、生徒たちに、座るときの姿勢を正し、質問には立ち上がって短く答える、といった決まりを守らせました。授業はきびきびと進み、生徒たちはこの新しいやり方を楽しんでいるようにも見えたそうです。

2日目:仲間の力

2日目には「仲間による力」が加わりました。ジョーンズは運動に「第三の波」という名前をつけ、右手を丸めて肩の近くに上げる独特の敬礼を決めて、生徒たちは廊下ですれ違うときにもこの敬礼を交わすようになります。

3日目:行動の力

3日目には「行動による力」がテーマになり、生徒たちに会員証が配られ、新しい仲間を勧誘することが求められました。中には、決まりを守らない仲間をジョーンズに報告する役目を与えられた生徒もいたとされています。運動はクラスの外にも広がり、この日までに参加者は200人を超えたと言われています。

ジョーンズは手記の中で、頼まれてもいないのに仲間を密告する生徒が出てきたことや、運動に加わらない生徒への冷たい空気が生まれたことに、自分自身が怖くなっていったと書いています。

4日目:全国の運動だと告げる

4日目、ジョーンズは事態が手に負えなくなりつつあると感じ、運動を終わらせる決心をします。そこで生徒たちに、第三の波は実は全国で同時に進められている運動で、翌日には大統領候補となる指導者がテレビで正式に発表されることになっている、と告げました。

5日目:何も映らないテレビ

最終日、講堂には大勢の生徒が集まりました。ジョーンズが用意したテレビには、しかし何も映りません。しばらくして、ジョーンズは生徒たちに、指導者など存在しないこと、自分たちが熱狂していたのは架空の運動だったことを告げ、ナチス・ドイツの集会の映像を見せたとされています。

ジョーンズは手記の中で、自分たちもあの時代のドイツの人々と同じように振る舞えてしまうのだ、という趣旨のことを生徒たちに語り、講堂は静まり返ったと書いています。

小説と映画への広がり

この出来事は、しばらくは学校の外にほとんど知られていませんでした。広く知られるようになったのは、出来事からおよそ9年後の1976年に、ジョーンズがこの5日間を短い読み物として発表してからです。

その後、1981年にはこの話をもとにしたアメリカのテレビ映画が作られ、同じ年に作家トッド・ストラッサーがモートン・ルーの筆名で小説『ザ・ウェーブ』を出版しました。この小説はドイツの学校で教材として広く読まれ、2008年にはドイツで、舞台を現代のドイツの高校に移した映画『THE WAVE ウェイヴ』が作られています。

ドイツで繰り返し作り直される理由

この話が特に強く受け止められてきたのが、ドイツです。2008年の映画『THE WAVE ウェイヴ』はデニス・ガンゼル監督の作品で、ドイツ国内だけでおよそ250万人の観客を集めたとされています。監督は、ジョーンズの試みをそのまま再現するのではなく、今のドイツの高校で同じことをしたらどうなるかを描きたかったという趣旨のことを語っています。

2019年には、同じ小説をゆるやかな下敷きにしたドイツのドラマ『We Are the Wave』がNetflixで配信されました。こちらは、社会の不正に抗議するために若者たちが作った運動が、少しずつ過激になっていく話に作り変えられていて、教師が生徒を導くという元の話の形はもう残っていません。

ナチスの時代を経験した国で、「自分たちは大丈夫だと言い切れるのか」という問いを、世代が変わるたびに投げかけ直す題材として使われてきた、と見ることもできると思います。

こうした作品の中では、物語を盛り上げるために、暴力や事件といった実際には無かった出来事も加えられています。作品を通じてこの話を知った人は、どこまでが実際の出来事だったのかを、少し気にしておいたほうがよいと思います。

記録はどれくらい残っているのか

第三の波は、心理学の研究者が手順を決めて行った実験ではなく、1人の教師が授業の中で行った試みです。そのため、参加した生徒の人数や、それぞれの日に何が起きたのかを示す当時の記録は、ほとんど残っていません。

当時の様子を伝える資料としては、カバリー高校の学校新聞にこの運動についての短い記事が載っていたことが知られていますが、詳しい経過の多くは、ジョーンズが数年後に書いた手記によるものです。ジョーンズはその後、別の事情でこの高校を離れており、時間がたつにつれて話が脚色されていったのではないかと疑う声もあります。

生徒たちの記憶は一致していない

一方で、当時の生徒たちの証言を集めた記録映画も作られています。2010年に公開された『レッスン・プラン』は、実際にジョーンズのクラスにいた元生徒たちが制作に加わった作品で、2019年には別の記録映画も作られました。

これらの作品の中で、元生徒たちは、運動が実際にあったことや、思いのほか多くの生徒が熱心に加わったことを証言しています。ただ、その中身については、本当に怖い経験だったと語る人もいれば、ゲームのような感覚で楽しんでいたと語る人もいるなど、記憶はかなり食い違っているようです。

つまり、第三の波は「実際にあった出来事」ではあるものの、その細部は、何十年もたってからの記憶や、語り直される中で形を変えた部分を含んでいると考えるのが妥当でしょう。

第三の波から言えること

ここまでを踏まえると、第三の波を、スタンフォード監獄実験のような心理学の実験と同じように扱って、「普通の高校生も5日で全体主義に染まる」と結論づけるのは難しいと思います。手順も記録も、比べるための対照もないからです。

それでも、この話が半世紀以上も語り継がれているのは、規律や仲間意識、目に見える行動、そして「自分たちは特別な運動に加わっている」という感覚が、人をどれだけ引きつけるのかを、教室という身近な場所で描いてみせたからなのだと思います。正直、私は第三の波を「実験」としてではなく、全体主義が人を引きつける仕組みを考えるための教材として読むのがちょうどいいのかなと感じています。

第三の波についてよく出る疑問

生徒たちは後で傷ついたりしなかったのですか?

元生徒たちの証言では、種明かしの後に強いショックを受けた生徒がいた一方で、大切な学びだったと振り返る人も多いようです。ただ、生徒に事前の説明も同意もないまま行われた試みだったので、今の学校の基準で見ると、倫理的に許されるかどうかはかなり微妙だと思います。教師が生徒の信頼を利用して運動に引き込む形になっていた点も、後から問題視されることがあります。

映画『THE WAVE ウェイヴ』はどこまで実話なのですか?

2008年のドイツ映画は、1967年のカバリー高校の出来事をもとにしながら、舞台を現代のドイツに移し、登場人物や結末を大きく作り変えたフィクションです。特に映画の終盤の事件は、実際の第三の波では起きていません。授業で集団が盛り上がっていったという骨組みは共通していますが、映画の展開をそのまま実際の出来事として受け止めないよう注意が必要です。

関連する実験と記事

役割と集団の中で人がどう変わるのか、そして語られてきた話と残された記録がどれだけ違っていたのか、という点では、スタンフォード監獄実験がとてもよく似た議論をたどっています。

スタンフォード監獄実験とは|看守役が6日で暴走した実験と、2018年に出てきた演出の証拠senkohome.com/psych-experiment-stanford-prison/

権威ある人の指示に人がどこまで従うのかを、条件をそろえた実験で確かめたのがミルグラム実験です。

ミルグラム実験(アイヒマン実験)とは|6割超が最大電圧まで押した服従の実験と、その後の検証senkohome.com/psych-experiment-milgram/

まとめ

本記事は第三の波について解説しました。如何だったでしょうか。

規律、仲間、行動という標語のもとで、敬礼や会員証、密告役まで生まれ、5日のうちに30人ほどのクラスから200人を超える運動に広がったとされる第三の波は、集団が全体主義に傾いていく怖さを、身近な教室の中で描いてみせた話として、小説や映画を通じて世界中に知られるようになりました。

一方で、その詳しい経過の多くはジョーンズ本人の手記によるもので、当時の記録はほとんど残っておらず、元生徒たちの記憶も一致していないのが実際のところです。実験の結果としてではなく、全体主義について考えるための1つの物語として読むのが、この話との一番誠実な付き合い方なのかなと思います。

ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。

有名な心理学実験の一覧|ミルグラム実験・スタンフォード監獄実験などの結論は今も正しいのかsenkohome.com/psych-experiment-list/

それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。