当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「フット・イン・ザ・ドア」について解説します。
フット・イン・ザ・ドアは、先に小さなお願いを引き受けてもらうと、その後に続く大きなお願いも引き受けてもらいやすくなる、という現象のことです。訪問販売の営業担当者が、まず玄関のドアに足を挟んで閉められないようにする様子にたとえた名前で、1966年にアメリカの心理学者ジョナサン・フリードマンとスコット・フレイザーが、2つの実験でこの効果を示しました。
営業や交渉のテクニックとして紹介されることがとても多く、「まずは小さなイエスを積み重ねよう」という助言を聞いたことがある人も多いと思います。実際、元の実験では、小さなお願いを挟むだけで、大きなお願いを引き受けた人の割合が2倍から4倍以上に増えていました。
ただ、その後に数多くの研究をまとめた分析では、この効果は一般に小さく、条件によっては働かないことも分かってきています。元の実験の数字と、その後に分かってきた効果の大きさは、分けて考えたほうがよさそうです。
電話で8つの質問に答えてもらう
最初の実験の対象になったのは、カリフォルニア州パロアルトに住む156人の主婦でした。研究者たちは、消費者団体を名乗って電話をかけ、家庭で使っている石けんなどの日用品について、8つの簡単な質問に答えてもらうという小さなお願いをしています。
その3日後、研究者たちは同じ家庭に再び電話をかけ、今度は大きなお願いをします。5人か6人の調査員が家に上がり込み、2時間ほどかけて、戸棚や物置にある日用品を全部調べて記録させてほしい、というものでした。見知らぬ男性たちに家の中を何時間も調べられるのは、かなり負担の大きいお願いだったと思います。
質問に答えた人は倍以上引き受けた
最初の質問に答えていた主婦では、大きなお願いを引き受けた人が52.8%にのぼりました。一方、最初の電話を受けず、いきなり大きなお願いをされた主婦では、引き受けた人は22.2%にとどまっています。
研究者たちは、比べるための条件をほかにも用意していました。最初の電話で自己紹介だけをして質問はしなかった場合は27.8%、質問に答えることに同意してもらったものの実際には質問しなかった場合は33.3%で、どちらも、実際に質問に答えてもらった場合ほどの効果はありませんでした。顔見知りになっただけでは足りず、小さなお願いを実際にやり遂げたことが大事だった、と考えられています。
庭に大きな看板を立ててもらう
2つ目の実験では、もっと大胆なお願いが使われました。研究者が交通安全の運動員を名乗って住宅を回り、家の前庭に「安全運転を(Drive Carefully)」と書かれた大きくて見栄えの悪い看板を立てさせてほしい、と頼みました。見本として見せられた写真では、看板が家の正面の大部分を隠し、玄関がすっかり見えなくなるほどの大きさで、文字もあまり上手には書かれていませんでした。看板を立てておく期間は、1週間から1週間半ほどとされていました。
いきなりこのお願いをされた家では、引き受けた人は17%ほどしかいませんでした。ところが、その2週間ほど前に、「安全運転をする人になろう」と書かれた7〜8センチほどの小さなステッカーを、窓や車に貼ってほしいという小さなお願いを引き受けていた家では、76%もの人が大きな看板を立てることに同意しました。
小さなステッカーを貼っただけの人の多くが、庭の景色を損なう大きな看板まで受け入れたというのは、かなり驚きの結果だったと思います。
話題が違っても効果があった
フリードマンとフレイザーは、最初のお願いの中身もいろいろ変えていました。安全運転についての署名を頼んだ場合や、「カリフォルニアを美しく」という別の話題の小さなステッカー、同じく街の美化についての署名を頼んだ場合です。
その結果、どの場合でも、大きな看板を受け入れた人は47%前後にのぼり、いきなり頼んだ場合の17%を大きく上回っていました。話題も頼み方もまったく違う小さなお願いでも、一度引き受けたことが、次のお願いへの答え方を変えていたことになります。
自分を「協力する人」だと思うようになる
なぜ小さなお願いを引き受けると、大きなお願いも引き受けやすくなるのでしょうか。
フリードマンとフレイザーは、小さなお願いを引き受けたことで、その人の中で「自分はこういうことに協力する人間だ」という見方が生まれ、それが次の判断に影響するのではないか、と考えました。人は自分の行動を見て自分の性格を推し量る、という自己知覚理論に沿った説明で、今でもこの考え方がもっとも有力だとされています。
この説明に沿って、最初のお願いにお金を払った場合には、後のお願いを引き受ける人が増えにくくなる、という結果も報告されています。お金のために引き受けたのだと思えば、「自分は協力的な人間だから引き受けた」とは考えにくくなるからでしょう。
40年後、50年後の追試
元の実験は、その後も同じ手順で繰り返されています。ポーランドの心理学者マウゴジャタ・ガミアン=ヴィルクとダリウシュ・ドリンスキは、フリードマンとフレイザーの実験をできるだけ元の手順どおりに再現する追試を、2003年と2013年に、ポーランドとウクライナでそれぞれ行いました。
その結果、2003年にはウクライナでは効果が見られたものの、ポーランドでは見られず、2013年にはどちらの国でも、はっきりした効果は見られませんでした。しかも、全体として、大きなお願いを引き受ける人の割合そのものが、時代とともに下がっていたそうです。
研究者たちは、この手順が現実の生活の中で行われるものだからこそ、知らない人からのお願いをどう受け止めるかという、国や時代ごとの空気の違いをそのまま受けてしまうのではないか、と考えています。同じ手順をそのまま使うと、かえって元の実験と同じ状況にはならない、ということでしょう。正直、私は元の実験の76%という数字よりも、この「時代や国が変わると効かなくなる」という結果のほうに、説得の現実がよく表れているように感じています。
逆の順番でも効く「ドア・イン・ザ・フェイス」
おもしろいことに、お願いの順番を逆にしても、引き受けてもらいやすくなる場合があります。最初にとても大きなお願いをしてあえて断らせ、その後で本当に頼みたい小さなお願いをする方法で、「ドア・イン・ザ・フェイス」と呼ばれています。目の前でドアをばたんと閉められる様子にたとえた名前です。
1975年に心理学者ロバート・チャルディーニたちが行った実験では、大学生に、非行少年のカウンセラーとして週2時間を2年間続けてほしいという大きなお願いをして断られた後に、少年たちを動物園に引率する1日だけのボランティアをお願いしました。すると、いきなり動物園の引率だけを頼んだ場合は17%しか引き受けなかったのに対し、先に大きなお願いを断っていた場合は50%が引き受けたそうです。
こちらは、相手が大きなお願いを取り下げて譲歩してくれたのだから、自分も少しは譲らなければ、というお返しの気持ちが働くためだと説明されることが多いようです。
効果の本当の大きさ
ここまでの数字だけを見ると、どちらもとても強力な方法に見えます。ただ、その後の数十年でこれらの方法を試した研究はとても多く、それをまとめたメタ分析では、印象はかなり変わってきます。
1983年に発表された、それまで15年分の研究をまとめた分析や、その後の分析では、フット・イン・ザ・ドアの効果は平均すると小さく、ドア・イン・ザ・フェイスも同じくらいの小ささだったとされています。中には、小さなお願いを挟んだことで、かえって大きなお願いを断られやすくなった研究もありました。
1999年に心理学者ジェリー・バーガーがまとめた総説では、効果が出やすいのは、最初のお願いを実際にやり遂げてもらったとき、最初のお願いにお礼やお金といった外からの理由がないとき、そして2つのお願いが社会の役に立つ内容のとき、などだと整理されています。元の実験は、交通安全や消費者調査といった、まさに引き受けやすい条件がそろったお願いだったとも言えるのでしょう。
フット・イン・ザ・ドアについてよく出る疑問
営業や勧誘に使うのは問題ないのですか?
小さなお願いから始めること自体は、日常の頼みごとでも自然に行われていることです。ただ、相手が断りにくい状況を意図的に作り、本当は必要のない契約まで引き受けさせるような使い方は、相手の信頼を損なうことになると思います。この効果がもともと小さいことを考えると、テクニックに頼るより、お願いの中身そのものを相手にとって意味のあるものにするほうが確かなのかもしれません。
メールやネットのお願いでも効くのですか?
フランスの心理学者ニコラ・ゲガンは、2002年に、電子メールでのお願いでも同じような効果が見られたと報告しています。ただし、ネット上のお願いでどれくらい効くかは、相手との関係や頼む内容によっても変わると考えられていて、どこでも同じように働くわけではなさそうです。
関連する実験と記事
自分がした行動に合わせて、後から考えのほうを変えてしまう心理を示したのが、認知的不協和の実験です。フット・イン・ザ・ドアの説明としても、よく一緒に取り上げられています。
お願いをするときに、理由の中身よりも「〜なので」という形そのものが効いたとされるのが、ランガーのコピー機実験です。
まとめ
本記事はフット・イン・ザ・ドアについて解説しました。如何だったでしょうか。
8つの質問に答えた主婦は家の中を調べさせることに倍以上の割合で同意し、小さなステッカーを貼った家では大きな看板を立てることに76%が同意したという1966年の結果は、小さな行動が、その人の自分自身への見方を変えてしまうことを示したものとして、今もよく紹介されています。
ただ、数多くの研究をまとめると、この効果は平均すると小さく、最初のお願いを本当にやり遂げたかどうかや、お願いの中身によって大きく変わることも分かってきました。営業の必勝法のように語るより、人は自分のした行動を手がかりに自分を理解している、という話として受け取るほうが、元の研究の意図にも近いと思います。
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