心理学実験

泥棒洞窟実験とは|サマーキャンプの少年たちを敵対させ、共通の目標で仲直りさせた実験

泥棒洞窟実験とは|サマーキャンプの少年たちを敵対させ、共通の目標で仲直りさせた実験

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「泥棒洞窟実験」について解説します。

泥棒洞窟実験は、1954年の夏にトルコ出身の社会心理学者ムザファー・シェリフが、アメリカのオクラホマ州にある「ロバーズ・ケーブ(泥棒洞窟)州立公園」のキャンプ場で行った実験です。お互いに面識のない11歳の少年22人を2つのグループに分け、勝ち負けのある競争をさせたところ、2つのグループは旗を燃やし合うほど激しく敵対するようになり、その後、両方が協力しないと解決できない問題を与えることで、関係が修復されていったと報告されています。

集団と集団の対立がどうやって生まれ、どうすれば解消できるのかを、実際の子どもたちの集団で確かめた実験として、社会心理学の教科書には必ずと言っていいほど登場します。民族紛争や国家間の対立、学校や職場での派閥争いを考えるうえでも、よく引き合いに出されてきました。

一方で、2010年代になって、この実験の前年に行われていた同じような実験が失敗していたことや、泥棒洞窟実験でもスタッフが対立をあおっていた可能性があることが、残された記録から指摘されるようになりました。有名な結論も、残された記録をどう読むかで、かなり違って見えてくるはずです。

集団の対立はどこから生まれるのか

シェリフは、第二次世界大戦前後の時代に、民族や集団のあいだの対立に強い関心を持っていた研究者です。当時は、集団同士の対立は、偏見を持ちやすい性格の人や、育った環境に問題のある人が引き起こすものだ、という見方が有力でした。

シェリフはこれに対して、ごく普通の、性格にも家庭にも問題の無い人たちでも、限られたものを奪い合う状況に置かれれば、集団同士で敵対するようになるのではないかと考えていました。この考えを確かめるために、条件をそろえた子どもたちのキャンプを舞台にした実験を計画したわけです。

参加した少年たちは、オクラホマシティに住む11歳の男の子で、いずれもプロテスタントの白人家庭の出身で、学校の成績も平均的、問題行動の記録も無い子どもたちが選ばれました。互いに知り合いではない子どもを集め、家庭の背景もそろえることで、対立が生まれたとしても、それは性格や生い立ちではなく状況のせいだと言えるようにするためです。キャンプのスタッフは実は研究者で、少年たちの様子を細かく記録していました。

3週間のキャンプで起きたこと

実験は、約3週間のキャンプの中で、3つの段階に分けて進められました。

図解

自分たちだけの集団ができるまで

最初の1週間ほど、2つのグループは、キャンプ場の離れた場所に別々に連れてこられ、お互いの存在を知らないまま過ごしました。ハイキングや水泳、キャンプの準備などを一緒にするうちに、それぞれのグループにはリーダーが生まれ、仲間内のルールや呼び方ができていきます。

少年たちは自分たちのグループに名前を付け、一方は「イーグルス(ワシ)」、もう一方は「ラトラーズ(ガラガラヘビ)」と名乗るようになりました。旗やTシャツにその名前を入れ、自分たちだけの合言葉や習慣も生まれていたそうです。

この段階の終わりごろ、それぞれのグループは、近くに別のグループがいることを知らされます。この時点ですでに、少年たちは相手のグループのことを「あいつら」と呼び、自分たちの縄張りに入ってきたら許さない、というような話をし始めていたと記録されています。

競争から敵対へ

2つ目の段階では、2つのグループを引き合わせ、野球や綱引き、宝探しなどの対抗戦を何日にもわたって行いました。勝ったグループにはトロフィーと、少年たち一人ひとりにメダルと憧れのポケットナイフが贈られ、負けたグループには何も無い、というはっきりした決まりになっていました。

競争が始まると、最初こそスポーツマンらしい雰囲気もあったものの、すぐに相手への悪口や挑発が増えていきます。綱引きで負けたイーグルスは、ラトラーズが残していった旗を燃やし、翌日にはラトラーズが、夜中にイーグルスの小屋を襲って荒らし回りました。食堂では食べ物の投げ合いが起き、少年たちは靴下に石を詰めて武器にしようとするところまで行ったため、スタッフが割って入る場面もあったそうです。

少年たちに相手のグループの特徴を尋ねると、自分たちのことは「勇敢」「友好的」と答える一方で、相手のことは「卑怯者」「ずるい」「臭い」と答えるようになっていました。家庭も性格もそろえた、もともと何の問題もない少年たちが、わずか数日のうちにここまで敵対するようになったことが、この実験の前半の大きな結果です。

一緒にいるだけでは仲直りしなかった

3つ目の段階の目的は、こうして生まれた対立を解消することでした。シェリフはまず、2つのグループを、競争の無い楽しい場面で一緒に過ごさせてみました。映画を一緒に見る、同じ食堂で食事をする、花火を一緒に見る、といった場面です。

当時は、異なる集団の人たちが接触する機会を増やせば偏見は減っていく、という考え方が広く信じられていました。ところが、この方法はうまくいきませんでした。一緒に食事をすると、食べ物の投げ合いが始まり、かえって対立を確かめ合う場になってしまったのです。

共通の目標が関係を変えた

そこでシェリフたちが用意したのが、2つのグループが協力しないと解決できない問題でした。シェリフはこれを「上位目標」と呼んでいます。

最初に用意されたのは、キャンプ場の水が出なくなるという問題です。実はスタッフが水道の元栓のあたりに細工をしていて、少年たちは両方のグループで手分けして水道管をたどり、詰まっていた原因を見つけ出しました。水がまた出るようになったとき、2つのグループの少年たちは一緒に喜び合ったそうです。

次は、みんなが見たがっていた映画『宝島』を借りるにはお金が足りない、という問題でした。少年たちは話し合って、両方のグループでお金を出し合うことに決めています。さらに、食料を運ぶトラックが動かなくなったときには、両方のグループが一緒にロープを引いてトラックを動かしたというエピソードも記録されています(このとき使ったのは、対抗戦の綱引きで使ったロープだったとも言われています)。

こうした協力を何度か経験するうちに、少年たちの相手のグループへの評価ははっきりと良くなり、友達として相手のグループの子どもの名前を挙げる少年も増えていきました。キャンプの最後には、少年たちは同じバスで帰ることを望み、途中の休憩では、ラトラーズが対抗戦で手に入れた賞金を使って、全員にミルクシェイクをおごったそうです。

シェリフはこの結果から、限られたものを奪い合う状況が集団の対立を生み、両方にとって必要な共通の目標がその対立を解消するという考え方をまとめました。これは「現実的葛藤理論」と呼ばれ、その後の集団間関係の研究の出発点の1つになっています。

前年に失敗していた実験

ところが、泥棒洞窟実験の評価は、2010年代に大きく揺れ始めます。オーストラリアの心理学者ジーナ・ペリーが、シェリフが残した記録を調べ、2018年に本にまとめたことがきっかけでした(ペリーは、ミルグラム実験の録音を調べ直したことでも知られている研究者です)。

ペリーがまず光を当てたのは、泥棒洞窟実験の前年の1953年に、ニューヨーク州のミドル・グローブというキャンプ場で行われていた、ほとんど同じ設計の実験です。この実験では、2つのグループに分けて競争させても、少年たちは思うように敵対しませんでした。それどころか、少年たちはスタッフが対立をあおろうとしていることに気づき、むしろ両方のグループが団結してスタッフに反発するような展開になったと言われています。

結局この実験は途中で打ち切られ、論文としてはほとんど発表されませんでした。シェリフは翌年、場所と手順を変えて泥棒洞窟実験を行い、こちらの結果だけが広く知られるようになったわけです。

スタッフが対立をあおっていた?

ペリーはさらに、泥棒洞窟実験でも、スタッフが少年たちの対立が強まるよう、裏で状況を操作していた形跡があると指摘しています。たとえば、相手のグループのしわざに見えるような出来事をスタッフが仕組んだり、少年たちの敵対的な行動をあえて止めなかったりしたことがあったとされています。

もちろん、実験の第3段階で、水道の故障やトラックの立ち往生を仕組んだこと自体は、論文の中でも説明されている手順です。ただ、対立が自然に生まれたのか、研究者の期待に沿うように作られたのかという点は、実験の結論を左右する大事な部分なので、この指摘はかなり重いものだと私は思っています。

前年の失敗を考えると、「普通の少年たちでも競争させれば必ず敵対する」と言い切ることはできず、むしろ大人が対立をあおったときにどう反応するかは、子どもたちの集団によって大きく違うことが見えてきます。

競争が無くても生まれる「えこひいき」

その後の研究からは、集団の対立には、シェリフが考えたような限られたものの奪い合いがなくても生まれる部分がある、ということも分かってきました。

1970年代にイギリスの心理学者ヘンリー・タジフェルが行った実験では、参加者を「絵の好みの違い」のような、ほとんど意味の無い基準でグループに分けただけで、参加者は自分と同じグループの人に、より多くのお金を配分するようになりました。相手が誰かも知らず、自分の得にもならないのに、ただ同じグループというだけでひいきが生まれたわけです。この発見は、人が自分の属する集団を通じて自分を評価しようとする社会的アイデンティティ理論へとつながっていきました。

泥棒洞窟実験についてよく出る疑問

なぜ「泥棒洞窟」という名前なのですか?

実験が行われたオクラホマ州の州立公園の名前が「ロバーズ・ケーブ(泥棒の洞窟)」で、西部開拓時代に無法者が隠れ家にしていたと言われる洞窟があることから、この名前が付いています。実験の内容とは直接関係はありませんが、地名がそのまま実験の名前として定着しました。

上位目標の考え方は、現実の対立にも使われているのですか?

異なる集団の人が、同じ目標に向かって協力する経験を持つことで偏見が減るという考え方は、その後の「接触仮説」の研究の中で、対等な立場であること、協力が必要なこと、周りがその交流を支持していることなどの条件とともに整理されてきました。学校で、出身の違う生徒たちが分担して1つの課題を仕上げる「ジグソー学習」のような教え方は、この考え方を教室に応用したものとして知られています。

関連する実験と記事

自分の属する集団を高く評価し、外の集団を低く見てしまう傾向そのものは、認知バイアスの記事で詳しく扱っています。

【認知バイアス】内集団バイアス ─ 「うちの仲間」というだけで評価が変わるsenkohome.com/cognitive-bias-ingroup/

役割と集団の中で人がどう変わるのか、そして実験者がそれをどこまで作り出していたのかという点では、スタンフォード監獄実験がとてもよく似た議論をたどっています。

スタンフォード監獄実験とは|看守役が6日で暴走した実験と、2018年に出てきた演出の証拠senkohome.com/psych-experiment-stanford-prison/

まとめ

本記事は泥棒洞窟実験について解説しました。如何だったでしょうか。

家庭の背景も性格もそろえた11歳の少年たちが、2つのグループに分けられて競争させられると、わずか数日で旗を燃やし合うほど敵対し、その後、水道の故障やトラックの立ち往生といった共通の問題を一緒に解決するうちに仲直りしていった、という経過は、集団の対立は状況が生み、共通の目標がそれを和らげることを示した物語として、今も多くの人を惹きつけていると思います。

一方で、前年の実験では少年たちが敵対せずスタッフに反発していたことや、泥棒洞窟実験でもスタッフが対立をあおっていた可能性が指摘されていて、対立が自然に生まれたと言い切れるかどうかは怪しくなっているのが今の評価です。それでも、一緒にいるだけでは仲直りできず、協力が必要な目標があって初めて関係が変わったという後半の結果は、現実の対立を考えるうえで今も参考になるところが多いと感じています。

ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。

有名な心理学実験の一覧|ミルグラム実験・スタンフォード監獄実験などの結論は今も正しいのかsenkohome.com/psych-experiment-list/

それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。