当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「社会的手抜き(リンゲルマン効果)」について解説します。
社会的手抜きは、何人かで1つの作業をするとき、1人で同じ作業をするときよりも、一人ひとりが出す力が小さくなってしまう現象のことです。学校のグループ発表で、何人かが何もしないまま終わってしまったり、会議の人数が増えるほど誰も発言しなくなったりする、という経験は多くの人にあると思いますが、それを実験で数字にしたのがこの研究です。
始まりは、19世紀の終わりにフランスの農業技術者マクシミリアン・リンゲルマンが行った綱引きの実験でした。綱を引く人数を増やしていくと、全体の力は増えても、8人で引いたときの1人あたりの力は、1人で引いたときの半分ほどにまで落ちていたのです。
ただ、人数が増えると息が合いにくくなるのは当然のことでもあります。力が落ちたのは、本当に「手を抜いた」からなのか、それとも単にタイミングがずれただけなのか。この疑問をどう切り分けたのかが、この実験の歴史の一番の見どころになっています。
リンゲルマンの綱引き
リンゲルマンは、農業で人や馬、牛がどれだけ効率よく働けるかを調べていた技術者で、その研究の1つとして、男性たちに綱を引かせ、綱の先につないだ計器で引く力の大きさを測っています。実験が行われたのは1880年代とされ、結果が論文として発表されたのは1913年のことでした。
1人で引いたときの力を100%とすると、2人で引いたときの1人あたりの力は93%、3人では85%、8人では49%でした。8人で引いた力の合計は、1人の力の8倍ではなく、4倍ほどにしかならなかったことになります。
| 綱を引いた人数 | 1人あたりの力 | 全体の力(1人分を1とする) |
|---|---|---|
| 1人 | 100% | 1 |
| 2人 | 93% | 1.86 |
| 3人 | 85% | 2.55 |
| 8人 | 49% | 3.92 |
リンゲルマン自身は、この結果の理由を、みんなの引くタイミングがそろわないことなどに求めていたと言われています。この実験は長いあいだあまり注目されませんでしたが、1970年代になって社会心理学者たちに再発見され、リンゲルマン効果と呼ばれるようになりました。
息が合わないだけなのか、手を抜いているのか
1972年、心理学者のイヴァン・スタイナーは、集団の成績が落ちる理由を2つに分けて考えました。1つは、一人ひとりのやる気が下がるやる気の損失、もう1つは、力を出していても、引くタイミングがずれたり方向がそろわなかったりする協調の損失です。スタイナー自身は、リンゲルマンの結果は後者でほとんど説明できるのではないか、と考えていました。
この2つを切り分けるために、1974年にアラン・インガムたちが工夫したのが、目隠しをした綱引きです。参加した男子学生は目隠しをされ、自分の後ろにほかの人たちが並んで一緒に綱を引くと説明されましたが、実際には、後ろの人たちは引くふりをしているだけで、綱を引いていたのは参加者1人だけでした。
1人で引いているのですから、タイミングのずれは起こりようがありません。それでも、ほかの人も引いていると思っているときの力は、本当に1人で引いていると思っているときより、はっきり小さくなっていました。人数が増えると力が落ちる理由のうち、少なくとも一部は、息が合わないことではなく、気持ちの問題だったと言えそうです。
叫び声と拍手でも同じことが起きた
1979年には、ビブ・ラタネたちが、この現象に社会的手抜きという名前をつけています。ラタネといえば、傍観者効果の実験で知られる心理学者です。
この実験では、男子学生に、できるだけ大きな声で叫んだり、手をたたいたりしてもらい、その音の大きさを測りました。本当にほかの人と一緒に叫ぶと、1人あたりの音の大きさは、2人組で1人のときの71%、4人組では51%まで下がっています。
さらにラタネたちは、学生に目隠しをしてヘッドホンをつけ、周りの音が聞こえないようにしたうえで、「今回はほかの人と一緒に叫ぶ」と思わせる条件も作りました。実際には1人で叫んでいるのに、一緒に叫んでいると思うだけで声は小さくなったそうです。人の声は、何人いても互いの邪魔をしにくいので、ここでの低下はほとんどが気持ちの問題だと考えられています。
手抜きが消える条件
社会的手抜きは、その後、泳ぎの速さ、アイデアを出す数、文章の評価、迷路のパズルなど、さまざまな作業で確かめられていきます。そのなかで分かってきたのは、手抜きはいつでも起きるわけではなく、起きにくくなる条件があるということでした。
自分の分が分かるとき
1981年のウィリアムズたちの実験では、集団で叫ぶときでも、一人ひとりの声の大きさが別々に測られていると伝えると、手抜きがほとんど見られなくなりました。みんなの声がまとめて測られているときだけ、声が小さくなっていたのです。
自分の働きが見えないとき、人は「自分が頑張っても誰にも分からない」と感じ、同時に「サボっても誰にもばれない」とも感じます。社会的手抜きの多くは、人がもともと怠け者だからではなく、自分の分が見えない仕組みから生まれていると言えるかもしれません。
難しい作業では、むしろ成績が上がった
1985年には、ジェフリー・ジャクソンとキプリング・ウィリアムズが、コンピューターの迷路を、一人ひとりの成績を測る条件と、みんなの成績をまとめて測る条件で解いてもらう実験をしています。簡単な迷路では、まとめて測られるほうが成績が悪くなりましたが、難しい迷路では、逆にまとめて測られるほうが成績が良くなったそうです。
2人は、みんなでやると緊張がゆるむので、慣れた簡単な作業では手がゆるむ一方、慣れない難しい作業では、緊張が少ないぶん落ち着いて取り組めたのではないか、と考えています。手抜きにつながる気のゆるみは、いつも成績を下げるとは限らないようです。
78の研究をまとめると
1993年、スティーブン・カラウとキプリング・ウィリアムズは、社会的手抜きを扱った78の研究をまとめたメタ分析を発表しました。その結果、社会的手抜きは、作業の種類や参加者の違いを超えて、かなり安定して見られる現象だと確かめられています。
同時に、手抜きが小さくなる条件もはっきりしてきました。一人ひとりの働きが評価されるとき、作業そのものに意味があると感じられるとき、仲間が知り合いや大切なグループの人たちであるとき、そして作業の人数が少ないときです。カラウとウィリアムズは、人は自分の努力が、自分にとって価値のある結果につながると感じられるときに力を出すという考え方で、これらをまとめています。
東アジアの人と女性は手抜きが小さかった
このメタ分析では、参加者の性別や文化による違いも調べられています。手抜きの大きさは、男性の参加者より女性の参加者のほうが小さく、欧米の参加者より、中国や日本、台湾といった東アジアの参加者のほうが小さかったと報告されています。
1989年にクリストファー・アーリーが行った研究では、中国の管理職の研修生たちは、むしろ仲間と一緒に働くときのほうが、1人で働くときより成果を上げていたそうです。集団のために働くことに価値を感じやすい文化では、手抜きが起きにくいのではないか、と考えられています。ただ、どの研究でも東アジアの人が手抜きをしなかったわけではなく、同じ国の中でも、仲間をどう感じているかで結果は変わるようです。
職場やチームで考えると
社会的手抜きの研究は、職場やチームのことを考えるうえで、かなり実用的なヒントを含んでいます。人数を増やせば仕事が早く終わるとは限らないこと、一人ひとりの担当がはっきり見えるほど手抜きが起きにくいこと、そして作業の意味が伝わっていると、人数が多くても力が落ちにくいことです。
ソフトウェア開発の世界には、遅れているプロジェクトに人を足すと、さらに遅れるというブルックスの法則があります。こちらは主に、新しい人に仕事を教える手間や、連絡の手間が増えることを指していますが、人数が増えるほど1人の力が薄まるという点で、社会的手抜きともよく似た面があると思います。
正直、私は「手抜きをする人がいる」と考えるより、誰がやっても手抜きが起きてしまう形になっていないかを見るほうが、ずっと話が早いと感じています。リンゲルマンの綱引きで力を落としていたのは、特別に怠け者の人たちではなく、ごくふつうの参加者だったからです。
社会的手抜きについてよく出る疑問
傍観者効果とは何が違うのですか?
傍観者効果は、困っている人を見たとき、周りに人が多いほど助けに入らなくなる現象で、責任が周りの人に分散するという点で、社会的手抜きとよく似ています。実際、どちらもラタネが深く関わった研究で、ラタネは人数が増えるほど一人ひとりへの影響が薄まるという考え方で、両方を説明しようとしていました。
人数が増えると、いつも手抜きが起きるのですか?
いつも起きるわけではありません。作業が自分にとって大事で、しかも一緒に働く仲間が頼りにならないと思える場合には、むしろ1人のときより頑張る社会的補償という現象も報告されています。頼りにならない仲間がいると思うと、その分を自分が補おうとする、というものです。
関連する実験と記事
周りに人が多いほど、困っている人を助けなくなるという傍観者効果は、責任が分散するという点で社会的手抜きと同じ根を持つ現象です。
遅れているソフトウェア開発に人を足すと、さらに遅れるというブルックスの法則も、人数と生産性の関係を考えるうえで参考になります。
まとめ
本記事は社会的手抜きについて解説しました。如何だったでしょうか。
8人で綱を引くと1人あたりの力が半分ほどになったリンゲルマンの実験から始まり、目隠しで1人で引かせた実験や、叫び声の実験によって、人数が増えると力が落ちる理由の少なくとも一部は、息が合わないことではなく気持ちの問題だと分かってきました。
そして、78の研究をまとめると、一人ひとりの働きが見えるとき、作業に意味があると感じられるとき、仲間が大切な人たちであるときには、手抜きは小さくなっていました。手抜きは人の性格より、仕事の形が生んでいると考えると、グループ発表や会議の見え方も少し変わってきそうです。
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