心理学実験

パブロフの犬とは|条件反射の実験の手順と、「ベルを鳴らした」は本当かという話

パブロフの犬とは|条件反射の実験の手順と、「ベルを鳴らした」は本当かという話

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「パブロフの犬」について解説します。

パブロフの犬は、ロシアの生理学者イワン・パブロフが20世紀の初めに行った、エサを与える直前に毎回同じ音を聞かせていると、やがて犬がエサを見なくても音を聞いただけでよだれを出すようになることを示した実験です。こうして後から身につく反射は条件反射と呼ばれ、学習の仕組みを実験で調べる研究の出発点になりました。

「パブロフの犬」という言葉は、決まった合図に反射的に反応してしまう人のたとえとしても使われるくらい有名ですが、実際の実験がどんな手順で行われていたのかは、意外と知られていないと思います。たとえば、パブロフがベルを鳴らしていたという定番のイメージも、実はかなり怪しいとされています。

本記事では、消化の研究から条件反射の発見に至った経緯と実験の手順を紹介したうえで、条件反射にどんな性質があるのか、そしてその後の研究で条件づけの中身がどう理解し直されてきたのかを整理していきます。

消化の研究から始まった

パブロフは1849年にロシアで生まれ、サンクトペテルブルクの実験医学研究所で長く研究を続けた生理学者です。もともとの専門は心理学ではなく消化の仕組みで、唾液や胃液、すい液がどのように分泌されるのかを犬を使って調べていました。1904年には、この消化腺の研究でロシア人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

研究の中でパブロフたちは、犬の頬に小さな管を通す手術をして、口の中で出た唾液を体の外の容器に集め、その量を1滴単位で測れるようにしていました。エサや薬品を口に入れたときに、どれだけの唾液がどんな成分で出てくるのかを、正確に記録するためです。

ところが実験を続けているうちに、犬がエサを口に入れる前から唾液を出し始めることが目立つようになってきました。エサの皿を見たとき、エサを運んでくる助手の足音が聞こえたとき、さらには助手の姿が見えただけでも、唾液が出てしまうのです。

当初、パブロフたちはこれを「心的な分泌」と呼んで、実験の邪魔になる現象として扱っていました。ただ、パブロフはやがてこの現象のほうに強い関心を持つようになり、1903年の国際医学会議で、これを生理学の方法で調べられる「条件反射」として発表します。ここから30年以上にわたって、彼の研究所の中心のテーマは条件反射になっていきました。

音だけでよだれが出るようになる手順

実験の手順そのものはとても単純です。まず、犬が何の反応も示さない中立的な刺激を用意します。メトロノームの音やブザーの音、ランプの光、皮膚へのかすかな刺激などがよく使われました。

この刺激を与えてから数秒後にエサを与える、ということを何度も繰り返します。エサを口に入れれば唾液が出るのは、生まれつき備わった反射です。

図解

これを何十回か繰り返すと、犬はやがてエサが出てこなくても、メトロノームの音を聞いただけで唾液を出すようになります。もともと唾液とは何の関係もなかった音が、エサの合図としての意味を持つようになったわけです。

パブロフは、生まれつきの反射を引き起こす刺激(ここではエサ)を無条件刺激、それによって起きる反応を無条件反射と呼び、学習によって反応を引き起こすようになった刺激(ここでは音)を条件刺激、それによって起きる反応を条件反射と呼びました。

ちなみに、日本語の「条件反射」の「条件」は、英語の conditioned を訳したものですが、パブロフ自身がロシア語で使った言葉は「条件しだいで起きる反射」という意味に近く、英訳のときに「条件づけられた」というニュアンスに少し寄ったと言われています。

測っていたのは唾液の滴の数

この実験の強みは、反応を唾液の量という目に見える数字で測っていた点にあります。犬が何を感じているのかを推測するのではなく、何滴の唾液が何秒で出たのかを記録していたので、条件をどう変えると反応がどう変わるのかを、かなり正確に比べることができました。

パブロフの研究所には、外の物音や人の気配が実験に入り込まないよう、壁を厚くして防音した専用の建物まで作られていて、所員たちからは「沈黙の塔」と呼ばれていたそうです。音1つで結果が変わる実験だったからこそ、ここまでの設備が必要だったのでしょう。

ベルではなかったかもしれない

パブロフの犬と聞くと、ベルが鳴ってよだれを垂らす犬の絵を思い浮かべる人が多いと思います。ところが、パブロフの研究を詳しく調べた歴史家ダニエル・トーデスによれば、パブロフの論文や講義で中心的に使われていたのは、メトロノームやブザー、音叉、電気刺激などで、手で振るベルはほとんど出てこないそうです。

ロシア語で電気仕掛けのブザーを指す言葉が、英語に訳されるときに bell と訳されたことが、イメージが広まった一因ではないかとも言われています。ベルを一度も使わなかったと言い切れるわけではないようですが、少なくとも「ベル」がこの実験の主役だったわけではなさそうです。

正直、ベルの絵で覚えている人にとっては、メトロノームのカチカチという音で犬がよだれを出している光景を想像するだけで、この実験の印象はかなり変わるのではないかと思います。

消える、戻る、広がる

パブロフと所員たちは、条件反射ができたあとに何が起きるのかも、細かく調べていきました。その中で見つかった性質は、今でも学習心理学の基本として扱われています。

性質何が起きるか
消去音だけ鳴らしてエサを出さないことを繰り返すと、唾液はだんだん出なくなる
自発的回復消去したあと時間を置いて音を鳴らすと、唾液がまた少し出る
汎化似た高さの音や、少し違うテンポのメトロノームにも唾液が出る
弁別片方の音にだけエサを出し続けると、その音にだけ反応するようになる
高次条件づけ条件刺激になった音の前に光を出すと、光だけでも唾液が出るようになる

とりわけ面白いのが、消去は「学習したことを忘れる」のではない、という点です。消去した後でも時間を置くと反応が戻ってきたり、一度エサと組み合わせ直すと最初よりずっと早く反応が復活したりすることから、パブロフは消去を、元の学習の上に「もうエサは来ない」という新しい学習が重なった状態だと考えました。この見方は、後で紹介する不安の治療を考えるうえでも大事なものになっています。

円と楕円の区別で犬が混乱した実験

弁別の実験の中には、少し気の毒な結果になったものもあります。円を見せたときにはエサを与え、楕円を見せたときには与えない、ということを繰り返して犬に区別を覚えさせたあと、楕円の形を少しずつ円に近づけていったのです。

縦と横の比が9対8くらいまで近づき、犬にはもう区別がつかなくなったところで、それまでおとなしかった犬が鳴きわめいたり、装置や管に噛みついたりして激しく暴れるようになったと記録されています。パブロフはこれを実験神経症と呼び、人の神経症を理解する手がかりになるのではないかと考えました。

1924年にレニングラード(今のサンクトペテルブルク)で大きな洪水が起き、研究所の犬たちが溺れかけたときにも、その後で多くの犬の条件反射が消えてしまい、扉の下から水が少し流れ込むだけで強くおびえるようになった、という記録が残っています。今で言うトラウマのような状態を、パブロフたちは観察していたことになります。

「合図」ではなく「予測」だった

パブロフの時代には、条件反射は、2つの刺激が時間的に続けて起きることで自動的に結びつくもの、と考えられていました。ところが1960年代の終わりごろから、この単純な見方では説明できない結果が次々と見つかります。

エサが来ない時にも音が鳴っていたら

アメリカの心理学者ロバート・レスコーラは、音のあとにエサ(実験ではショック)が来る回数は同じにしたまま、音が鳴っていないときにもエサが来る条件を作りました。すると、音とエサが何度一緒に起きていても、音が鳴っていないときにも同じくらいエサが来る場合には、動物は音に反応するようにならなかったのです。

つまり動物が学んでいたのは、「音とエサが一緒に起きた」という事実ではなく、「音があると、エサが来る確率が上がる」という予測の情報だったことになります。同じ頃に、すでにエサの予告として覚えた光と一緒に新しい音を出しても、その音は学習されにくいという現象も見つかっていて、こちらも「新しい情報をくれない刺激は覚えない」という形で説明されました。

一度で覚えてしまう味の嫌悪

もう1つ大きかったのが、ジョン・ガルシアたちが1960年代に見つけた味覚嫌悪です。ネズミに甘い水を飲ませたあと、数時間たってから放射線などで気分を悪くさせると、たった1回の経験でその甘い水を避けるようになりました。

パブロフの実験では、刺激とエサの間隔は数秒が基本で、何十回も繰り返して条件反射を作っていましたから、これは常識外れの結果でした。しかも、同じネズミに光や音と気分の悪さを組み合わせても、ほとんど学習されなかったのです。動物は何と何を結びつけやすいかを生まれつきある程度決められている、ということで、生き延びるうえで必要な学習ほど速く起きるようにできているのだと考えられています。

牡蠣やお酒で一度ひどい目にあった人が、何年たってもその匂いを嗅ぐだけで気分が悪くなるという話はよく聞きますが、あれもまさにこの仕組みだと考えられています。

治療や広告に生きている条件づけ

パブロフの条件反射の考え方は、心理学の外にもかなり広く生きています。1920年にアメリカの心理学者ジョン・ワトソンが行った、幼い子どもに白いネズミへの恐怖を条件づける実験は、その極端な例です(この実験は倫理的に大きな問題があったものとして、今では反面教師として紹介されています)。

逆に、条件づけられた恐怖を消していく方向でも、この考え方は使われています。不安や恐怖の対象に、安全な状況で少しずつ繰り返し向き合っていく「曝露療法」は、パブロフの言う消去を治療に応用したものだと言えます。先ほどの「消去は忘れることではなく、新しい学習が上に重なること」という見方は、治療がうまくいったあとで恐怖がぶり返すことがある理由の説明にもなっています。

ほかにも、抗がん剤の治療を何度か受けた人が、病院に着いただけで吐き気を感じるようになる「予期性嘔吐」や、好感度の高いタレントと商品を繰り返し一緒に見せる広告の手法なども、条件づけの例としてよく挙げられています。

パブロフの犬についてよく出る疑問

実験に使われた犬はどうなったのですか?

パブロフの研究所では、長年にわたって多くの犬が実験に使われ、手術を受けた犬も少なくありませんでした。パブロフ自身は犬の扱いにかなり気を配っていたと言われていて、1935年には研究所の敷地に、実験に貢献した犬たちの記念碑を建てています。この記念碑は今もサンクトペテルブルクに残っていて、犬の像のまわりにはパブロフの言葉が刻まれています。

パブロフは心理学者だったのですか?

パブロフは自分のことを生理学者だと考えていて、当時の心理学が「心」を内側から推測するやり方を取っていたことには、かなり批判的でした。条件反射も、あくまで脳の働きを生理学の方法で調べるためのものとして研究していたようです。ただ、刺激と反応を客観的に測るという彼のやり方は、その後アメリカで行動主義と呼ばれる心理学の流れに大きな影響を与えることになりました。

関連する実験と記事

条件反射の考え方は、その後の学習の実験に大きな影響を与えました。目の前の誘惑にどう向き合うかを調べたマシュマロテストも、もとは学習と自制心の研究から生まれたものです。

マシュマロテストとは|待てた子は成功する?2018年の大規模な追試で小さくなった関係senkohome.com/psych-experiment-marshmallow/

まとめ

本記事はパブロフの犬について解説しました。如何だったでしょうか。

消化の研究の邪魔になっていた「心的な分泌」に目をつけ、それを唾液の滴の数で測れる条件反射として研究し直したところに、パブロフの実験のすごさがあると思います。消去しても学習は消えずに残っているという発見のように、100年以上前の実験の結果が、今の不安の治療の考え方にもそのままつながっているのはかなり面白いところです。

一方で、その後の研究からは、条件づけは単に2つの出来事が続けて起きたから結びつくのではなく、「何が何を予告しているか」という予測を学ぶ仕組みだということも分かってきました。ベルの音で反射的によだれを垂らす犬というイメージより、もう少し賢い学習だったと考えるほうが、今の理解には近いでしょう。

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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。