当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「マシュマロテスト」について解説します。
マシュマロテストは、アメリカの心理学者ウォルター・ミシェルが1960年代の終わりから行った、幼い子どもに「目の前のお菓子を今すぐ1つ食べるか、大人が戻ってくるまで待って2つもらうか」を選ばせ、どれくらい待てるかを調べた実験です。後の追跡調査で、長く待てた子どもほど大きくなってからの学力が高かったと報告されたことで、子どもの自制心が将来を左右するという話の代表として、子育てや教育の本で繰り返し紹介されてきました。
ところが2018年に、もっと多くの、もっといろいろな家庭の子どもを対象にした追試が行われると、待てた時間と将来の学力の関係は、元の研究よりずっと小さく、家庭環境を考えに入れるとほとんど消えてしまうという結果が出ました。さらに別の研究では、子どもが待てるかどうかは、目の前の大人を信頼できるかどうかで大きく変わることも分かっています。
ミシェルが本当に調べたかったのは「待てる子は成功するか」ではなかったので、元の実験の手順から追跡調査、そして追試までを順に読むと、この実験の印象はかなり変わってくると思います。
スタンフォード大学の付属幼稚園で
実験が行われたのは、スタンフォード大学のキャンパスにあるビング保育園という付属の幼稚園で、参加したのは3歳半から5歳半くらいの子どもたちだったとされています。大学の教員や大学院生の子どもが多く通う園だったことは、後で大事な意味を持つことになります。
子どもは小さな部屋に通され、机の上には、お皿にのったマシュマロ1つと、マシュマロ2つが置かれていました(お菓子はマシュマロに限らず、プレッツェルやクッキーなど、その子が一番好きなものを選ばせることもありました)。実験者は子どもに次のように説明します。
「これから少しのあいだ部屋を出ます。私が戻ってくるまで待てたら、2つ食べていいよ。待てなくなったら、このベルを鳴らせばすぐに戻ってくるけれど、そのときは1つだけだよ」
実験者が部屋を出たあと、子どもが何分待てるかが記録されます。最長の待ち時間は15分から20分に設定されていて、そこまで待てれば2つもらえる、という決まりだったようです。
見えないほうが待てた
実は、ミシェルがこの実験で最初に調べたかったのは、「どんな子が待てるか」ではなく、「どうすれば待てるようになるか」のほうでした。初期の論文の多くは、待つ状況の作りを少しずつ変えて、待ち時間がどう変わるかを比べたものになっています。
たとえば、お菓子を子どもから見えないように覆っておくと、目の前に出しておく場合より、子どもはずっと長く待てるようになったと報告されています。また、待っているあいだに「何か楽しいことを考えていていいよ」と伝えておくと、待てる時間が大きく延びています。
面白いのは、お菓子のことを考えるにしても、考え方によって結果が変わったことです。「マシュマロは甘くて、ふわふわで、おいしい」と味や食感を思い浮かべるよう言われた子は早くベルを鳴らしてしまったのに対し、「マシュマロは白くてふわふわの雲みたいだね」と形や見た目のほうを思い浮かべるよう言われた子は、長く待てたそうです。
待っているあいだの子どもたちの様子もさまざまで、目を手で覆う、後ろを向く、歌を歌う、机を蹴る、自分の髪をいじる、なかにはそのまま眠ってしまう子もいたそうです。長く待てた子の多くは、我慢しているというより、お菓子から気をそらす工夫を自分で見つけていたように見えます。
ミシェルはこうした結果から、人の心には欲しいものに素早く反応する「熱い」仕組みと、考えて行動を調整する「冷たい」仕組みがあり、待てるかどうかは、その場でどちらがうまく働くかによって決まるのだと考えるようになりました。
待てた子はSATの点数が高かった
この実験が一躍有名になったのは、実はずっと後になってからのことだと思います。ミシェルの娘たちがビング保育園に通っていて、昔の実験に参加した友達の話を家ですることがあり、ミシェルは「あの子たちは今どうしているのだろう」と気になって、追跡調査を始めたと言われています。
1980年代に、当時の実験に参加した子どもの親に連絡を取って質問票を送ったところ、幼い頃に長く待てた子どもほど、10代になってから集中力があり、計画的で、ストレスにうまく対処できると親から評価されていました。1990年の論文では、待てた時間の長さと、大学進学のための共通試験であるSATの点数とのあいだに、かなりはっきりした関係が見られたと報告されています。
その後も、待てた子は大人になってから体重が標準に近い傾向があったことや、40年後に脳の活動を調べると自制に関わる領域の働き方に違いがあったことなど、追跡の結果が次々と発表されました。こうして「4歳のときにマシュマロを我慢できた子は、人生で成功する」という分かりやすい話が、本や講演を通じて世界中に広まっていきます。
ただ、ここには最初からいくつか気になる点がありました。SATとの関係が報告されたのは、追跡できた子どものうち、待つ状況の条件が特定のものだったごく一部の数十人で、しかもその子どもたちは、スタンフォード大学の関係者の家庭という、かなり恵まれた環境で育っていたのです。
900人で確かめ直した2018年の追試
2018年、ニューヨーク大学のタイラー・ワッツとカリフォルニア大学アーバイン校のグレッグ・ダンカン、ハオナン・クアンは、この点を確かめる研究を発表しました。彼らが使ったのは、アメリカ政府の機関が1990年代から全米各地で行っていた子どもの発達の大規模な調査のデータで、その中に、4歳半の時点で行われたマシュマロテストと同じ形の課題の記録が含まれていました。
対象になった子どもは900人以上で、家庭の収入も、親の学歴も、人種もさまざまで、元の研究よりずっと実際の社会に近い集団だと言えるでしょう。彼らはこの子どもたちが15歳になったときの学力テストの点数と、4歳半のときに待てた時間の関係を調べました。
結果として、待てた時間と15歳の学力のあいだに関係はあったものの、その大きさは元の研究で報告されたもののおよそ半分でした。さらに、家庭の収入や親の学歴、子ども自身の早い時期の言葉や認知の発達、家庭の環境といった要素を考えに入れると、関係はさらに3分の2ほど縮み、ほとんど目立たないものになってしまいました。15歳の時点での問題行動などとの関係も、ほぼ見られなかったそうです。
つまり、マシュマロを待てたかどうかは、それ自体が将来を決める力というより、その子が育ってきた環境や、すでに身についている力を映し出したものだった可能性が高い、ということになります。
約束を守らない大人の前では待たない
同じ頃、別の角度からこの実験を見直した研究もあります。2013年にアメリカのロチェスター大学のセレステ・キッドらが行った実験です。
この実験では、マシュマロテストの前に、子どもに「ちょっと待っていてくれたら、もっといいクレヨンを持ってくるね」と約束する場面を作りました。片方のグループでは、実験者は本当にいいクレヨンを持って戻ってきます。もう片方のグループでは、手ぶらで戻ってきて「ごめんね、なかったよ」と謝ります。シールでも同じことを繰り返したうえで、マシュマロテストを行いました。
結果は、約束を守ってもらった子どもたちの平均の待ち時間がおよそ12分だったのに対し、約束を破られた子どもたちはおよそ3分でした。14人ずつの小さな実験ですが、待ち時間に4倍近い差が出ています。
この結果が示しているのは、待てない子どもは自制心が弱いのではなく、「待っても2つ目は本当にもらえるのか」を、それまでの経験から合理的に判断していた可能性がある、ということです。約束が守られないことの多い環境で育った子どもにとっては、目の前のものをすぐに取っておくほうが賢い選択になることもあるでしょう。2018年の追試で家庭環境の影響が大きく出たことも、この見方とつながっているように思います。
時代と国で変わる待ち時間
その後の研究では、待ち時間が時代や文化によっても変わることが分かってきているようです。2018年には、アメリカで1960年代、1980年代、2000年代に行われた同じ形のテストの結果を比べた研究が出ていて、今の子どものほうが昔の子どもより長く待てる傾向が見られました。スマートフォンやゲームに囲まれた今の子どもは我慢ができない、というイメージとは逆の結果で、研究者たちは抽象的な思考を育てる教育の広がりなどを理由の候補に挙げています。
2022年には、京都大学などの研究者が、日本とアメリカの子どもを比べた研究を発表しています。お菓子で待つ課題では日本の子どものほうが長く待てたのに対し、プレゼントの包みを開けるのを待つ課題では、アメリカの子どものほうが長く待てたそうです。日本では食事のときにみんなそろって「いただきます」を言うまで待つ習慣があり、アメリカでは誕生日などにプレゼントを開けるのを待つ習慣が強い、という生活の違いがそのまま出ているのではないかと考えられています。
こうした結果を並べると、待てる時間は子どもの生まれつきの性格だけで決まるものではなく、その子がどんな場面で待つことに慣れているかにも大きく左右されていると考えるほうが自然でしょう。
マシュマロテストについてよく出る疑問
ミシェル本人は追試の結果をどう考えていたのですか?
ミシェルは2014年に一般向けの本を出していて、その中で、自分の研究が「4歳で将来が決まる」という意味で受け取られていることに、むしろ懸念を示していました。彼が一貫して強調していたのは、待つ力は固定された才能ではなく、気をそらす工夫や考え方の切り替えで伸ばせるものだ、という点です。ミシェルは2018年に亡くなっていて、追試の結果に本格的に答える機会はほとんどありませんでしたが、本来の関心に近いのは、追試よりもむしろ初期の「どうすれば待てるか」の研究のほうだったと思います。
家で子どもにやってみても意味はありますか?
遊びとしてやってみるのは楽しいと思いますが、結果で子どもの将来を占うような使い方は、ここまでの話を考えるとあまり意味がなさそうです。キッドらの実験のように、子どもは目の前の大人が約束を守るかどうかもよく見ているので、親がやる場合には、その親子のふだんの関係がそのまま結果に出てくる可能性もあります。
関連する実験と記事
目の前の小さな得を、後の大きな得より優先してしまう傾向は、認知バイアスの記事で詳しく扱っています。
小さな規模の実験から生まれた分かりやすい結論が、後の研究で見直されたという点では、吊り橋実験もよく似た経過をたどっています。
まとめ
本記事はマシュマロテストについて解説しました。如何だったでしょうか。
「4歳でマシュマロを我慢できた子は成功する」という話は、あまりにも分かりやすかったので、実験の中身を離れて一人歩きしてしまったように思います。実際には、元の追跡調査は恵まれた家庭の数十人を対象にしたもので、2018年に900人以上で確かめ直すと、家庭環境を考えに入れたあとに残る関係はかなり小さかったというのが今の理解です。
一方で、お菓子を隠す、別のことを考える、約束を守る大人がいるといった条件しだいで、子どもが待てる時間が大きく変わるという結果は、何度も確かめられています。待てるかどうかは子どもの中だけでなく、子どもを取り巻く状況の側でもかなり決まっていると考えるほうが、この実験の読み方としては自然ではないでしょうか。
ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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