当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「ミラーテスト」について解説します。
ミラーテストは、動物や赤ちゃんの、自分では直接見えない場所にこっそり印をつけ、鏡を見せたときにその印を触ったり取ろうとしたりするかどうかで、鏡に映った姿を自分だと分かっているかを調べる実験のことです。印を使うことから「マークテスト」とも呼ばれ、1970年にアメリカの心理学者ゴードン・ギャラップがチンパンジーで行ったのが始まりでした。
言葉を話せない動物が、自分を自分として分かっているのかどうかは、外から確かめるのがとても難しい問題です。ギャラップの方法は、それを「鏡を見て自分の体の印に手を伸ばすか」という目に見える行動に置き換えた点で画期的で、今でも動物の自己認識を調べる代表的な方法とされています。
合格した動物は長いあいだ、チンパンジーやオランウータンなどの大型類人猿と人間に限られていました。その後、イルカやゾウ、鳥が合格し、2019年には日本の研究チームが、小さな魚も合格したと発表して、大きな議論を呼んでいます。
ダーウィンが見た鏡の中のオランウータン
動物に鏡を見せたときの反応に関心を持った人は、ギャラップより前にもいました。進化論で知られるチャールズ・ダーウィンは、1838年にロンドン動物園を訪れ、ジェニーという名前のオランウータンが鏡をのぞき込む様子を観察しています。ダーウィンは、ジェニーが鏡の中の姿を自分だと分かっているのかもしれない、と書き残しましたが、それを確かめる方法はまだなかったようです。
眠っているあいだに印をつける
ギャラップが1970年に科学誌『サイエンス』に発表した実験では、野生で生まれ、それまで鏡を見たことのない4頭の若いチンパンジーが対象になりました。
チンパンジーたちは、それぞれの部屋で大きな鏡と一緒に、合わせて80時間ほど過ごします。最初のうち、チンパンジーは鏡の中の姿に向かって威嚇したり、声を上げたりと、ほかのチンパンジーに会ったときのような反応を見せていました。ところが数日たつと、鏡を見ながら歯の間を掃除したり、ふだんは見えない体の部分を確かめたりと、自分の体に向けた行動をとるようになっていきます。
鏡を見て印に手を伸ばした
そこでギャラップは、チンパンジーに麻酔をかけて眠らせ、そのあいだに、眉の上の盛り上がった部分と、反対側の耳の上のほうに、においのない赤い色素で印をつけました。目を覚ましたチンパンジーには、印が直接は見えません。
目を覚ましたチンパンジーは、鏡がないあいだは印にほとんど触りませんでした。ところが鏡を戻すと、鏡を見ながら、自分の眉や耳の印のついた場所を何度も触ったのです。印を触った指のにおいをかぐような様子も見られたそうです。
一方で、同じ手順をアカゲザルなどのサルで試すと、印を触る行動は見られませんでした。サルたちは、長く鏡と過ごした後も、鏡の中の姿を別のサルとして扱い続けていたようです。
人間の赤ちゃんはいつ合格するか
同じような方法は、人間の赤ちゃんにも使われています。赤ちゃんの鼻にこっそり口紅などで印をつけてから鏡を見せ、自分の鼻を触るかどうかを見るもので、ルージュテストとも呼ばれます。
1972年に発表された研究では、生後20〜24か月の子どもの65%ほどが、鏡を見て自分の鼻の印を触っていて、その後の研究でも、1歳半ごろに半分ほどの子どもが合格し、2歳ごろまでに多くの子どもが合格するという結果が報告されています。ちょうど、写真の中の自分を指さしたり、自分の名前を言ったりし始める時期と重なっているのが興味深いところです。
合格した動物たち
その後、ミラーテストはさまざまな動物で試されてきました。
| 年 | 動物 | 結果 |
|---|---|---|
| 1970 | チンパンジー | 鏡を見て眉や耳の印を触った |
| 2001 | バンドウイルカ | 印のついた体の部分を鏡に映して長く見た |
| 2006 | アジアゾウ | 3頭のうち1頭が、鼻で頭の印を触った |
| 2008 | カササギ | 見える色の印だけを、足やくちばしで取ろうとした |
| 2019 | ホンソメワケベラ(魚) | 鏡を見た後、のどの印を砂や石にこすりつけた |
ゾウで合格したのは、アメリカのブロンクス動物園にいたハッピーという名前のメスでした。カササギの実験では、黒い羽に黒い印をつけた場合は反応せず、目立つ色の印をつけた場合だけ取ろうとしていて、印の見た目に反応していたことがよく分かる結果だと思います。
手のないイルカでどう確かめたか
手を持たないイルカでは、印を触るかどうかで確かめることができません。2001年にダイアナ・ライスとロリ・マリーノが、ニューヨーク水族館の2頭のオスのバンドウイルカで行った実験では、印をつけたイルカが、印のついた体の部分を鏡に向けて長く見つめるかどうかが調べられました。
研究者たちは、まず水だけを入れたペンでなぞる「印をつけるふり」を何度か行い、体に触られた感覚だけでは反応しないことを確かめたうえで、本物の黒いインクで体に印をつけました。すると2頭とも、鏡のところへすぐに泳いで行き、印のついた部分が見えるように体の向きを変えて、くり返し鏡をのぞき込んだと報告されています。
裁判にまでなったゾウのハッピー
ミラーテストに合格した最初のゾウとして知られるハッピーは、その後、思わぬ形で注目を集めることになります。動物の権利を求める団体が、ハッピーは自分を自分として認識できる知的な存在であり、動物園で不当に閉じ込められているとして、ハッピーを保護施設へ移すよう求める裁判を起こしました。
ミラーテストの結果は、この裁判で、ハッピーの知性を示す証拠の1つとして持ち出されました。しかし2022年、ニューヨーク州の最高裁判所にあたる裁判所は、ハッピーは法律上の「人」には当たらないとして、5対2で訴えを退けています。反対意見を書いた2人の裁判官は、動物であることだけを理由に権利を認めないのはおかしいと強く批判していて、鏡の実験が、法律の世界にまで議論を広げた例になりました。
大阪の研究チームが示した魚の結果
中でも大きな議論を呼んだのが、大阪市立大学の幸田正典教授たちによる、ホンソメワケベラという小さな魚の研究です。ホンソメワケベラは、ほかの魚の体についた寄生虫を食べて暮らす、いわゆる掃除魚です。
研究チームは、鏡に慣れさせたホンソメワケベラの、自分では見えないのどのあたりに、寄生虫に似た茶色い印をつけました。すると魚たちは、鏡で自分の姿を見た後に、のどを水槽の底にこすりつけて、印を取ろうとしたのです。透明な印をつけた場合や、鏡がない場合には、こうした行動は見られませんでした。
2019年に発表されたこの結果には、さまざまな反論が寄せられました。研究チームはその後、調べる魚の数を増やし、2022年には18匹中17匹が合格したと報告しています。さらに2023年には、鏡で自分の姿を覚えた魚が、自分の顔の写真と、ほかの魚の顔の写真を見分けたという研究も発表しました。ホンソメワケベラは、知らない魚の写真を見せられると、なわばりに入ってきた相手とみなして攻撃します。ところが、鏡で自分の姿を見て過ごした魚は、自分の写真には攻撃しませんでした。自分の顔とほかの魚の体を合成した写真にも攻撃しなかったことから、研究チームは、魚が体ではなく顔を手がかりに自分を見分けているのではないかと考えています。
ミラーテストで自己意識が測れるのか
ただ、ミラーテストにどれだけの意味があるのかについては、今も意見が分かれています。
ギャラップ自身は、ホンソメワケベラの結果について、寄生虫を取るのが仕事の魚が、鏡の中の別の魚の寄生虫に反応しただけかもしれないと疑問を示しました。一方で、テストに合格しなかったからといって、その動物に自己認識がないとは言えない、という批判もあります。たとえば、ゴリラは目を合わせることを避ける習性があるためか、合格しにくいことが知られていますし、犬のように、目よりも鼻で世界を知る動物には、鏡を使うテストそのものが向いていないとも考えられます。
実際、2017年には、犬が自分のにおいとほかの犬のにおいを区別し、自分のにおいが変えられていると、より長くかいで確かめたという、においを使った「におい版ミラーテスト」の研究も発表されました。動物行動学者のフランス・ドゥ・ヴァールは、自己認識はあるかないかの二択ではなく、段階的なものだと考えるべきだと述べています。正直、魚が合格したという結果は、鏡の自分が分かることを特別な知性の証とみなしてきた考え方そのものを揺さぶるもので、私はこのシリーズの中でもいちばん面白い議論の1つだと感じています。
ミラーテストについてよく出る疑問
犬や猫は鏡の自分が分かるのですか?
犬や猫は、ふつうのミラーテストには合格しないとされています。鏡の中の姿に吠えたり、しばらくすると興味を失ったりすることが多いようです。ただ、上で紹介したように、犬はにおいを使った方法では自分を区別しているような反応を見せていて、鏡のテストに合格しないことが、自分を分かっていないことを意味するとは限らないと考えられています。
鏡の自分が分かることは、何の役に立つのですか?
鏡の中の姿を自分だと分かるためには、自分の体がどう見えているかという像を頭の中に持っていて、それと鏡の像を照らし合わせる必要があります。こうした力は、他者の視点を想像したり、自分の行動を振り返ったりする力とも関係しているのではないか、と考えられてきました。ただ、どこまで関係しているのかは、まだはっきりとは分かっていないようです。
関連する実験と記事
動物の賢さを調べるときに、人の無意識の合図が結果を左右してしまう問題を示したのが、賢馬ハンスの話です。
自分と他人の心は違う、ということを子どもがいつ理解するのかを調べたのが、サリーとアンの課題です。
まとめ
本記事はミラーテストについて解説しました。如何だったでしょうか。
眠っているあいだに眉の上につけた赤い印を、目を覚ましたチンパンジーが鏡を見ながら触ったという1970年の実験は、言葉を持たない動物の「自分を分かっているか」を、目に見える行動で確かめたものでした。その後、合格する動物はイルカやゾウ、カササギ、そして小さな魚にまで広がっています。
ただ、合格すれば自己意識があり、不合格なら無い、と単純に言えるほど、このテストは万能ではありません。においで世界を知る犬には別の方法が必要だったように、どんな物差しで測るかによって、動物の心の見え方そのものが変わってくるのだと思います。
ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
こちらもよく読まれています
📚 シリーズ:有名な心理学実験(27/59)