当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「サリーとアンの課題」について解説します。
サリーとアンの課題は、2体の人形を使った短い劇を子どもに見せて、「サリーはビー玉をどこに探すでしょう?」と尋ねることで、他人が自分とは違う思い込みを持つことを理解しているかを調べる実験のことです。他人の心の中を推し量る力は「心の理論」と呼ばれていて、この課題は、その力を調べる誤信念課題の代表として世界中で使われてきました。
この課題が有名になったきっかけは、1985年にイギリスの心理学者サイモン・バロン=コーエン、アラン・レスリー、ウタ・フリスが発表した研究です。この研究では、自閉症の子どもの多くが、ほかの子どもたちなら答えられる質問に正しく答えられなかったことが報告され、自閉症の特徴を「心の理論」の問題として説明しようとする考え方が大きく広まりました。
一方で、この考え方にはその後、さまざまな異論も出されています。赤ちゃんでも他人の思い込みを理解しているという研究や、最近ではAIがこの課題を解いたという話まで登場していて、1つの短い人形劇が、心理学のいろいろな議論の中心に置かれ続けているのは、とても興味深いことだと思います。
人形劇の中身
課題の流れは、2体の人形を使った、次のような短い劇になっています。
サリーという名前の人形はかごを、アンという名前の人形は箱を持っています。サリーは自分のビー玉をかごの中に入れて、部屋から出て行きます。サリーがいないあいだに、アンはビー玉をかごから取り出して、自分の箱の中に移してしまいます。そして、サリーが部屋に戻ってきます。
ここで子どもに、「サリーはビー玉を探すとき、どこを探すでしょう?」と尋ねます。
正解はかごで、ビー玉が本当は箱の中にあることを見ていた子ども自身は知っていても、移されたところを見ていないサリーは、まだかごの中にあると思っているはずです。この問題に正しく答えるには、自分が知っていることと、サリーが思っていることを分けて考える必要があります。
確認のための質問も用意されていた
不正解だった理由が、単に話を覚えていなかったからではないことを確かめるため、研究者たちはほかにも2つの質問をしていました。「ビー玉は本当はどこにあるでしょう?」と「最初、ビー玉はどこにあったでしょう?」です。この2つに答えられていれば、話の流れはちゃんと理解していたことになります。
1985年の研究で分かったこと
この課題のもとになったのは、1983年にオーストリアの心理学者ハインツ・ヴィマーとヨーゼフ・ペルナーが行った研究でした。マキシという男の子が棚にしまったチョコレートを、留守のあいだに母親が別の場所に移してしまうという話を使い、幼い子どもがいつ頃から他人の誤った思い込みを理解できるようになるかを調べたものです。
バロン=コーエンたちは、これを人形劇の形にして、3つのグループの子どもたち合わせて61人に試しました。
| グループ | 人数 | 正解した割合 |
|---|---|---|
| 定型発達の子ども | 27人 | 85% |
| ダウン症の子ども | 14人 | 86% |
| 自閉症の子ども | 20人 | 20% |
自閉症の子どもたちは、平均すると、言葉の発達の程度を示す年齢がほかのグループより高く、確認のための2つの質問にはほぼ全員が正しく答えていました。それにもかかわらず、サリーがどこを探すかという質問では、20人中16人がビー玉が本当にある「箱」を指していたのです。
研究者たちは、知的な発達の遅れそのものでは説明できない、他人の心の中を推し量ることの難しさが、自閉症の子どもたちにあるのではないかと考えました。この研究は、自閉症の研究に大きな影響を与え、論文のタイトルにあった「自閉症の子どもは心の理論を持っているか」という問いは、その後長く議論されることになります。
4歳ごろに正解できるようになる
定型発達の子どもの場合、こうした誤信念課題に正解できるようになるのは、多くの研究でおおよそ4歳ごろだとされています。3歳くらいの子どもは、自分が知っている本当の場所、つまり箱のほうを答えてしまうことが多いようです。
2001年には、心理学者ヘンリー・ウェルマンたちが、178本の研究をまとめたメタ分析を発表しています。その結果、3歳から5歳にかけて正解できる子どもが増えていくという流れは、国や課題の細かいやり方が違ってもおおむね共通していて、この時期に、他人の思い込みについての理解が大きく育つと考えられるようになりました。
お菓子の箱から鉛筆が出てくる課題
誤信念を調べる方法は、人形劇だけではありません。よく使われるもう1つの方法に、1987年にペルナーたちが発表した「スマーティー課題」があります。スマーティーは、イギリスでよく知られたチョコレート菓子の名前です。
子どもにスマーティーの箱を見せて、中に何が入っていると思うかを尋ねると、子どもはもちろん「お菓子」と答えます。ところが、箱を開けてみると、中に入っていたのは鉛筆でした。箱を閉じてから、「この箱を見たことのない友だちは、中に何が入っていると思うかな」と尋ねると、3歳くらいの子どもの多くは「鉛筆」と答えてしまいます。後の研究では、「最初、中に何が入っていると思った?」と本人に尋ねる方法も使われ、こちらでも3歳の子どもは「鉛筆」と答えることが多かったと報告されています。
他人の思い込みだけでなく、ほんの少し前の自分の思い込みまで分からなくなるという結果は、3歳の子どもにとって、「本当のこと」と「誰かが思っていること」を分けて考えるのがいかに難しいかを示しているのだと思います。
赤ちゃんでも分かっているのか
ところが2005年、アメリカの心理学者クリスティン・オオニシとルネ・バイヤルジョンが、もっと早い時期から他人の思い込みを理解している可能性を示す研究を発表します。
この研究では、言葉で答えてもらう代わりに、生後15か月の赤ちゃんに、人がおもちゃを探す場面を見せ、どこを見つめる時間が長いかを測りました。赤ちゃんは、思っていたことと違うことが起きると、その場面を長く見つめる傾向があります。研究の結果、赤ちゃんは、おもちゃが移されたことを知らないはずの人が、正しい場所を探したときのほうを長く見つめたのです。赤ちゃんも、その人の思い込みに沿った行動を予想していたのではないか、と考えられました。
ただ、このような言葉を使わない方法の研究は、その後の追試でうまく再現されないことが相次いでいます。世界の60を超える研究室が協力したManyBabies 2という大規模な追試の計画も進められていて、赤ちゃんがどこまで他人の思い込みを理解しているのかについては、まだ決着がついていない状態です。
会話の経験が心の理論を育てる
心の理論がどのように育つのかを考えるうえで、よく取り上げられるのが、耳の聞こえない子どもたちの研究です。
1995年にオーストラリアの心理学者キャンディダ・ピーターソンとマイケル・シーガルは、手話を使う8歳から13歳の、生まれつき耳の聞こえない子ども26人に誤信念課題を試しました。その結果、65%の子どもが不正解で、ふつうなら4〜5歳で正解できる課題に、かなり年上になってもつまずいていたのです。
研究者たちは、耳の聞こえない子どもの多くは耳の聞こえる親のもとに生まれ、家族と手話で十分に会話できないまま育つため、「〜と思っている」「〜を知らない」といった心の状態について話す経験が少なくなることが原因ではないかと考えました。実際、耳の聞こえない親のもとで、生まれたときから手話で会話して育った子どもでは、こうした遅れはずっと小さいか、見られないという研究も報告されています。他人の心を推し量る力は、ひとりでに育つのではなく、日々の会話の中で育っていく部分も大きいようです。
自閉症についての見方の変化
1985年の研究から40年近くがたち、自閉症と心の理論の関係についての見方も変わってきました。
まず、自閉症の人の中にも、誤信念課題に正解する人は少なくありません。1985年の研究でも、自閉症の子どもの2割は正解していました。また、課題に正しく答えられても、目の動きを調べると、サリーがビー玉の場所を知らないことに気づいていないような見方をしていたという研究もあり、正解かどうかだけでは心の理論を測りきれないという指摘も出ています。
さらに、自閉症の人が他人の心を読み取りにくいというだけでなく、自閉症ではない人もまた、自閉症の人の心を読み取るのが苦手なのではないか、という「二重共感問題」と呼ばれる考え方も提案されています。理解のすれ違いを、片方だけの問題として扱うべきではない、という考え方です。
AIはサリーとアンの課題を解けるのか
最近では、この課題がAIの能力を測る物差しとしても使われるようになりました。2023年以降、大規模言語モデルが人間用に作られた誤信念課題の多くに正しく答えたという研究が発表され、AIに心の理論が芽生えたのではないか、と話題になりました。
一方で、課題の細かい部分を少し変えるだけで、AIが急に間違えるようになるという研究も発表されています。たとえば、入れ物が透明で中が見えるようになっている、といった変化を加えると、人間ならすぐ分かる問題でも間違えてしまうことがあったそうです。AIが本当に他人の思い込みを理解しているのか、それとも似た問題の答え方を覚えているだけなのかは、今も議論が続いています。私は、AIがこの課題を解けるかどうかよりも、人間の子どもが誰に教わるでもなく4歳ごろにこれを解けるようになることのほうが、ずっと不思議なことのように思えます。
サリーとアンの課題についてよく出る疑問
この課題に答えられないと、他人の気持ちが分からないということですか?
そうとは言えません。この課題で調べているのは、他人が自分とは違う「思い込み」を持っていることを理解できるかどうかで、他人の気持ちを思いやれるかどうかとは別のものです。また、言葉で答える課題なので、質問の意味を取り違えたり、答え方に慣れていなかったりして不正解になることもあります。1つの課題の結果だけで、その人の心の働き全体を決めつけることはできないと思います。
家で子どもに試してみてもいいのですか?
人形やぬいぐるみと、かごや箱があれば、家でも同じような劇を見せることはできます。3歳と5歳の子どもでは、答えが違うことが多いので、子どもの成長を感じるきっかけにはなるかもしれません。ただ、うまく答えられなかったとしても、それだけで発達に問題があるとは言えないので、あくまで遊びとして楽しむくらいがよいでしょう。
関連する実験と記事
動物や赤ちゃんが、鏡に映った姿を自分だと分かっているかを調べたのがミラーテストです。自分を自分として分かることは、他人の心を推し量る力の土台の1つと考えられてきました。
正しい答えを返すことと、本当に意味を理解していることは同じなのか、という問いは、思考実験の「中国語の部屋」でも扱っています。
まとめ
本記事はサリーとアンの課題について解説しました。如何だったでしょうか。
ビー玉が移されたことを知らないサリーは、かごを探すはず。この短い人形劇で、自分の知っていることと他人の思い込みを分けて考える力を調べられるようにしたことが、この課題の大きな功績でした。4歳ごろにこの力が育つという流れは、国を越えて確かめられています。
一方で、自閉症の子どもの多くが答えられなかったという1985年の結果をどう読むか、赤ちゃんはもっと早くから分かっているのか、AIが答えられたら心があると言えるのか、といった問いは、今も答えが出ていません。シンプルな課題だからこそ、そこから何を読み取るかは、研究者によってこれほど分かれるのだと思います。
ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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