当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「ピアジェの保存課題」について解説します。
ピアジェの保存課題は、スイスの心理学者ジャン・ピアジェが考えた、見た目の形や並び方が変わっても、量や数そのものは変わらないということ(保存)を、子どもが理解しているかを調べる課題のことです。同じ量の水を、細長いコップに移しただけで「こっちのほうが多い」と答えてしまう幼い子どもの姿は、子どもの考え方が大人とはまったく違う仕組みで動いていることを示す例として、とても有名になりました。
ピアジェは、子どもの考える力は、決まった順番の段階を踏んで育っていくと考え、保存の理解は、おおよそ7歳ごろからの具体的操作期に入ったしるしだとしました。この考え方は、20世紀の発達心理学や教育に大きな影響を与えています。
ところが1970年代になると、質問の仕方を少し変えるだけで、もっと幼い子どもでも正しく答えられるという研究が相次いで発表されました。子どもが間違えていたのは、本当に保存が分かっていなかったからなのか、それとも大人の質問の意図を読み違えていたからなのか。保存課題は、その問いをめぐって今も議論され続けています。
子どもの「間違い」に注目したピアジェ
ピアジェは1896年にスイスで生まれ、少年時代には貝の研究で論文を書いていたほどの生物学好きでした。その後、パリで子ども向けの知能検査の問題を作る仕事を手伝ったとき、ピアジェが興味を持ったのは、子どもが正解するかどうかではなく、同じくらいの年齢の子どもが、同じような間違い方をすることでした。
間違い方に決まった型があるなら、それは子どもの考え方そのものに、大人とは違う決まった仕組みがあるからではないか。そう考えたピアジェは、自分の3人の子どもの成長を細かく観察し、子どもとのやりとりを記録しながら、考える力が育っていく道筋を探っていきました。保存課題は、そうした研究の中から生まれたものです。
細長いコップに移した水
保存課題の中でもっともよく知られているのが、液体の量の課題です。
まず、同じ形のコップを2つ用意し、子どもの目の前で、同じ高さまで水を注ぎます。子どもに「どっちの水が多い? それとも同じ?」と尋ねると、子どもは「同じ」と答えます。次に、片方のコップの水を、子どもの見ている前で、細長くて背の高いコップに移し替えます。そして、もう一度同じ質問をします。
すると、4〜5歳くらいの子どもの多くは、「こっちのほうが多い」と、水面の高くなった細長いコップを指さします。水を足したり減らしたりするところは見ていないのに、見た目が変わると量まで変わったと考えてしまうようです。
これが7歳ごろになると、多くの子どもが「同じだよ、移しただけだから」と答えるようになります。
数・粘土・重さ・体積
ピアジェたちは、液体のほかにもさまざまな保存課題を考えています。
| 課題 | やること | 分かるようになるおおよその年齢 |
|---|---|---|
| 数 | 同じ数のおはじきを2列に並べ、片方の列の間隔を広げる | 6〜7歳ごろ |
| 量(物質) | 同じ大きさの粘土の玉の片方を、細長いソーセージの形に伸ばす | 7歳ごろ |
| 重さ | 粘土の形を変えても重さは同じかを尋ねる | 9歳ごろ |
| 体積 | 形を変えた粘土を水に沈めたとき、水面の上がり方は同じかを尋ねる | 11歳ごろ |
数の課題では、おはじきが同じ数ずつ並んでいることを確かめた後で、片方の列の間隔を広げると、幼い子どもは「長いほうが多い」と答えます。数えれば同じだと分かるはずなのに、列の長さという見た目に引っ張られてしまうようです。
面白いのは、同じ保存の考え方でも、数や量は早く分かるのに、重さや体積は何年も遅れて分かることでした。ピアジェはこれを、同じ段階の中でも、内容によって理解できる時期にずれがあるとして、水平的デカラージュと呼んでいます。
なぜ幼い子どもは間違えるのか
ピアジェは、7歳ごろまでの子どもが保存課題を間違えるのは、次のような考え方の特徴があるからだと説明しました。
まず、中心化です。幼い子どもは、水面の高さのように、目立つ1つの特徴だけに注意が集まり、コップが細くなったという別の特徴を同時に考えることができません。
次に、可逆性の欠如です。細長いコップの水を元のコップに戻せば同じ高さになる、というように、頭の中で変化を逆にたどることがまだできない、というものです。
7歳ごろを過ぎると、子どもは、何も足したり減らしたりしていないから同じ(同一性)、高くなった分だけ細くなっている(補償)、元に戻せば同じ(可逆性)といった理由を挙げて、保存を説明できるようになります。
質問の仕方を変えると正解が増えた
ところが1970年代に入ると、ピアジェの課題のやり方そのものに疑問が向けられるようになります。
1974年、スーザン・ローズとマリオン・ブランクは、子どもに同じ質問を2回することが問題なのではないかと考えました。大人が一度「同じ?」と聞き、見た目を変えてからもう一度同じことを聞けば、子どもは「さっきの答えは違っていたのかな」と受け取って、答えを変えてしまうかもしれません。実際に、見た目を変えた後で1回だけ質問するようにすると、6歳の子どもの正答がはっきり増えたと報告されています。
いたずらテディ
同じ1974年に、スコットランドの心理学者ジェームズ・マクガリーグルとマーガレット・ドナルドソンは、もっと印象的な実験を発表しました。4〜6歳の子ども80人に、2列に並べたおはじきの数が同じことを確かめてもらった後、「いたずらテディ」と呼ばれるクマのぬいぐるみを登場させ、テディが「いたずら」をして、片方の列をぐちゃぐちゃに広げてしまいます。
大人がわざと列を広げる元のやり方では、正しく「同じ」と答えた子どもは16%でしたが、テディがいたずらで広げた場合には、62%の子どもが「同じ」と答えました。大人がわざわざ見た目を変えれば、子どもは「何か変わったことを答えてほしいのだろう」と考えてしまうのに対し、偶然のいたずらなら、そうした深読みをしなくて済む、という説明です。
1979年には、ポール・ライトたちが、コップの縁が欠けていて危ないから、という自然な理由で、パスタの入れ物を別の形のものに移し替える実験も行っています。こちらでも、元のやり方では「同じ」と答えた4歳児が5%だったのに対し、欠けた入れ物の場合には70%が「同じ」と答えたそうです。
お菓子なら2歳でも分かる?
1967年には、ジャック・メレールとトーマス・ビーバーが、おはじきの代わりに粒チョコレートを並べ、子どもに好きなほうの列を取って食べてよいと伝える実験を発表しています。すると、2歳半から3歳ほどの子どもは、間隔が詰まっていても粒の多い列を選び、むしろ3歳から4歳半ほどの子どものほうが、長く見えるだけの列を選びやすかったそうです。食べられるお菓子という身近な場面では、もっと幼い子どもでも数の違いを見抜けることがある、というわけです。ピアジェの考えた年齢がどこまで当てはまるのかは、ここでも議論になりました。
それへの再反論
ただ、この話にはもう一段の続きがあります。1986年にクリス・ムーアとダグラス・フライが、いたずらテディの実験を、テディが実際におはじきを1つ足したり取ったりする場合にまで広げて試したところ、子どもたちは数が変わったときにも「同じ」と答えてしまうことが多かったのです。
つまり、テディの実験で正答が増えたのは、子どもが保存を理解していたからではなく、テディのいたずらに気を取られて、列の変化をよく見ていなかったからかもしれません。子どもが本当に何を分かっているのかを確かめるのは、質問の仕方ひとつでこれほど難しくなるのだと思います。
暮らしの経験でも変わる
保存の理解は、子どもが育つ環境によっても違ってきます。1969年にメキシコで行われた研究では、焼き物を作る家庭で育った子どもは、そうでない家庭の子どもに比べて、粘土の量の保存を早く理解していたと報告されています。数や液体、重さ、体積の課題では違いがなかったことから、毎日粘土に触れている経験が、その内容に限って理解を早めていたと考えられています。
ピアジェの保存課題についてよく出る疑問
家で子どもに試しても大丈夫ですか?
コップと水があれば、誰でも簡単に試すことができますし、子どもの考え方の面白さを知るきっかけにはなると思います。ただ、ここまで見てきたように、質問の仕方や、何回聞くかによって、答えはかなり変わります。うまく答えられなかったからといって、発達が遅れているとは限らないので、正解させようとするより、子どもがなぜそう考えたのかを聞いてみるほうが楽しめるのではないでしょうか。
ピアジェの段階説は、もう古いのですか?
子どもの考え方が、大人を小さくしたものではなく、独自の仕組みで動いているというピアジェの見方そのものは、今も発達心理学の土台になっています。一方で、子どもの力をピアジェが考えたより低く見積もっていた部分があることや、段階がきっちり区切られているわけではないことは、多くの研究で指摘されています。
関連する実験と記事
他人が自分とは違う思い込みを持つことを、子どもがいつ理解できるようになるかを調べたのが、サリーとアンの課題です。こちらも、言葉で答える課題と言葉を使わない方法で、結果が違ってくることが議論になっています。
赤ちゃんがいつから奥行きを見分けられるのかを調べた視覚的断崖の実験も、発達心理学の代表的な実験の1つです。
まとめ
本記事はピアジェの保存課題について解説しました。如何だったでしょうか。
細長いコップに移しただけで水が増えたと答える子どもの姿は、子どもは大人とは違う仕組みで世界を見ていることを示すものとして、ピアジェの発達段階の考え方とともに広く知られるようになりました。
一方で、同じ質問を2回しない、テディのいたずらにする、自然な理由で移し替える、といった工夫で正解が増えたことは、子どもが大人の質問の意図まで読み取ろうとしていることも示していました。私は、保存課題の一番面白いところは、子どもが間違えることそのものより、大人が子どもの考えを正しく聞き出すのがどれほど難しいかを教えてくれる点にあると感じています。
ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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