当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「ツァイガルニク効果」について解説します。
ツァイガルニク効果は、最後までやり終えた作業よりも、途中で止められた作業のほうが記憶に残りやすい、とされる現象のことです。1927年に、のちにソ連で活躍した心理学者ブルーマ・ツァイガルニクが、ベルリン大学で師のクルト・レヴィンのもとで行った実験から報告したもので、中断された作業はやり終えた作業のおよそ1.9倍よく思い出された、という結果で知られています。
連続ドラマが一番気になるところで「つづく」になるのも、勉強をきりの悪いところでやめると続きが気になるのも、この効果で説明されることが多いので、名前を聞いたことがある人も多いと思います。ビジネス書やマーケティングの本でも、「人は未完了のものを忘れられない」という話の根拠としてよく紹介されています。
ところが、2025年に発表された大規模なメタ分析では、中断された作業のほうがよく記憶に残るという差は、全体としてはほとんど見られなかったと報告されました。代わりにはっきり確かめられたのは、中断された作業を「もう一度やりたくなる」という、似ているけれど別の現象のほうでした。
給仕は支払いが済むと注文を忘れた
この研究のきっかけとしてよく語られるのが、レヴィンが気づいたというある給仕の話です。レヴィンが訪れたある店で、給仕はまだ支払いの済んでいないテーブルの注文を細かく覚えているのに、支払いが済んだとたん、その注文の中身をほとんど思い出せなくなっていた、という観察だったと伝えられています。
レヴィンは、人が何かをしようと意図すると、それが達成されるまで心の中に一種の「緊張」のような状態が残り続け、達成されるとその緊張が解消される、という考え方を持っていました。もしそうなら、途中で止められた作業は緊張が残っているぶん、記憶にもよく残るのではないか。この問いを実験で確かめたのが、当時レヴィンのもとで学んでいたツァイガルニクです。
ツァイガルニクは1900年に今のリトアニアにあたる地域で生まれ、ベルリン大学で学んで1927年に博士号を取りました。この実験はその博士論文の中心になったもので、同じ年に学術誌に「完了した行為と未完了の行為の保持について」という題で発表されています。
半分の作業を途中で止める
実験の参加者は、学生や教師、子どもなど、1人ずつ行った実験だけで164人にのぼりました。参加者は「これからいくつか作業を出すので、できるだけ速く正確にやってください」と言われ、18個から22個の短い作業を1つずつこなしていきます。
作業は、厚紙で箱を作る、粘土で形を作るといった手を使うものと、パズルや計算のような頭を使うもので、どれも3分から5分ほどで終わるものでした。ただし、そのうち半分は、参加者が取り組んでいる途中で実験者が「では次に移りましょう」と止めてしまいます。どの作業を止めるかは参加者ごとに入れ替えてあり、作業そのものの面白さが結果に影響しないようになっていました。
すべての作業が終わったところで、実験者は机の上の道具を片づけてから、「この実験で取り組んだ作業を思い出してください」と尋ねます。参加者は、まさか自分の記憶が調べられているとは思っていませんでした。
中断された作業は1.9倍思い出された
最初の32人の結果では、中断された作業はやり終えた作業に比べて、平均でおよそ1.9倍よく思い出されました。32人のうち26人が、中断された作業のほうを多く思い出していたそうです。ただ、個人差はかなり大きく、中断された作業を6倍近く多く思い出した人がいる一方で、逆にやり終えた作業のほうをよく覚えていた人もいました。
思い出す順番にも違いがあり、最初に口にされる作業は、中断された作業であることがやり終えた作業の3倍ほど多かったと報告されています。別の作業を使った15人での実験でもほぼ同じ結果が出ていて、教室で大人47人や子ども45人に一斉に行った実験でも、中断された作業のほうがよく思い出されました。
効果が消えた条件
ツァイガルニクの論文が面白いのは、効果がはっきり出た条件だけでなく、効果が弱まったり消えたりした条件も細かく報告している点です。
負けず嫌いな人では強く出た
作業中に「どうしてこんなこともできないんだ」と口にするような、うまくやりたいという気持ちの強い参加者では、中断された作業の記憶の優位が、平均の90%に対して175%と、とりわけ大きくなっていました。作業そのものに入り込んだ人ほど、止められたときの「やり残し感」が強く残る、と考えれば納得のいく結果だと思います。
作業を前もって知らせると差が消えた
一方で、その時間に取り組む作業を最初にすべて知らせておいた8人では、中断された作業とやり終えた作業の記憶の差はほとんどありませんでした(比率は0.97)。ツァイガルニクは、作業が1つのまとまったものとして見えてしまうと、それぞれの作業に別々の「緊張」が生まれにくくなるのだと説明しています。
疲れていると逆になった
疲れた状態で作業をした人たちでは、むしろやり終えた作業のほうがよく思い出されるという逆の結果になりました(比率は0.61)。疲れていると心の状態がゆるんでいて、途中で止められた作業の緊張を保っていられないのだろう、というのがツァイガルニクの見立てです。
さらに、先生に言われて仕方なく実験に来た高校生たちのように、自分は状況にやらされているだけだと感じている人では、効果そのものが現れなかったとも書かれています。こうした条件を並べてみると、ツァイガルニク効果は最初から「いつでもどこでも起きる法則」として報告されたわけではなく、かなり条件に左右されるものだったことが分かると思います。
「再開したくなる」オフシャンキナ効果
ツァイガルニクの論文の翌年、同じレヴィンのもとで学んでいたマリア・オフシャンキナが、関連する研究を発表しています。こちらが調べたのは、記憶ではなく行動のほうでした。
オフシャンキナは、作業を途中で止められた参加者が、その後に自由に過ごしてよい時間を与えられたとき、止められた作業に自分から戻ってやり直すかどうかを観察しました。結果として、多くの参加者が、誰にも頼まれていないのに中断された作業に戻っていったと報告されています。
途中で止められたものを「覚えている」のがツァイガルニク効果で、途中で止められたものを「もう一度やりたくなる」のがオフシャンキナ効果です。どちらもレヴィンの「達成されていない意図は緊張として残る」という考え方から出てきたもので、長いあいだセットのように語られてきました。
2025年のメタ分析で分かったこと
ツァイガルニク効果は、その後の数十年で何度も追試されてきましたが、結果はまちまちでした。中断された作業のほうがよく思い出されたという研究がある一方で、まったく差が出なかった研究や、逆にやり終えた作業のほうがよく思い出された研究も報告されています。
この混乱に一つの答えを出そうとしたのが、2025年にスイスのベルン大学の研究者ギベッリーニとマイヤーが発表したメタ分析です。彼らは1,455本の文献を調べ、条件を満たした研究をまとめて分析しました。
その結果、ツァイガルニク自身の1927年のデータを除くと、中断された作業とやり終えた作業の思い出されやすさの比は0.99で、差はほとんど見られなかったのです。一方で、中断された作業に戻りたくなるオフシャンキナ効果のほうは、作業を再開した割合がおよそ67%と、偶然の50%をはっきり上回っていて、全体として確かな傾向として確かめられました。
研究者たちは、「再開したくなる」という傾向は一般的に見られるが、「よく覚えている」という効果には普遍的な妥当性がないと結論づけています。つまり、日常で「やりかけのことが気になる」と感じる経験そのものは確かにあるとしても、それが記憶の差として現れるかどうかは、ツァイガルニク自身が細かく報告していたとおり、条件しだいなのだと考えられます。
正直、ツァイガルニク効果は「未完了のものは記憶に残る」という分かりやすい形で広まりすぎたのかもしれません。元の論文を読むと、ツァイガルニク本人がむしろ効果の条件をかなり慎重に書いていたことが分かるので、少し皮肉な経過だと私は思っています。
計画を立てると頭から離れる
ツァイガルニク効果に関連して、もう1つよく紹介されるのが、2011年にアメリカの心理学者E・J・マシカンポとロイ・バウマイスターが発表した研究です。
この研究では、やり残している目標を思い浮かべた参加者は、関係のない文章を読んでいるときにもその目標のことが頭に浮かびやすく、別の課題の成績も下がりました。ところが、その目標をいつ、どうやって片づけるかという具体的な計画を書き出してもらうと、こうした影響がなくなったと報告されています。
やり残しが気になって集中できないときは、すぐに片づけられなくても、計画だけ立てておくと気持ちが楽になる、という経験とよく合う結果です。ただし、この研究はその後大規模に追試されたわけではないので、これだけで確かなことと言い切るのは少し早いかもしれません。
ツァイガルニク効果についてよく出る疑問
ドラマの「つづく」はツァイガルニク効果なのですか?
一番いいところで話を止めて次回が気になるようにする手法は、よくツァイガルニク効果の例として挙げられます。ただ、2025年のメタ分析を踏まえると、こうした場面で働いているのは「内容をよく覚えている」ことよりも、「続きを見たくなる」というオフシャンキナ効果に近い働きだと考えるほうが、今の研究とは合っていると思います。
勉強はきりの悪いところでやめたほうがいいのですか?
きりの悪いところでやめると、次に再開したくなる気持ちが強まる可能性はありますが、それで内容がよく記憶に残るかどうかは、今の研究からははっきりしたことは言えません。ツァイガルニクの実験でも、疲れているときには逆に、やり終えたことのほうがよく思い出されていました。続きに取りかかりやすくする工夫として試してみる、くらいに考えておくのがちょうどいいのではないかと思います。
関連する実験と記事
記憶がどれくらいの速さで失われていくのかを、自分自身を実験台にして調べたのが、エビングハウスの忘却曲線の研究です。
考えないようにしているものほど頭から離れなくなる、という現象を確かめたのが、シロクマ実験です。やりかけのことが気になる感覚とあわせて読むと面白いと思います。
まとめ
本記事はツァイガルニク効果について解説しました。如何だったでしょうか。
途中で止められた作業はやり終えた作業のおよそ1.9倍よく思い出された、という1927年の結果は、「人は未完了のものを忘れられない」という分かりやすい教訓とともに、100年近く語り継がれてきました。ただ、元の論文を読むと、作業を前もって知らせると差が消え、疲れていると逆になるなど、効果はかなり条件に左右されるものとして報告されていました。
そして2025年のメタ分析では、記憶の差は全体としてほとんど見られず、確かめられたのは「再開したくなる」傾向のほうだったと結論づけられています。やりかけのことが気になるという感覚そのものは多くの人が経験していると思いますが、それを「よく覚えている」と言い換えるのは少し違ったのかもしれません。
ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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