当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「シロクマ実験」について解説します。
シロクマ実験は、1987年にアメリカの心理学者ダニエル・ウェグナーたちが、参加者に「これから5分間、シロクマのことを考えないでください」と頼み、それでも頭に浮かんでしまうたびにベルを鳴らしてもらった実験です。考えないようにしようとした後には、かえってシロクマのことを考える回数が増える「反動」が報告され、ウェグナーはこの結果をもとに、何かを考えないようにする努力そのものがその考えを呼び込んでしまう、とする「皮肉過程理論」を打ち出しました。
嫌な出来事を忘れようとするほど思い出してしまう、眠ろうと意識するほど目がさえてしまう、ダイエット中に甘いものを考えないようにするほど食べたくなる、といった経験は、多くの人にあると思います。シロクマ実験は、こうした日常の感覚に実験の裏付けを与えたものとして、とても有名になりました。
ただ、その後の研究をまとめた分析では、反動の効果はもともと小さく、発表されなかった研究の偏りを補正すると、はっきりしなくなるという指摘も出てきています。
ドストエフスキーの一節から始まった
ウェグナーがこの研究を思いついたきっかけは、ロシアの作家ドストエフスキーが1863年に書いた旅行記『冬に記す夏の印象』の中の、次のような一節だったと言われています。
「シロクマのことを考えないようにしてみるといい。そうすれば、あのいまいましいものが、1分ごとに頭に浮かんでくるのが分かるだろう」
ウェグナーは、この言葉が本当なのかを実験で確かめてみることにしました。何かを「考えない」ということは、目に見える行動ではないので、そのままでは測ることができません。そこで彼が考えたのが、頭に浮かんだことを口に出し続けてもらい、シロクマが浮かんだらベルを鳴らしてもらう、という方法でした。
ベルを鳴らしながら考えないようにする
1987年に発表された実験には、34人の大学生が参加しました。参加者は1人ずつ部屋に入り、頭に浮かぶことを5分間、思いつくままに声に出して話し続けるよう頼まれます。
参加者は2つのグループに分けられました。1つ目のグループは、最初の5分間は「シロクマのことを考えないでください。もし浮かんだらベルを鳴らしてください」と言われ、続く5分間では逆に「シロクマのことを考えてください」と言われます。2つ目のグループは、その順番を逆にして、最初にシロクマのことを考え、その後で考えないようにしました。
考えないようにしても浮かんでくる
まず、考えないようにと言われていた時間にも、参加者は平均すると1分に1回ほどベルを鳴らしていました。ドストエフスキーの言うとおり、考えないようにしようとしても、シロクマはなかなか頭から消えてくれなかったわけです。
抑えた後に反動が来た
さらに興味深かったのは、その後の時間です。最初に考えないようにしていたグループは、続いて「考えてください」と言われたとき、最初から考えていたグループよりも、シロクマのことをより多く考えていたのです。一度抑え込んだ考えが、抑えるのをやめたとたんに勢いを増して戻ってくる。ウェグナーはこれを「反動効果」と呼びました。
赤いフォルクスワーゲンを考えると反動が消えた
ウェグナーたちは、反動を防ぐ方法も調べています。シロクマのことを考えないようにする時間に、代わりに赤いフォルクスワーゲンのことを考えてくださいと、気をそらす先をあらかじめ1つ決めておいたところ、その後の反動は見られなくなりました。
何も考えないようにしようとするのではなく、代わりに考える別の何かを決めておくほうがうまくいく、というこの結果は、後の研究でもよく引用されています。
監視する仕組みが考えを呼び込む
ウェグナーは1994年に、この現象を説明する皮肉過程理論を発表しました。何かを考えないようにしているとき、頭の中では2つの働きが同時に動いている、という考え方です。
| 働き | 役割 |
|---|---|
| 実行する働き | 考えたくないこと以外のことに、意識的に注意を向けようとする |
| 監視する働き | 考えたくないことが頭に浮かんでいないか、自動的に見張り続ける |
ふだんは、この2つが協力して、考えたくないことを遠ざけてくれます。ところが、疲れていたり、ほかのことで頭がいっぱいだったりして実行する働きが弱まると、監視する働きだけが動き続けることになります。監視する働きは、考えたくないことを探し続けているので、結果としてその考えを頭に呼び込んでしまう、というのがウェグナーの説明です。
この理論は、眠ろうとするほど眠れない、緊張しないようにするほど緊張してしまう、といった現象にも当てはめられ、不安や強迫的な考えに悩む人の治療を考えるうえでも、考えを無理に抑え込むより受け入れるほうがよいという考え方の根拠の1つになっていきました。
早く眠ろうとすると寝つけなくなった
ウェグナーたちは1996年に、この理論を眠りで確かめた実験も発表しています。ふだん寝つきに問題のない参加者に、できるだけ早く眠ってくださいと頼むグループと、眠くなったら眠ればいいと伝えるグループを作り、さらに眠るときに流す音楽を、眠りを誘うゆったりした音楽か、ジョン・フィリップ・スーザのにぎやかな行進曲かで分けたものです。
ゆったりした音楽のもとでは、早く眠ろうとした人のほうが、実際に早く眠れていました。ところが、行進曲が流れていて頭に負荷がかかっている状態では、早く眠ろうとした人のほうが、かえって寝つくまでに時間がかかったと報告されています。余裕があるときには思いどおりに働く努力が、余裕がなくなると逆の結果を生むという、皮肉過程理論の予想に沿った結果だったと言えるでしょう。
反動の効果はどれくらい確かなのか
シロクマ実験はその後、数多くの研究で追試されてきましたが、結果はかなりばらついていました。
2001年に心理学者のジョナサン・アブラモウィッツたちが、28本の研究をまとめて分析したところ、考えないようにしている最中に考えが増えるという効果ははっきりせず、抑えた後の反動については、小さいから中くらいの大きさの効果が見られたと報告されています。
2020年には、ワンたちが31本の研究をまとめた別のメタ分析を発表しています。こちらでは、反動の効果は認められたものの、その大きさは小さいものでした。また、考えないようにしている最中に考えが増える効果は、ほかの作業で頭に負荷がかかっているときにだけ見られたそうです。ウェグナーの理論が予想したとおり、余裕がなくなったときに皮肉な結果が出やすい、ということになります。
偏りを補正すると目立たなくなった
ところが、このメタ分析には、もう1つ重要な指摘が含まれていました。効果が見られた研究ほど発表されやすいという出版の偏りを補正すると、反動の効果は統計的にはっきりしなくなったのです。
2025年に発表された総説では、個々の研究の中で反動が逆向きの結果になっていたものが、2つのメタ分析でそれぞれ18%から46%もあったことも紹介されています。こうした点を踏まえて、この総説は、考えを抑えることは、状況や人によってはむしろうまく働く場合もあると結論づけています。
記憶を抑える練習の実験
シロクマ実験とは逆向きの結果を示したとして注目されたのが、2001年にアメリカのオレゴン大学のマイケル・アンダーソンとコリン・グリーンが、科学誌『ネイチャー』に発表した実験です。
参加者はまず、「試練とゴキブリ」のような、意味のつながりのない2つの単語の組を40組覚えました。その後、画面に組の片方の単語が4秒ずつ表示され、ある単語のときには相手の単語を思い出して言うように、別の単語のときには相手の単語を少しも頭に浮かべないようにと指示されます。この練習を単語ごとに0回から16回まで繰り返したあとで、すべての組をもう一度思い出してもらうと、浮かべないようにしていた単語は、練習に一度も出てこなかった単語より思い出しにくくなっていて、抑えた回数が多いほど、思い出しにくさも大きくなっていたそうです。
ただ、この結果も、すんなり再現されてきたわけではありません。2023年には、150人を対象に、手順を事前に登録したうえでオンラインで行われた追試が発表され、抑えた単語が思い出しにくくなる効果は、ほとんど見られませんでした。一方で、120本の研究をまとめた最近のメタ分析では、効果は小さいながら一貫して見られたという結論も出ていて、評価はまだ割れているようです。
正直、「考えないようにすると必ず逆効果になる」という分かりやすい話も、反対に「意識して抑えれば忘れられる」という話も、今の研究から見ると少し言い過ぎなのかもしれません。
シロクマ実験についてよく出る疑問
嫌な考えはどうやって追い払えばいいのですか?
シロクマ実験からよく引き出される助言は、何も考えないようにしようとするのではなく、代わりに考える別のことを決めておく、というものです。赤いフォルクスワーゲンの実験は、その考え方の出発点になりました。ただし、考えを抑えること自体が必ず逆効果になるわけではない、という最近の研究もあるので、自分にとって楽な方法を探すくらいの気持ちで受け止めておくのがよいと思います。つらい考えが続いて生活に支障が出ている場合には、専門家に相談することも選択肢になります。
ウェグナーはほかにどんな研究をしたのですか?
ウェグナーはその後ハーバード大学の教授になり、人が「自分の意志で行動している」と感じる感覚がどのように生まれるのか、という研究でも知られています。自分が決めて手を動かしたという感覚は、実際に行動を引き起こした原因とは別に、後から作られることがある、という考え方を示した著書は大きな議論を呼びました。ウェグナーは2013年に亡くなっています。
関連する実験と記事
やりかけの作業が頭から離れないことを調べたのが、ツァイガルニク効果の実験です。こちらも、有名な結論が最近のメタ分析で見直されています。
自動的に頭に浮かんでしまう情報を抑えるのに、脳が頑張っている様子を示したのがストループ効果です。
まとめ
本記事はシロクマ実験について解説しました。如何だったでしょうか。
シロクマのことを考えないようにしても1分に1回ほど浮かんでしまい、抑えるのをやめた後にはかえって多く考えてしまうという結果は、「考えないようにする努力が、その考えを呼び込んでしまう」という分かりやすい教訓とともに広く知られるようになりました。代わりに考えるものを決めておくと反動が消えた、という結果も、今でもよく紹介されています。
ただ、その後の研究をまとめると、反動の効果はもともと小さく、出版の偏りを補正するとはっきりしなくなることが分かってきました。「考えないようにすると必ず逆効果になる」と言い切るより、考えを抑えることがうまくいく場面もいかない場面もある、と受け止めるほうが、今の理解に近いのかなと私は思っています。
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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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