当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「プラセボ効果」について解説します。
プラセボ効果は、薬としての成分を含まない偽薬(プラセボ)を飲んだだけでも、効くと思うことによって症状が良くなる現象のことです。「プラセボ」という言葉はラテン語で「私は喜ばせるだろう」という意味で、新しい薬の効果を確かめる臨床試験では、偽薬を飲んだグループと比べることが欠かせない手順になっています。
「偽薬でも3人に1人には効く」という話を聞いたことがある人も多いと思います。この数字のもとになったのは、1955年にアメリカの医師ヘンリー・ビーチャーが発表した論文でした。ところが、その後の研究では、この「35%」には、偽薬とは関係なく自然に良くなった分まで含まれていたという指摘が出ています。
では、プラセボ効果は思われていたほど強くないのでしょうか。一方で、偽の手術が本物の手術と同じくらい効いたり、偽薬だと正直に伝えても効いたりといった、驚くような研究も報告されています。偽薬は本当に効くのか、それとも効いたように見えていただけなのかは、どの研究が何と比べていたのかを見ると、かなりはっきりしてくると思います。
「偽薬は35%に効く」という論文
1955年、アメリカの麻酔科医ヘンリー・ビーチャーは、医学誌に「強力なプラセボ」という題の論文を発表しました。彼は、さまざまな病気を対象にした15の臨床試験を調べ、偽薬を与えられた1,082人の患者のうち、平均で35%が偽薬だけで十分に症状が和らいだと報告しています。
この論文は大きな影響を与え、「プラセボ効果はおよそ3分の1の人に現れる」という話は、医学の教科書にも広く載るようになったと言われています。新しい薬が本当に効くのかを確かめるには、偽薬を飲んだグループと比べる必要がある、という考え方が広まったのも、こうした研究がきっかけの1つだったようです。
自然に治った分まで数えていた
ところが1997年、ドイツの研究者グンファー・キーンレとヘルムート・キーネが、ビーチャーの論文に使われたもとのデータを調べ直し、厳しい批判を発表しました。
ビーチャーが「偽薬で良くなった」と数えた患者の中には、偽薬を飲まなくても自然に良くなっていたはずの人が多く含まれていた、というのです。病気の多くは時間がたてば自然に回復しますし、症状にはもともと波があることが多いです。たまたま症状が重いときに試験に参加した人は、何もしなくても次に測るときには少し良くなっていることが多く、これは「平均への回帰」と呼ばれています。
偽薬を飲んだグループの改善を見ただけでは、それが偽薬のおかげなのか、自然な回復や平均への回帰なのかを区別できません。区別するには、偽薬を飲んだグループと、何もしなかったグループを比べる必要があります。ビーチャーの論文には、この比較がなかったとされています。
偽薬と「何もしない」を比べると
そこで、2001年にデンマークの研究者アスビョルン・フローブヤルトソンとピーター・ゲッチェが、偽薬を与えたグループと何もしなかったグループの両方を含む臨床試験を集め、プラセボそのものの効果を調べました。対象になったのは114本の試験で、40種類の病気や症状にわたっていました。
その結果、血液検査の数値のような客観的に測る結果や、治ったか治らなかったかのような結果では、偽薬と何もしない場合のあいだにはっきりした差は見られませんでした。差が見られたのは、患者が自分で答える痛みなどの主観的な症状で、それも小さな効果だったと報告されています。
2010年には、試験の数を234本、患者の数を1万6千人あまりに増やした分析が発表され、結論はプラセボには一般的に大きな臨床的効果は見られないというものでした。ただし、痛みや吐き気のように患者自身が感じて答える症状については、プラセボが影響を与えることがある、ともまとめられています。
つまり、偽薬で病気そのものが治るわけではなく、痛みや不快感の感じ方が少し和らぐことがある、というのが今の理解に近いと思います。
偽の手術でも同じくらい良くなった
それでも、プラセボ効果の大きさを感じさせる研究はいくつもあるようです。よく知られているのが、2002年にアメリカで発表された、膝の関節の手術についての試験です。
この試験では、膝の変形性関節症の患者180人を、関節の中を掃除する本物の手術を受けるグループと、皮膚を切るだけで中には何もしない偽の手術を受けるグループに無作為に分けました。患者には、自分がどちらの手術を受けたのか知らされていません。
2年間の追跡のあいだ、本物の手術を受けたグループが、偽の手術を受けたグループより痛みや膝の動きが良かった時期は一度もありませんでした。どちらのグループも同じくらい良くなっていました。この結果は、手術の効果だと思われていたものの多くが、実は手術を受けたという経験や期待によるものだった可能性を示していて、この手術のあり方を見直すきっかけになったと言われています。
偽薬だと知らせても効いた
プラセボ効果には、本人が「本物の薬だ」と信じていることが必要だと考えている研究者が多かったようです。ところが2010年、ハーバード大学のテッド・カプチャックたちが、その常識を揺るがす試験を発表しています。
この試験では、過敏性腸症候群の患者80人を2つのグループに分け、一方には、「これは薬の成分を含まない偽薬です」とはっきり伝えたうえで、1日2回飲むよう渡しました。もう一方は、偽薬を受け取らず、医師との面談の時間などはそろえてあります。
3週間後、症状が十分に和らいだと答えた人は、偽薬を飲んだグループで59%、何も飲まなかったグループで35%と、偽薬だと分かっているのに、飲んだグループのほうがはっきり良くなっていました。この「オープンラベル・プラセボ」はその後も研究が続いていますが、参加者の少ない研究が多く、どれくらい確かな効果なのかはまだ確かめている段階のようです。
値段が高い偽薬ほど効いた
偽薬の効き方は、見た目や値段にも左右されるようです。2008年に行動経済学者ダン・アリエリーたちが発表した実験では、82人の参加者に軽い電気刺激を与え、新しい鎮痛剤だと説明した偽薬を飲んでもらいました。
参加者の半分には、その薬が1錠2ドル50セントだと伝え、もう半分には10セントに値下げされたと伝えます。中身はどちらも同じ偽薬です。その結果、痛みが和らいだと答えた人は、高い薬だと聞かされたグループで85%、安い薬だと聞かされたグループで61%でした。同じ偽薬でも、値段が高いと聞くだけで効き目が大きく感じられたということでしょう。
思い込みで悪くなる「ノセボ効果」
プラセボ効果とは逆に、悪いことが起きると思うことで、実際に体調が悪くなる現象もあります。これは「ノセボ効果」と呼ばれていて、ラテン語で「私は害するだろう」という意味です。
ノセボ効果をはっきり示したのが、2020年にイギリスで発表されたSAMSONと呼ばれる試験です。対象は、コレステロールを下げる薬(スタチン)を飲むと筋肉の痛みなどの副作用が出ると訴えて、薬をやめてしまっていた60人の患者でした。
患者には、本物のスタチンが入った瓶、見た目のそっくりな偽薬の瓶、空の瓶を4本ずつ渡し、1か月ごとにどの瓶を使うかを無作為に決めて、毎日の症状をスマートフォンで記録してもらいました。症状の強さを月ごとに比べると、何も飲まなかった月が平均8.0だったのに対し、偽薬を飲んだ月は15.4、本物のスタチンを飲んだ月は16.3で、本物の薬で感じた症状の約9割が、偽薬でも同じように出ていたのです。この結果を知った患者のうち半数の30人は、スタチンを飲むことを再開しました。
プラセボ効果についてよく出る疑問
偽薬を治療に使ってもいいのですか?
患者をだまして偽薬を飲ませることは、医療の倫理の上で大きな問題があるとされています。そのため、オープンラベル・プラセボのように、偽薬だと正直に伝えたうえで使う方法が研究されています。ただし、プラセボで良くなるのは主に痛みなどの主観的な症状で、病気そのものを治すわけではないので、必要な治療を偽薬に置き換えることは考えられていません。
薬の効果のうち、どれくらいがプラセボ効果なのですか?
病気や症状によって大きく違います。たとえば抗うつ薬については、2008年に心理学者アーヴィング・カーシュが、効果の8割ほどは偽薬でも同じように見られるという分析を発表して大きな議論を呼びましたが、この解釈には反論も多く出ています。臨床試験で偽薬のグループとの差が確かめられた薬は、その差の分だけ、薬そのものの効果があると考えられています。
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先生が「伸びる」と信じた生徒は本当に伸びるのか、という期待の効果を調べたのがピグマリオン効果の実験です。
偶然の良い結果を、何かのおかげだと思い込んでしまう心理は、平均への回帰を扱った認知バイアスの記事でも詳しく扱っています。
まとめ
本記事はプラセボ効果について解説しました。如何だったでしょうか。
「偽薬は3人に1人に効く」という有名な話は、もとの論文が自然に良くなった分や平均への回帰を差し引いていなかったもので、偽薬と何もしない場合を比べた研究では、プラセボの効果は痛みなどの主観的な症状に限られた、小さなものでした。
それでも、偽の手術が本物と同じくらい効いた試験や、偽薬だと知らせても症状が和らいだ試験、値段で効き目が変わった実験、そして副作用の9割が偽薬でも出ていたノセボ効果を見ると、人が症状をどう感じるかに、期待や思い込みが深く関わっていることは確かだと思います。「偽薬で病気が治る」でも「プラセボ効果は幻」でもなく、その中間のどこかに本当の姿があるのだと私は考えています。
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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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