当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「エビングハウスの忘却曲線」について解説します。
エビングハウスの忘却曲線は、ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが1880年ごろ、自分自身を被験者にして、覚えたものがどれくらいの速さで失われていくのかを測った研究から生まれた、時間と記憶の関係を表す曲線のことです。覚えた直後に大きく落ち込み、その後はゆるやかに下がっていく形をしていて、1885年に出版された『記憶について』という本で発表されました。
勉強法や資格試験の本では、「人は1日たつと74%を忘れる、だから復習が大事だ」という形で紹介されていることが多いと思います。ところが、エビングハウスが測っていたのは、実は「どれだけ覚えているか」ではなく、「学び直すときにどれだけ楽になったか」という別のものでした。数字の意味を取り違えたまま、話だけが広まってしまったようです。
エビングハウスがどんな方法で記憶を測ったのかを知ると、忘却曲線の数字が本当は何を意味していたのか、そして130年後の追試や勉強に生かせる発見まで、すっきり理解できるようになると思います。
意味のないつづりを自分で覚えた
エビングハウスは1850年にドイツのバルメン(今のヴッパータール)で生まれた心理学者ですが、彼が研究を始めたころの心理学では、記憶のような心の高度な働きは、実験で測ることはできないと考えられていました。エビングハウスはそれに挑み、記憶を数字で測る方法を一人で作り上げていったと言われています。
ただ、記憶を測るには大きな問題がありました。普通の言葉や文章を覚えようとすると、もともと知っている言葉かどうか、意味が面白いかどうかで、覚えやすさが大きく変わってしまうはずです。そこでエビングハウスが考え出したのが、「無意味つづり」でした。
無意味つづりは、「WID」「ZOF」のように、子音・母音・子音を組み合わせた、意味を持たない3文字のつづりです。エビングハウスはこうしたつづりを2,300個ほど作り、その中から選んだ13個を1列に並べたものを覚える材料にしました。
覚え方にも決まりがありました。1分間に150拍という一定の速さで(はじめはメトロノーム、すぐに気が散りにくい懐中時計のカチカチという音に切り替えたそうです)つづりを声に出して読み、何も見ずに2回続けて間違えずに言えるようになるまで繰り返します。そこまでにかかった時間や回数が、そのリストを覚えるのにかかった手間になります。被験者はエビングハウス本人ただ一人で、彼は何年にもわたって、自分で自分の記憶を測り続けました。
「節約率」で記憶を測る
エビングハウスの方法でもっとも工夫されていたのが、記憶の測り方です。一度覚えたリストを、しばらく時間を置いてからもう一度覚え直すと、たとえ何も思い出せなくなっていても、最初よりは早く覚えられます。エビングハウスは、この覚え直すのにかかる手間が、最初と比べてどれだけ少なくて済んだかを記憶の量として扱いました。
たとえば、最初に覚えるのに10分かかったリストを、1日後に覚え直したら約6分半で済んだとすると、手間が約34%節約されたことになります。この割合は「節約率」と呼ばれています。
この方法の良いところは、本人がもう思い出せないくらい弱くなった記憶でも、覚え直しが楽になるという形で測ることができる点です。思い出せるかどうかだけでは見落としてしまう記憶の名残まで拾えるので、節約法は今でも、記憶の量を測るとても感度の高い方法だとされています。
曲線の数字が意味していること
エビングハウスは、覚えてから覚え直すまでの時間を変えて、節約率がどう変わるかを調べました。結果は次のようなものでした。
| 覚えてからの時間 | 節約率 |
|---|---|
| 20分後 | 58.2% |
| 1時間後 | 44.2% |
| 9時間後 | 35.8% |
| 1日後 | 33.7% |
| 2日後 | 27.8% |
| 6日後 | 25.4% |
| 31日後 | 21.1% |
覚えてすぐの1時間ほどで節約率が大きく下がり、その後は日がたつにつれてゆるやかに下がっていく、という形が見て取れると思います。これをグラフにしたものが、いわゆる忘却曲線です。
「1日で74%忘れる」はどこから来たのか
ここで注意したいのは、この表の数字はどれも「覚え直しがどれだけ楽になったか」であって、「どれだけ覚えているか」ではないという点です。1日後の33.7%は、「1日後にリストの33.7%を思い出せた」という意味ではなく、「1日後に覚え直したら、最初より33.7%少ない手間で済んだ」という意味になります。
ところが、日本の勉強法の本やウェブ記事では、この数字を100から引いて「1時間後には56%を忘れる」「1日後には74%を忘れる」のように紹介しているものをよく見かけます。100から節約率を引いた値は「忘れた割合」ではありませんし、そもそも1日後の節約率は33.7%なので、100から引いても66%ほどにしかなりません。74%という数字は、6日後の25.4%を100から引いた値に近く、意味の取り違えに加えて、時間の取り違えまで重なって広まったのではないかと思われます。
正直、忘却曲線ほど「名前は有名なのに、元の数字の意味が知られていない」研究はなかなか無いのではないでしょうか。とは言っても、覚えた直後に記憶が大きく失われ、その後はゆるやかになる、という曲線の形そのものは、ほかの方法で測った研究でもおおむね確かめられています。
130年後のやり直し
エビングハウスの実験は被験者が本人一人だけだったので、本当に信頼できるのかという疑問は当然出てくると思います。そこで2015年、オランダのアムステルダム大学の心理学者ヤープ・ムーレと、当時22歳だった共著者のヨエリ・ドロスが、エビングハウスの手順をできるだけ忠実に再現した追試の結果を発表しました。
この追試では、ドロス自身が被験者となり、およそ70時間をかけて、13個のつづりを並べた列でできたリストを70本覚えては覚え直していきました。覚え直すまでの時間も、エビングハウスと同じく20分後から31日後までの間隔で設定されています。
結果として、得られた忘却曲線は、130年前のエビングハウスのものとよく似た形になりました。被験者一人の実験とはいえ、エビングハウスの結果が偶然ではなかったことが確かめられたと言えるでしょう。
1日後に曲線が少し持ち上がる
この追試では、もう1つ面白いことが見つかっています。忘却曲線は時間とともになめらかに下がっていくはずなのに、1日後の時点で、節約率が少し持ち上がるような形が見られたのです。エビングハウスの元のデータでも、9時間後の35.8%から1日後の33.7%にかけて、ほとんど下がっていないことが分かると思います。
ムーレとドロスは、この理由として睡眠を挙げています。覚えた後に一晩眠ると、そのあいだに記憶が整理されて定着し、忘れる速さが一部打ち消されるのではないか、という考え方です。睡眠が記憶の定着を助けることは、その後の多くの研究でも確かめられてきていて、忘却曲線の小さなでこぼこが、その手がかりになっていたのかもしれません。
間隔を空けた復習の効果
エビングハウスの研究から生まれた発見は、忘却曲線だけではありません。彼は本の終わりのほうで、覚え方による効率の違いについても書いています。
12個のつづりのリストについて、ある日に覚え直す前の準備として、前日に一気に68回繰り返した場合と、その前の3日間に分けて合わせて38回繰り返した場合とで、分けて繰り返したほうが、ずっと少ない回数で同じくらいの効果があったと報告しています。
同じ回数なら一度にまとめてやるより、間隔を空けて分けたほうが記憶に残りやすいという現象は、今では「分散効果」や「間隔効果」と呼ばれ、心理学の中でもとりわけよく確かめられている現象の1つです。単語帳アプリなどで使われている、忘れかけたころに復習の問題を出す仕組みも、この考え方を土台にしているものが多いです。
エビングハウスの忘却曲線についてよく出る疑問
意味のある内容でも同じように忘れるのですか?
エビングハウスがわざわざ意味のないつづりを使ったのは、意味のある内容だと覚えやすさが大きく変わってしまうからでした。実際、意味のある文章や、すでに知っていることと結びつけて覚えた内容は、無意味つづりよりずっと忘れにくいとされています。忘却曲線の具体的な数字は、あくまで無意味つづりを機械的に覚えた場合のもので、勉強した内容がそのとおりに失われていくわけではない、という点は知っておいたほうがいいと思います。
エビングハウスの名前が付いた錯視もあるのですか?
あります。同じ大きさの円でも、周りを大きな円で囲むと小さく見え、小さな円で囲むと大きく見えるという錯視は、「エビングハウス錯視」と呼ばれています。エビングハウスは記憶の研究だけでなく、知覚や知能の研究でも業績を残していて、心理学の教科書を書いたことでも知られています。
関連する実験と記事
途中で止められた作業のほうがよく記憶に残るのかを調べたのが、ツァイガルニク効果の実験です。こちらも、有名な数字の中身を確かめると、話がかなり変わってくると思います。
自分の記憶がどれだけ当てにならないかを、目撃証言の実験で示したのがロフタスの研究です。
まとめ
本記事はエビングハウスの忘却曲線について解説しました。如何だったでしょうか。
エビングハウスは、意味のないつづりを使い、自分一人を被験者にして、覚えたものが時間とともにどう失われていくかを測りました。忘却曲線の数字は「覚えている割合」ではなく「覚え直しが楽になった割合」で、よく見かける「1日で74%忘れる」という説明は、この意味の取り違えから生まれたものではないかと思います。
一方で、覚えた直後に記憶が大きく失われ、その後はゆるやかになるという曲線の形は、130年後の追試でもよく再現されていて、間隔を空けて繰り返すほうが効率よく覚えられるという発見も、今の勉強法の土台になっています。数字の意味を正しく知ったうえで読むと、エビングハウスの研究はむしろ今のほうが役に立つのかなと私は思っています。
ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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