当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「ミルグラム実験」について解説します。
ミルグラム実験は、白衣を着た実験者に「続けてください」と言われたとき、普通の人が見知らぬ他人に電気ショックをどこまで与え続けるのかを確かめた、1961年にイェール大学で始まった心理学実験です。ナチスの戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判と同じ年に行われたことから「アイヒマン実験」とも呼ばれていて、権威への服従を扱った研究としてはおそらく世界で一番有名なものだと思います。
結果だけはかなり知られていて、参加者の6割以上が最大の450ボルトまでスイッチを押したという数字は教科書にもよく載っています。ただ、この数字がどんな手順から出てきたのか、条件を少し変えると何が起きたのか、そして近年になって残された録音や記録を調べ直した研究者が何を見つけたのかまで知っている人は、意外と少ないのではないでしょうか。
本記事では実験の手順と結果を順番に整理したうえで、60年以上たった今もこの実験の結論がどこまで通用しているのかを、追試や再検証の話も交えて紹介していきます。
イェール大学の地下で行われた「記憶の実験」
実験を考えたのは、当時イェール大学で助教授をしていた社会心理学者のスタンレー・ミルグラムです。彼はソロモン・アッシュのもとで同調の研究を手伝っていた経歴があり、アッシュの実験で使われた線の長さのような些細な判断ではなく、もっと人の良心に関わる行動で同じことが起きるのかを確かめたいと考えていたようです。
参加者は新聞広告と郵便で集められ、謝礼は4ドル50セント(当時としてはそれなりの額です)でした。応募してきたのはニューヘイブン周辺に住む20歳から50歳の男性で、郵便局員や教師、セールスマン、工場で働く人など職業はばらばらにしてあり、心理学に詳しい学生ばかりが集まらないように配慮されていました。
参加者には、この研究は「罰が学習にどう影響するかを調べる記憶の実験」だと説明されます。部屋にはもう1人の参加者がいて、くじ引きで「先生役」と「生徒役」を決めるのですが、このくじには仕掛けがあり、本物の参加者は必ず先生役になるようになっていました(もう1人は47歳の会計士を演じたサクラで、どちらのくじにも「先生」と書いてあったとされています)。
生徒役は隣の部屋で椅子に縛りつけられ、手首に電極を付けられます。先生役は単語の組み合わせを読み上げ、生徒役が答えを間違えるたびに、目の前の装置のスイッチを押して電気ショックを与えるよう指示されます。
30個のスイッチと4つの促し
装置には15ボルトから450ボルトまで、15ボルト刻みで30個のスイッチが並んでいて、それぞれに「軽いショック」から「危険:激しいショック」までの表示があり、最後の2つには「XXX」としか書かれていませんでした。参加者は始める前に45ボルトのショックを自分で一度だけ受けていて、装置が本物だと信じやすいようになっていました。
もちろん実際には電気は流れておらず、生徒役のサクラは決められた台本どおりに間違え、決められた電圧で反応していました。1963年に発表された最初の論文の条件では、生徒役の声は先生役に聞こえず、300ボルトに達したところで隣の部屋から壁を叩く音がして、315ボルトを越えるとそれっきり答えも物音もしなくなります。
参加者がためらったときに実験者が言う言葉も、あらかじめ決められていました。
①「続けてください」 ②「実験のために、あなたが続けることが必要です」 ③「あなたが続けることが絶対に必要です」 ④「ほかに選択肢はありません。続けなければなりません」
この4つを順に言っても参加者が拒んだ場合、そこで実験は打ち切られます。生徒役が答えなくなったときは「無回答は間違いとして扱い、次の電圧に進んでください」とも指示されていて、参加者からすると、黙り込んだ相手にさらに強いショックを与えるよう言われ続ける形になっていました。
事前の予想は「1000人に1人」だった
ミルグラムは実験の前に、手順を説明したうえで結果を予想してもらう調査もしています。イェール大学で心理学を専攻する4年生14人に、100人の参加者のうち何人が最後の450ボルトまで押すと思うかを尋ねると、答えは0人から3人で、平均は1.2人でした。
精神科医39人に尋ねた別の調査でも、大半の人は150ボルト(生徒役がはっきりやめたいと言い出すあたり)で止まり、最後まで押すのは1000人に1人くらいの、病的な人だけだろうという予想が出ています。
ところが実際の結果は、40人のうち26人(65%)が450ボルトまでスイッチを押し続けたというものでした。300ボルトより前にやめた人は1人もおらず、壁を叩く音がした300ボルトの時点で5人が拒否したのが最初の離脱です。
ここで大事なのは、最後まで押した人たちが平然としていたわけではない、という点だと私は思っています。論文には、汗をかき、震え、唇を噛み、爪を手のひらに食い込ませ、神経質な笑いが止まらなくなる参加者の様子が細かく書かれていて、発作のような状態になったため実験を中断した例まであります。つまり多くの人は、やりたくてやっていたのではなく、嫌だと感じながらも指示に逆らえなかったという状態だったわけです。
条件を変えると服従率はどう動いたか
ミルグラムはこの最初の実験のあと、1962年までに条件を少しずつ変えた変種を20以上行い、のべ700人以上が参加しています。こちらの結果を並べてみると、何が服従を強め、何が弱めるのかがかなりはっきり見えてきます。
| 条件 | 450ボルトまで押した割合 |
|---|---|
| 生徒役が別室で壁を叩く(最初の論文) | 約65% |
| 生徒役が同じ部屋にいる | 約40% |
| 生徒役の手を電極に押し当てさせる | 約30% |
| 実験者が電話で指示する | 約2割 |
| イェール大学ではなく、町の雑居ビルの事務所で行う | 約48% |
| 女性の参加者 | 約65% |
| 先生役が3人いて、2人(サクラ)が途中で反抗する | 約10% |
| 自分はスイッチを押さず、別の人が押すのを手伝うだけ | 約93% |
被害者との距離が近くなるほど、また実験者との距離が遠くなるほど服従は弱まり、反抗する仲間が2人いるだけで、最後まで押す人は1割まで落ちたというのは、個人的にこの研究の中で一番希望の持てる数字だと思います。
逆に、自分は直接手を下さず補助の作業をするだけの条件では、9割以上の人が最後まで手伝っています。役割が分かれて責任が薄まると人は止まりにくくなるという結果で、こちらは組織の中で起きる不正を考えるときにもよく引き合いに出されています。
ちなみに、イェール大学の名前を外して古びた事務所で行った条件でも半数近くが最後まで押していて、大学の権威だけで説明できる話ではなかったことも分かります。
アイヒマン裁判と「悪の凡庸さ」
実験が始まった1961年の夏は、ユダヤ人の大量移送を指揮したアドルフ・アイヒマンの裁判がエルサレムで開かれていた時期でした。裁判を傍聴した哲学者ハンナ・アーレントは、アイヒマンが怪物のような人物ではなく、命令に従って書類を処理するだけの平凡な役人に見えたことを書き、それを「悪の凡庸さ」と呼んでいます。
ミルグラムの実験はこの議論と結びつけて語られることが多く、彼自身も1974年の著書『服従の心理』で、人は権威の指示のもとに入ると、自分を行為の主体ではなく「他人の意志を実行する道具」とみなす状態に移る、という説明を出しています。彼はこれを代理状態と呼び、責任が自分ではなく指示した側にあると感じるので、良心の痛みを感じながらも止まらなくなるのだと考えていました。
とは言っても、実験室で1時間ほどのあいだに起きたことと、何年も続いた組織的な虐殺を同じ仕組みで説明してよいのかについては、当時から反論があります。アイヒマン自身についても、その後の研究では「ただ命令に従っただけの役人」ではなく、積極的に職務を広げていった人物だったという見方が強くなっているので、両者をそのまま重ねるのは少し乱暴なのかもしれません。
残された記録を調べ直して分かったこと
ミルグラム実験の評価が大きく揺れ始めたのは、2010年代に入ってからです。イェール大学には実験の録音テープや参加者のアンケート、ミルグラムのメモがまとめて保管されていて、オーストラリアの心理学者ジーナ・ペリーがこれを何年もかけて聞き直し、2012年に本にまとめました。
そこで指摘されたことの1つは、実験者が決められた4つの促しの台本から外れて、もっと強く何度も説得していた場面があることです。条件によっては参加者が何度も拒否しているのに言い方を変えて続けさせていて、論文から受ける印象よりも「押された」結果だった可能性があります。
もう1つは、参加者の多くが本当に電気が流れていると信じていたのか、という点です。ミルグラム自身が実験後に行ったアンケートでも、相手が強い痛みを受けていると完全に信じていた人は半数ほどで、残りは「たぶん本物」から「本物ではないと思った」までばらついていました。疑っていた人ほど最後まで押しやすかったのだとすると、65%という数字の意味は少し変わってきます。
さらに、参加者の一部には実験が終わったあとすぐに種明かしがされず、自分が人を傷つけたかもしれないと思ったまま何か月も過ごした人がいたことも、記録から分かっています。
「命令」には従わなかったという読み直し
録音の分析からは、もう1つ面白い傾向も見つかっています。4つの促しのうち、最後の「ほかに選択肢はありません。続けなければなりません」だけははっきりした命令の形をしているのですが、この言葉を言われた参加者は、ほぼ全員がそこでやめていたという分析があります。
人を動かしていたのが命令そのものではなく、「科学のために必要だ」という説明への納得だったのだとすると、この実験は「人は権威に盲目的に従う」ことを示したというより、「人は正しい目的のためだと信じたとき、ひどいことにも手を貸してしまう」ことを示した、と読むほうが近いのかもしれません。イギリスの心理学者アレクサンダー・ハスラムとスティーブン・ライカーは、こうした読み方を「関与した追従」という言葉で整理していて、近年はこちらの解釈を取る研究者も増えているようです。
今の時代にやり直すとどうなるか
ミルグラム実験は倫理的な問題が大きく、同じ手順のままでは今は実施できません。それでも何度か、条件を緩めた形での追試が行われています。
2009年にアメリカのサンタクララ大学で心理学者ジェリー・バーガーが行った追試では、生徒役がはっきりやめたいと言い出す150ボルトの時点で実験を打ち切るようにして、そこを越えて続けようとした人の割合を調べています。結果は約70%で、ミルグラムの同じ時点での割合(約83%)より少し低いものの、統計的には大きな差がないとされました。
2017年にはポーランドで、最大150ボルト相当の10段階のボタンを使った追試が行われ、参加者の9割が最後のボタンまで押したと報告されています。生徒役が女性のときは押すのをやめる人が少し増えた、という結果もありました。
国ごとの比較では、アメリカで行われた追試の平均がおよそ61%、それ以外の国の平均がおよそ66%というまとめもあり、少なくとも「ある時代のアメリカ人だけの話」ではなさそうだと考えられています。
実験そのものが問われた倫理の問題
ミルグラム実験は、結果と同じくらい「こんな実験をしてよかったのか」という点でも議論を呼びました。1964年には心理学者ダイアナ・バウムリンドが、参加者に強いストレスを与え、自分が人を傷つけうる人間だと知らせてしまったことを厳しく批判しています。
ミルグラムは、追跡調査で参加者の84%が「参加してよかった」と答え、「後悔している」は約1%だったことを挙げて反論していますが、先ほどの種明かしの遅れも含めて、今の基準ではまず通らない実験だと思います。
アメリカで人を対象にした研究に倫理審査を義務づける仕組みが整ったのは1970年代のことで、そのきっかけは医学研究での問題が中心ですが、ミルグラム実験やスタンフォード監獄実験も、心理学の側で同じ議論を進める材料になりました。正直、こうした実験が二度とできないからこそ、残された記録の読み直しが今も続いているのだと思います。
ミルグラム実験についてよく出る疑問
生徒役が誰だったのかは分かっているのですか?
生徒役を演じたのはジェームズ・マクドノーというアイルランド系の会計士で、温厚で好感の持てる人物として選ばれていました。白衣の実験者を演じたのは高校の生物教師のジョン・ウィリアムズで、こちらは無表情でやや冷たい印象を与える人物として起用されています。2人とも俳優ではなく、ミルグラムが役に合う人を探して頼んだ一般の人でした。
押さなかった人はどんな人たちだったのですか?
最後まで拒んだ人の中には、戦時中にナチスの支配下で育った女性や、旧約聖書の教師などがいて、「自分の判断で止める」ことに迷いがなかったと記録されています。ただ、性格テストなどで服従する人と拒む人をはっきり見分けられる特徴は見つかっておらず、ミルグラム自身も「どんな人が従うのか」より「どんな状況が人を従わせるのか」に関心を寄せていました。
関連する実験と記事
服従の実験と並んでよく語られるのが、10年後にスタンフォード大学で行われた監獄実験と、ミルグラムの師にあたるアッシュの同調実験です。どちらも本シリーズで取り上げています。
人が周りの判断に引きずられる傾向そのものに興味がある人は、認知バイアスの記事も参考になると思います。
まとめ
本記事はミルグラム実験について解説しました。如何だったでしょうか。
専門家が「1000人に1人」と予想したところで、実際には6割以上の人が最後のスイッチまで押したという結果は、60年たった今でも十分に衝撃的だと思います。一方で、記録の読み直しによって、実験者が台本以上に説得していたことや、参加者の多くが装置を疑っていたことも分かってきていて、「人は命令されれば何でもする」という単純な話ではなかったというのが、今の時点での一番正確な理解なのかなと考えています。
個人的には、反抗する仲間が2人いるだけで最後まで押す人が1割まで減ったという結果のほうを、もう少し広く知られてほしいと思っています。誰か1人が先に「やめます」と言うことの重さは、実験室の外でもそれほど変わらないのかもしれません。
ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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