当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「アッシュの同調実験」について解説します。
アッシュの同調実験は、1950年代にアメリカの心理学者ソロモン・アッシュが行った、周りの人たちが全員そろって明らかに間違った答えを言ったとき、人がその答えに合わせてしまうかどうかを確かめた実験です。問題は「3本の線のうち、見本と同じ長さはどれか」という、1人で答えればほぼ誰も間違えないものだったのに、周りに合わせて間違えた答えが全体の3分の1を超えたことで、同調圧力の強さを示す実験として広く知られるようになりました。
会議で何となく反対意見を言いそびれたり、みんなが笑っているので一緒に笑ったりといった経験は、多かれ少なかれ誰にでもあると思います。アッシュの実験は、そうした日常の感覚を、意見ではなく目で見て分かる事実の問題に置き換えて測ってみたところに面白さがあります。
一方で、この実験は「人は簡単に周りに流される」ことを示したものとして紹介されることが多いのですが、アッシュ本人の関心はむしろ逆の方向にありました。その違いが分かるように、本記事では条件を変えた結果や、時代や国を変えた追試まで含めて、実験の中身を細かく追いかけてみます。
見本と同じ長さの線を選ぶだけの課題
アッシュはアメリカのスワースモア大学で教えていた心理学者で、ナチス・ドイツのプロパガンダがなぜあれほど多くの人を動かせたのか、という問題に強い関心を持っていたと言われています。実験の結果は1951年に最初の論文が出て、1955年の一般向けの解説や1956年の詳しい報告で広く知られるようになりました。
実験に参加したのは男子大学生で、7人から9人ほどのグループで机を囲み、「視覚の判断についての実験」だと説明されます。課題は、1本の見本の線と、長さの違う3本の比較線が描かれたカードを見て、見本と同じ長さの線を番号で答えるだけというものでした。
ただし、このグループの中で本物の参加者は1人だけで、残りは全員がアッシュに頼まれたサクラでした。答えは座っている順に1人ずつ声に出して言う決まりになっていて、本物の参加者は最後か最後から2番目に答える席に座らされていました。つまり、自分の番が来る前に、ほかの全員の答えを聞かされることになります。
カードは全部で18回出され、そのうち12回では、サクラ全員が示し合わせて同じ間違った線を答えることになっていました。最初の2回はサクラも正しい答えを言うので、参加者は特に何も疑わずに実験に入っていき、3回目あたりで突然、全員がそろって明らかに違う線を選ぶ場面に出くわすわけです。
1人で答えればほぼ誰も間違えない問題
この実験で大事なのは、問題そのものが本当に簡単だったという点です。同じカードを使って、周りに誰もいない状態で1人ずつ答えを書いてもらった対照群では、間違える割合は1%にも届きませんでした。
線の長さの差は、多くの問題でかなりはっきりしていて、目の錯覚や見間違いで説明できるようなものではありません。それでも周りが全員そろって違う答えを言うと、何が起きるのか、というのがこの実験の中心の問いでした。
誤答37%という数字の中身
1956年の報告によると、123人の参加者がサクラの誤答に直面した場面のうち、36.8%で参加者も同じ間違った答えを言いました。1人ならほぼ間違えない問題で、3回に1回以上は周りに合わせたことになります。
ただ、この数字は人によって大きくばらついていました。12回の場面で一度も周りに合わせなかった人が全体の4分の1ほどいた一方で、一度は合わせた人はおよそ4分の3にのぼり、ほとんどすべての場面で合わせ続けた人もわずかながらいたそうです。
ここで少し視点を変えると、全体の答えのおよそ3分の2は、周りがどれだけそろっていても正しいままだったということにもなります。アッシュ自身はむしろこちらの側を重く見ていて、論文の中でも、人が多数派に抵抗して自分の見たものを言い続けられることのほうを強調していました。教科書で「3割が流された」と紹介されがちなのは、少し残念な受け取られ方なのかもしれません。
合わせた人たちは何を考えていたのか
実験の後、アッシュは参加者一人ひとりに丁寧な聞き取りをしています。そこで分かったのは、同じように周りに合わせた人たちの中にも、心の中で起きていたことにはいくつかの種類があった、ということでした。
ごく少数ですが、本当に周りの答えのとおりに見えていたと話した人がいました。もっと多かったのは、自分の目にはそう見えないけれど、全員がそう言うのだから自分のほうが何か勘違いしているのだろうと判断を切り替えた人たちです。そしてもう1つは、自分が正しいと分かっていながら、場から浮くのが嫌で口では合わせた、という人たちでした。
一方、最後まで合わせなかった人たちの中にも、自信満々で平然としていた人もいれば、強い緊張と疑いを抱えながら答え続けた人もいました。周りに合わせなかった人が楽だったわけではない、という点は見落とされがちですが、私はこの実験を読むたびに一番引っかかるところです。
人数と味方1人で同調はどう変わったか
アッシュはその後、条件を少しずつ変えた実験も行っています。この結果は、同調がどういうときに強まり、どういうときに崩れるのかを考えるうえで、元の実験以上に面白いものになっています。
| 条件 | 周りに合わせた答えの割合 |
|---|---|
| 間違えるサクラが1人だけ | 約4% |
| 間違えるサクラが2人 | 約14% |
| 間違えるサクラが3人 | 約32% |
| サクラが4人以上(15人まで) | 3割台でほぼ横ばい |
| 正しい答えを言う味方が1人いる | 約5% |
| 味方が途中で多数派に寝返る | 約29% |
まず、多数派の人数については、1人や2人ではほとんど影響がなく、3人になったところで一気に強まり、そこから先は人数を増やしてもあまり変わらないという結果でした。「3人そろうと流れができる」というのは、日常の感覚とも合っている気がします。
それ以上に効いていたのが、全員一致が崩れるかどうかです。サクラの中に1人だけ正しい答えを言う味方を入れておくと、同調は約5%まで落ちました。しかも、味方の答えが正解ではなく、多数派とは別の間違いだった場合でも同調は大きく下がっていて、大事なのは「正しい人がいること」より「全員一致ではないこと」のほうだったようです。
逆に、最初は味方だった人が途中から多数派の答えに乗り換えると、同調は元の水準近くまで戻ってしまいました。1人の味方の存在がどれだけ大きいかを示す結果で、ミルグラムの服従実験で「反抗する仲間が2人いると服従が大きく減った」という結果ともよく似ています。
答えを声に出さず、紙に書いて提出するだけにした条件でも、周りに合わせる割合ははっきり下がっていました。人前で自分だけ違う答えを言う、という状況そのものが圧力になっていたことが分かります。
時代と国を変えたやり直し
アッシュの実験はその後、世界中で何度も追試されています。1996年にイギリスの心理学者ロッド・ボンドとピーター・スミスは、17か国で行われた133の研究をまとめて分析し、いくつかの傾向を示しました。
1つは、アメリカでは1950年代から時代が下るにつれて、同調の程度が少しずつ下がっていたことです。もう1つは、個人より集団の調和を重んじる文化の国のほうが、同調の程度が高い傾向にあったことでした。ただ、どの時代のどの国でも同調がゼロになることはなく、程度の差はあっても、同じ現象そのものはかなり安定して再現されていると言っていいと思います。
1980年にイギリスで行われた追試では、工学や理系の学部で学ぶ学生を対象にしたところ、396回の場面で周りに合わせたのはたった1回だけ、という結果が出て、「アッシュの実験は1950年代のアメリカという時代の産物だったのではないか」と話題になりました。ただ、同じ研究者が保護観察中の若者を参加者にし、保護観察官をサクラにした条件では、同調がはっきり戻っています。誰が多数派なのかによって、圧力の強さは大きく変わるということなのでしょう。
日本で行われた追試
日本でもいくつかの追試があります。1970年に日本の大学生を対象に行われた研究では、同調の割合は元の実験より低めで、面白いことに、多数派が正しい答えを言っているのに、わざと違う答えを選ぶ「反同調」とでも言うべき反応がかなりの割合で見られたと報告されています。サクラが知らない人たちだったので、仲間内の調和を気にする必要がなかったのではないか、と解釈されていました。
2010年には、特殊な偏光メガネを使って、サクラを使わずに「周りの人には本当に違う長さに見えている」状況を作った研究も行われています。この研究では、女性の参加者では元の実験に近い同調が見られた一方で、男性ではほとんど見られなかったという結果で、日本人だから同調しやすい、といった単純な話ではないようです。
脳の中で起きていること
2005年には、アメリカの研究者グレゴリー・バーンズらが、図形を頭の中で回転させる課題を使ってアッシュ型の状況を作り、脳の活動を測る研究を発表しています。
結果として、周りに合わせて間違えたときには、判断や意思決定に関わる前頭部よりも、見え方そのものに関わる脳の後ろの領域の活動が変化していたと報告されました。一方で、周りに逆らって正しい答えを言ったときには、不安や恐れに関わる扁桃体の活動が高まっていたそうです。
研究の規模は小さく、この結果だけで「同調すると本当に見え方が変わる」とまで言い切るのは早いと思いますが、アッシュの聞き取りで「本当にそう見えた」と話した人たちがいたこととは、どこかでつながっているのかもしれません。
アッシュの同調実験についてよく出る疑問
参加者はサクラの存在に気づかなかったのですか?
聞き取りでは、途中で何かおかしいと感じた人は少なくなかったものの、全員が示し合わせたサクラだと見抜いた人はほとんどいなかったと報告されています。当時はこうした仕掛けを使う心理学実験がまだ一般に知られていなかったことも大きかったようで、今の大学生に同じことをやると、もっと早く疑われるのではないかと思います。
同調は悪いことなのでしょうか?
周りの判断を参考にすること自体は、自分に情報が足りないときにはむしろ合理的な行動です。知らない土地で行列ができている店を選ぶのも、ある意味では同調の一種でしょう。アッシュの実験が問題にしたのは、自分の目ではっきり分かることについてまで、周りに合わせて口に出す答えを変えてしまう場面のほうで、同調そのものが悪いという話ではありません。
関連する実験と記事
アッシュのもとで研究を手伝っていたスタンレー・ミルグラムは、この実験をもとに、より重い行動での服従を確かめる実験を考えました。
周りが多くを選んでいるものに引っぱられる心理は、認知バイアスの記事でも扱っています。誰も望んでいないのに全員が賛成してしまうパラドックスも、同調の話としてよく似ています。
まとめ
本記事はアッシュの同調実験について解説しました。如何だったでしょうか。
1人で答えればほぼ誰も間違えない線の長さの問題で、周りが全員そろって間違えると答えの3分の1以上がそちらに流れたという結果は、同調圧力の強さを示すものとして今でも十分に説得力があると思います。一方で、全体の3分の2の答えは正しいままで、4分の1の人は一度も流されなかったことも、同じくらい大事な結果です。
条件を変えた実験からは、全員一致が1人でも崩れると同調は大きく下がることが分かっていて、私はこの実験から持ち帰るなら、こちらの結果のほうなのかなと考えています。会議で最初に1人が違う意見を言うことの意味は、思っている以上に大きいと思います。
ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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