心理学実験

ユニバース25(ネズミの楽園)とは|エサも水も無限の楽園で、マウスの社会が滅んだ実験

ユニバース25(ネズミの楽園)とは|エサも水も無限の楽園で、マウスの社会が滅んだ実験

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「ユニバース25」について解説します。

ユニバース25は、アメリカの動物行動学者ジョン・カルフーンが1968年から行った、エサと水と巣が十分にあり、天敵も病気もない囲いの中でマウスを自由に繁殖させ、その社会がどうなるのかを観察した実験です。「ネズミの楽園」とも呼ばれていて、最初の8匹から2200匹まで増えたマウスの社会がやがて崩れ、子どもが生まれなくなって絶滅へ向かったという結末から、人口過密や現代社会のたとえとして今もよく持ち出されています。

インターネット上では、「この実験は人類の未来を予言している」といった少し刺激的な紹介も多く見かけます。ただ、実際の論文を読んでみると、実験の作りにはいくつか大きな偏りがあり、カルフーン自身の解釈も、よく言われる「狭すぎて滅んだ」という話とは少し違っていました。

本記事では、ユニバース25の囲いの作りと、マウスの社会が4つの段階を経て崩れていった経過を紹介したうえで、この実験から何が言えて、何が言えないのかを整理していきます。

8匹から始まった「楽園」

カルフーンは、アメリカ国立精神衛生研究所に所属していた研究者で、1940年代からネズミの集団を長期間観察する研究を続けていました。1950年代の終わりには、メリーランド州の納屋に作った囲いでドブネズミを増やす実験を行い、過密になった集団で異常な行動が広がる様子を、1962年に「行動の沈下」という言葉で発表しています。

ユニバース25は、その研究の延長として作られた25番目の「宇宙」でした。囲いは一辺が約2.6メートルの正方形で、高さ約1.4メートルの壁に囲まれていて、壁には金網でできた縦の通路が16本取り付けられています。それぞれの通路は4つの巣箱につながっていて、巣箱は全部で256個、1つの巣箱に15匹が入れるとして、計算上は3840匹まで暮らせる広さでした。

エサの入った容器と水の飲み口は囲いのあちこちに十分な数が置かれ、巣作りの材料も補充され、温度も一定に保たれていました。天敵はおらず、病気が広がらないよう管理もされていたので、マウスにとって足りないものは何もない環境だったと言えます。

1968年7月9日、研究所の繁殖施設から選ばれた健康なマウス4つがい、つまり8匹がこの囲いに放されました。

4つの段階で起きたこと

カルフーンは、それから先のマウスの社会の変化を、大きく4つの段階に分けて記録しています。

図解

慣れるまでの104日

最初の段階は、マウスたちが新しい環境に慣れ、縄張りを決めて巣を作るまでの期間で、最初の子どもが生まれたのは104日目でした。この時期には争いも多く、場所をめぐる小競り合いが続いたと記録されています。

55日ごとに倍増した時期

2つ目の段階では、マウスは一気に増え始め、個体数はおよそ55日ごとに倍になっていきました。315日目には620匹に達しています。この頃までは、どの巣もそれなりに整った家族の集まりで、オスは自分の縄張りを守り、メスは子育てをする、という形がまだ保たれていました。

ただ、この時期から、囲いの中での居場所に偏りが出てきます。強いオスが良い巣のある区画を押さえ、そこではたくさんの子どもが育つ一方で、ほかの区画には居場所のないマウスが集まるようになっていきました。

増え方が鈍り、社会が崩れ始めた時期

3つ目の段階に入ると、増え方は大きく鈍り、倍になるまでにかかる日数は145日ほどまで延びました。それでも個体数は増え続け、560日目に2200匹ほどで頭打ちになります。計算上の定員の6割くらいで、巣箱にはまだかなりの空きが残っていました。

この時期の囲いの中では、さまざまな異常な行動が見られるようになっています。縄張りを持てなかった若いオスたちは囲いの中央の床に集まって、ほとんど動かずに過ごし、ときおり意味もなく互いに襲いかかっては、また元に戻るということを繰り返していました。

メスの側では、巣をきちんと作らなくなったり、子どもを途中で放り出したり、移動の途中で置き去りにしたりすることが増え、場所によっては生まれた子どものほとんどが育たなくなりました。逆に、縄張りを守る役目を負ったオスが疲れ果てて守りきれなくなると、メスが攻撃的になり、自分の子どもを攻撃することもあったそうです。

美しい者たち

この実験で一番有名なのが、カルフーンが「美しい者たち」と呼んだオスのマウスたちです。彼らは争いにも求愛にも加わらず、エサを食べ、水を飲み、眠り、ひたすら自分の毛づくろいをして過ごしていました。

争いに巻き込まれないので体に傷が無く、毛並みがとてもきれいだったことからこの名前が付けられたのですが、見た目とは裏腹に、彼らはメスに近づくことも、子どもを作ることもありませんでした。社会の中で何の役割も持たず、ただ生きているだけの存在だったわけです。

繁殖が止まり、絶滅へ

560日目を過ぎると、個体数は減り始めます。600日目ごろを最後に妊娠は記録されなくなり、生き残ったマウスはどんどん年を取っていきました。

驚くのは、個体数が減って囲いの中に十分な空きができてからも、元に戻らなかったことです。後の時期に生き残っていたマウスを、別の囲いに移して少数で暮らさせてみても、彼らは巣を作ることも、子どもを育てることも、普通の社会関係を結ぶこともできなかったとカルフーンは報告しています。最後に残ったマウスたちもやがて死に、ユニバース25の社会は絶滅したとされています。

カルフーンが言った「2つの死」

カルフーンは1973年に、この実験をまとめた論文を「死の二乗」という題で発表しました。この題には、彼なりの解釈が込められています。

彼が考えたのは、マウスたちはまず社会の中で生きるための複雑な振る舞いを失う「1つ目の死」を迎え、その結果として、体が死ぬ「2つ目の死」に至ったのだ、ということでした。縄張りを守る、求愛する、巣を作る、子どもを育てるといった振る舞いは、若いうちに周りのマウスとの関わりの中で身につけていくものですが、居場所の無いマウスが増えすぎたことで、そうした学びの機会そのものが失われてしまった、という見立てです。

ここで大事なのは、カルフーンが問題にしていたのが、単純に「空間が足りなかった」ことではなかったという点です。実際、巣箱はまだ空いていて、エサも水も十分にありました。足りなくなっていたのは、マウス一匹一匹が社会の中で果たせる役割の数のほうで、出会う相手が多すぎ、意味のある関わりが作れなくなった状態を、彼は社会的な過密と考えていました。

人間社会に当てはめられない理由

ユニバース25は、発表された当時から都市の過密や人口爆発の議論と結びつけて語られ、ネズミの研究所を舞台にした児童小説にまで影響を与えました。ただ、この実験をそのまま人間社会のたとえにすることには、多くの研究者が慎重な立場を取っています。

逃げ場のない囲いだった

まず、ユニバース25の囲いからは、マウスは外に出ることができませんでした。野生のマウスやネズミの集団では、居場所を得られなかった若い個体は群れを離れて別の場所へ移っていきます。囲いの中では、その本来なら外へ出ていくはずの個体が、すべて中に残り続けたことになり、自然の集団とはかなり違う状況だったと言えます。

また、使われたのは実験用に繁殖された系統のマウスで、遺伝的な多様性もかなり限られていました。エサや水の置き場所にも偏りがあり、特定の場所に個体が集まりやすい作りになっていたことも指摘されています。

人の過密の研究では違う結果が出ている

人の場合はどうなのかというと、1970年代に心理学者のジョナサン・フリードマンらが行った研究では、人口の密度そのものが、犯罪や心の病気を増やすという証拠ははっきりとは見つからないという結果が出ています。人は狭い場所に住んでいても、家族や地域の役割、仕事、外の世界とのつながりを通じて、社会の中で居場所を作ることができるからだと考えられています。

2009年に科学史の研究者エドマンド・ラムズデンとジョン・アダムズは、カルフーンの研究がどのように受け止められてきたのかを調べた論文の中で、彼の実験が人口過密の恐ろしさを伝える物語として広まる一方で、カルフーン自身はむしろ、環境を工夫すれば過密に適応できる道を探っていたことを紹介しています。実際、彼は後の研究で、ネズミが協力して問題を解く仕組みを作るような実験にも取り組んでいました。

ネットでよく見る「人類の未来」の話として読むのと、元の論文の意図を知ったうえで読むのとでは、この実験の印象はだいぶ変わってくると思います。とは言っても、居場所や役割を失った個体が社会から離れていく様子そのものは、人間の社会について考えるうえでも何かしら考えさせられるところがあるのは確かで、だからこそ50年たっても語り継がれているのだと思います。

ユニバース25についてよく出る疑問

なぜ25番目だったのですか?

カルフーンは、ユニバース25より前にも、規模や作りを変えた囲いでネズミやマウスの集団を観察する実験を何度も行っていて、それぞれを1つの「宇宙」として番号を付けていました。ユニバース25はその中でもっとも大きく、もっとも長く観察が続いた囲いで、結末の劇的さもあって、とりわけ有名になったものです。

実験はどれくらい続いたのですか?

1968年に8匹を放してから、個体数がほとんどいなくなるまでには数年がかかっています。カルフーンが1973年に論文を出した時点でも、まだ生き残っているマウスはいましたが、その時点ですでに繁殖は止まっていて、彼は集団が絶滅に向かうことをほぼ確実なものとして書いていました。

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まとめ

本記事はユニバース25について解説しました。如何だったでしょうか。

エサも水も十分にあり、天敵もいない環境で、8匹から始まったマウスの社会が2200匹まで増えたあとに崩れ、繁殖が止まって絶滅へ向かったという結末は、何度読んでもかなり衝撃的だと思います。ただ、囲いからは外に出られず、使われたのも実験用のマウスだったことを考えると、この実験を「人類の未来の予言」として読むのは無理があるというのが、今の研究者のおおむね一致した見方のようです。

カルフーン自身が問題にしていたのは、空間の狭さよりも、一匹一匹が社会の中で果たせる役割が失われていくことのほうでした。居場所と役割がなくなったとき、何が起きるのかという問いとして読むと、この実験はネットの刺激的な紹介とは少し違った意味で面白いものになるのかなと私は考えています。

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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。