当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「白ワインの色の実験」について解説します。
白ワインの色の実験は、2001年にフランスのボルドー大学の研究者たちが発表した、色が香りの感じ方を変えることを示した実験です。白ワインを無臭の色素で赤く染めて、醸造学を学ぶ学生たちに香りを表してもらうと、学生たちは、ふだん赤ワインに使う「チェリー」や「カシス」のような言葉で、その白ワインを表したと報告されています。
この実験は、のちに「ワインの専門家でも、赤ワインと白ワインの区別がつかない」という話として、本やネットで何度も紹介されることになりました。ただ、論文に書かれている手順を読むと、実際の実験はそれとはかなり違う形をしています。
ワイン好きの人には少し耳の痛い話かもしれませんが、何を確かめた実験で、何は確かめていないのかを分けて読むと、色と香りの関係について、かえって面白いことが見えてくるはずです。
香りの言葉は「色のついたもの」の名前
この研究を行ったのは、フランス国立農業研究所のジル・モロと、ボルドー大学醸造学部のフレデリック・ブロシェ、ドゥニ・デュブルデューの3人です。
実験の前に、3人はワインの香りがどんな言葉で表されているかを調べています。材料にしたのは、フランスのワイン評論家ジャック・デュポンの3,000件の試飲コメント、ワインガイド『ギド・アシェット』から選んだ3,000件、アメリカの評論家ロバート・パーカーの7,000件、そしてフランスのワインの造り手が書いた2,000件のコメントでした。
これらの文章を、言葉の現れ方を統計的にまとめるソフトで分析すると、どのコメントの集まりでも、最初にはっきり分かれたのは赤ワインの言葉と白ワインの言葉でした。そして、赤ワインの香りを表す言葉には、チェリー、ラズベリー、カシス、プルーン、チョコレートのような赤や黒っぽいものが多く、白ワインの言葉には、ハチミツ、レモン、グレープフルーツ、麦わら、バナナのような黄色や明るい色のものが多かったそうです。
香りには、それ自体を表す専用の言葉がほとんどないので、私たちは香りをその香りを持つものの名前で呼んでいます。モロたちは、そのとき選ばれる「もの」が、ワインの色に引っ張られているのではないか、と考えました。
無臭の色素で赤く染める
これを確かめるための実験に使われたのは、1996年のボルドーの白ワインと赤ワインでした。白ワインの一部には、ブドウから取ったアントシアニンという赤い色素を1リットルあたり2グラム加え、見た目を赤ワインのようにしています。
色素に香りがないことは、別の50人を使って確かめられていました。中の色が見えない不透明なグラスに、染めた白ワインと染めていない白ワインを入れ、さらに赤い照明の下で3つのグラスから1つだけ違うものを当ててもらう試験を300回行うと、当たったのは120回でした。でたらめに選んでも100回ほどは当たる計算なので、香りでは区別できていなかったと言えそうです。
1週間あけた2回の試飲
本番の実験には、ボルドー大学醸造学部の学生54人が参加しました。男女の数は同じで、ふつうのガラスのグラスで、明るい白い照明のもと、1人ずつ仕切られた席で試飲しています。
1回目は、本物の白ワインと赤ワインを並べて出し、それぞれの香りを表す言葉を挙げてもらいました。言葉は、用意されたリストから選んでも、自分で考えてもかまいません。そして、挙げた言葉ごとに、その香りがより強く感じられるのはどちらのワインかを答えてもらいます。
1週間後の2回目には、1回目に自分が挙げた言葉のリストが、どちらのワインに使ったかを伏せたうえで、アルファベット順に並べ直して渡されました。そして今度は、本物の白ワインと、赤く染めた同じ白ワインを並べて、それぞれの言葉がどちらにより強く当てはまるかを答えてもらいました。
赤く染めた白ワインに、赤ワインの言葉がついた
結果ははっきりしていました。学生たちは、1回目に赤ワインに使った言葉を、2回目には赤く染めた白ワインのほうに当てはめていました。そして、1回目に白ワインに使った言葉は、赤く染めたほうには使わなくなっていたようです。
中身は同じ白ワインなのに、赤く見えるほうには、チェリーやカシスのような赤や黒っぽいものの香りが、染めていないほうには、ハチミツやレモンのような明るい色のものの香りが割り当てられていました。モロたちは、見た目の情報が強すぎたために、学生たちは鼻から入ってくる情報を割り引いてしまったのだろう、と論じています。
香りが変わったのか、言葉が変わったのか
モロたちは、論文の最後で、この錯覚は香りを感じる段階というより、感じた香りを言葉にする段階で起きているのではないか、と考えています。香りを言葉にするのはもともと難しく、手がかりが少ないぶん、目で見た色という分かりやすい手がかりに頼ってしまう、ということです。
実際の香りの感じ方まで変わっていたのか、それとも感じ方は同じで、言葉の選び方だけが色に引っ張られていたのか。この実験だけでは、そこまでは区別できません。ただ、どちらだったとしても、ワインの香りについて語られる言葉が、グラスの色を見た時点でかなり決まってしまうことは示したと言えるでしょう。
「専門家でも赤と白が分からない」は言いすぎ
この実験は、その後「ワインの専門家54人が、赤く染めた白ワインを赤ワインだと思い込んだ」「専門家でも赤と白の区別がつかない」といった形で、広く紹介されるようになりました。ただ、ここまでの手順を見ると、いくつか注意が必要です。
まず、参加者は醸造学を学ぶ学生で、ベテランの専門家ではありませんでした。次に、学生たちは「これは赤ワインか白ワインか」を尋ねられたわけではなく、自分が前の週に挙げた言葉を、2つのワインのどちらに当てはめるかを選んでいただけです。そもそも、赤と白を区別できるかどうかを確かめる手順には、なっていなかったわけです。
それに、この実験の学生たちはワインを口に含んで味わうこともできて、赤ワインにはブドウの皮から出る渋みがあるのに対し、白ワインにはそれがほとんどありません。口に含めば、渋みのない白ワインの味だと分かる手がかりは残っていたはずです。実験が示したのは「赤と白を区別できない」ことではなく、「色を見ると、香りを表す言葉がその色に寄っていく」ことだったと考えたほうがよさそうです。
私は、この誤解の広がり方そのものが、ワインの実験と少し似ていると感じています。「専門家がだまされた」という分かりやすい見出しが先に貼られると、論文の中身のほうが、その見出しの色に染まって語られてしまうからです。元の論文が手に入るなら、紹介記事より先に手順の部分を読んでおきたい、と思わされる実験でもあります。
ラベルを変えると、評価が変わった
ブロシェには、もう1つよく知られている実験があります。ボルドーのごくふつうの価格帯のワインを、格の高いグラン・クリュのラベルの瓶と、安いテーブルワインのラベルの瓶に入れて、醸造学の学生たちに試飲してもらったというものです。
中身は同じワインなのに、グラン・クリュの瓶のほうは「心地よい」「木の香り」「複雑」「バランスがいい」と表され、テーブルワインの瓶のほうは「弱い」「短い」「薄い」「平板」「欠点がある」と表されたと伝えられています。
ただ、この実験はブロシェの博士論文などで紹介されたもので、色の実験のように、査読のある学術誌の論文としては発表されていないと言われています。人数や細かい手順も、紹介する資料によって少しずつ違っていて、色の実験と同じくらいの確かさで扱うのは難しいと思います。
値段を変えると、快さの感じ方まで変わった
ラベルや値段が味の感じ方を変えることは、その後、別の研究者たちがよりきちんとした形で確かめています。2008年に、アメリカのカリフォルニア工科大学のヒルケ・プラスマンたちは、20人の参加者に、MRIの装置の中でワインを味わってもらう実験を発表しました。
参加者には、5ドル、10ドル、35ドル、45ドル、90ドルの5種類のワインを飲むと説明されていましたが、実際には、5ドルと45ドルのワインは同じもの、10ドルと90ドルのワインも同じものでした。それでも参加者は、高い値段を告げられたほうを、よりおいしいと答えていたのです。しかも、心地よさを感じたときによく働くとされる、目の奥のあたりにある脳の部分の活動も、高い値段のときのほうが強くなっていました。
8週間後に、値段を伏せて同じワインを飲んでもらうと、ワインのあいだの評価の差は消えていたそうです。ワインそのものの味ではなく、値段を知っていることが、おいしさの感じ方を変えていたのでしょう。
白ワインの色の実験についてよく出る疑問
料理の見た目でも同じことが起きるのですか?
色が味や香りの感じ方を変えることは、ワイン以外でもたくさん報告されています。たとえば、色をつけた飲み物では、色に合った果物の味だと答えやすくなることが、1980年代ごろからの研究で何度も示されてきました。かき氷のシロップも、色と香料が違うだけで甘さのもとはほぼ同じなのに、色を見ると別の味に感じられる例としてよく紹介されています。
ソムリエの言葉は当てにならないということですか?
この実験が示したのは、香りを言葉にするときに色という手がかりに引っ張られるということで、香りの違いを感じ取る力がないということではありません。むしろ、ワインの香りを表す言葉が、色ごとにかなり決まった型を持っていることは、それだけ表現の約束事が共有されているとも言えます。ブラインドで飲むと評価が大きく変わることがあるのは、そうした約束事に頼っている部分があるからなのかもしれません。
関連する実験と記事
ただの砂糖の錠剤でも、薬だと信じて飲むと症状が和らぐことがあるプラセボ効果は、思い込みが体の感じ方を変えるという点で、ワインの実験と同じ流れにある研究です。
目隠しで飲むとペプシが選ばれるのに、ブランドを見せるとコカ・コーラが選ばれる、というペプシ・チャレンジとその脳の研究も、ラベルが味の感じ方を変える例です。
まとめ
本記事は白ワインの色の実験について解説しました。如何だったでしょうか。
無臭の色素で赤く染めた白ワインに、醸造学の学生54人が赤ワインの香りの言葉を当てはめたという結果は、香りを言葉にするとき、私たちが目で見た色にかなり頼っていることを示しました。一方で、よく言われる「専門家でも赤と白の区別がつかない」は、実験の手順からすると言いすぎで、確かめられたのは言葉の選び方の偏りでした。
値段を告げるだけで、同じワインをよりおいしく感じ、脳の活動まで変わったという2008年の研究も合わせて読むと、味わうという体験は、舌と鼻だけでできているわけではなさそうです。次にワインを飲むときは、ラベルを見る前に一口飲んでみるのも面白いかもしれません。
ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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