当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、マヤ神話の原典を解説するシリーズの第4弾(最終回)です。
今回は、これまでの物語の背後にあるマヤの神々と、世界に名高い精密な「暦」、そしてそれを記した写本を、原典に即して見ていきます。物語を伝える『ポポル・ヴフ』だけでなく、絵文書(写本)や碑文といったマヤ独自の原典が、ここで重要になります。
マヤ神話の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。
マヤの主要な神々
マヤ神話には、自然の力や暮らしを司る、数多くの神々が登場します。マヤは多くの都市国家に分かれ、時代や地域で神の呼び名も変わりましたが、代表的な神々を押さえておきましょう。
主要な神々を一覧にすると、以下のようになります。
| 神 | 司るもの |
|---|---|
| イツァムナー | 老いた最高神。天・創造・文字・知識をつかさどる。トカゲや老人の姿 |
| キニチ・アハウ | 太陽神。昼は天を渡り、夜は冥界をジャガーの姿で進む |
| チャク | 雨と雷の神。長い鼻を持ち、石斧を振るって雷雨をもたらす(アステカのトラロックに対応) |
| イシュ・チェル | 月・出産・医術・機織りの女神 |
| ク・カルカン | 羽毛の蛇。風と創造の神(アステカのケツァルコアトル、ポポル・ヴフのグクマッツに対応) |
| トウモロコシの神 | 若く美しい姿の神。英雄双子の父(記事②)。死と再生を体現する |
| アー・プチ | 死をつかさどる神。冥界シバルバーと結びつく |
| バカブ | 世界の四隅で天を支える4柱の神。四方位と色に対応する |
とりわけ重要なのが、老いた最高神「イツァムナー」です。彼は文字と暦と知識を人間に授けた神とされ、マヤ文明が文字や天文学を重んじたことと深く結びついています。また、世界の四隅で天を支える4柱の神「バカブ」は、東西南北の四方位と、赤・白・黒・黄の色に結びつけられ、マヤの「四方位+中央」という世界観を象徴しています。
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マヤの宇宙 ― 世界樹と三つの層
マヤの人々は、世界が縦に積み重なった層からなると考えました。上には神々や天体のめぐる「天上界」、中央には人間の住む「地上界」、そして下には英雄双子が挑んだ冥界「シバルバー(地下界)」が広がります。
この三つの層を貫いて立つのが、世界の中心にそびえる巨大な世界樹(生命の木)です。マヤの人々は、聖なる木セイバ(カポックの木)を、天と地と地下をつなぐ宇宙の軸とみなしました。その根は地下のシバルバーへ、幹は人間界に、枝は天上界へと伸び、神々や死者の魂は、この木を通じて世界の層を行き来するとされたのです。
そして地上界は、先のバカブの神々が支える東西南北の四方位に分けられ、それぞれに色(赤・白・黒・黄)と聖なる木、特定の神が結びつけられました。中心の世界樹を軸に、四方へ広がる――この「中央+四方位」の宇宙像は、神殿やピラミッドの配置、暦の構造にまで反映され、マヤの世界観の根幹をなしています。
聖なる球技 ― 冥界への門
記事②で見た英雄双子の物語で、重要な役割を果たしたのが「球技」でした。これは空想ではありません。マヤをはじめメソアメリカの都市には、必ずと言っていいほど石造りの球技場が築かれ、ゴム毬を腰や肘で打ち合う競技が、神聖な儀式として行われていたのです。
マヤの人々にとって、球技はただのスポーツではありませんでした。それは英雄双子が冥界シバルバーの王たちと戦った、あの宇宙的な闘いを地上で再現する儀式でした。打ち合われる毬は太陽の運行にもなぞらえられ、球技場そのものが冥界への入り口(門)と考えられたのです。そして、この儀礼の球技は、しばしば敗者(あるいは捕虜)の生贄をもって締めくくられました。神話と、現実の儀礼と、王権とが分かちがたく結びついていたことが、ここからよくわかります。
マヤの暦 ― 世界に名高い精密な時の体系
マヤ文明が何より名高いのが、その驚くほど精密な暦と天文学です。マヤの人々は、時間そのものを神聖なものと考え、複数の暦を組み合わせて運用していました。
| 暦 | 仕組み | 用途 |
|---|---|---|
| ツォルキン | 20の日符号 × 1〜13の数(260日) | 儀礼・占い。運勢や運命を読む聖なる暦 |
| ハアブ | 20日 × 18か月 + 不吉な5日(365日) | 太陽暦。農耕・季節の祭り |
| 長期暦 | 日を累積して数える絶対年代 | 王の事績や神話的な出来事の年代を刻む |
占い用の260日暦(ツォルキン)と、太陽の運行に合わせた365日暦(ハアブ)。この2つの歯車がかみ合って回り、ちょうど52年で、すべての組み合わせが一巡します。これを「暦の輪(カレンダー・ラウンド)」と呼びます(アステカも同じ仕組みを共有していました)。
数千年を数える「長期暦」
マヤがとりわけ独創的だったのが、52年でひと回りする暦とは別に、起点からの日数をひたすら累積して数える「長期暦(マヤ長期暦)」を発達させたことです。これは、何千年もの時を、一日も狂わせずに記録できる、画期的な暦法でした。
その単位は、おおむね20倍ずつ積み上がっていきます。
- 1キン = 1日
- 1ウィナル = 20キン(20日)
- 1トゥン = 18ウィナル(360日)
- 1カトゥン = 20トゥン(約20年)
- 1バクトゥン = 20カトゥン(約394年)
そして、この暦の大きな一区切りである13バクトゥン(約5125年)が、ちょうど2012年12月(西暦)に満ちることが知られています。これが、かつて世間を騒がせた「マヤ暦の2012年人類滅亡説」のもとになりました。しかし、これは「世界の終わり」を意味するものではありません。マヤにとって時間は循環するものであり、これは大きな周期が一巡して新たな周期が始まる節目にすぎなかったのです。誤解されながらも、5000年先の日付を正確に指し示せたこと自体が、マヤの天文学の高さを物語っています。
マヤ文字と写本 ― 新大陸唯一の文字体系
これほど精密な暦や神話を記録できたのは、マヤが新大陸で唯一、本格的な文字体系(マヤ文字)を発達させたからです。マヤ文字は、絵のような見た目に反して、音を表す文字(音節文字)と意味を表す文字(表語文字)を組み合わせた高度な体系でした。
この文字の解読には、長く険しい道のりがありました。かつては「マヤ文字は単なる絵やシンボルで、言葉を書き表したものではない」と考えられていたのです。流れを変えたのが、1950年代、旧ソ連の言語学者ユーリー・クノローゾフでした。彼は、マヤ文字が実際の発音を表す音節文字を含んでいることを示します。さらに、女性研究者タチアナ・プロスコウリアコフが、石碑の碑文は神話や占いではなく実在の王の誕生・即位・戦勝などの「歴史」を記録していることを突き止めました。これらの発見によって解読は一気に進み、今では大半のマヤ文字が読めるようになっています。沈黙していた石碑が、ふたたび王たちの歴史を語り始めたのです。
このマヤ文字で書かれた絵文書(写本)は、かつて数多く存在しましたが、スペイン征服の際に「異教のもの」として大量に焼かれてしまいました。現在、まとまった形で残るのは、わずか3点(あるいは4点)だけです。
| 写本 | 内容 |
|---|---|
| ドレスデン写本 | 最も精緻。金星(ヴィーナス)の運行表や日食・月食の予測表を含む、天文学の精華 |
| マドリード写本 | 占いや農耕の儀礼、神々を多く描く |
| パリ写本 | 暦や神々、預言にまつわる記述 |
中でも『ドレスデン写本』は、金星の動きを驚くほど正確に計算した表を含み、マヤの天文観測がいかに優れていたかを今に伝える、貴重な原典です。神々の物語が『ポポル・ヴフ』に、暦と天文がこれらの写本に――というように、マヤ神話は複数の原典を組み合わせて読み解かれるのです。
チラム・バラムの書と、マヤ神話のその後
もう一つ、忘れてはならない原典が『チラム・バラムの書』です。これは、ユカタン半島のマヤ(ユカテコ・マヤ)の人々が、スペイン征服後に自分たちの言葉をラテン文字で書き留めた、予言・暦・歴史・神話を含む書物群です。『ポポル・ヴフ』と同じく、征服を生き延びた人々が、自らの伝統を必死に書き残した原典であり、マヤの世界観を補う貴重な記録となっています。
ところで、マヤ文明というと「忽然と消えた謎の文明」というイメージがあるかもしれません。確かに、ティカルやコパンといった古典期の大都市は、9世紀ごろに次々と放棄されました。しかし、マヤの人々が消えてしまったわけではありません。文明の中心は北のユカタン半島へ移って続き、そして現在も、メキシコ南部からグアテマラ一帯には数百万人ものマヤ系の人々が暮らし、マヤの言葉を話し、独自の暦や信仰を受け継いでいます。『ポポル・ヴフ』が語る世界は、決して滅び去った過去ではなく、今も生き続けている神話なのです。
もっと深く知りたい方へ
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まとめ
本記事では、マヤの神々と暦・写本を、原典に即して詳しく解説しました。如何だったでしょうか。
老創造神イツァムナーや雨の神チャクら多彩な神々、260日暦と365日暦が織りなす52年周期、そして数千年を狂いなく数える長期暦。これらを記した『ドレスデン写本』やチラム・バラムの書まで、マヤ神話が物語・暦・天文の三つを高度に結びつけた、豊かな世界であることをつかんでいただけたかと思います。
これで、マヤ神話の原典シリーズ全4記事が完結しました。トウモロコシの人間という創世から、英雄双子の冥界の物語、夜明けとキチェ王統の起源、そして神々と精密な暦まで、今も生き続けるマヤの世界を味わっていただけたなら幸いです。
他の神話・宗教の原典も解説しています。全体の一覧は世界の神話・宗教の原典まとめからどうぞ。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
📚 シリーズ:マヤ神話の原典解説(5/5)