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【ゾロアスター教の原典④】三大一神教への影響と歴史 ― 天使・審判・救世主の源流

【ゾロアスター教の原典④】三大一神教への影響と歴史 ― 天使・審判・救世主の源流

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。本記事は、ゾロアスター教の原典を解説するシリーズの第4弾(最終回)です。

これまで、ゾロアスター教の聖典・教え・世界観を見てきました。最終回となる今回は、ゾロアスター教が後の宗教にどれほど大きな影響を与えたか、そして、この古代宗教がたどった歴史を解説します。信者数こそ少ないこの宗教が、なぜ「世界宗教の隠れた源流」と呼ばれるのか――その理由が見えてきます。

ゾロアスター教の原典全体の見取り図については、以下のまとめ記事を参照してください。

【神話・宗教の原典解説】ゾロアスター教の原典まとめ ― アヴェスターと善悪二元論の全記事一覧senkohome.com/myths-religions-origins-zoroastrianism/

三大一神教への影響 ― 隠れた源流

ゾロアスター教が「世界宗教の隠れた源流」と呼ばれるのは、その独特の世界観が、後のユダヤ教・キリスト教・イスラム教に色濃く受け継がれていると考えられているからです。これまで見てきた要素を並べると、その符合に驚かされます。

観念ゾロアスター教ユダヤ・キリスト・イスラム教
悪の存在アンラ・マンユ(破壊の霊)悪魔・サタン
天使アムシャ・スプンタ・ヤザタ天使・大天使
最後の審判終末の審判最後の審判
天国と地獄歌の家/暗黒の地獄天国と地獄
死者の復活終末の肉体の復活死者の復活
救世主サオシュヤントメシア・キリスト
審判の橋チンワト橋イスラム教のシラート橋

とりわけ、イスラム教で人々が渡るとされる審判の橋「シラート」は、ゾロアスター教の「チンワト橋」と驚くほどよく似ています。善悪を対立させる二元論、天使と悪魔の階層、終末と最後の審判、天国と地獄、そして死者の復活と救世主の出現――。これらは、ゾロアスター教より古い時代のユダヤ教(バビロン捕囚以前)には、はっきりとは見られなかった観念でした。

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なぜ影響が伝わったのか ― バビロン捕囚とペルシア

では、なぜこれらの観念が伝わったのでしょうか。鍵を握るのが、古代ペルシア帝国とユダヤ人の出会いです。

紀元前6世紀、ユダヤ人は新バビロニアに国を滅ぼされ、バビロンへ連れ去られます(バビロン捕囚)。その後、ペルシアの王キュロス2世がバビロンを征服し、紀元前538年ごろ、ユダヤ人を解放して故郷への帰還を許しました。このキュロス王は、ゾロアスター教を奉じたとされるペルシアの王です。旧約聖書がこの異教の王キュロスを「主が油を注いだ者(救世主)」とまで称えているのは、異例のことでした。

この出来事を境に、ユダヤ人は約2世紀にわたってペルシアの支配下に置かれ、ゾロアスター教の世界観に触れることになります。そして捕囚から戻った後のユダヤ教に、天使・悪魔・最後の審判・死者の復活といった観念がはっきりと現れてくるのです。多くの宗教学者が、ここにゾロアスター教の影響を見ています。これらの観念は、やがてユダヤ教からキリスト教・イスラム教へと受け継がれていきました。

ただし、影響の度合いをどこまで断定できるかは、慎重な議論が必要です。すべてがゾロアスター教由来と決めつけることはできません。それでも、これほど多くの観念が符合する事実は、両者の深い関わりを物語っています。

東方の三博士「マギ」

ゾロアスター教とキリスト教の意外な接点が、『新約聖書』にも登場します。イエスの誕生を、星に導かれて拝みに来た「東方の三博士」です。

この「博士」とは、原語では「マギ(マゴス)」――すなわちゾロアスター教の神官たちを指すと考えられています。星を読んで救世主の誕生を察知するという描写は、天文に通じたゾロアスター教神官のイメージそのものです。ちなみに、英語で「魔法」を意味する「magic(マジック)」の語源も、この「マギ」にさかのぼります。

また、ゾロアスター教の神々の一柱で、契約と光を司る「ミスラ(ミトラ)」は、後にローマ帝国で「ミトラ教」として広まり、初期キリスト教の強力なライバルとなりました。冬至のころに行われたミトラ(太陽)の祭りが、後のクリスマス(12月25日)の日付と関わるという説があるのも、その名残とされます。

ゾロアスター教の歴史 ― ペルシア帝国の国教

ここで、ゾロアスター教がたどった歴史を振り返っておきましょう。

ゾロアスター教の歩み アケメネス朝 前550〜330年 ペルシア帝国で隆盛 ササン朝 224〜651年 国教化・アヴェスター集成 イスラムの征服 7世紀〜 改宗が進み衰退 パールシー 8〜10世紀〜 インドへ移住し存続

ゾロアスター教は、紀元前6世紀に成立したアケメネス朝ペルシアで広く信仰されました。ダレイオス1世が残した有名なベヒストゥン碑文には、アフラ・マズダーへの感謝が繰り返し刻まれています。アレクサンドロス大王の征服でいったん打撃を受けますが、ササン朝ペルシア(3〜7世紀)で国教として確立し、長く口承で伝えられてきた聖典アヴェスターも、この時代にようやく集成されました。強力な神官団が国家を支え、ゾロアスター教は最盛期を迎えます。

しかし7世紀、イスラム勢力がササン朝ペルシアを滅ぼすと、状況は一変します。イスラムへの改宗が徐々に進み、ゾロアスター教徒は重い人頭税を課されるなどして、次第に少数派へと追い込まれていきました。

パールシー ― インドに生き続けた信仰

迫害を逃れるため、一部のゾロアスター教徒は8〜10世紀ごろ、海を渡ってインド西部(グジャラート地方)へ移住しました。彼らは現地で「パールシー(=ペルシア人の意)」と呼ばれ、独自の信仰と聖なる火を守りながら、共同体を築きます。

パールシーは、後にムンバイ(ボンベイ)を中心に商工業で大きな成功を収めました。インド最大級の企業グループを築いたタタ財閥もパールシーの出身です。また、ロックバンドクイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーがパールシーの家系の出身であることは、よく知られています。

現在、ゾロアスター教徒は世界に約10〜20万人。インドのパールシーと、イランに残る信徒が、その中心です。信者の数こそ少なくとも、人類最古級の啓示宗教の灯は、今も静かに守られ続けているのです。

ゾロアスター教から生まれた「もう一つの宗教」― マニ教

ゾロアスター教の影響は、三大一神教だけにとどまりません。3世紀のペルシアで、預言者マニが創始した「マニ教」は、ゾロアスター教の善悪二元論を骨格としながら、キリスト教・仏教の要素まで取り込んだ、壮大な世界宗教でした。

マニ教は、世界を「光(善)」と「闇(悪)」が激しく争う場ととらえ、人間の魂を、闇の物質に囚われた光のかけらとみなしました。修行によってこの光を解放し、本来の光の世界へ還すことを目指したのです。マニは自らを「最後の預言者」と位置づけ、ザラスシュトラ・ブッダ・イエスに続く者と称しました。

驚くべきはその広がりです。マニ教は西はローマ帝国(若き日のアウグスティヌスも一時信者でした)から、東は唐代の中国(「摩尼教」と呼ばれた)にまで伝わり、一時はユーラシアを横断する一大宗教となります。やがて各地で弾圧されて滅びましたが、ゾロアスター教の二元論が、形を変えて世界中に広まった事実は、この古い宗教の影響力の大きさを物語っています。

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まとめ

本記事では、ゾロアスター教が三大一神教に与えた影響と、その歴史を詳しく解説しました。如何だったでしょうか。

ゾロアスター教の天使・悪魔・最後の審判・天国地獄・死者の復活・救世主といった観念は、バビロン捕囚後のペルシアとの出会いを通じて、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教へと深い影響を与えたと考えられています。東方の三博士「マギ」も、その意外な接点でした。

ペルシア帝国の国教として栄え、イスラムの台頭で少数派となりながらも、インドのパールシーとして生き続ける――。世界宗教の「隠れた源流」であるゾロアスター教の歩みを、感じていただけたなら幸いです。

これで、ゾロアスター教の原典シリーズ全4記事が完結しました。

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