当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「検査のパラドックス」について解説します。
平均10分間隔で運行しているバス停で、時刻表を見ずに行って待つとします。素直に考えれば平均5分ほど待てばよさそうですが、実際にはそれより長く待つことになります。バスが遅れているわけでも、運が悪いわけでもありません。測り方そのものに偏りが生まれる仕組みがあり、これは日常のあちこちで同じ形で顔を出します。
平均10分間隔のバスを待つ
簡単な例で確かめます。
1時間に6本のバスが来るとします。平均すれば10分間隔ですが、正確な等間隔ではなく、間隔にばらつきがあるとします。
たとえば1時間の中で、間隔が2分、2分、2分、2分、2分、50分だったとしましょう。合計60分で、平均すると10分です。
ここへ時刻表を見ずに、でたらめな時刻に到着します。自分がどの間隔の中に落ちるかを考えてみてください。
2分の間隔は5つありますが、合計しても10分しかありません。一方の50分の間隔はたった1つですが、1時間のうち50分を占めています。
でたらめに到着すると約83%の確率で50分の間隔の中に落ちることになります。短い間隔にはめったに当たりません。
平均待ち時間を計算すると、およそ21分になります。10分間隔のバスのはずが、倍以上待つのだと思います。
長い区間ほど当たりやすい
からくりは、区間の選び方にあります。
バスの間隔を1つずつ平等に数えるなら、平均は確かに10分です。ところが「でたらめな時刻に到着する」という選び方をした瞬間、区間は平等ではなくなります。
長い区間ほど、時間軸の上で広い面積を占めているので、そこに当たる確率が高くなります。50分の区間は2分の区間の25倍当たりやすい。
これは友情のパラドックスとまったく同じ構造です。あちらは「友達が多い人ほど、誰かの友達リストに何度も登場する」という偏りでした。こちらは「長い区間ほど、時刻の当たり先として選ばれやすい」という偏りです。
どちらも標本の大きさに比例して選ばれやすくなる現象で、大きさに偏った抽出と呼ばれます。
なお、間隔のばらつきがまったくない完全な等間隔運行なら、この効果は消えます。ばらつきが大きいほど体感の待ち時間は伸びる、という関係になっています。
待ち時間はばらつきだけで決まる
先ほどは極端な例を使いましたが、待ち時間は運行のばらつきから直接計算できます。
ばらつきを入れた式
平均間隔をm、間隔のばらつき(分散)をvとすると、平均待ち時間は次のようになります。
(v + m×m)÷(2×m)
ばらつきがゼロなら、これはm÷2(平均間隔の半分になります)。時刻表どおりに走っていれば、素直に「半分」で正しいということです。
平均10分間隔のバスで、ばらつきだけを変えると次のように動きます。
| 運行の状態 | ばらつき | 平均待ち時間 |
|---|---|---|
| 完全な等間隔 | 0 | 5.0分 |
| ややばらつく | 25 | 6.3分 |
| 完全にランダム | 100 | 10.0分 |
| 極端に偏る(2分×5と50分) | 320 | 21.0分 |
ランダムだと平均間隔と同じだけ待つ
表の3行目に注目したい点があります。バスの到着が完全にランダム(前の到着と無関係に起きる場合)、平均待ち時間はちょうど平均間隔と同じ10分になります。
半分ではなく丸ごとですし、どれだけ待った後でも、そこからさらに平均10分待つことになります。すでに20分待っていても、残りの見込みは減りません。
これは無記憶性と呼ばれる性質で、電話の着信やサーバーへのアクセスなど、互いに無関係な事象が重なる場面で現れます。「そろそろ来るはず」という感覚が裏切られ続けるのは、気のせいではなかったことになるのだと思います。
大学のクラス人数でも同じことが起きる
もう少し身近な例として、しばしば挙げられるのが授業の規模です。
ある大学が「本学の平均クラス人数は30人です」と発表したとします。この数字は嘘ではありません。全クラスの人数を足してクラス数で割れば、確かに30人です。
ところが学生の側に「受けている授業は平均何人か」と尋ねると、はるかに大きな数字が返ってきます。
理由は同じです。200人の大講義には200人が座っていて、5人のゼミには5人しかいません。学生を基準に数えれば、大人数の授業が何十倍も多く報告されます。
大学側の数字も学生側の実感も、どちらも正しい。「クラスを数えたのか、学生を数えたのか」が違うだけです。統計を読むときにいちばん効く着眼点だと思います。
混雑や待ち時間の実感がずれる理由
この構造が分かると、生活の中の違和感がいくつか説明できます。
道路は空いている時間帯の方がずっと長いのに、ほとんどのドライバーは混雑を経験します。混んでいる時間には多くの車が走っているのですから当然です。
飲食店の混雑も同じです。店にとっては閑散とした時間の方が長くても、客として来店した人の大半は混んでいる時間に居合わせます。
家族の人数を尋ねる調査も、放っておくと実態より大きく出ます。子どもが多い家庭ほど、回答者として登場する人数が多いからです。
いずれも誰かが嘘をついているわけではありません。数える単位が違えば違う数字が出るというだけの話です。
調査を設計する側の落とし穴
この偏りが厄介なのは、悪意がなくても勝手に入り込むことです。よくある形を挙げます。
・利用者アンケート:頻繁に使う人ほど回答機会が多く、ヘビーユーザーの声として集計されやすい ・待ち時間の実測:並んでいる人に聞くと、長く待つ人ほど調査中に捕まりやすい ・平均入院日数:入院中の患者を対象にすると、長期入院の人が過剰に含まれる ・機器の寿命調査:稼働中の個体を調べると、短命な個体はすでに壊れていて選ばれない ・顧客の継続期間:現在の契約者を調べると、すぐ解約した人が数から抜け落ちる
どれも「いま存在しているもの」から標本を取っている点が共通しています。長く続いているものほど、その瞬間に存在している可能性が高くなります。
避けるための3つの手当て
対処はそれほど難しくありません。
まず、何を1つと数えるかを先に宣言すること。クラスなのか学生なのか、機会なのか人なのかを書き分けるだけで、読み手の誤解はかなり防げます。
次に、開始時点を基準に追いかけること。入院日数なら入院した日を起点に全員を追跡すれば偏りは消えます。統計の分野ではコホート調査と呼ばれる考え方です。
最後に、避けられない場合は重みで補正すること。長い区間ほど選ばれやすいと分かっているなら、長さに反比例する重みを掛けて集計し直せば元の分布に戻せます。
いずれも特別な技術ではありません。「この数字は何から取ったのか」を最初に確かめる習慣があれば、大半は防げるものだと思います。
名前の由来と実務での扱い
検査のパラドックスという呼び名は、品質検査や設備の稼働時間を調べる文脈から来ています。
ある機械が故障するまでの平均時間を知りたいとき、たまたまある時点で動いている機械を選んで調べると、「長持ちしている個体」ばかりを拾ってしまいます。短命な個体はすでに壊れていて、選ばれる機会が少ないからです。
医療の分野でも同じ問題が知られています。入院中の患者を対象に平均入院日数を調べると、長期入院の人が過剰に含まれるので実際より長く出ます。
対処法は難しくありません。個体を単位に数えるのか、時間や機会を単位に数えるのかを最初に決めて、それを明示するだけです。私はこの区別を知ってから、平均という言葉が出てきたら「何を1つと数えたのか」をまず確認するようになりました。
確率の直感を裏切る関連パラドックス
計算そのものは正しいのに、答えがどうしても直感と噛み合わない関連パラドックスです。
まとめ
本記事は「検査のパラドックス」について解説しました。如何だったでしょうか。
10分間隔のバスを20分待つのも、平均30人のクラスが100人に感じられるのも、原因は数える単位を途中ですり替えていたことにありました。どちらの数字も正しく、ただ別のものを測っているだけです。
平均という言葉は分かった気にさせる力が強いので、こういう落とし穴とは長く付き合うことになるのだろうと思っています。
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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
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