当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は「退屈より電気ショックの実験」について解説します。
この実験は、2014年にアメリカのバージニア大学の心理学者ティモシー・ウィルソンたちが科学誌『サイエンス』に発表したもので、スマホも本も取り上げられた何もない部屋で、ただ自分の考えだけを相手に過ごす時間を、人がどれくらい楽しめるのかを調べた研究です。
結果は、6〜15分という短い時間でも、多くの人がその時間をあまり楽しめなかったというものでした。さらに、そのあいだに自分で自分に電気ショックを流せるようにしておくと、男性の67%と女性の25%が、少なくとも1回はボタンを押したのです。しかも押した人たちは、実験の前半で、このショックをもう一度受けずに済むならお金を払ってもいい、と答えていた人たちでした。
「人は何もしないでいるより、痛いことでもしているほうがまし」という結果は、発表当時かなり話題になりました。ただ、この結果の読み方については反論も出ていて、そこまで含めて見ると、退屈と人の心の関係がもう少し立体的に見えてきます。
何もない部屋で、ただ考える
ウィルソンたちは、合わせて11の研究を行っています。基本の手順は、どの研究でもほぼ同じです。参加した大学生は、携帯電話や筆記用具を含む持ち物をすべて預けてから、飾りのない部屋に1人で入ります。そして、6〜15分のあいだ、自分の考えで自分を楽しませてくださいと頼まれます。決まりは、椅子に座ったままでいることと、眠らないことの2つだけでした。
考える時間が終わると、参加者は、どれくらい楽しかったか、集中するのはどれくらい難しかったか、考えがあちこちにそれたか、といった質問に答えました。最初の6つの研究の結果をまとめると、集中するのが難しかったと答えた人は57.5%、考えがそれたと答えた人は89.0%にのぼっています。ほかに注意を奪うものが何もないのに、自分の考えに集中し続けるのは難しかったわけです。
楽しさについても、9段階の真ん中かそれより低い評価をつけた人が49.3%と、ほぼ半分を占めていました。何も邪魔が入らない時間なら、好きなことを考えて楽しめそうなものですが、実際にはそう簡単ではなかったようです。
家でやっても、年齢を問わず同じだった
実験室という慣れない場所だから楽しめなかったのではないか、という疑問を確かめるために、7つ目の研究では、学生に自宅で同じことをしてもらいました。ところが、家でやると、32%の人が途中で音楽を聴いたりスマホを見たり、椅子から立ったりして「ずる」をしたと答えています。楽しさの評価も、実験室よりむしろ低くなっていました。
9つ目の研究では、学生ではなく、農産物の直売所や地元の教会で声をかけた18歳から77歳までの人たちに、家で同じことをしてもらっています。結果は学生とほとんど変わらず、楽しさの評価は、年齢、学歴、収入、スマホやSNSをどれくらい使っているかとも関係がなかったそうです。スマホ世代だから退屈に弱いという話ではなかったようです。
何を考えるか決めておいても、楽しくならなかった
ウィルソンたちは、ただ考えるのが難しいのは、考える中身を決める「脚本家」と、それを頭の中で体験する「体験者」の2役を、同時にこなさなければならないからではないか、と考えました。たとえば「夏休みの旅行のことを考えよう」と決めて、「浜辺に着いたら、まず日光浴をして、それから泳ごう」と筋書きを作りながら、その場面を味わう、という具合です。
そこで、考える時間の前に、何を考えるかを数分かけて計画させる条件も作ってみましたが、楽しさは、計画しなかった場合とほとんど変わりませんでした。一方、8つ目の研究で、本を読んだり音楽を聴いたりネットを見たりしてよいことにした人たちは、ただ考えていた人たちより、はるかに楽しかったと答えています。
考えるより、電気ショックを選んだ
そして、この論文で一番有名になったのが、10番目の研究です。参加者はまず、きれいな写真を見たり、軽い電気ショックを受けたりして、それぞれの刺激がどれくらい快いか不快かを評価しました。さらに、5ドルを渡されたとして、その刺激をもう一度受けるため、あるいは受けずに済むために、いくら払ってもいいかも答えています。
その後、参加者はいつもと同じように、15分間、考えるだけで過ごすよう頼まれました。ただしこのときは、手元のボタンを押せば、さっきの電気ショックを自分で自分に流せるようになっていました。研究者たちは、あくまで目的は考えて楽しむことで、ショックを受けるかどうかは完全に自由だ、と念を押しています。
結果は、ショックを受けずに済むならお金を払う、と答えていた人に限っても、男性18人のうち12人、女性24人のうち6人が、少なくとも1回は自分にショックを流していました。男性の中には、15分のあいだに190回もボタンを押した人がいて、論文では、回数の平均を出すときにこの人を外れ値として除いています。
研究者たちは、男女の差は、刺激を求める傾向が男性のほうが強いことによるのだろうと考えています。そして、たった15分、自分の考えと2人きりになることが、お金を払ってでも避けたかった電気ショックを自分に流すほど不快だったらしい、という点を強調しました。論文の最後は、「訓練されていない心は、自分と2人きりになるのを好まない」という一文で締めくくられています。
11か国2,557人で確かめると
2019年には、ウィルソンたちのグループのニコラス・バトリックたちが、この結果が文化を超えて見られるかを確かめる研究を発表しています。参加したのは、日本、韓国、アメリカ、ブラジル、トルコ、ベルギーなど11か国の2,557人でした。
その結果、11か国すべてで、何かをして過ごした人のほうが、ただ考えて過ごした人より楽しかったと答えていました。ただ考える時間の楽しさには国による差もありましたが、その差は、考えること自体が好きかどうか、新しい経験に開かれているかどうか、瞑想の経験、スマホの使い方といった、一人ひとりの違いでほぼ説明できたそうです。
退屈な映画を見せると、ショックが増えた
電気ショックを押してしまう理由について、別の角度から調べた研究もあります。2016年にオランダのマーストリヒト大学のシャンタル・ネーデルコールンたちは、69人の参加者に、退屈な映像、悲しい映像、どちらでもない映像のどれかを見せ、そのあいだ自分にショックを流せるようにしました。
すると、退屈な映像を見た人たちは、ほかの2つのグループより多く、しかも強いショックを自分に流していました。悲しい映像では、ショックは増えていません。研究者たちは、ショックは嫌な気分を紛らわすためというより、単調さを破るために押されていたのではないか、と考えています。
「好奇心で押しただけでは」という反論
一方で、この実験の読み方には、はっきりした反論も出ています。2014年に、カナダのブリティッシュコロンビア大学のキーラン・フォックスたちは、ウィルソンたちの結論は言いすぎではないか、という論評を発表しました。
フォックスたちが指摘したのは、まず、ただ考える時間の楽しさは9段階で平均5点ほどで、評価のものさしの言葉で言えば「まあまあ楽しい」くらいにあたり、嫌な経験とまでは言えないということです。また、補足資料によると、ショックを押した18人のうち14人は、その理由として、ショックがどんな感じだったか確かめたかったという好奇心を挙げていたそうです。
さらにフォックスたちは、日常生活の中で人の考えがあちこちにさまようことを調べた研究では、それが平均すると少し快い経験として報告されることが多いとも指摘しています。12〜15分間、指示どおりに考え続けなければならないという実験の状況は、ふだんのぼんやりとはかなり違うものだ、というわけです。
私の読み方
両方の言い分を読むと、少なくとも、「人間は考えることが嫌いで、痛みのほうがまし」とまで言うのは無理がありそうです。ショックを押した理由の多くが好奇心だったのなら、それは「考えるのが苦痛だった」というより、何も起きない部屋で、唯一何かが起きるボタンが目の前にあった、という状況のほうが大きかったのかもしれません。
ただ、それでもこの実験は面白いと私は思います。11か国で「何かしているほうが楽しい」という結果がそろっていたことや、退屈な映像でショックが増えたことを見ると、人の心が何もない時間を埋めたがるのは確かそうです。電車の中で、ほんの数分でもスマホを取り出してしまうのも、同じところから来ているのでしょう。
退屈より電気ショックの実験についてよく出る疑問
ぼんやりする時間は体に悪いのですか?
この実験は、ぼんやりする時間が楽しいかどうかを調べたもので、体や心の健康に悪いと示したものではありません。日常生活の研究では、考えがさまよっている時間はむしろ少し快く感じられることも多いと報告されていて、楽しめるかどうかは、何について考えるかや、その人がもともと空想を楽しめるタイプかどうかで大きく変わるようです。
考える時間を楽しむコツはあるのですか?
ウィルソンたちの研究では、空想を楽しめる人ほど、考える時間を楽しいと答えていました。その後の研究では、楽しいことを考えるだけでなく、自分にとって意味のあることを考えるようにすると、楽しさが上がりやすいとも報告されています。瞑想の経験がある人ほど考える時間を楽しめていた、という11か国の研究の結果も、練習で変えられる部分があることを示しているように思います。
関連する実験と記事
「シロクマのことだけは考えないでください」と言われると、かえってシロクマが頭から離れなくなるシロクマ実験は、自分の考えを思いどおりに動かすことの難しさを示した研究です。
やりかけのことほど頭に残りやすいとされるツァイガルニク効果も、何もしない時間に浮かんでくる考えの性質を考える手がかりになります。
まとめ
本記事は退屈より電気ショックの実験について解説しました。如何だったでしょうか。
何もない部屋で15分ただ考えるあいだ、男性の67%と女性の25%が、お金を払ってでも避けたいと答えていた電気ショックを自分に流したという結果は、何もしない時間を楽しむのは、思っているより難しいことを、強い印象とともに示しました。11か国の追試でも、ただ考えるより何かをするほうが楽しいという結果はそろっています。
一方で、ショックを押した理由の多くは好奇心だったという指摘もあり、「人は考えるより痛みを選ぶ」とまで言い切るのは言いすぎのようです。スマホを置いて数分だけぼんやりしてみると、この実験の参加者の気持ちが少し分かる気がします。
ほかの有名な心理学実験は、一覧の記事からまとめて読めます。
それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
こちらもよく読まれています