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【未解決問題】BSD予想 ─ 「方程式の答えは有限か無限か」を別の式が予言する謎

【未解決問題】BSD予想 ─ 「方程式の答えは有限か無限か」を別の式が予言する謎

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事はミレニアム懸賞問題の一つ「BSD予想」(バーチ・スウィナートン=ダイアー予想)について解説します。

ある方程式に、分数で表せる答えが有限個しかないのか、それとも無限にあるのか。この素朴な問いが、驚くほど手強いことがあります。BSD予想が主張するのは、この「答えの個数」という問いの答えを、まったく別の式の振る舞いがこっそり予言しているという、不思議な対応関係です。数学の異なる分野の間に隠された秘密のトンネルを暴くような予想で、証明には100万ドルがかかっています。少し抽象的な問題ですが、「どの数が直角三角形の面積になれるか」という身近な謎を入り口にすれば、その面白さに触れられます。

図解

入り口は「どの数が直角三角形の面積になるか」

いきなり抽象論に入る前に、1000年以上前から知られる具体的な謎から始めます。「合同数問題」です。

3辺の長さが分数(有理数)で表せる直角三角形を考えます。たとえば辺が3、4、5の直角三角形の面積は6です。では、どの整数が、こうした直角三角形の面積になれるのでしょうか。面積になれる整数を「合同数」と呼びます。

やってみると、これが一筋縄ではいきません。6は合同数(辺3、4、5)。5も実は合同数ですが、それを実現する直角三角形の辺は分数になり、簡単には見つかりません。7も合同数です。ところが1、2、3は合同数ではないことが証明できます。「ある整数が合同数かどうか」を判定する簡単な方法は、1000年探しても見つかっていませんでした。10世紀のアラビアの数学者が取り組み、フィボナッチも挑んだこの古典的な問題は、素朴な見た目とは裏腹に、数論の深部につながっていたのです。

そしてこの合同数問題は、実はこれから紹介する楕円曲線という対象の、答えの個数を数える問題にそっくり翻訳できることが分かっています。1000年前の直角三角形の謎が、ミレニアム懸賞問題に直結している。この意外なつながりが、BSD予想の物語の始まりです。

楕円曲線と「答えが有限か無限か」

BSD予想の主役は「楕円曲線」と呼ばれる方程式です。名前に楕円とありますが楕円とは別物で、中身は「yの2乗=xの3乗+(何か)」という形の、比較的シンプルな方程式です。グラフに描くと、なめらかな曲線になります。

この曲線について数学者が知りたいのは、曲線の上にある「分数で表せる点(有理点)」の個数です。x座標もy座標も分数で表せる点が、この曲線上に有限個しかないのか、それとも無限にあるのか。これがこの分野の中心的な問いで、先ほどの合同数問題も、ある整数が合同数かどうかを「対応する楕円曲線の有理点が無限にあるか」という問いに置き換えられるのです。

ところが、この「有理点が有限か無限か」を見分けるのが、恐ろしく難しい。曲線を眺めても、点をいくつか見つけても、それが打ち止めなのか無限に続くのかは分かりません。当シリーズで繰り返し出てきた、「有限の観察から無限の結論は出せない」という壁が、ここでも立ちはだかります。

1960年代、コンピュータが見つけた秘密の対応

決定的なヒントは、コンピュータ黎明期の実験から生まれました。1960年代、イギリスのブライアン・バーチとピーター・スウィナートン=ダイアーの二人は、当時最先端のコンピュータを使って、たくさんの楕円曲線についてある別の量を計算し、有理点の個数と見比べていました。

その別の量とは、「L関数」と呼ばれる、楕円曲線から作られるまったく別の式です(当シリーズのリーマン予想に出てきたゼータ関数の親戚のようなものだと思ってください)。二人が発見したのは、驚くべき対応でした。このL関数がある特定の点でゼロになるかどうかが、楕円曲線の有理点が無限にあるかどうかと、ぴたりと連動しているらしいのです。

もう少しだけ具体的に言うと、L関数がその点でゼロにならなければ有理点は有限個ゼロになれば有理点は無限にある。さらにL関数がその点でどれくらい深くゼロになるかが、有理点の「豊かさ」まで言い当てている、というのです。方程式の答えの個数という問いと、まったく別の式の値。何の関係もなさそうな二つが、秘密のトンネルでつながっていた。これがBSD予想です。バーチとスウィナートン=ダイアーの頭文字を取って、そう呼ばれています。

なぜこの「橋」がそれほど重要なのか

BSD予想が数学の最重要問題の一つとされるのは、それが数学の異なる領域をつなぐ橋だからです。

一方の岸には、方程式の解を数えるという、素朴で幾何学的な問題があります。もう一方の岸には、L関数の解析的な振る舞いという、まるで異質な問題があります。BSD予想は、この二つの岸が実は同じ景色を別の言葉で語っているのだと主張します。こうした「異分野が実は同じものだった」という橋の発見は、現代数学で最も深く、最も生産的なテーマです。フェルマーの最終定理が360年ぶりに証明されたのも、まさにこの種の橋(楕円曲線と別の対象を結ぶ予想)が架けられたおかげでした。

BSD予想は、易しい特別な場合についてはすでに証明されています。L関数のゼロの深さが浅い場合には、予想が正しいことが示されました。しかし一般の場合は、いまだ手つかずです。多くの数学者が正しいと信じ、コンピュータによる膨大な数値実験もすべて予想を支持しているのに、完全な証明は遠い。当シリーズのゴールドバッハ予想や双子素数予想と同じ、「みんな信じているのに誰も証明できない」おなじみの風景が、この最も抽象的な問題の足元にも広がっています。

「隠れた個数」を測る発明品

BSD予想の主張には、実はもう一つ、数学者を悩ませてきた不思議な登場人物がいます。予想を精密な形で述べようとすると、L関数の値と有理点の個数のつじつまを合わせるために、「シャファレビッチ=テイト群」と呼ばれる、いわば「見えにくい解の個数」を測る量が必要になるのです。

これは少し変わった存在です。ある方程式について、「解がありそうに見えるのに、実際には有理数の解がない」というズレの大きさを測る量で、長らくそもそも有限の値なのかどうかすら分かっていませんでした。幽霊のように、あるのかないのか、あるとしてどれくらいの大きさなのかがつかめない。BSD予想の完全な姿は、この幽霊まで含めて全部のつじつまが合う、という壮大な主張になっています。

こうした「目に見えない量を、それでも定義して手なずける」という営みは、数学の凄みがよく表れた部分だと私は思います。直接は見えないのに、他の見える量とのつじつまから間接的にその存在と大きさを縛っていく。天文学者が、見えない惑星の存在を周囲の軌道の乱れから割り出したのと同じ発想が、抽象数学の奥深くでも使われているのです。

抽象的な予想への素朴な疑問

正直、何がすごいのか実感が湧きません

無理もありません。この予想の凄みは、日常の役立ちではなく、「見えない対応関係を暴く」ところにあります。天文学者が、惑星の動きという幾何学的な現象と、万有引力という別の法則が同じものだと見抜いたときのような、世界の異なる部分が実は同じ原理でつながっていたという発見の喜びです。BSD予想が完全に証明されれば、1000年来の合同数問題が完全に解け、暗号技術に使われる楕円曲線への理解も深まります。ただ、この問題を味わう一番の入り口は、実用ではなく「なぜ関係ないはずの二つが連動するのか」という不思議さそのものだと思います。

楕円曲線は暗号に使われていると聞きましたが?

その通りで、ここが数少ない実用の接点です。スマートフォンの通信やクレジットカード決済の安全性を支える暗号の一部(楕円曲線暗号)は、まさにこの楕円曲線の性質を利用しています。有理点をたどる計算が「一方向には簡単でも、逆向きには極めて難しい」という性質が、暗号の鍵になっているのです。BSD予想が扱う「有理点の構造」への理解が深まることは、長期的には暗号技術の基礎にも関わってきます。純粋数学の中でも特に浮世離れして見える楕円曲線が、私たちの毎日の通信を守っているというのは、なかなか痛快な事実だと思います。

この問題は、いつか解けそうなのですか?

専門家の間でも見通しは分かれます。フェルマーの最終定理を解いた道具立て(楕円曲線をめぐる理論)の延長線上にあるため、まったく手がかりがないわけではなく、特別な場合の証明は着実に前進しています。一方で、一般の場合に必要な数学は、まだ人類の手元にない可能性も指摘されています。部分的な成功が積み重なっているのに、本丸には届かないという状況は、当シリーズの多くの問題と共通します。いつ、誰が、どんな新しい発想で解くのか。それが予測できないことこそ、未解決問題を追う醍醐味だと私は思っています。

関連する未解決問題・パズル

同じL関数の親戚が主役の「リーマン予想」、同じミレニアム懸賞問題の「ポアンカレ予想」、そして無限と個数の直感が試される「ヒルベルトの無限ホテル」の記事です。

まとめ

本記事は「BSD予想」について解説しました。如何だったでしょうか。

方程式の答えが有限か無限かという問いを、まったく別の式の振る舞いがこっそり予言している。関係ないはずの二つの世界が、地下でつながっていた。BSD予想の魅力は、この秘密のトンネルの発見にあります。1000年前の直角三角形の謎が、その入り口になっているという事実も含めて、数学の一体感を感じさせてくれる問題です。

正直に言えば、これは当シリーズで最も抽象的で、実感のつかみにくい問題の一つです。それでも、「なぜ関係ないものが連動するのか」という一点の不思議さだけ持ち帰ってもらえれば、この予想の心臓部には触れたことになります。数学者が100万ドルの向こうに見ているのは、まさにその不思議さの正体なのです。

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