未解決問題

【未解決問題】暗黒物質 ─ 宇宙の27%を占める「見えない何か」の正体

【未解決問題】暗黒物質 ─ 宇宙の27%を占める「見えない何か」の正体

当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は現代物理学最大の宿題「暗黒物質」について解説します。

学校で習う原子、つまり星も地球も私たちの体も作っている「普通の物質」は、宇宙全体のエネルギーのわずか5%にすぎません。残りの95%のうち、約27%を占めるのが正体不明の「暗黒物質」、約68%がさらに謎の「暗黒エネルギー」です。つまり、教科書の物理学が説明できているのは宇宙の20分の1だけ。しかも暗黒物質は「あるはずなのに90年探しても見つからない」という、実験科学史上まれに見る膠着の主役です。何が分かっていて、何が分からないのかを整理します。

図解

銀河の回転が「速すぎる」

暗黒物質の物語は、「計算が合わない」という違和感から始まりました。

1933年、スイス出身の天文学者フリッツ・ツビッキーは、多数の銀河が集まる銀河団を観測していて、奇妙なことに気づきます。個々の銀河の動きが速すぎるのです。見えている星の重力だけでは、この速度の銀河たちをつなぎ止められない。銀河団はとっくにバラバラに飛び散っているはずでした。ツビッキーは、見えない物質が大量に存在して重力で銀河をつなぎ止めていると考え、これを「暗黒物質」と名付けました。当時この提案はほとんど相手にされませんでした。

流れを変えたのは1970年代、アメリカの天文学者ヴェラ・ルービンの観測です。彼女は個々の銀河の回転を精密に測り、決定的な事実を突き止めました。銀河の外縁部の星は、見える物質から計算される速度よりはるかに速く回っているのです。太陽系では外側の惑星ほどゆっくり回りますが、銀河ではどこまで外へ行っても回転速度が落ちない。この「平らな回転曲線」は多数の銀河で確認され、説明には見える物質の数倍の見えない質量が、銀河を包む巨大な球状の暈(ハロー)として存在すると考えるしかありませんでした。

証拠は雪だるま式に、正体は闇のまま

その後の観測技術の進歩で、暗黒物質の状況証拠は雪だるま式に増えていきました。

重力レンズ:巨大な質量は光の通り道を曲げます。銀河団の背後の銀河の像の歪みから質量の分布を測ると、見える物質だけでは全く足りません ・宇宙背景放射:ビッグバンの名残の光のゆらぎを精密観測すると、宇宙の組成が逆算できます。ここから普通の物質約5%、暗黒物質約27%、暗黒エネルギー約68%という現在の標準値が得られました ・銀河の形成:暗黒物質の重力の足場がなければ、ビッグバンから現在までの時間で銀河や銀河団がここまで成長できないことが、シミュレーションで示されています

中でも「動かぬ証拠」とされるのが、2つの銀河団が衝突した弾丸銀河団の観測です。衝突の際、ガス(普通の物質の主成分)は互いにぶつかって減速し、中央に取り残されました。ところが重力レンズで測った質量の中心は、ガスの位置ではなく、素通りして先へ進んだ側にありました。ぶつかっても素通りする、莫大な質量を持つ何か。これほど雄弁な証拠はなかなかありません。

つまり「何かがある」ことは、独立した複数の証拠で固まっています。問題は、その何かが素粒子物理学の標準模型のどの粒子でもないことです。光を出さず、電気も帯びず、普通の物質とほとんどぶつからず、それでいて重力だけは及ぼす。そんな粒子を、現在の物理学は持ち合わせていません。

地下1000メートルの空振り

正体の最有力候補とされてきたのは、「重くて、他の物質とごく稀にしか相互作用しない未知の粒子」(WIMPと総称されます)でした。もし宇宙がこの粒子で満ちているなら、地球も毎秒無数の暗黒物質粒子に貫かれているはずです。ごく稀に普通の原子核と衝突することがあれば、それを捕まえられる。

世界中がこの筋書きに賭けました。宇宙線のノイズを避けるため、実験装置は地下1000メートル級の鉱山や山のトンネルに置かれます(日本の神岡鉱山にも検出器があります)。液体キセノンのタンクを何年も見張り、暗黒物質粒子が原子核を弾くかすかな光を待つ。この種の実験は世代を重ねるごとに感度を数桁ずつ上げてきました。

結果は、今のところすべて空振りです。加速器で暗黒物質粒子を作り出す試みも、決定的な兆候をつかんでいません。感度が上がるほど「WIMPがいるとしたら、ずいぶん都合よく隠れている」ことになり、近年は別の候補(アクシオンと呼ばれる超軽量粒子や、原始ブラックホールなど)への注目が高まっています。「証拠は宇宙に山ほどあるのに、実験室では一度も捕まらない」。この非対称が、暗黒物質問題の現在地です。

次の容疑者たち ─ アクシオンと原始ブラックホール

WIMPの空振りを受けて、捜査線上には別の容疑者が浮上しています。

一人目はアクシオンという超軽量の仮説粒子です。もともとは暗黒物質とは無関係に、素粒子物理の別の理論的難点を解決するために1970年代に提案されたものですが、性質を調べると「軽くて、大量にあって、ほとんど相互作用しない」という暗黒物質の求人条件にぴたりと合うことが分かりました。強い磁場の中でアクシオンがかすかな光に変わる瞬間を狙う専用実験が、各国で進行中です。

二人目は原始ブラックホールです。ビッグバン直後の密度のむらから生まれた小さなブラックホールが宇宙に大量に残っているなら、未知の粒子を仮定しなくても暗黒物質の役を務められます。この古いアイデアは、2015年の重力波観測でブラックホール同士の合体が次々と見つかったことで再び脚光を浴びました。ただし、さまざまな観測から「原始ブラックホールだけで27%を全部説明するのは苦しい」という制限も強まっており、主役というより共犯の可能性が探られています。

候補が絞れないこと自体が、この問題の現在地を物語っています。重さの見積もりは候補によって何十桁も違い、探し方もまるで異なる。暗黒物質の捜査は、容疑者の顔も背格好も分からないまま、あらゆる路地を同時に張り込んでいる状態なのです。

そもそも重力の法則が違う、という反逆

ここで、根本から違う可能性も紹介しておくのが公平だと思います。「見えない物質があるのではなく、重力の法則の方が銀河スケールでは修正されるのではないか」という仮説です。

1983年に提案されたこの修正重力理論(MONDと呼ばれます)は、銀河の回転曲線だけなら暗黒物質なしで驚くほどうまく説明できます。実際、個々の銀河のふるまいの一部には、暗黒物質モデルより良く当てはまる例すらあります。ただし、弾丸銀河団のような「質量と普通の物質が別の場所にある」観測や、宇宙背景放射の精密データの説明では標準の暗黒物質モデルに分があり、主流は依然として「未知の物質」説です。

それでも私は、この対立構図には科学の健全さが表れていると思っています。「見えない物質を仮定する」のと「法則を修正する」のは、どちらも過去に前例のある正攻法だからです。海王星は「見えない物質」を仮定して発見され、水星の軌道のずれは「法則の修正」(一般相対性理論)で解決されました。暗黒物質がどちらの結末をたどるのかは、まだ誰にも分かりません。

暗黒エネルギーとどう違うのか

名前が似ていますが、暗黒物質と暗黒エネルギーは別物ですか?

まったくの別物で、働きはむしろ正反対です。暗黒物質は重力で物質を引き寄せ、銀河をまとめる「接着剤」役。暗黒エネルギーは宇宙の膨張を加速させる「反発」役で、1998年の超新星観測で存在が発覚しました(この発見はノーベル賞を受けています)。共通点は「正体不明」ということと、「暗黒」という命名だけです。宇宙の68%を占める暗黒エネルギーの謎は暗黒物質以上に深く、こちらはそもそも有力候補すら絞れていません。

暗黒物質は私たちの体も通り抜けているのですか?

有力なモデルが正しければ、そうなります。暗黒物質は普通の物質とほとんど相互作用しないため、今この瞬間も大量の暗黒物質があなたの体や地球を素通りしていると考えられています。害はありません(相互作用しないとはそういう意味です)。幽霊のような話ですが、ニュートリノという「ほぼ素通りする粒子」が実在して毎秒何兆個も体を貫いていることは既に確定済みなので、物理学的には突飛な話ではありません。ちなみにニュートリノ自体は軽すぎて、暗黒物質の主成分にはなれないことが分かっています。

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まとめ

本記事は「暗黒物質」について解説しました。如何だったでしょうか。

宇宙の27%を占め、銀河をつなぎ止め、複数の独立した証拠に支えられているのに、90年間一度も直接捕まっていない。「存在の証拠」と「正体の証拠」の間にこれほど深い谷がある例は、科学史でも指折りだと思います。

そして忘れたくないのは、この谷が「私たちの教科書は宇宙の5%の解説書にすぎない」という事実の裏返しだということです。95%が白紙で残っている。これから物理を学ぶ人にとって、これほど景気の良い話はないのではないでしょうか。

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