当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は数学最大の未解決問題と呼ばれる「リーマン予想」について解説します。
2、3、5、7、11、13……素数の並びには、どう見ても規則性がありません。次の素数がどこに現れるかを教えてくれる公式は、いまだに存在しません。ところが1859年、ドイツの数学者リーマンがわずか8ページの論文で、この出鱈目に見える並びの背後に、恐ろしく精密な設計図が隠れている可能性を示しました。その設計図が完璧であるという主張がリーマン予想です。160年以上を経た今も未解決で、証明には100万ドルの懸賞金がかかっています。
素数はどれくらい「出鱈目」なのか
リーマン予想を理解する入り口は、素数の困った性質です。素数とは1と自分自身でしか割り切れない2以上の数のことで、すべての数の部品にあたります。どんな数も素数の掛け算に分解できるからです(12なら2×2×3)。
部品なのだから整然と並んでいてほしいところですが、実際の素数は気まぐれです。3と5、11と13のように隣り合わせで現れたかと思えば、しばらく音沙汰がなくなる。100までに25個あった素数は、数が大きくなるほどまばらになっていきますが、「次の素数はここに出る」と言い当てる式は誰も持っていません。
ただし、一歩引いて眺めると景色が変わります。個々の素数の位置は予測できなくても、「ある数までに素数がおよそ何個あるか」という集団としての振る舞いは、意外なほど滑らかな曲線に乗るのです。19世紀末には、この個数を近似する「素数定理」が証明されました。問題は、その近似の誤差がどれくらい小さいかです。実は、リーマン予想はこの誤差についての予想だと言い換えられます。
具体的な数字で感覚をつかんでみます。100万までに素数は78,498個あります。素数定理の素朴な近似式は約72,382個とやや外しますが、改良版の近似(対数積分)は約78,628個。100万個の中の誤差が、わずか130個です。リーマン予想が主張するのは、この種の誤差がどんなに数が大きくなっても「規模の平方根程度」という理論上ほぼ最小の水準に収まり続ける、ということです。予想が崩れれば、どこかの規模で誤差が想定外に暴れることになります。
8ページの論文が仕掛けた時限爆弾
ベルンハルト・リーマンは1859年、ベルリン科学アカデミーに「与えられた大きさより小さい素数の個数について」という論文を提出しました。生涯で数論の論文はこの1本だけ、しかもわずか8ページ。その中でリーマンは、ゼータ関数という関数を手がかりに、素数の個数を表す式を導きました。
ゼータ関数は、1+2分の1+3分の1+……という無限の足し算(の各項を何乗かしたもの)から作られる関数です。一見すると素数と何の関係もなさそうですが、オイラーが発見した変形により、この関数はすべての素数にわたる掛け算に書き換えられます。つまりゼータ関数は、素数の情報をまるごと圧縮したデータベースなのです。
リーマンが示したのは、このデータベースの鍵が「ゼータ関数の値がゼロになる点(ゼロ点)」だということでした。ゼロ点の位置が分かれば、素数の個数の式の誤差が完全に決まる。そして彼は、ゼロ点を地図のように平面へ描き出したとき、計算できたいくつかのゼロ点がすべて1本の縦の直線の上に並んでいることに気づき、こう書き残しました。「すべてのゼロ点がこの直線上にあることは非常に確からしい。証明を試みたが、一時的な試みは脇に置く」この一文が、160年以上続く時限爆弾になりました。
直線の上に10兆個、外れは1個もなし
ゼロ点の地図の上での「横の位置」を、数学では「実部」と呼びます。この言葉を使うと、リーマン予想の主張は一行になります。
ゼータ関数の(自明でない)ゼロ点は、すべて横の位置(実部)が2分の1の直線上にある。
この直線は「臨界線」と呼ばれます。予想が正しければ、素数の個数は素数定理の近似式から理論上最小の誤差しかずれないことが保証され、素数の並びは「出鱈目に見えて、これ以上ないほど行儀が良い」と確定します。逆に、直線から外れたゼロ点が1個でも見つかれば予想は崩壊し、素数の世界には想定外の乱れがあることになります。
証明への挑戦の歴史は、そのまま数論の歴史です。1914年、イギリスのハーディが臨界線上に無限個のゼロ点があることを証明。1989年にはコンリーが、ゼロ点の少なくとも4割は臨界線上にあることを示しました。コンピュータによる検証では、10兆個を超えるゼロ点がすべて臨界線上にあることが確認されています。反例はゼロ。状況証拠は圧倒的です。
それでも数学者は「ほぼ確実」で満足しません。1900年にヒルベルトが「数学の23の問題」の一つに選び、2000年にはクレイ数学研究所の「ミレニアム懸賞問題」に選ばれて100万ドルがかかりましたが、いまだ懸賞金の受け取り手は現れていません。ヒルベルトは「500年後に目覚めたら、まずリーマン予想が証明されたかを尋ねる」と語ったと伝えられています。
なぜ一つの予想にここまでの重みがあるのか
リーマン予想が「数学最大」と呼ばれるのは、賞金のためではありません。理由は大きく2つあります。
第一に、この予想の上に膨大な数学が建っていることです。数論には「リーマン予想が正しいと仮定すれば」という条件付きで証明された定理が何百とあります。予想が証明されれば、それらが一斉に無条件の定理へ昇格します。逆に反例が出れば、建物ごと崩れます。現代数論は、リーマン予想という未確認の土台の上に先に街を作ってしまった状態なのです。
第二に、思わぬ分野との接続です。1970年代、ゼータ関数のゼロ点の間隔の統計が、重い原子核のエネルギー準位の統計と一致するという驚くべき発見がありました(モンゴメリーとダイソンの茶飲み話から生まれた逸話として有名です)。素数という純粋数学の対象が、量子物理の世界と同じ統計に従う。この繋がりの意味はまだ解明されておらず、物理の道具でリーマン予想を攻める研究が現在も続いています。
もう一つ付け加えると、ゼロ点には「素数の音楽」という詩的な別名があります。数学的には、一つ一つのゼロ点が素数の個数の階段グラフを構成する一つの「波」に対応しており、すべてのゼロ点の波を重ね合わせると、素数の階段がぴたりと復元されることが知られています。ゼータ関数のゼロ点とは、いわば素数という曲を構成する純音の一覧表なのです。
私自身は、この予想の一番の魅力は「乱れて見えるものの奥に秩序がある」という世界観そのものだと思っています。株価のようにしか見えない素数の分布の裏で、ゼロ点が一糸乱れず整列している。この光景を最初に幻視したリーマンの直感には、率直に鳥肌が立ちます。
証明されたら暗号は破られるのか
リーマン予想の話題で必ず出る疑問に、まとめて答えておきます。
インターネットの暗号が危険になるという話は本当ですか?
半分誤解です。ネットで使われるRSA暗号の安全性は「大きな数の素因数分解が難しい」ことに依存していますが、リーマン予想は素数の分布についての主張であり、証明されても素因数分解が速くなるわけではありません。予想の証明で即座に暗号が破られる、という巷の説は飛躍です。ただし、証明の過程で素数への理解が根本から深まれば、長期的に暗号研究へ波及する可能性は否定できません。「明日の危機ではないが、無関係でもない」あたりが正確なところだと思います。
賞金目当ての証明の投稿は来ないのですか?
殺到しています。クレイ研究所や専門誌には、アマチュアからの「証明した」という投稿が絶えず届くことで知られており、有名数学者のもとにも定期的に手紙が来ると言われています。これまでのところ、専門家の査読に耐えた証明は一つもありません。2018年には高名な数学者アティヤが証明を発表して世界的なニュースになりましたが、専門家の検証で不備が指摘され、受け入れられませんでした。100万ドルは今日も無人のままです。
素人が概要だけでも理解する方法はありますか?
「素数の個数の近似には誤差がある。その誤差が理論上最小だ、という主張がリーマン予想」という本記事の言い換えが、専門家も使う定番の説明です。ゼータ関数や複素数を飛ばしても、この一文で予想の本質はつかめています。その上で興味が続いたら、ゼロ点と素数の関係は「無数の波の重ね合わせで素数の階段が再現される」という美しいイメージで語られるので、図の多い入門書をおすすめします。
関連する未解決問題・パズル
同じ素数の謎である「ゴールドバッハ予想」と「双子素数予想」、そして無限を扱う感覚が味わえる「ヒルベルトの無限ホテル」の記事です。
まとめ
本記事は「リーマン予想」について解説しました。如何だったでしょうか。
8ページの論文の中の一文が、160年以上にわたって人類最高の頭脳たちを退け続けている。しかも懸けられているのは、素数というすべての数の部品の設計図です。10兆個の状況証拠がありながら「まだ分からない」と言い続ける数学の誠実さも含めて、私はこの問題を知的世界の最高峰の一つだと思っています。
証明の日が来たら、そのニュースは間違いなく世界を駆け巡ります。そのときに「何がすごいのか」を人に説明できる程度の土地勘を、この記事で持ち帰ってもらえたら嬉しいです。
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それでは次の記事も閲覧いただけると幸いです。
📚 シリーズ:数学・科学の未解決問題(2/16)






