当サイトを閲覧いただきありがとうございます。 本記事は素数の未解決問題の中でも近年最大のドラマを生んだ「双子素数予想」について解説します。
3と5、5と7、11と13、17と19。差がちょうど2の素数ペアは双子素数と呼ばれます。素数は大きくなるほどまばらになっていくのに、100京の彼方にも双子はぽつぽつと見つかります。では、双子素数は無限にあるのでしょうか。それともどこかで打ち止めなのでしょうか。誰もが無限にあると信じているのに証明できない。そんな膠着状態を、2013年、ほぼ無名だった58歳の数学者がたった一人で打ち破りました。この事件の顛末まで含めて紹介します。
素数は無限、では双子素数は?
まず土台の確認からです。素数そのものが無限に存在することは、2300年前にユークリッドが証明しています。数学史上最も美しい証明の一つとされ、背理法の教科書的な例です。
ところが「差が2の素数ペア」に限った途端、話は現代数学の最前線になります。双子素数の予想を一般的な形で最初に活字にしたのは1849年のフランスの数学者ポリニャックとされ、主張はこうです。
差が2である素数の組は、無限に存在する。
数値実験は予想を強く支持しています。双子素数は大きな数の世界でも見つかり続けており、現在知られている最大の双子素数は約39万桁という桁違いの大きさです。それでも「無限にある」ことの証明にはなりません。ゴールドバッハ予想と同じく、どれだけ見つけても、その先で途絶える可能性を論理では否定できないからです。
逆数の和が示す双子素数の「薄さ」
双子素数の難しさを物語る、美しい古典的結果があります。
素数全体について、その逆数(2分の1+3分の1+5分の1+……)を足していくと、和は無限大に発散します。オイラーが示したこの事実は、素数が「無限にあるだけでなく、そこそこ濃く分布している」ことを意味します。
ところが1919年、ノルウェーの数学者ブルンが衝撃的な結果を証明しました。双子素数の逆数の和は、有限の値に収束するのです。この値は「ブルンの定数」と呼ばれ、およそ1.902と見積もられています。
これが意味するのは、双子素数は(もし無限にあるとしても)素数全体よりはるかに薄くまばらに散らばっているということです。つまり双子素数予想は「濃いものが無限にある」ではなく「極端に薄いものが、それでも尽きない」という主張であり、この薄さこそが証明を阻む壁になっています。ちなみにブルンがこの証明のために開発した「篩の方法」は、その後の素数研究の主力兵器になりました。解けない問題が道具を生む、未解決問題の典型的な貢献です。
2013年、無名の数学者が起こした大事件
長い膠着を破ったのは、大学の専任教授ですらない人物でした。
チャン・イータン(張益唐)は、博士号取得後に研究職に就けず、会計係やファストフード店の仕事を転々とした経歴を持つ数学者です。ニューハンプシャー大学で講師の職を得たものの、研究業績はほぼ無名のまま50代後半を迎えていました。
2013年4月、彼が数学界最高峰の専門誌に投稿した論文は、編集部を仰天させます。主張はこうです。「差が7000万以下のある一定値に収まる素数ペアは、無限に存在する」
7000万と2では大違いに見えるかもしれません。しかしこの結果の意味は、「素数のペアの間隔に、初めて有限の上限が証明された」ことにあります。それまでは「差がどんな値であれ、そのペアが無限にあるかは不明」だったのが、「少なくともどこかの差では無限にある」と確定した。ゼロから1への跳躍であり、雑誌は異例のスピードで査読を通し、無名の58歳は一夜にして数学界のヒーローになりました。
さらに劇的だったのはその後です。世界中の数学者がインターネット上の共同プロジェクトで上限の切り下げ競争を始め、若手のジェームズ・メイナードの新手法も加わって、7000万はわずか1年足らずで246まで縮みました。現在の記録もこの246です。あとこの数字が2まで縮めば、双子素数予想は解決します。
「あと244」がどれほど遠いか
では、246から2までは時間の問題なのでしょうか。残念ながら、そうは考えられていません。
現在の手法には理論的な限界があることが分かっており、ある強力な予想(エリオット・ハルバーシュタム予想)が証明されたと仮定しても、今の路線で到達できるのは6までとされています。2への最後の一歩は、既存の道具では原理的に届かない。双子素数予想の解決には、チャンの衝撃をもう一度上回る、まったく新しいアイデアが必要だというのが専門家の共通見解です。
この構図は、当シリーズのゴールドバッハ予想と瓜二つです。あちらは「3素数はできたが、2素数が絶壁」、こちらは「246まで来たが、2が絶壁」という並びです。ゴール直前の最後の一歩が、それまでの全行程より遠い。未解決問題の世界では、この理不尽な距離感がむしろ標準なのだと、二つの問題を並べると実感できます。
個数を予言する式は、すでにある
不思議なことに、双子素数の世界には個数を言い当てる予言の式がすでに存在します。1923年、イギリスのハーディとリトルウッドは、xまでの双子素数のペア数が「約1.32×x÷(xの対数の2乗)」で近似できるという予想を発表しました。対数はおおまかに言えば「桁数に比例して、ゆっくり増える量」なので、双子素数は先へ行くほど薄く、しかし一定のペースで減っていくという予言です。
この式の的中ぶりは見事なもので、コンピュータで実際に数えた双子素数の個数と、予言値は高い精度で一致し続けています。つまり双子素数の世界は、「何個あるかの予言は当たり続けているのに、無限にあるという肝心の証明がない」という奇妙な状態にあるのです。天気予報が毎日当たるのに、明日も太陽が昇る証明はできていない、とでも言うような座りの悪さです。
対照的に、素数の間隔が上にはいくらでも開くことは簡単に証明できます。たとえば101の階乗に2から101を足した100個の数は、すべて割り切れる相手が明らかなので連続する合成数です。つまり素数のない「砂漠」はいくらでも長く作れます。どこまでも広がりうる砂漠の中で、隣り合うオアシスのペアだけは無限に続くのか。双子素数予想の絶妙な際どさが、この対比からよく見えると思います。
パソコンの欠陥を暴いた双子素数
双子素数には、数学の外の世界で名を上げた珍しい実績があります。
1994年、アメリカの数学者トーマス・ナイスリーは、ブルンの定数を高精度で計算するために大量の双子素数の逆数を計算していました。ところが、新品のパソコンで計算した結果が理論値と合わない。原因を追い詰めた結果、彼はパソコン本体ではなく、当時最新のインテル製CPUの割り算回路に潜んでいた設計ミスを発見してしまいます。
これが世に言うペンティアムFDIVバグ事件です。インテルは当初対応を渋りましたが、批判の高まりで全品交換に追い込まれ、巨額の損失を計上しました。純粋数学の道楽と見られがちな双子素数の計算が、世界中のパソコンの品質問題を暴いた。「役に立たない数学」が思わぬ場所で牙をむくという、私のお気に入りの逸話です。
いとこ素数から最新の観戦方法まで
双子の次は「いとこ素数」や「セクシー素数」もあると聞きました
あります。差が4のペアは「いとこ素数」、差が6のペアは「セクシー素数」と呼ばれます(ラテン語の6=sexに由来する、数学者の悪ふざけ気味の命名です)。ポリニャックの元々の予想は「任意の偶数差について、その差の素数ペアは無限にある」という一般形で、双子はその代表選手にすぎません。チャン以降の結果が保証するのは「246以下のどこかの差で無限にある」ことまでで、それが差2なのか差100なのかは特定できていません。ここが現在の理論の面白くももどかしい到達点です。
素数が無限なら、双子素数も無限にあるのが当然では?
直感はそう言いますが、当然ではありません。実際、「差が2の素数の三つ子」(p、p+2、p+4がすべて素数)は3、5、7の一組しか存在しないことが簡単に証明できます(3つのうちどれかが必ず3の倍数になるためです)。素数が無限でも、特定のパターンは有限で打ち止めになり得る。だからこそ双子が無限かどうかは、証明すべき本物の問題なのです。
素人が最新の進展を追う方法はありますか?
チャンの物語は数学ノンフィクションの定番題材になっており、ドキュメンタリー映像も制作されています。また、7000万から246への切り下げ競争は「ポリマス・プロジェクト」というオンライン共同研究で行われ、経過が今も公開されています。専門的な中身は追えなくても、記録が縮んでいく様子はスポーツ観戦のように楽しめます。数学が孤独な密室の営みから、ネット上の集団戦へ変わりつつある現場としても面白い題材だと思います。
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まとめ
本記事は「双子素数予想」について解説しました。如何だったでしょうか。
160年以上ゼロだった進展が、無名の58歳の一撃で7000万になり、ネット上の集団戦で246まで縮み、そして最後の244が絶壁として残っている。私はこの物語に、未解決問題というジャンルの魅力が全部詰まっていると思っています。誰が解くか分からないし、いつ動くかも分からない。しかし動くときは一気に動く。
次に数学のニュースで「素数」の文字を見かけたら、それは双子素数の記録更新かもしれません。246という現在地を覚えておくと、そのニュースの重みが分かるはずです。
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📚 シリーズ:数学・科学の未解決問題(4/16)






